LOGINさらに千尋を煽るように背を撫で、喉元を舐め上げやりながら、和彦はタトゥーにちらりと視線を向ける。
「今は軽く考えているようだが、将来、きちんと定職に就くつもりなら、早めにどうにかしたほうがいいぞ、それ」 「将来は、先生に食わせてもらうとか、どう?」 どうやら千尋は、今は真剣に考える気はないらしい。千尋の保護者ではない和彦としてはあまり強く言う義理もなく、そもそも千尋が将来を考え始める頃まで、関係を続けているとも思えない。 「まあ……、ぼくの体じゃないから、お前がどう扱おうと知ったことじゃないんだけどな」 「ひでー言い方」 千尋が低く声を洩らして笑いながら、和彦の片足を抱える。その拍子に、簡単にティッシュで拭っただけの内奥から、さきほど千尋に注ぎ込まれた欲望の名残りが溢れ出してきて、思わず和彦は眉をひそめる。しかし千尋は気にした様子もなく、熱いものの先端を擦りつけてきた。 意識が〈そちら〉に向きそうになったが、なんでもないふりをして和彦は会話を続けた。 「他人のぼくはともかく、親は何も言わないのか?」 「うち、片親なんだよね。俺が小学校入る前に、母親はオヤジを罵倒して出ていった。で、現在に至るまで父子家庭。そして俺も、オヤジの面を見たくなくて、大学中退したあとはフリーターしながら、こうして一人暮らししてるわけ。だからまあ、先生も呼べるんだけど」 あっけらかんとした口調で千尋が言い、咄嗟に和彦は反応できなかった。その隙に、といわんばかりに、千尋のものがゆっくりと内奥に挿入される。 ひとまず会話を打ち切って、和彦は呻き声を洩らしながら千尋にしがみつき、千尋は荒い息を吐きながら腰を進める。 「あっ、あぁっ」 「いつも思うけど、何度入っても、いいよ、先生の中……」 深く繋がったあとは、得られる陶酔感を二人は分かち合う。手を繋ぎ、抱き合い、唇を重ね、一度目の交歓にはない感覚を楽しんでいた。 千尋の頭を片腕で抱き締めながら和彦は、自分たちが少し前まで交わしていた会話をようやく思い出す。指先で千尋のタトゥーを撫でてから、口を開いた。 「――で、お前のオヤジさんは、このタトゥーのことは知ってるのか?」 「えっ……、ああ、思い切り目の前で見せてやったら、露骨に嫌そうな顔しやがった」 「それはまあ、普通の親としての反応じゃないか」 「普通の親、か……」 次の瞬間、千尋が見せた表情は印象的だった。皮肉っぽくて苦々しげ、そして、わずかな自嘲も込められた笑み。悩みもなく、この世に怖いものすらないように見える千尋とは思えない表情だ。 もしかすると千尋は、年齢には見合わないものを背負っているのかもしれない――とまで思いかけた和彦だが、すぐにそれはないと思い直した。 にんまりと笑みを浮かべた千尋が、実にロクでもないことを言ったのだ。 「もしかして、俺のオヤジに興味津々? 俺がイイ男だから、オヤジもイイ男だろうと思ったんでしょ、先生。残念、俺のほうが何倍もイイ男だよ。だいたいオヤジなんて、勃つのかどうかすら怪しいおっさんだぜ?」 千尋が緩やかに腰を揺らし、内奥を刺激してくる。危うく嬌声を上げそうになった和彦だが、なんとか息を喘がせただけで堪える。 「バ、カっ……。誰が、そっちの話をしている。ただ、お前みたいなやんちゃ坊主を男手一つで育てるのは大変だったろうと思っただけだ」 「オヤジはなんもしてねーよ。俺を育てるのなんて、人任せ。そのくせ、何かあるとオヤジの強権を発動するんだ。それが嫌で、俺は家を出た」 基本的に和彦と千尋の関係は、会えばベッドに直行して、享楽的な時間を貪ることで大部分が成り立っている。個人的な事情はさほど重要視していない。恋人と呼べるほどべったりとした関係ではないのだ。 和彦は千尋の頭を撫でてから、唇にキスしてやる。 「能天気そうに見えて、意外に苦労してるな」 「俺にメロメロになった?」 「……どうだろうな」 和彦の答えにニヤリと笑った千尋は、本格的に行為に没頭する気になったようだ。和彦の両足を左右に押し開いて、腰の動きを大きくする。 「はあっ」 気まぐれに胸の突起に噛みつかれ、和彦はビクリと体を震わせてから、千尋の背に両腕を回した。 