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縁語り其の九十二:神域の怪異

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-06-24 08:09:39
「星燦の輝きを我が手に集めよ……我が祈りにて、穢れを砕く珠を放て──!」

美琴の切なる声が、淀んだ空気の底をびりびりと震わせた。

「星燦ノ礫っ!!!!」

叫びと同時に、彼女の掌から血のような紅い閃光が炸裂する。凝縮された星の輝きを宿した光の礫は、夜闇を引き裂いて一直線に飛翔し、白蛇の頬と思しき箇所に深々と食い込んだ。

鈍い衝撃音。

山のように巨大な身体が、ピクリと震える。神聖さを弾く油膜のような鱗が数枚、はらりと剥がれ落ち、力なく宙を舞った。

だが──白蛇は、その血の溜まったような瞳に、痛みの色すら浮かべない。

「そんな……!?」

美琴のかすれた声が、静寂に吸い込まれた。

その瞬間だった。

光礫が当たった箇所から、まるで毒が回るように、白蛇の鱗がゆっくりと……しかし確実に、禍々しい紫黒く染まり始めた。

ジュゥゥゥ……ッ。

生きながらにして腐敗していくような、湿ったおぞましい音が響き渡る。墓を暴いたような土の匂いと、腐肉の甘い匂いが混じったような瘴気が立ち上り、白銀だった神々しい身体は、ぐずぐずと爛れた闇色へと冒涜的に変質していく。鱗の下で何かが蠢き、血管が黒く浮き出る様は、まさしく呪いが具現化していく過程そのものだった。

ぎょろり。

赤く爛れた瞳が、こちらを値踏みするように見据える。

「っ…!!! 悠斗君、来ます!」

美琴の叫びと同時。

『グォォォォアアアアアアアアッ!!!!!』

白蛇が咆哮を上げた。それは怒りとも苦痛ともつかない、この世の理そのものを否定するような絶叫。地下全体が軋み、大地が断末魔を上げる。

巨大な身体が一気にしなり、尾が唸りを上げて振り下ろされた。

「幽護ノ帳っ!!」

美琴が叫び、深紅の結界が瞬時に展開される──が、それももはや気休めにしかならなかった。

祈りが蹂躙される甲高い破裂音と共に、結界がガラス細工のように砕け散る。直撃は免れたものの、叩きつけられた衝撃波が、容赦なく僕たちの全身を打ち据えた。

視界が明滅し、背中から石畳に叩きつけられる。肺から強制的に空気が搾り出され、呼吸が止まった。

「ぐっ……ぁ……!」

呻きながら体を起こすと、足元の石畳には巨大な亀裂が走り、砕けた破片がスローモーションのように舞っていた。

「こいつ……一体、なんなんだ……!?」

答えは、絶望に染まった美琴の口から
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