LOGIN「とりあえず……僕たちの残り物みたいになってるけど、よかったらテーブルの上のもの、つまんでて」
白鳩様の言葉に、私はこくこくと頷いた。 促されるまま座った席の目の前には、フランスパン。 その上に白いクリーム状のものが塗られ、乾燥パセリがぱらりとかかっている。 恐る恐る口に入れた瞬間── 「……おいしい!」 思わず目を輝かせ、かぶりついた。 「本当に? よかった……」 ふわりと微笑む白鳩様。 ……あなた、天使様ですか? この世の生き物とは思えません。 思えば私、腐女子ではあるけれど、二次元以外は基本受け付けないタイプだった。 なのに、野宮部長と鳩村課長は、2.5次元を通り越して二次元寄りの美貌。 ──本当は人間じゃないのでは? もぐもぐ考えているうちに、気付けば全部食べ終わっていた。 「わぁ。あっという間に食べてくれたんだ」 そう言われ、私はソファの上で全力土下座。 「す、すみません! あまりにも美味しくて、全部食べてしまいました!」 「いいんだよ。そんなふうに美味しそうに食べてもらえると、作りがいがあるから。 貴生なんて、何を食べても無表情でさ。作りがいがないんだよ」 そう言いながら、私の前にビーフシチューと、柔らかそうなパンを並べる。 生クリームがきれいにかかったビーフシチューは、まるでお店みたいだった。 「いただきます」 「召し上がれ」 微笑まれて、スプーンを口に運ぶ。 「……おいしい」 噛みしめるように呟くと、 「本当に? よかった〜。苦労したのに、貴生のやつ、何食べても無言だからさ」 くすっと笑う、その表情が可愛すぎる。 「このパンも、すごく優しい味で美味しいです」 調子に乗って感想を言うと、 「本当? それ、初挑戦だったんだ」 にっこり笑って、少し照れた白鳩様。 ……あなた、私を出血死させる気ですか? しかも今、トレーを抱えてちょこんと座っている姿の破壊力ときたら。 (……負けた) いや、そもそも争う気なんて、ないんだけど。 そんなことを考えながら食べていると、白鳩様は私の前から動こうとしない。 「?」 視線を向けると、 「そんなに美味しそうに食べてくれると、嬉しくなるね」 ……可愛いこと、言いましたよ、この人。 さすが本妻。 スーパー受け様。 もう、私が男でも陥落してました。 「ねえ、またご飯食べにおいで」 にっこり言われ、思わず頷きかけて慌てる。 「い、いえ……野宮部長との時間をお邪魔するわけには……」 すると即答。 「貴生との時間? 必要ないよ。 だいたい、あいつのご飯だって、じい様に頼まれなきゃ作らないし」 ……はい? 首を傾げる私に、さらっと爆弾発言。 「僕と貴生、従兄弟なんだ。 ちなみに、隣の部屋は貴生の部屋ね」 ──衝撃の事実が、ここで発覚した。その日、会社では麗さんの評価が大暴落していた。「どんなに白鳩様が素敵でも……あれはないわ」「え?シスコンとブラコン?キモっ!」ヒソヒソと囁く声に、胸が痛んだ。その一方で「さすが黒鷹よね~。姫救出って感じ?」と、野宮部長の評価はうなぎのぼりだった。結局、麗さんは麗子さんが用意した車にお姉さんを乗せると、職場に戻って来た。なんとも微妙な空気が漂っていたが、野宮部長がパンと手を叩き「ほら、さっさとお前らは仕事しろ」と喝を入れてくれたので、事なきを得た。今日は散々な日だったなぁ……。そう思いながらマンションに戻り、自宅の前に人影を見つけて固まった。(れ……麗さんのお姉様!!)ビビって引き返し、マンションの一階エントランスで時間を潰していた。すると「こずえ?」野宮部長の声が聞こえて、顔を上げた。「お前、こんな所でなにしてるんだ?」驚いた顔の野宮部長に「あ……あははは。家の前に、麗さんのお姉さんが居るから……」と答えると、野宮部長は舌打ちしてスマホを取り出した。