「きれいな体をしてるんだから、あまり無茶はするなよ」 息を弾ませての和彦の忠告に、顔を上げた千尋が表情を綻ばせる。 「俺の心配してくれるのなんて、先生ぐらいだよ」 思わず和彦も唇に笑みを浮かべ、千尋の頬を撫でてやる。 若くてしなやかで野生的、粗暴でない程度に強引でありながら、甘える様は可愛くもある。囁いてくる言葉は恥知らずなほど直情的だが、耳に心地いい。何より、セックスが上手いのがいい。 「ねえ、また中に出していい?」 千尋の熱っぽい囁きに、和彦は掠れた声で応じる。 「今度は、後ろからがいい」 簡単に煽られた千尋のものが、内奥でまた硬くなる。 和彦は、セックスフレンド以上恋人未満の十歳年下の千尋を、かなり気に入っていた。千尋が調子に乗るので、絶対本人には言わないが――。勝手な言い分だと思ったが、あながち間違ってもいないので、反論できない。それに、本宅で過ごす時間は嫌いではなかった。 和彦は鼻先を掠める香りに気づき、視線をある方向に向ける。応接間の一角には、華やかなスペースができていた。クリニックの開業祝いに贈られた胡蝶蘭たちだ。寒さも直射日光も避けられる場所が、長嶺の本宅にはたくさんある。その一つが、この応接間というわけだ。 和彦も組員から育て方を聞いて、恐る恐る鉢の一つの世話を始めたところだった。 書類すべてに署名を終えると、賢吾が組員にコーヒーを運ばせてくる。書類をまとめてテーブルの隅に置いた和彦は、さっそくコーヒーにミルクを注いだ。「先生、明日もクリニックは休みなんだから、本宅に泊まっていったらどうだ」 さりげなく賢吾に切り出され、コーヒーを混ぜた和彦はちらりと視線を上げる。返事は決まっているとばかりに、賢吾は薄い笑みを浮かべていた。「……ついこの間、たっぷり世話になったばかりだと思うんだが……」「いいじゃねーか。うちの連中も、先生を気に入ってるんだ。メシを食わせたり、花の世話を教えたりしてな。男所帯のこの家も、先生がいるだけで空気が柔らかくなる」「男のぼくが加わっても、男所帯に変わりはないだろ」 ぼそっと指摘すると、賢吾は機嫌よさそうに声を上げて笑う。和彦はそんな賢吾につられるように、笑みをこぼしていた。 こうしてのんびりと過ごしていると、つい数時間前に実家を見たという現実が、どこか夢の出来事のように感じられる。もっとも、家族と出くわしでもしていたら、こんなふうに落ち着いてはいられなかっただろう。 ただ、いつまでも佐伯家と音信不通のままではいられない。 和彦は、思わず賢吾にこう問いかけた。「ぼくはこの先、実家とどう接していけばいいんだろう……」「先生と佐伯家次第だ。互いに干渉しないという要望が合致すれば、円満に過ごせる。衝突するなら――そうだな、俺の養子になるか? そうすれば先生は、佐伯の人間でなくなる」 咄嗟に反応できない和彦に対して、賢吾はニヤリと笑い
首を傾げて返事を待つ賢吾の顔をまじまじと見つめてから、とうとう和彦は笑ってしまう。実家を見せられ、なんの嫌がらせかと思ったが、そうではないとわかった。 賢吾は、和彦の心の内を見たかったのだ。今の生活をどう感じているか、和彦が本当に佐伯家を忌避しているかどうか。もちろん、それだけではないだろう。受け取り方によっては、これは恫喝にもなりうる。ヤクザの組長に、実家の場所と状況を把握されているというのは、ある意味で恐怖だ。 賢吾が声をかけ、車が走り出す。実家前を通り過ぎるとき、スモークフィルムの貼られたウィンドー越しに眺めてはみたが、和彦の中で懐かしいという感情が込み上げることはなかった。それどころか、門扉を開けて家族の誰かが姿を現すのではないかと、少し緊張する。 すぐに実家は見えなくなり、肩から力を抜いた和彦はシートに体を預ける。賢吾は何も言わず、再び手を握り締めてくれた。** 賢吾にとって、〈仕事で出かけるついで〉に和彦をドライブに誘うというのは、単なる口実だったのだろう。 書類に目を通したところで和彦は視線を上げ、テーブルの向かいに座っている賢吾を見る。スーツから、ラフなセーター姿へと着替えは済ませてはいるものの、やっていることは、仕事だ。