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第五話:壁さん、壁さん。一時間前を見せてください。

Author: 古紫汐桜
last update Last Updated: 2026-01-29 07:26:29

「ごめんね。散らかっているけど、どうぞ」

連れて来られたのは、会社から徒歩五分の高級マンションだった。

──徒歩五分。しかも高級。

さすが課長。

こんなところに住めるなんて……。

空いた口が塞がらないままエントランスを抜けると、部屋は最上階。

しかも、ワンフロアに二部屋だけ。

(強者……!)

玄関で固まっていると、先に入った部屋の奥から顔を出し、

「どうしたの?」

と、白鳩様こと鳩村課長が不思議そうに首を傾げた。

「そんなところに立ってないで、入って」

ひらひらと手招きされ、課長は再び部屋の中へ消える。

(やっぱり……ネカフェにしておけば……)

一瞬そう思った、その時。

(……あれ? ちょっと待って。

さっきまで、野宮部長がいたんだよね?)

──見たい。二人の、愛の残像を。

私の中の腐った全私が、全力で背中を押してくる。

「行け! 今しか見られないんだぞ!」

と。

「……おじゃまします」

びくびくしながら、足を踏み入れた。

大理石の玄関。

木目調の廊下。

ピカピカで、生活感ゼロ。

(築四十年の我が家とは、次元が違う……)

課長の消えた部屋をそっと覗いた瞬間、

「わぁ……!」

思わず感嘆の声が漏れた。

そこは、まるでテレビドラマのセットのような、おしゃれなリビング。

しかも、明らかにさっきまで二人で晩酌していたであろう、赤ワインとおつまみ、食器を──白鳩様が片付けている。

(尊い……)

思わず両手を合わせて合掌していると、

「ごめんね、今片付けるから。適当に座ってて」

と言われ、革張りの高級そうなソファの端に、ちょこんと腰を下ろした。

……目の前に並ぶ、赤ワインとおつまみ。

(あ……夕飯、食べ損ねた)

そう思った瞬間、

『キュルルル……』

盛大に鳴る、私のお腹。

(は……恥ずかしい……!)

顔が熱くなっていると、白鳩様は「あっ」という顔をして、

「お腹、空いてるよね?

僕が作ったものだから、味に保証はできないけど……」

そう言って、キッチンの鍋に火を入れた。

「そんな! お気遣いなく……」

と言ったそばから、再びお腹が鳴る。

スーツの上着を脱ぎ、エプロンをつけて準備をする後ろ姿。

それはもう──新妻。

(尊い……)※本日二回目

私はそっと立ち上がり、リビングの壁に手を当てた。

──壁さん、壁さん、壁さんやい。

どうか私に、お二人の姿を見せてくださいな。

……

…………

………………。

ダメだ。

残像すら、見えない。

壁さん、お願いです。

一時間前の光景を、私に見せてくれませんか?

………………………………。

……結局、見えないんかい。

仕事しろよ、壁。

私の命と、心の潤いがかかってるんだぞ!

ほら、漫画とかアニメなら、見えるじゃない!?

週末に仕事を頑張った私に、ご褒美はないの!?

天の神様に訴えていると、

「木野さん? 何してるの?」

背後から、白鳩様の声。

「は、はい! すみません! 私のような腐れ外道が、鳩村課長のリビングの壁に触れてしまって……!」

勢いで、ひたすら謝った。

白鳩様は一瞬ぽかんとした顔をしたあと――

吹き出した。

「ははっ……なにそれ」

そばで見る、破顔した笑顔が──

(尊い……)※本日三回目

はい、私はその場で昇天しました。

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    今週、野宮部長と麗さんは二人で仙台の出張所へ応援に行っていて留守だ。私は毎日、麗さんからテレビ電話が来ていたので顔を合わせてはいたけど、事務所はお通夜のようだった。最初こそ「え? 黒鷹×白鳩で出張!? しかも部屋は一つ!? ヤバくない?」と盛り上がっていたが、いかんせん潤いが足りない。「ねぇ、お二人って……いつ出張から戻るんだっけ?」二人が出張に行って三日目には、誰もがそう口にしていた。「あぁ……白鳩様の、あの王子様スマイルが恋しい!」「黒鷹様の、あのオラオラ系なのに仕事となると紳士になるあのギャップ! 見たい~!」皆、まるでゾンビのようになりながら呟いている。お二人の出張が残り二日となった日のことだった。「ただいま戻りました」社内で、あと定時まで残り三十分という時間に、突然麗さんの声が響いた。その瞬間、屍だった女子社員たちの顔に生気が戻った。「鳩村課長? お戻りは二日後でしたよね?」「あぁ、うん。でも……残りは野宮部長がいれば大丈夫そうだったから、先に戻って来たんだ。はい、これ。みんなにお土産だよ」爽やかな王子様スマイルで、麗さんが営業部の古参の先輩にお菓子の箱を手渡した。あぁ……。麗さんがいるだけで、まるで社内に空気清浄機がついたみたいに空気がクリーンになった気がする。そんなことを考えていると、麗さんと目が合った。にっこりと微笑んだ麗さんの目の下には、うっすらとクマが出来ていた。みんなでお菓子を頂いている間に、就業時間の終わりを告げるベルが鳴り響く。麗さんはそそくさと帰り支度を済ませ、女子社員たちからの「あと少しでいいから残って下さい」という視線に見向きもせず帰宅して行った。「白鳩様、やつれていたわね」「目の下のクマ、見た?」そんな皆の会話を横目に、「お先に失礼します」と、私もそそくさと帰宅した。自宅に帰ると、案の定。「こずえちゃん、会いたかった~」と、麗さんが抱きついてきた。「貴生さん、置いて来て良かったんですか?」「はぁ? あいつと一週間も同じ部屋とか、マジで無理!」そう言いながら、麗さんは私の髪をくんくん嗅いでいる。「やっぱり、こずえちゃんがいないと安眠出来ないし」そう呟いた麗さんの言葉に、私はホッとした。じゃあ、今夜は速攻寝落ちですね?と。――そう思ったのに。「……嘘つき~

  • 腐女子の私、推しカプのはずの美人上司に抱き枕認定されました。   第四十八話:閑話休題

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