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縁語り其の九十九: 千年の祈り

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-06-27 19:00:00
『私は……絶望に打ちひしがれ、あの村を後にしました。最初に辿り着いたのは、温泉が湧く小さな里。名前もない、静かな場所でした』

沙月さんは、独り言のようにぽつりと語る。

──温泉郷。陽菜さんがいた、あの場所だ。

『そこでは、……ほんの数ヶ月、そこでただ、静かに時が過ぎるのを待っていたのです』

今では“清き巫女”の伝説が残るあの里に、その伝説の本人である彼女が、ただ隠れ住んでいた。その事実が、彼女という存在の大きさを物語っていた。

『そして……この桜織へと、たどり着きました』

「そうだったのですね……。でも、どうして、あの浄化の舞いをこの土地に……?」

美琴が静かに尋ねる。彼女の故郷の舞いが、なぜ遠く離れたこの桜織の地にあるのか。その問いは、全ての謎の核心に繋がっていた。

『浄化の舞いを伝えた理由は二つあります』

『一つは、この地に満ちていた、行き場のない魂たちへ祈りを捧げるためでした。当時のこの地は、成仏できずに嘆き彷徨う魂たちの哀しみで満ち、土地そのものが生命力を失いかけていたのです。私の舞いが、彼らの魂を少しでも天へと導き、この地を守る一助となれば……そう、願わずにはいられませんでした』

『その様子を見た、この地の住人が、私の舞いを繋いで行きたいと申してくれたのです』

「なるほど……それで桜織に浄化の舞いが……」

『はい……。そして、二つ目。──姉上に、せめてもの安らぎを捧げるためでした』

『毎年春に舞われるこの浄化の舞いを、姉へと送り続けるのです。私の祈りだけは、姉上の元へと届くように……』

『桜織の神社が、遥か彼方の白蛇山を向いて建てられているのは、そのためです』

藤次郎さんも口にした白蛇山…。その見えざる山へ向かって祈りを捧げ続けてきた沙月さんの想いを想像すると、胸の奥がじわりと熱くなる。

『そして……流石に名前がないのは不便でしたから。“櫻井 沙耶”と名乗って、この地で静かに生涯を終えたのです』

まるで天気の話でもするように、彼女は微笑んだ。

『これまでのこと……おおよそ、こんなところでしょうか』

その言葉に、僕は胸がいっぱいになった。誰よりも過酷な運命を生き抜きながら、なお誰かのために祈り、笑う。その姿が、鮮烈に刻み込まれる。

「ありがとう……ございます」

美琴が、深く、深く頭を下げた。

「もうひとつ……お聞き
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