さきほどから膝の上にノートパソコンを置き、熱心に何か読んでいるかと思えば、ときおり携帯電話で、和彦の知らない案件について誰かと話している。 その様子から、賢吾が決して暇を持て余しているわけではないとわかる。それでも午前中いっぱいを使って和彦を外に連れ出してくれた。賢吾なりに、クリニック開業までの労をねぎらってくれたと考えるほうが自然だ。 再び書類に視線を落として署名をしていると、なんの前触れもなく賢吾が言葉を発した。「――結果としてよかったかもな」 驚いて顔を上げた和彦が見たのは、賢吾が携帯電話の電源を切っているところだった。どうやら、もう仕事の電話をする気はないらしい。「えっ……?」「クリニック開業祝いの約束を、オヤジに取られたことだ。おかげでこうして、先生とゆっくりできる」「ぼくの休みを潰しただろ」「どう
佐伯家は相変わらず、自分がいなくても順調に動き続けているようだ。そう思った和彦は、淡い笑みを唇に湛える。自分だけが除け者にされているという感情はなく、むしろ安堵のようなものを覚える。「――……はっきりした。ぼくは、家族と会う気はない。少なくとも今は、会う必要を感じない。あんたに隠れて、佐伯家と連絡を取って助けを求めたりしないから、安心してくれ」「先生にその気があったら、とっくにそうしているだろ。その点は、俺は心配なんてしていない。ただ、先生と佐伯家の関わりについて、興味があっただけだ」「興味も何も……、ぼくが、佐伯家の規格から外れているという話だ。向こうも、同じことを思っているはずだ」 和彦が実家の建物を見つめていると、ふいに賢吾に髪を撫でられた。「先生は、物腰が柔らかくて優しげな人間に見えるが、ある部分じゃ、ヤクザよりよっぽど冷徹かもな。一番厄介な肉親への情を、自分の中ですっぱり切り分けている気がする」「……どうだろう。あの家にいると、自分がひどく冷めた人間に思えることはあったけど、一人暮らしを始めて外の世界を知ると、よくわからなくなった。ただはっきりしているのは、兄に会って動揺したのは情のせいじゃないということだ」 情を感じたのはむしろ、家族に対してではなく、長嶺組や長嶺の男たちに対してだ。英俊と会ったときの凍りつくような感覚を思い出し、和彦はそっと眉をひそめる。好きとか嫌いとか、そういう感覚で自分の家族は捉えられない。ただ、関わりたくないだけだ。 こう思うこと自体、やはり冷めたいのかもしれないと、なんの後ろめたさを覚えるでもなく和彦は考える。「冷めているかもしれないが、先生の本質は、情が深い。多情さと多淫ぶりで男を骨抜きにしながら、甘やかしてくれる。俺にとって――長嶺の男にとっては、先生が佐伯家の規格から外れていて、ありがたいがな」 髪に触れていた賢吾の指先が、スッと頬をなぞる。耳元に顔が寄せられたかと思うと、官能的なバリトンがこんなことを囁いてきた。「こんなヤクザから感謝されても、嬉しくないか?」
守光も同じようなことを尋ねてきたなと思い、和彦は探るような視線を賢吾に向ける。父子が示し合わせて、あえてこんな質問をしているのではないかと思ったが、大蛇を潜ませた賢吾の目を見ていると、そんなことはどうでもよくなった。「ああ……。いままで生活してきたどの場所より、居心地がいい」 和彦の返事を聞くなり、賢吾は運転席の組員に短く指示を出す。あらかじめ打ち合わせをしていたのか、具体的な言葉はなかったが、それでも組員には十分通じたらしい。「先生、約束の時間まで少し余裕があるから、寄り道をしていくぞ」「それはかまわないが、どこに……?」 賢吾は、口元に薄い笑みを浮かべただけで、答えてくれなかった。 もっとも和彦は、三十分ほど車が走り続けたところで、自ら答えを出していた。 なんといっても、和彦の実家がすでに前方に見えている。「――一度、佐伯家というものを自分の目で見てみたかったんだ」 和彦の手を再びきつく握り締めながら、そんなことを賢吾が言った。 車は、佐伯家から少し離れた道路脇に停まる。和彦は顔を強張らせたまま、白い壁が一際目立つ、瀟洒で立派な邸宅をじっと見つめる。