「あ、麗か?クソ女が部屋の前に居るから、こずえが家に入れないじゃねぇか。あ?知らねぇよ。取りあえず、うちに連れてくわ。はぁ?お前、よくそんな事言えんな?知らねぇよ。じゃあな」スマホからまだ麗さんの声が聞こえていたが、野宮部長は一方的に通話を切った。そしてすぐに、もう一度スマホを操作する。「あ、俺。あのクソアマ、麗の部屋にまで押しかけて来やがったよ。あ?まぁ、ジジイが来るか、お袋が来るかは任せるわ」そう言うと、さっさと通話を切った。「ほら、行くぞ」私の前に立ち、野宮部長が言った。「へ?」「へ?じゃねぇだろ。こんな所に居ても風邪引くぞ。それともあれか?お姫様抱っこでもしてやろうか?」ニヤリと意地悪な笑みを浮かべる野宮部長に、私は速攻立ち上がった。「自分で歩けます!」すると野宮部長は、ふわりと優しい笑みを浮かべて私の頭を撫でた。「そうそう。こずえはそれくらい元気じゃないとな」そう言って微笑む。野宮部長はチラリと私の左手を見ると「指輪、外したままだな。よし。じゃあ行こうか」そう言って、強引に私の手を握りしめて歩き出した。相変わらずの強引さに、思わず苦笑いがこぼれる。……いつもなら困るこの強引さが、今日はやけに頼もしく感じた。
翌日、会社に行くと、何故か野宮部長が飛んできた。「こずえ、指輪外せ!」いきなり言われて「え?なんでですか?」と聞いた瞬間、麗さんからLINEが入った。『こずえちゃん、今だけ指輪外しておいて!』鳩がごめんねと謝っているスタンプが飛んでくる。理由はよく分からないけど、私は指輪を外して鞄の内ポケットに入れた。「おはようございます」事務所に入ると、何故か麗さんにべったりくっついている綺麗な女性が見えた。「あなたは、この部署のかた?」「はい」私の頭からつま先まで眺めると、鼻で笑われた。「良かった~。この部署には、麗の好みのタイプが一人もいなかったわ。麗、モデルみたいな人が好きだものね。歴代の彼女、みんな綺麗だったものね」その話を聞いて(そりゃあ、そうだよね)と納得していると「あら、もしかして貴生の彼女?」なんて言い出した。「その服、麗子さんのお店の服よね」事務所内がザワッとして、女性の視線が痛いです。「はぁ?違うだろ。それより、部外者は帰れよ」野宮部長が麗さんのお姉さんを睨んだ。「嫌よ!麗の女を見つけに来たんだから!」そう叫んだ麗さんのお姉さんに「はぁ?麗の女?いるわけないだろ」野宮部長はそう言うと「麗は俺の女だから」そう言って麗さんの腰を抱き寄せると、みんなの目の前で頬にキスをしたのだ。女子社員、全員心のシャッターを切っていたのを感じました!「バカじゃないの!」怒り出した麗さんのお姉さんに、麗さんは俯いて「貴生、みんなの前で……恥ずかしいじゃないか……」と、野宮部長の肩に顔を埋めた。ブラボーです!麗さん、貴生さん!全私がスタンディングオベーションしていると「そんなふうに誤魔化しても、必ず見つけ出すから!」捨て台詞を吐いて、お姉さんは事務所を出て行こうとした。「麗!なにしてるの?さっさと私を家に送りなさいよ!」すると野宮部長が電話をして「あ、お袋?こっちに麗奈が来てるんだわ。撤収よろしく」そう言うと、麗さんをバックハグして「悪いけど、麗は俺のなんで……」と言って、お姉さんにシッシッと手を振る。すると「麗……酷いわ!」と言うなり、突然倒れた。「姉さん!」「麗、麗は私を見捨てたりしないわよね?」慌てて倒れたお姉さんを抱き起こす麗さんに抱きつきながら、そう呟いた。その瞬間、女子社員
