Share

第4話:宇宙人、コンビニおにぎりの神業に震える

Author: 憮然野郎
last update Last Updated: 2026-03-09 18:00:00

深夜のオフィス。フロアの明かりは落とされ、九条のデスク周辺だけが、都会の夜景をバックに青白く浮かび上がっていた。

サオリの嫌がらせを退け、プロジェクトのデータを無事復旧させたルナと九条は、二人きりで最終確認を終えた。

「星野。……まだ、帰さないと言ったら、どうする?」

九条が椅子から立ち上がり、ゆっくりとルナとの距離を詰める。ルナの背中が壁に当たり、逃げ場がなくなる。九条の長い腕がルナの顔の横で壁を叩いた。いわゆる「壁ドン」の形に、ルナの心臓は爆発寸前だ。

「ぶ、部長……。あの、私……」

「お前はさっき、自分のしたことは自分に返ると言ったな。ならば、俺の時間をこれほどまでにかき乱した責任、どう取るつもりだ?」

至近距離で交わる視線。九条の瞳には、上司としての厳しさを超えた、一人の男としての濃密な独占欲が渦巻いている。

ルナが思わず目を閉じると、不意に耳元でクスクスと、微かな笑い声が聞こえた。

「……腹の虫が鳴っているぞ。腹が減っては、戦(いくさ)はできん」

九条が離れ、デスクから取り出したのは、意外すぎるものだった。

「これを食べろ」

差し出されたのは、どこにでもあるコンビニのおにぎり。

ルナは呆然としてそれを受け取った。

実はルナは、社内でいつも孤立していた。地球の複雑な食文化に馴染めず、昼食はいつも一人で「カロリーメイト」や「ゼリー飲料」を無機質に流し込むだけ。そんな彼女を、サオリたちは「味気ない女」「宇宙人みたい」と陰で笑っていたのだ。

「部長……これは?」

「開け方が分からないのか? 貸せ」

九条は手際よくフィルムを剥き、完璧な三角形を維持したままルナに手渡した。

「一口食べてみろ。その『効率重視』の食事よりは、マシなはずだ」

ルナは恐る恐る、そのおにぎりを口に運ぶ。

次の瞬間、彼女の脳内に衝撃が走った。

「な、何ですか……これ……ッ!」

パリッ、と鼓膜にまで響くほど小気味よい音を立てる海苔。その内側には、一粒一粒が立っている、ふっくらと甘い白米。そして中央に鎮座する、絶妙な塩気の紅鮭。

「海苔が……乾いているのに、お米を包んでいる……! それなのに、お米はこんなに優しくて……。これ、地球の最先端テクノロジーによる保存食ですか!?」

「ただのコンビニおにぎりだ。大げさな奴だな」

九条は呆れたように言いながらも、その口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。

おにぎり一つに瞳を輝かせ、「おいしい、おいしい」と夢中で頬張るルナ。口角に米粒がついていることにも気づかないその無防備な姿は、普段の「底辺社員」としての卑屈さも、宇宙人としての孤独も消え去り、ただただ愛らしかった。

九条は無意識に手を伸ばし、ルナの頬についた米粒を指で拭った。

「……星野。お前は、自分がどれだけ美味しそうに食べるか自覚がないだろう」

「へっ……?」

「そんな顔を見せられるのは、俺だけでいい」

その声は、かつてないほど優しく、愛おしさに満ちていた。

九条は自席の引き出しから、手書きのメモがびっしり書かれた一冊のノートを取り出した。それは、彼が趣味で作り溜めている【至高のレシピノート】だった。

「……コンビニのものでこれなら、俺が作ったものを食べたらどうなることか。今度、俺の家で試させてやる」

「部長の……手作り……?」

ルナの胸が、おにぎりの温かさとは別の熱でじんと熱くなる。

孤立していた自分を、仕事だけでなく「食」の喜びでも満たそうとしてくれる。

だが、二人の温かな時間が過ぎていく一方で、会社の廊下には不穏な人影があった。

自宅待機を命じられたはずのサオリが、恨みがましい瞳でドアの隙間から二人を凝視していたのだ。

その手には、ルナが落とした【デバイスの予備パーツ】が握られていた――。

※第5話予告

毒入りスープと、氷の微笑

九条の家で開かれる、秘密の試食会。

「俺の料理に、文句は言わせない」

エプロン姿の部長にドキドキが止まらないルナ。

しかし、サオリの執念が、二人の食卓に最悪の毒を混入させる!?

