LOGIN「なぜ宇宙人でも見たような顔をするんだい」
「いや、お前が手伝うって?前に厨房を爆破しかけた前科があるのを、俺はまだ鮮明に覚えてるんだけど」
「失敗は成功の母と言うだろう。人間は成長する生き物だ。少しくらい信用してくれてもいいんじゃないか」
「信用?むしろ怪しいね」
颯斗はじっと練を見つめた。
「白状しなよ。何か後ろめたいことでもあるんじゃないのか」
その言葉に、練は露骨に不満そうな顔をした。
「俺の日頃の行いはそんなに悪いのかい。善意で手伝おうとしているのに、まるで下心があるみたいな言われ方だな」
「分かった、分かったよ」
颯斗は降参したように両手を上げると、シンクの中で跳ねているティラピアを指差した。
「なぜ宇宙人でも見たような顔をするんだい」「いや、お前が手伝うって?前に厨房を爆破しかけた前科があるのを、俺はまだ鮮明に覚えてるんだけど」「失敗は成功の母と言うだろう。人間は成長する生き物だ。少しくらい信用してくれてもいいんじゃないか」「信用?むしろ怪しいね」颯斗はじっと練を見つめた。「白状しなよ。何か後ろめたいことでもあるんじゃないのか」その言葉に、練は露骨に不満そうな顔をした。「俺の日頃の行いはそんなに悪いのかい。善意で手伝おうとしているのに、まるで下心があるみたいな言われ方だな」「分かった、分かったよ」颯斗は降参したように両手を上げると、シンクの中で跳ねているティラピアを指差した。「じゃあ、この魚の下処理をやってみるか?」練の引きつった表情が、すべてを物語っていた。「初心者にいきなりラスボス戦をやらせるつもりかい」「無理にとは言ってないさ。自分から手伝うって言い出したんだろ」颯斗はにやりと笑う。「どうした。ビビったのか?できないのか?」そう言って、練の肩を軽く叩いた。「だからやめとけって。お前の腕じゃ、せいぜいじゃがいもの皮むきが関の山だよ」その言葉を聞いた瞬間、練の表情がすっと変わった。それが挑発だと分かっていても、自尊心が「皮むきしかできない男」という評価を受け入れることを許さなかった。
「じゃあ、その二つ以外に何があるんだよ」哲はふいに声を潜めると、颯斗の顔の近くまで身を乗り出した。その瞳は、獲物を見つけた獣のように鋭く光っている。「例えば――ビジネスパートナー、さ」その言葉を聞いた瞬間、颯斗の顔色が変わった。「そんなのもっとあり得ない!俺がお前たちみたいな薄汚い組織に入るわけないだろ。人殺しなんかに興味はないんだ」「そう急いで結論を出さないことだ」哲はどこまでも平然としていた。「人は生きていれば、どうしても『こいつだけは殺してやりたい』と思わずにいられない相手に、一人や二人は出会うものさ。君はまだ若い。これから先の人生は長いんだよ」颯斗は再び手を振った。「俺は執着しない主義なんだ。そんなドロドロした愛憎劇とは無縁の人生を送ってるよ」「――もし、その相手が君の家族や友人を傷つけたら?あるいは、恋人を殺したら?」その言葉を口にした瞬間、哲の瞳の奥でどす黒い何かが揺らめいた。ひどく不穏で、底知れない暗さを孕んだ気配。理由もないのに、颯斗の背筋を冷たいものが走った。言葉が出なかった。「そう身構えないでくれ。ただの仮定の話だ」沈黙した颯斗を見て、哲は瞬時にいつもの軽い口調へと戻った。「どうやら君は、ずいぶんと温室育ちのようだね」「それ、遠回しに
家庭教師だった哲と少年時代の練の間に何があったのか――颯斗は、それ以上知りたいとは思わなかった。別の男の口から語られる練の昔のロマンスに付き合う趣味など、彼にはない。過去はすでに過去だ。終わった日々に囚われるよりも、颯斗にとって大切なのは、はるかに「今」だった。練は哲のやり方に対して明確な拒絶を示していた。一時期など、「哲」という名前を耳にするだけで拒否反応を起こすほどだった。だが当の哲は、二人が対立しているからといって、練への関心や手助けをやめようとはしなかった。ほんの少し前のことだ。深層意識侵入装置の開発者の一人である哲は、練がシステムのアップグレードで行き詰まった際、的確な助言を与えて窮地を救った。