「それ、女よ!」その日、仕事終わりに秘書課の小川さんと経理の安川さんに誘われて、ご飯に行ったときのことだった。「女って……お姉さんだから、女性ですよ?」と答えた私に、安川さんと小川さんが同時にコケる仕草をした。「違うわよ! 浮気しているのか、こずえが浮気相手なのか分からないけど、もう一人女がいるのよ!」テーブルを叩き、怒り心頭の小川さん。「待って、ひーちゃん。それは早計すぎるよ」小川さんを宥める安川さん。「で、こずえ的にはどう思うの?」肩で息をしながら、小川さんにそう聞かれた。「私は……れ、彼を信じたいです」そう答えた。「ただ……夜のアレだけの関係みたいになってて、ちょっと嫌かな……とは思ってて」えへへっと笑いながら、重くならないように話したつもりだった。……そう、つもりだったんです。しかしその瞬間、二人の目が同時に据わった。「はぁ? 絶倫ヤバ雄、デートしないくせにやることやってんの?」「はぁ? 絶倫ヤバ雄のくせに、うちらの木野ちゃんをなんだと思ってるの?」二人の顔が……怖いです。実際、実家に帰るようになってから、麗さんが私にひっつく頻度は上がっていて。最近、ソファーに一人でゆっくり座った記憶がない。必ず麗さんの前に座らされて、バックハグされた状態でソファーに座っています。夜も……実家から帰ってきてからは激しいと言いますか……何度か本気で殺されるんじゃないかと思いました。麗さんにとって、私に触れることが精神安定剤代わりだと分かっているものの、やっぱり普通に過ごす時間も欲しいんですよね。「はぁ……」一つ溜め息をつくと、「あ! ごめん。一番傷付いてるのは、こずえなのに……」私の溜め息をどう受け取ったのか、安川さんと、怒涛の絶倫ヤバ雄クレームを言いまくっていた小川さんが、私の顔を見て呟いた。「木
それは、麗さんと食事をしている時のことだった。スマホの着信音が鳴り響き、麗さんは画面を見ると深く溜め息をついた。「ごめん、こずえちゃん。ちょっと席を外すね」「はい」麗さんはスマホに出ると、「はい、麗です。姉さん、どうしたの?」そう言いながら部屋の奥へ歩いて行った。(お姉さん?)この時の私は深く考えず、食事を続けていた。──しかし、この日を境に、麗さんのお姉さんからの電話は頻繁になった。この日も、麗さんにキスされて押し倒された瞬間、家の電話が鳴り響いた。「こずえちゃん、無視してていいよ」そう言われたものの、留守電に切り替わった瞬間。「麗……麗……どうして電話に出ないの? 誰か一緒にいるの?」明らかに泣いている声だった。麗さんは深く溜め息をつくと、「ごめん、留守電切るの忘れてた」そう言ってベッドから起き上がり、サイドテーブルのスマホを手にした。「姉さん、こんな夜遅くに何? ……誰もいないよ。……違う、疲れて寝てただけ」明らかに疲れた表情で会話している。額に手を当てながら、「姉さん、分かったから。もう泣かないで。今週末? それは……」そう言って私を見た。私がジェスチャーで『どうぞ』と伝えると、麗さんは片手を上げて『ごめん』の仕草をする。「分かったよ……帰るよ。どこに行きたいの?」麗さんは優しい声でそう言いながら、リビングへと移動していった。私がうとうとした頃、麗さんはベッドに戻ってきた。そして背後から私を抱き締めると、「こずえちゃん、ごめんね。映画……見る約束だったのに……」ポツリと呟いた。「麗さん? ……大丈夫ですよ。映画なら、まだ上映されたばかりですし、今度観に行きましょう」「本当に……ごめんね」私に縋り付くように抱き締める麗さんに、私は小さく笑って頷くことしかできなかった。──結局、行こうと話していた映画は、観ることが出来ないまま、月日は流れた。