【次回、料理男子・九条の真骨頂! そしてルナを襲う最大の危機!】

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 落ちこぼれ女子社員は時を5秒操れる宇宙人、バレたら母星へ強制送還! なのに溺愛上司が離してくれません    第4話:宇宙人、コンビニおにぎりの神業に震える

    深夜のオフィス。フロアの明かりは落とされ、九条のデスク周辺だけが、都会の夜景をバックに青白く浮かび上がっていた。サオリの嫌がらせを退け、プロジェクトのデータを無事復旧させたルナと九条は、二人きりで最終確認を終えた。「星野。……まだ、帰さないと言ったら、どうする?」九条が椅子から立ち上がり、ゆっくりとルナとの距離を詰める。ルナの背中が壁に当たり、逃げ場がなくなる。九条の長い腕がルナの顔の横で壁を叩いた。いわゆる「壁ドン」の形に、ルナの心臓は爆発寸前だ。「ぶ、部長……。あの、私……」「お前はさっき、自分のしたことは自分に返ると言ったな。ならば、俺の時間をこれほどまでにかき乱した責任、どう取るつもりだ?」至近距離で交わる視線。九条の瞳には、上司としての厳しさを超えた、一人の男としての濃密な独占欲が渦巻いている。ルナが思わず目を閉じると、不意に耳元でクスクスと、微かな笑い声が聞こえた。「……腹の虫が鳴っているぞ。腹が減っては、戦(いくさ)はできん」九条が離れ、デスクから取り出したのは、意外すぎるものだった。「これを食べろ」差し出されたのは、どこにでもあるコンビニのおにぎり。ルナは呆然としてそれを受け取った。実はルナは、社内でいつも孤立していた。地球の複雑な食文化に馴染めず、昼食はいつも一人で「カロリーメイト」や「ゼリー飲料」を無機質に流し込むだけ。そんな彼女を、サオリたちは「味気ない女」「宇宙人みたい」と陰で笑っていたのだ。「部長……これは?」「開け方が分からないのか? 貸せ」九条は手際よくフィルムを剥き、完璧な三角形を維持したままルナに手渡した。「一口食べてみろ。その『効率重視』の食事よりは、マシなはずだ」ルナは恐る恐る、そのおにぎりを口に運ぶ。次の瞬間、彼女の脳内に衝撃が走った。「な、何ですか……これ……ッ!」パリッ、と鼓膜にまで響くほど小気味よい音を立てる海苔。その内側には、一粒一粒が立っている、ふっくらと甘い白米。そして中央に鎮座する、絶妙な塩気の紅鮭。「海苔が……乾いているのに、お米を包んでいる……! それなのに、お米はこんなに優しくて……。

  • 落ちこぼれ女子社員は時を5秒操れる宇宙人、バレたら母星へ強制送還! なのに溺愛上司が離してくれません   第3話:5秒止めた世界で、甘い逆襲

    「星野。お前は本当に、何も気づいていないのか」 専用車の後部座席。九条部長の低く甘い声が、ルナの耳を熱くさせる。 吐息が触れそうな距離。部長の瞳は、まるで獲物を追い詰める肉食獣のような光を宿していた。 「それは……私が、部長にとって必要な『戦力』だから……ですよね?」 震える声で答えるルナ。九条はわずかに目筋を細め、フッと自嘲気味に口角を上げた。 「……半分は正解だ。だが、もう半分は――」 その答えが紡がれる直前、九条のスマホが激しく振動した。 「……九条だ。何? プロジェクトのメインデータが消えただと?」 電話の向こうからの悲鳴に近い報告に、車内の空気は一瞬で氷点下へと変わる。九条は即座にプロの顔に戻り、運転手に「会社へ戻れ」と短く命じた。 「星野、足を冷やしながら車で待っていろ。すぐに済ませる」 「あ、私も行きます! 私のミスかもしれないし……っ」 怪我を心配する九条を振り切り、ルナは無理やり車を降りてオフィスへと急いだ。 しかし、そこで待ち受けていたのは、想定外の【悪意】だった。 フロアに入った瞬間、静まり返るオフィス。 同僚のサオリが、ルナのデスクに置かれた「あのポーチ」を手に、勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っていた。 「あ、ルナ。おかえり。大変なことになってるわよ? あなたが担当したクライアントへのプレゼンデータ、全部消えちゃったみたい」 「えっ……そんなはずは……」 「それより、これ何?」 サオリがポーチから取り出したのは、ルナの時間操作デバイスだった。 「変な機械。これで部長を誘惑してたの? さっき、階段で部長に抱きついたっていう目撃情報も入ってるわよ。底辺社員の分際で、姑息な手を使って……!」 周囲の同僚たちの冷ややかな視線が刺さる。 (違う……それは、私の大事な……!) ルナが手を伸ばそうとしたその時、サオリは意地悪な笑みを浮かべ、わざとデバイスを床に叩きつけようとした。 「こんなガラクタ、壊れちゃえばいいのよ!」 その瞬間、ルナの胸に熱い何かが込み上げた。 (……今度こそ、逃げない!) ルナは一歩踏み出し、床に転がったデバイスを必死の思いで掴み取った。 指先が冷たい金属に触れた瞬間、デバイスが淡い光を放ち、ルナの脳内に【再起動完了】の文

