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縁語り其の十三:届けたかった想い

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-05-19 11:37:42

 誠也君の影のようだった輪郭が、ふわりと嬉しそうに揺れた。

 そして、本当に久しぶりに浮かべたのであろう、どこまでも無邪気な子供の笑顔が、その小さな顔に浮かぶ。

 弾むような、小さな声が手術室に響いた。

 『うんっ! じゃあ……おもいっきり隠れるからね! 絶対に見つけてね!』

 カタ、カタ、カタタ……。

 まるで小鳥が飛び跳ねるような、軽やかな小さな足音が遠ざかり、誠也君の小さな影は、あっという間に廊下の薄闇の中へと、楽しそうに溶けて消えていく。

 静寂が戻った、埃っぽい手術室の中で、僕たちはゆっくりと動き出した。

 床に転がっていた懐中電灯の光が、足元を頼りなげになぞり、その動きに合わせて、積もった古い埃がふわりと柔らかく宙に舞い上がる。

 「……もう、隠れ終わったかな、誠也君」

 僕がそう呟くと、美琴が隣で悪戯っぽく首をかしげて、小さく微笑んだ。

 「もう少し待ってあげてくださいね。先輩は、少しせっかちさんです」

 「あはは……ごめん」

 その、どこか親しげで穏やかな声に、僕の心を支配していた張り詰めた緊張が、ふっと、春の雪解け水のように和らいでいくのを感じた。

 “かくれんぼ”──。

 それは、この暗く冷たい廃病院で、たった一人、永い間、家族を待ち続けていた誠也君が、心の底から望んだ、たった一つの、あまりにも切ない願い。

 一体、どれだけの孤独な時間を、あの子はここで過ごしてきたのだろう。

 どれだけの夜を、この暗くて冷たい場所で、ただひたすらに……自分の名前が、大好きな家族の声で呼ばれるのを、待ち続けていたのだろうか。

 そう思うと、胸の奥が、またきゅっと締めつけられるように痛んだ。

 「そういえば美琴……さっきの、あの犬の人形だけど……」

 あの人形を一体何処で手に入れたのか。僕はまだ何も聞いていなかった。

 僕がふと声をかけると、美琴は、手にしていた片足のもげた木彫りの犬を、まるで壊れやすい宝物でも扱うかのように、そっと優しく撫でた。

 「この人形は……少し前、桜織市の町外れにある、古い国道の脇道で拾ったものなんです」

 彼女は静かに語り始めた。

 「誠也君のご両親は、彼が結核だと分かった当時、その高額な医療費を稼ぐために、昼も夜も共働きをしていらっしゃったそうです。今から五十年も前と言えば、結核は、子供にとっては不治の病にも等しい、とても恐ろしい病気で……。それでも、ご両親は諦めずに、必死に、本当に必死にお金を集めていたんです」

 (どうして、彼女はそこまで詳しく……?)

 疑問に思う僕をよそに、彼女は言葉を続ける。

 「そして……ようやく治療費の目処が立ち、久しぶりに家族三人そろって、この病院にいる誠也くんのお見舞いに来られる……そんな、待ちに待った、大切な日だったそうです」

 美琴の声が、ほんの少しだけ、悲しみに震える。

 「でも……その道中、病院へ向かう峠道で、一台の対向車が、スピードを出しすぎていて……。誠也君のご家族が乗っていた小さな車と、正面から、激しくぶつかってしまった、と……」

 喉の奥が、ひゅっと細くなるのを感じた。

 (なんて、悲惨なんだ……)

 ようやく会えると思った矢先に、そんな事故が起きるなんて……。

 「ご両親も、そして、一緒に乗っていたお兄さんも……その場で、命を落とされたらしいです…」

 「事故にあわれてからも、ご家族の皆さんは、助けを求めて、ずっとその事故現場の周辺を彷徨っていらっしゃったみたいで……。ちょうど私が、数日前に、本当に偶然、その場所を通りかかったとき、彼らの声が、私に直接届いたんです」

 「その時の彼らは、もう……ほとんど霊体としての存在を保つこともできないほど、弱りきっていました。まるで……最後の力を振り絞って、祈るような想いで、私に何かを伝えようと、必死にすがってくるように……」

 「そんな……そんなことが、あったのか……」

 僕は、ただ言葉を飲み込むことしかできなかった。胸の奥に、鉛でも流し込まれたかのような、ずっしりとした重苦しさが広がっていく。

 「そして、この木彫りの犬の人形ですが……」

 美琴はふと、慈しむように、視線を自分の手の中の人形へと落とした。

 「夕暮れ時、事故現場だった道路脇の深い草むらに、泥にまみれて転がっていたんです。おそらく、事故の強い衝撃で、車の中から外に投げ出されてしまって……誰にも気づかれることなく、何十年もの間、ずっと、雨風に晒されながら、そこに眠っていたんだと思います」

 「私がそれを見つけたとき、一緒にいたお兄ちゃんの霊が、涙ながらに『どうか……これを、病室で待っている弟の誠也に、届けてやってください』と、そう、私にお願いしてきたんです」

 美琴の、大きく澄んだ瞳が、静かに潤む。

 「だから私は……何があっても、この人形を、どうしても誠也くんに届けたかった。そして…解放してあげたかった。それが、私がここへ来た、理由ですから」

 「そっか……それで、美琴は、一人でこんな場所にまで……」

 「だけど……誠也君のご家族も、本当に気の毒だ……。会いたくてたまらなかった息子の元へ、結局辿り着けずに……」

 僕がそう呟くと、美琴は、僕の目を真っ直ぐに見つめ返してきた。

 「はい、本当に。でも、もう大丈夫です。私が、お父さんも、お母さんも、そしてお兄さんも、ちゃんと彼らが在るべき場所へ、逝っていただきましたから」

 その言葉は、どこまでも力強く、それでいて、全てを包み込むように穏やかだった。

 (未練を払う事で霊は成仏することが出来る……か……)

 「……そっか……。それは……本当に、良かった……」

 胸の奥がほんの少しだけ、じんわりと温かくなったような気がした。この、どうしようもない悲劇の中で、ほんの小さな救いが見つかったような、そんな感覚になる。

 それから数分後。

 僕たちは、手術室の扉の前に立っていた。

 「……じゃあ、僕は先に、あっちの倉庫の方を探してみるよ。誠也君、隠れるのが上手そうだから」

 「はい、お願いします、先輩。私も、こちらの病室棟をもう少し探してみますね」

 美琴が、僕の言葉に、そっと安心したように微笑んだ。

 その笑顔に、僕も静かに頷き返す。

 僕たちは、もうただの先輩と後輩じゃない。

 一つの目的を共有する、「共犯者」のような、不思議な連帯感を感じていた。

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