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第3話:5秒止めた世界で、甘い逆襲

Author: 憮然野郎
last update Last Updated: 2026-03-06 20:03:26

「星野。お前は本当に、何も気づいていないのか」

専用車の後部座席。九条部長の低く甘い声が、ルナの耳を熱くさせる。

吐息が触れそうな距離。部長の瞳は、まるで獲物を追い詰める肉食獣のような光を宿していた。

「それは……私が、部長にとって必要な『戦力』だから……ですよね?」

震える声で答えるルナ。九条はわずかに目筋を細め、フッと自嘲気味に口角を上げた。

「……半分は正解だ。だが、もう半分は――」

その答えが紡がれる直前、九条のスマホが激しく振動した。

「……九条だ。何? プロジェクトのメインデータが消えただと?」

電話の向こうからの悲鳴に近い報告に、車内の空気は一瞬で氷点下へと変わる。九条は即座にプロの顔に戻り、運転手に「会社へ戻れ」と短く命じた。

「星野、足を冷やしながら車で待っていろ。すぐに済ませる」

「あ、私も行きます! 私のミスかもしれないし……っ」

怪我を心配する九条を振り切り、ルナは無理やり車を降りてオフィスへと急いだ。

しかし、そこで待ち受けていたのは、想定外の【悪意】だった。

フロアに入った瞬間、静まり返るオフィス。

同僚のサオリが、ルナのデスクに置かれた「あのポーチ」を手に、勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っていた。

「あ、ルナ。おかえり。大変なことになってるわよ? あなたが担当したクライアントへのプレゼンデータ、全部消えちゃったみたい」

「えっ……そんなはずは……」

「それより、これ何?」

サオリがポーチから取り出したのは、ルナの時間操作デバイスだった。

「変な機械。これで部長を誘惑してたの? さっき、階段で部長に抱きついたっていう目撃情報も入ってるわよ。底辺社員の分際で、姑息な手を使って……!」

周囲の同僚たちの冷ややかな視線が刺さる。

(違う……それは、私の大事な……!)

ルナが手を伸ばそうとしたその時、サオリは意地悪な笑みを浮かべ、わざとデバイスを床に叩きつけようとした。

「こんなガラクタ、壊れちゃえばいいのよ!」

その瞬間、ルナの胸に熱い何かが込み上げた。

(……今度こそ、逃げない!)

ルナは一歩踏み出し、床に転がったデバイスを必死の思いで掴み取った。

指先が冷たい金属に触れた瞬間、デバイスが淡い光を放ち、ルナの脳内に【再起動完了】の文字が浮かぶ。

「……星野、下がっていろ」

背後から九条部長の声が響く。彼はサオリの前に立ち、その鋭い眼差しで彼女を射抜いた。

「佐藤、お前が星野のPCにログインした履歴は、既にログで確認済みだ。データの消去……これが何を意味するか、分かっているな?」

「えっ……九、九条部長……! それは、彼女があまりに無能だから、私が教育を……」

青ざめるサオリ。しかし、彼女は往生際悪く、ルナの腕を掴んで突き飛ばそうとした。

(……今だ!)

ルナはデバイスのスイッチを強く押し込んだ。

【5……4……3……2……1……0。】

世界から色が消え、音が止まる。

サオリがルナを突き飛ばそうとして、

醜く顔を歪めたまま──空中で静止している。

周囲の同僚たちも、

驚きの表情のまま……石像のように固まっていた。

動けるのは、ルナただ一人。

ルナは静かに、けれど迷いのない手つきで、サオリの右手を自分から離し、代わりに彼女が隠し持っていた「ルナのデスクから盗んだ重要書類」を奪い返した。

そして、サオリの重心を、彼女が自分で転ぶような角度へとわずかにずらす。

「……自分のしたことは、自分に返ってくる。それがこの世界のルールです」

5秒。

たったそれだけの時間が、ルナにとっては永遠のように感じられた。

【――再生。】

パチン、と指を鳴らした瞬間、世界が再び動き出す。

「きゃあああ!?」

サオリは、自分からルナを突き飛ばそうとした勢いそのままに、空を切って床に派手に転がった。

その手から滑り落ちたのは、ルナから盗んだはずの私物や、改ざんの証拠となるメモ。

「あ、あれ……? なんで……!?」

床に這いつくばるサオリを、九条部長は冷徹なまでの無関心で見下ろした。

「……見苦しい。警備員を呼べ。彼女を即刻、自宅待機にする」

嵐のような騒動が去り、オフィスには再び静寂が訪れる。

ルナはデバイスをポーチに隠し、安堵で崩れ落ちそうになった。それを支えたのは、やはり九条の強い腕だった。

「……星野」

「部長……。ありがとうございます。信じてくれて」

「信じているのではない。俺は、俺が見込んだ人間が、あんな安っぽい罠に屈するとは思っていないだけだ」

九条はそう言って、ルナの頭を不器用に、けれど愛おしそうに一度だけ撫でた。

「……だが、さっきの車の続き。……忘れたわけじゃない」

部長の瞳に、再びあの【熱】が戻る。

周囲に人がいることも構わず、彼はルナの耳元に顔を寄せた。

「あの半分は……『お前以外の女に、俺の時間を1秒たりとも使わせたくない』という意味だ。……覚悟しておけ」

ルナの顔が、一瞬で真っ赤に染まる。

5秒間だけ時を止める力を持っていたはずなのに。

部長に見つめられると、ルナの心臓の時計は、永遠に止まってしまいそうだった。

※第4話予告

深夜のオフィス、甘い契約

「……まだ、帰さないと言ったら?」

プロジェクト成功の祝杯は、二人きりの深夜のオフィスで。

九条部長の独占欲が、ついにルナを逃げ場のない角へと追い詰める!

そんな緊張感漂う中、九条が共有スペースの冷蔵庫から取り出してきたのは、意外すぎるものだった。

「……腹が減っては、戦(いくさ)はできん。これを食べろ」

それは、完璧な彩りで詰められた【九条部長お手製の特製弁当】。

多忙を極め、昼食を逃すことも多い彼が、夜に食べることも想定して傷みにくい工夫を凝らした究極の逸品。

昼休みにいつも一人、ゼリー飲料やカロリーメイトを流し込み、同僚から「味気ない宇宙人」と笑われてきたルナにとって、それは宝石箱のような輝きを放っていた。

初めて体験する「手作り」の温かさと、職人技のような美味しさに、ルナの衝撃と感動が止まらない!

エリート部長の隠された素顔は、まさかの超一流【料理男子】だった。

地球の豊かな食文化、そして部長の深い愛情に、ルナの心は初めて満たされていく。

その無防備で愛らしい姿を、九条はかつてないほど優しく、愛おしく見つめていた――。

【次話、部長の独占欲と「究極の弁当」が交差する、波乱の夜が始まる!】

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