  • 落ちこぼれ女子社員は時を5秒操れる宇宙人、バレたら母星へ強制送還! なのに溺愛上司が離してくれません   第2話:氷の暴君が、ドジな私を抱き寄せた

    大手広告代理店、東央エージェンシーの底辺社員・星野ルナ。 彼女の直属の上司となった九条 蓮(くじょう れん)部長は、社内で「氷の暴君」と囁かれていた。 しかし、それは彼が感情に流されず、常にプロとしての仕事を完遂させるがゆえの異名だった。 「星野、この企画書だが。……論理の飛躍がある。ここを埋めれば、もっと説得力が増すはずだ」 九条の声は常に低く、落ち着いている。厳しい指摘ではあるが、そこにはルナを萎縮させるような棘はない。 むしろ、ルナが自力で答えに辿り着けるよう、絶妙なヒントが散りばめられていた。 ルナが残業でデスクに突っ伏していれば、いつの間にかブランケットが掛けられ、傍らには「糖分は脳のガソリンだ」と書かれた高級なチョコレートが置かれている。 (部長は、本当は誰よりも優しい……) ルナは、そんな彼の不器用な思いやりに、いつしか救われていた。 だが、そんな穏やかな緊張感は、視察先のホテルの大階段で一変する。 「部長、本日の議事録ですが――」 一歩先を行く九条の背中を、ルナは重い資料を抱えて追っていた。その時、大階段の陰から子供が勢いよく飛び出してくる。 「危ない……っ!」 ルナは反射的に子供を避けようとして、体勢を崩した。 (あ、時間……!) ルナはポケットの中の【小型時間操作デバイス】に手を伸ばそうとする。だが、指先が触れたのは虚空だった。 急ぐあまり、ポーチごとデスクに置き忘れてきたのだ。 「……っ!」 回避不能。大理石の角が、ルナの後頭部に迫る――。 その瞬間だった。 「……星野!」 鋭い声と共に、強い力がルナの体を横からさらう。 激しい衝撃が走る。しかし、それは冷たい石の感触ではなかった。九条がルナを抱きしめたまま自らが下敷きになり、彼女を守り抜いたのだ。 「……目を開けろ。怪我はないか」 至近距離で見つめ合う二人。九条の瞳には、いつもの沈着冷静さはなく、今にもルナを飲み込みそうなほど激しい【焦燥】が渦巻いていた。 「ぶ……部長……」 「黙っていろ。お前が負傷すれば、俺のチームの損失だ」 九条はそう言いながら、ルナの腰を抱き寄せる腕に、さらなる力を込める。その手は、かすかに震えていた。 「お前は、俺が選んだ『戦力』だ。……俺の許可なく勝手に

  • 落ちこぼれ女子社員は時を5秒操れる宇宙人、バレたら母星へ強制送還! なのに溺愛上司が離してくれません   第1話:今、この5秒で彼を救う

    「ああっ、またやった……!」 オフィスに私の情けない叫びが響いた。手元から滑り落ちたのは、淹れたてのコーヒー。 地球の重力というのは、どうしてこうも気まぐれなのだろう。銀河系の端っこから調査にやってきて三ヶ月。私は未だに、この星の物理法則と仲良くなれずにいた。 名前は星野ルナ。大手広告代理店で「万年ドジっ子」のレッテルを貼られた底辺社員。 ……というのは仮の姿だ。 本当の正体は、銀河の果てから地球の文化を調査しに来た【 観測者(エイリアン) 】。そして、指先ひとつで時間を「5秒」だけ操れる、銀河でも希少な能力の持ち主である。 でも、その力を使うことは厳禁だ。 もし地球人に正体がバレれば、即・母星へ強制送還。私の地球での「おにぎり探求生活」は終わってしまう。 「星野。……怪我はないか」 低く、落ち着いた声が頭上から降ってきた。 九条蓮(くじょう れん)。 我が社の誇る超エリート上司。常に背筋を伸ばし、一分の隙もないスーツ姿の彼は、社内一ストイックな男として知られている。 「す、すみません、九条部長……! すぐ片付けます!」 「謝罪はいらない。だが、君は自分の歩幅を理解していない。……これを使いなさい」 彼は甘い言葉をかけるわけでもなく、無造作に自分の白いハンカチを差し出した。 周囲の社員は「また部長に詰められてる」と遠巻きに見ているが、違う。彼は、私が火傷をしていないか、一番に確認してくれたのだ。 「他人の評価を気にする暇があったら、自分の足元を見なさい。私は、君の価値は他人の物差しで決まるものではないと考えている」 ぶっきらぼうな言い方。でも、周囲が「無能」と笑う中で、彼だけは私を「一人の社員」として正当に、ストイックに評価してくれている。 ――かっこいい。 私が、彼が絶体絶命の窮地に陥るたびに、こっそり時間を止めて救っているのは、私なりの恩返しでもあった。 その日の夕方。事件は起きた。 新プロジェクトのプレゼンのため、九条部長と共にビルを出て移動していた時のことだ。 歩道を歩く九条部長の背中を見ながら、私は心の中で 「歩く姿もトレンディドラマの主役みたいだなぁ」なんて場違いなことを考えていた。 その時だった。 ガガガッ、という不穏な金属音が上空から響いた。 見

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status