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縁語り其の十四:時の残響

Author: 渡瀬藍兵
last update Huling Na-update: 2025-05-19 18:44:49

 僕は、重い決意と共に、あの地下へと続く「倉庫」の入口に再び辿り着いた。

 目の前に広がるのは、やはり底のない暗闇へと誘うかのような、不気味な螺旋階段。

 手すりには、何十年もかけて紡がれたであろう分厚い蜘蛛の巣がびっしりと垂れ下がり、そこから吹き上げてくる空気は、明らかに地上とは異質で、重たく、ひんやりとしていた。

 不思議と、最初ほどの恐怖はなかった。

 誠也くんは、ただ怖いだけの存在じゃない。美琴の、あの真っ直ぐな姿を見ていると、そう思えた。

 もちろん、怖くないわけじゃない。十年かけて染みついた恐怖は、今も体の芯に鉛のようにこびりついている。

 だけど、それだけじゃなくなった。

 暗闇の底で、彼を「知りたい」と願う、小さな光のような気持ちが、確かに生まれていた。

 美琴は、僕が十年かけて固く閉ざしてきた扉を、いとも簡単にこじ開けてしまったんだ。

 (母さんが意識不明にならなければ、僕も、もっと早く……)

 ……いや、やめよう。もしもの話だ。

 大事なのは、「今」どうするかだ。

 ゆっくりと、一度深く深呼吸をして、僕はその暗闇へと続く最初の一歩を、慎重に踏み出した。

 そして、もう一歩。また、一歩。

 ぎしり、と年季の入った階段が軋むたびに、胸の奥で心臓がドクンと大きく跳ねたけれど、僕はそれを必死に押し殺して、ただひたすらに、冷たい闇の下へと降りていった。

 長い螺旋階段をようやく降りきると、目の前に、まるで金庫室の扉のような、分厚く巨大な鉄の扉が音もなく立ちはだかっていた。

 錆び付いた取っ手に全体重をかけるようにして横へと引くと、ゴゴゴゴ……という、腹の底に響くような重い金属音を立てて、扉はほんのわずかだけ、その重い口を開いた。

 途端に、濃密な埃の混じった、淀んだ空気が僕の顔へと勢いよく吹き付けてくる。

 懐中電灯の震える光。その先に、黒い影。

 人影だ。

 「……っ!」

 僕は息を呑み、半ば転がり込むようにして、その薄暗い空間へと駆け寄る。

 そこにぐったりと倒れていたのは、紛れもなく、僕の親友である翔太だった。

 その傍らには、見慣れた顔が他にも三人……いつもバカをやっている、クラスメイトたちだ。昨日、あの動画配信をしていた三人組に違いない。

 僕は急いで一人一人の傍に駆け寄り、震える指で首筋に触れて脈を確認する。

 脈がある。呼吸も。

 ……生きてる。

 その事実に、ずっと詰めていた息が、僕の口から熱く漏れた。

 翔太だけは、苦しそうに、かすかなうめき声を漏らしている。

 「翔太…! 翔太…!!」

 そっとその名を呼びながら、僕は彼の傍らにしゃがみ込んだ。

 「ほんと、こんなところで、一体何やってるんだ……」

 翔太の呼吸が安定しているのをもう一度確認した後、僕はゆっくりと立ち上がる。

 ぐったりとした意識のない彼らを一人ずつ、なんとか壁際まで慎重に引きずって運び、冷たいコンクリートの壁にそっと背中をもたれさせた。

 心の底からの安堵と同時に、全身の力が、まるで糸が切れたように抜けそうになる。

 だけど、まだ、ここで立ち止まっているわけにはいかない。

 (誠也君はここにいない。なら、美琴は? 今も一人で、あの子を探しているはずだ。……そっちが、先だ)

 再び、僕は気を強く引き締め、今来たばかりの鉄の扉へと踵を返す。

 「……あとで、必ずここへ戻ってくるから。それまで、もう少しだけ待っててくれ」

 眠る友人たちに静かにそう告げて、僕はこの廃墟で最後に残された部屋であろう……あの「院長室」へ向かって、再び一人で歩き出した。

 桜織旧病院の、しんと静まり返った長い廊下を、僕は自分の足音だけを頼りに、静かに歩いていた。

 所々割れた窓ガラスの隙間から不規則に差し込む、冷たい月明かりだけが、分厚い埃をかぶった古いリノリウムの床を、まるで血痕のように、薄気味悪く照らし出している。

 ナースステーションだったと思われる大きなカウンターは、今はもう完全に静まり返り、この場所で起こった全ての出来事と共に、永い眠りについてしまったかのようだった。

 でも、ほんの数十年前まで、かつてここは──。

 多くの患者が行き交い、白衣の看護師たちが忙しく立ち働き、命のドラマが日々繰り広げられる、そんな、温かく、生き生きとした場所だったはずなんだ。

 新しい命の産声や、回復を喜ぶ家族の笑い声。そして時には、別れを惜しむ人々の悲しい泣き声。

 不思議と、目を閉じると、そんな喧騒に満ちた過去の光景が、鮮明に胸の中に浮かんでくる。

 今はもう、こんなにも寂れた廃墟と化してしまったこの場所にも、確かに、かけがえのない“生きた時間”というものが、存在していた。

 そのことを思うと、胸の奥が、理由もなく、そっと締めつけられるように痛んだ。

 ……そして、今はもう、ここには誰もいない。

 ひゅるり、と乾いた風が、割れた窓の隙間を寂しげに吹き抜けていく。

 壁に掛けられた古い時計の針は、とっくの昔にその動きを止め、虚しく時を刻むことを放棄していた。

 僕が歩を進めるたび、自分の足音だけが、この異常な静寂を鋭く切り裂く。まるで僕一人が、この世界の時間の流れから完全に取り残されてしまったかのような、そんな孤独な感覚に襲われた。

***

 やがて、長い廊下の突き当たりに、ひときわ重厚な、両開きの扉が月明かりの中にぼんやりと浮かび上がってきた。

 そこには、掠れた金文字で「院長室」と書かれたプレートが、辛うじて残っている。

 ここだ。

 僕がまだ見ていない、最後に残された部屋。

 (きっと、誠也君は、この部屋の中にいる)

 僕は、ゴクリと息を吞み、そっと冷たい汗の滲む指を、その重々しい扉の取っ手に掛けた。

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