睦弥の心界でも同じだった。練が危機に陥った時、哲は颯斗の前に現れ、たった一本のヒントを投げることで膠着状態を打ち破ってみせた。颯斗には、哲という男がますます分からなくなっていた。敵なのか、それとも味方なのか。いったい何を目的として動いているのか。「一つ、どうしても腑に落ちないことがあるんだ」考え込んだ末に、颯斗は口を開いた。「さっき、組織の機密は絶対に外へ漏らせないって言ったよな?」「ああ。もし組織の機密を漏らした者がいれば、漏らした側も、それを知ってしまった側も、例外なく組織によって始末される」「じゃあ、練のことはどう説明するんだよ。あんたの話が本当なら、あんたも練も、とっくの昔に組織に消されてなきゃおかしいだろ」「それはね」哲は静かに答えた。
颯斗は不満そうに唇を尖らせた。「人聞きが悪いな。そっちから話そうって言ってきたんだろ」「話すと言っても、話せることと話せないことがあるのさ」「何が話せて、何が話せないんだよ」「たとえば、レンの過去。彼がどうやってこの業界に足を踏み入れたのか、それなら話してもいい。逆に話せないのは、組織の機密に関わることだね」「組織?」颯斗は眉をひそめた。「ソウルエージェントの組織ってことか。そういうコミュニティがあるのか」「当然さ。巨大な組織という後ろ盾がなければ、個人だけでここまでビジネスを広げながら身の安全を保つなんて不可能だ。そのくらいの理屈は、君にも分かるだろう」「その組織の名前は?」「それこそ機密だ。答えられないね」「だったら、これ以上話すことなんてない」颯斗は哲を真っ直ぐ見据え、一語一語区切るように言った。「練の過去は、あいつ自身のものだ。他人の口から噂話みたいに聞くくらいなら、俺は本人から直接聞きたい」哲は一瞬、言葉を失った。煙草をくわえたまま静かに颯斗を見つめ、その目には驚きとも興味ともつかない光が揺れていた。やがて店員がワイルドターキーのボトルとグラスを運んできた。哲は慣れた手つきで琥珀色の酒を注ぎ、自分のグラスをひと口飲む。それから身を少し乗り出し、颯斗の前のグラスにも三分の一ほど注いだ。「他意はなかったんだ。ただ、誰かと他愛ない話がし
「あんたの店?」颯斗は思わず目を丸くした。「あんたがこの本屋のオーナーなのか」哲は煙をひと口吸い込み、淡々と言った。「店の運営はすべて他人に任せているが、資金を出したのは俺だ。俺の店と言っても間違いではないだろう」哲がオーナーかどうかは、颯斗にとって本質的な問題ではなかった。彼の脳裏によぎったのは、練がこれまで何度もこの本屋を訪れていたという事実だった。練はここが哲の店だと知っていて、足を運んでいたのだろうか。「そのこと、練は知っているのか」「彼は知らないよ」哲は紫煙をゆったりとくゆらせながら答えた。「だが、彼がここへ来ていたことは知っている。この店には防犯カメラがあるからね。彼がいつ来て、どれくらい滞在し、どんな本を買ったのか――俺はすべて把握している」「あんた……」颯斗はついに堪忍袋の緒が切れそうになり、怒りのあまり机を叩いて立ち上がりかけた。だが、かろうじて理性がその衝動を押し留める。込み上げる怒りを必死に押し殺しながら、低い声で言った。「職権乱用だろ、それ」「それがどうしたというんだい。違法ではないだろう」哲は肩をすくめた。「俺は善悪で物事を判断しない。それは法律が決めることだ。俺はこれまでビジネスで一度も捕まったことがない。つまり、俺のやっていることは悪ではないということだ」「たとえばマインドホルダーに