今週、野宮部長と麗さんは二人で仙台の出張所へ応援に行っていて留守だ。私は毎日、麗さんからテレビ電話が来ていたので顔を合わせてはいたけど、事務所はお通夜のようだった。最初こそ「え? 黒鷹×白鳩で出張!? しかも部屋は一つ!? ヤバくない?」と盛り上がっていたが、いかんせん潤いが足りない。「ねぇ、お二人って……いつ出張から戻るんだっけ?」二人が出張に行って三日目には、誰もがそう口にしていた。「あぁ……白鳩様の、あの王子様スマイルが恋しい!」「黒鷹様の、あのオラオラ系なのに仕事となると紳士になるあのギャップ! 見たい~!」皆、まるでゾンビのようになりながら呟いている。お二人の出張が残り二日となった日のことだった。「ただいま戻りました」社内で、あと定時まで残り三十分という時間に、突然麗さんの声が響いた。その瞬間、屍だった女子社員たちの顔に生気が戻った。「鳩村課長? お戻りは二日後でしたよね?」「あぁ、うん。でも……残りは野宮部長がいれば大丈夫そうだったから、先に戻って来たんだ。はい、これ。みんなにお土産だよ」爽やかな王子様スマイルで、麗さんが営業部の古参の先輩にお菓子の箱を手渡した。あぁ……。麗さんがいるだけで、まるで社内に空気清浄機がついたみたいに空気がクリーンになった気がする。そんなことを考えていると、麗さんと目が合った。にっこりと微笑んだ麗さんの目の下には、うっすらとクマが出来ていた。みんなでお菓子を頂いている間に、就業時間の終わりを告げるベルが鳴り響く。麗さんはそそくさと帰り支度を済ませ、女子社員たちからの「あと少しでいいから残って下さい」という視線に見向きもせず帰宅して行った。「白鳩様、やつれていたわね」「目の下のクマ、見た?」そんな皆の会話を横目に、「お先に失礼します」と、私もそそくさと帰宅した。自宅に帰ると、案の定。「こずえちゃん、会いたかった~」と、麗さんが抱きついてきた。「貴生さん、置いて来て良かったんですか?」「はぁ? あいつと一週間も同じ部屋とか、マジで無理!」そう言いながら、麗さんは私の髪をくんくん嗅いでいる。「やっぱり、こずえちゃんがいないと安眠出来ないし」そう呟いた麗さんの言葉に、私はホッとした。じゃあ、今夜は速攻寝落ちですね?と。――そう思ったのに。「……嘘つき~
私、経理課勤務の安川正恵。営業部の木野ちゃん、総務部秘書課の小川久子こと、ひーちゃんと三人で腐女子トリオだ。最近、木野ちゃんの様子がおかしい。気が付いたら、ぽっちゃりしていた体型がほっそりして、簡単だったメイクも品の良いナチュラルメイクになった。しかも、「髪の毛を色々やるのがめんどくさくて~」とか言っていたのに、時々ヘアアレンジをして出社してくる。この前なんて、どうやったの? その髪型? というくらい可愛い髪型をしてきた。「木野ちゃん、その髪型可愛いね」と言うと、「れ……彼が、朝、やってくれたの」ポッと頬を染めて答えたのだ。「か……彼氏?」木野ちゃんの言葉に、何気なく左の薬指を見たら……指輪してるじゃない!いつの間に!!「え? 婚約したの? いつの間に?」慌てて左手を掴んで言うと、「あ……これは違うよ。黒鷹×白鳩へのラブリングだよ」と、ほわんと微笑んだ。その瞬間、私とひーちゃんは顔を見合わせた。「私の黒鷹×白鳩愛を認めてくれててね」そう言って、うふふっと笑う木野ちゃん。待って、木野ちゃん!その人、本当に大丈夫なの?するとすかさず、ひーちゃんが言った。「こずえ、本当に大丈夫? 普通、腐女子って嫌がられるよ?」「あ……うん。その話をすると止まらなくなるから、すぐに口を塞がれちゃうんだよね~」恥ずかしそうに、へにゃりと笑う木野ちゃん。「っていうかさ、出会いは? あんた、男っ気なかったよね。てか、男性苦手だったよね?」「あ~そうなんですけど、彼は大丈夫って言うか……。最初から抱き枕だったからですかね?」木野ちゃんが、問題発言をした。「ちょっと待って! 抱き枕って、なに?」私が聞く前に、さすがよ、ひーちゃん。先