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第49話 古の巫女

Penulis: 渡瀬藍兵
last update Terakhir Diperbarui: 2025-06-02 18:59:28

『こっちさ!』

陽菜さんの弾むような声が、深い闇に吸い込まれるように響き、僕と美琴はその小さな背中を必死に追って駆けた。

道は獣道のように細く険しく、人の手が加えられた痕跡はまるで見当たらない。

両側から覆いかぶさるように生い茂る木々は、月明かりさえも遮り、まるで異界へと誘うトンネルのようだ。

張り出した枝々が闇の中で不気味な影絵のように絡み合い、それまでかろうじて続いていた石畳の感触はやがて消え、湿った土と、岩肌のごつごつとした、足場の悪い急な坂道へと変わっていった。

先導する陽菜さんの、慣れた足取りで暗闇を進んでいくその後ろ姿を見つめながら、僕はなんとも言えない不思議な感覚に胸を掠められていた。

彼女は、間違いなく霊のはずなのに、その振る舞いは、まるで“今、この瞬間を確かに生きている”人間そのものだったからだ。

顔に木の枝が当たらないようひらりとかわし、不安定な足場に注意深く足を運び、時折、風に揺れる黄色い浴衣の裾を、そっと小さな手で抑える――

その一つ一つの仕草が、あまりにも自然で、生き生きとしていた。二百年という時をこの場所で過ごしてきたという彼女の言葉が、妙な現実味をもって迫ってくる。

やがて、陽菜さんがふっと足を止め、振り返らずに小さく呟いた。

『ここだよ』

息を切らして追いついた僕たちの目の前に現れたのは、深い緑色の苔にその全身を覆われた、小さな、古びた祠だった。

切り立った岩壁に半ば埋もれるようにしてひっそりと存在し、複雑に絡まった太いツタが、まるで祠を守るかのように、その小さな屋根を飲み込もうとしている。崩れかけた軒の奥には、どんな神仏が祀られているのか、あるいは何かの慰霊なのか、風化した小さな石像が、深い影の中でじっと息を潜めるように鎮座していた。

空気はひどく湿っていて、まるで地の底へと続く洞窟の奥深くに迷い込んでしまったかのような、重苦しいまでの静けさが支配していた。

陽菜さんが、僕たちの方をじっと見つめる。その大きな瞳は、先ほどまでの快活な光とは違い、どこか遠くを見ているような、言いようのない切なげな色を宿して揺れていた。

その祠を目にした瞬間、美琴の表情が明らかに変わった。

「ここ……は……」

彼女の声は、まるで霧が立ち込める|朝靄《あさもや》のように微かにかすれ、
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