一ヶ月後、皆川の最新作が掲載された文芸誌『星火』が発売された。青峰からその知らせを聞いた日、練は講義に出るため外出しており、診療所には颯斗が一人で留守番をしていた。午後四時半、本日最後の来客を見送ると、颯斗は一人で外へ出た。近所の商業エリアに新しく本屋がオープンしたことは、以前、練から聞いて知っていた。颯斗のような俗っぽい人間にはあまり縁のない場所だが、練はその店をひどく気に入っているらしく、ことあるごとに足を運んでいた。実際に店へ足を踏み入れた瞬間、颯斗は思わず目を見張った。広々とした店内には客の姿もまばらで、赤レンガの壁には出窓が設けられ、白い木製のトリムが美しく映えている。静かで落ち着いた読書空間は、練がこの場所を気に入った理由を雄弁に物語っていた。これほど大きな店にもかかわらず、店内を見渡しても店員は一人しか見当たらなかった。二十歳そこそこの、大学を出たばかりのような若い娘が、レジ打ちと棚の整理を同時にこなしながら、目が回りそうな忙しさでせわしなく動き回っている。彼女がようやく一息ついたのを見計らい、颯斗は声をかけた。「すみません、最新号の『星火』はありますか」「あるとは思うんですけど……ごめんなさい、どこに置いてあるかまでは分からなくて」店員でありながら、店内の本の配置も把握していないとは。とても正規の従業員には見えず、せいぜいインターンといったところだろう。「店長さんはいますか」「それが……店長は毎日来るわけじゃないんです。俺、ただのインターンなので、よく分からなくて」本当にインターンだった。道理で話が噛み合わないわけだ。颯斗は少し呆れたが、若い娘を困らせるのも本意ではないため、軽く手を振った。「じゃあ自分で探すから、仕事に戻っていいよ」そう言ったものの、数歩進んだところで早くも頭を抱える羽目になった。見渡す限りの本の山を前にして、颯斗はまるで大海に放り込まれた小舟のように方向感覚を失い、どこから探せばいいのか見当もつかない。店内を何周も歩き回り、気づけば三十分が過ぎていたが、目的の雑誌は一向に見つからなかった。諦めて別の店を当たろうかと考え始めたその時、不意に一冊の雑誌が視界を遮るように差し出された。その表紙には、間違いなく『星火』の二文字が躍っていた。「これを探しているのかい」低く、どこか艶を帯びた聞き覚えのある
「二時の方向、警戒しろ!」練が叫ぶ。その声は単なる警告ではない。そこに敵がいる、という現在ではなく、そこに“危険が発生する未来”がある、という座標の提示だった。間一髪、翼を持つゴブリンが抜き身の刃を構え突っ込んできた。颯斗は一歩退き、まず相手の攻撃を空振りさせる。そして息つく暇も与えず跳びかかると、鋭い牙を剥き出しにした血滴る顎で、ゴブリンの喉笛に噛みついた。鮮血の味が口中に広がった瞬間、颯斗は未だかつてない高揚を覚えた。屠り尽くすという快感が込み上げ、電流となって全身の神経を隅々まで駆け巡る。怖い。悍ましい。それなのに、身体が歓喜している。――これが、SAの力。理性の
「彼には言わないでほしい」「え?誰に?」振り返った颯斗は、訝しげに問い返した。「練だよ」テツは両手を組んだまま、言葉を続けた。「彼には伝えないでくれ。俺がここにいることを」颯斗は愕然とした。頭の奥で、何かが弾ける音が響く。まさか、この教会も、テツという存在さえも、練本人は知らないというのか?はっと意識が現実へと引き戻される。颯斗は弾かれたようにアイマスクを外した。視界に飛び込んできたのは、リクライニングチェアに深く身を預けた練の姿だった。わずかに首を傾げ、瞼を閉ざしている。微睡んでいるかのような、安らかな寝顔だった。「霧生さん?霧生さん!」颯斗は身を乗り出して、練の肩を揺さ
再び目を開けると、颯斗は自分が見渡す限りの草原にいることに気づいた。薫風が微かな暖かさを運び、足元では野花が揺れている。颯斗は辺りを見回したが、この広大な草原にいるのは自分一人だけのようだ。そして前後左右の四方向には、それぞれ扉が一つずつ、草原の上に唐突にそびえ立っていた。「ここはどこだ?」颯斗は訳が分からないといった様子だ。「俺は……霧生さんの心界に入ったのか?」自分の心界は監獄だというのに、練のそれは、あまりにものどかな大草原
颯斗は一瞬、何を言われたのか呑み込めず、一拍置いてからおずおずと自らを指差した。「……俺が?お前の心界に、入るだと?」「その通りだ。D.I.A.を介して、な」練は片手でこめかみを支え、もったいぶるようにゆっくりと告げた。「初回はテストも兼ねる。お前の共感力がどこまで通用するか、この俺が直々に見極めてやる。前回は俺がお前の『中』に入ったが、今回はお前が俺の『中』に入る番だ」