そんな和彦の顔を、賢吾は冷静な目で見つめていた。「あまり、懐かしいという顔をしないんだな」 賢吾の言葉に、思わず苦笑を洩らす。「こんなところに連れてきて、ぼくが佐伯家に帰りたがっているのか、確認したかったのか?」「あの家は先生の実家だ。帰りたいと思っても、咎められないだろ」「……その口ぶりだと、ぼくが実家に顔を出したいといえば、許可してくれるみたいだ」「かまわんぞ。先生がゆっくりしている間、俺は自分の仕事を済ませてくる」 余裕たっぷりに答える賢吾に鋭い視線を向けて、和彦は首を横に振る。「まだ、会いたくない……。ぼくは、自分の家族が苦手なんだ」「そうだろうな。自分の兄貴と出くわしただけで、あれだけ憔悴してたんだ。――只事じゃない」 どんな家庭だったのかと聞かれるかと
料亭の座敷で守光から言われたことは、できることならすべて、冗談にしてしまいたかった。賢吾に伝えて、何かしらの現実味を帯びる事態を和彦は恐れている。 それでなくても和彦は、すでにある厄介事に巻き込まれつつある。 困惑する和彦とは裏腹に、賢吾は楽しそうだが――。「そういえば先生は、南郷の怖さも体験したんだったな」 できることなら、南郷に〈絡まれた〉出来事も報告したくはなかったが、鷹津の部屋で一晩過ごすに至った経緯を話さないわけにはいかない。賢吾への隠し事は、一つでも少ないほうがよかった。「……一応、あんたに報告はしたが、大したことじゃないんだ。ただ南郷さんは、ぼくみたいな存在が物珍しかったんだと思う」「男を骨抜きにする、性質の悪いオンナの存在が?」 和彦が睨みつけると、賢吾は低く笑い声を洩らす。 すぐに賢吾の腕から逃れようとしたが、肩にかかった手に力が込められる。どうやら和彦を離す気はないらしい。それどころか、頭を引き寄せれる。仕方なく和彦は、賢吾の肩に頭をのせる。「まったく、わがままなじいさんのせいで、クリニックの開業を祝う予定がズレた」「別に……、普通でいい。あんたや千尋と関わってから、何かと祝い事を体験させてもらっているんだ。どうせ祝うなら、開業一周年とか、そういうのにしてくれ」「――一周年でも五周年でも、もちろん十周年だろうが、好きなときに祝ってやる」 パッと頭を上げた和彦は、うろたえながら賢吾を見つめる。一方の賢吾は、ひどく機嫌がよさそうだ。「今の生活にすっかり馴染んだな、先生。クリスマスツリーを飾っているときにもポロリと洩らしていたが、ヤクザに囲まれての生活が、当たり前になってるだろ?」 ささやかな意地を張るように賢吾を睨みつけた和彦だが、すぐに諦める。「……それがあんたの、望みなんだろ」「先生は、長嶺組にとっても、長嶺の男たちにとっても、大事な存在だからな。去られるわけにはいかない。だからといって、狭い檻に押し込めたままってのは、俺の趣味に合わない。しなやかな獣ってのは、思いき
「どこにでも着ていけばいい。そのために、落ち着いたデザインのものを選んだんだ。大事に仕舞い込まれるより、使い込んでくれたほうが、贈った人間は喜ぶ」 話しながら賢吾の手が、毛皮を撫でる和彦の手の上に重なる。「先生は自分から、あれが欲しい、これが欲しいと滅多に口にしないからな。周りの男たちが気を利かせて、いいものを身につけさせないと。なんといってもこれから先、組関係の人間と顔を合わせる機会が多くなる」「どういう意味だ」「――総和会会長が、個人的に先生と会った話は、もうこの界隈で広がり始めている。今のうちに先生に取り入っておこうと考える奴がいても、不思議じゃない」「たったそれだけのことが、どうして広がるんだ。というより、誰が広めるんだ」「さあ。総和会の中もいろいろと利害が入り乱れて、毎日、情報戦だ。それが大事な〈オヤジさん〉のことともなると、誰も彼も聞き耳を立ててるぞ」 澄まして答える賢吾の横顔を、和彦はじっと見つめる。和彦と守光が食事したことを知っているのは、何も総和会内部の人間だけではないと思ったのだが、口に出すのはやめておいた。賢吾に会話を導かれているような気がしたからだ。「あまり……ぼくを厄介なことに巻き込まないでくれ。長嶺組という組織だけでも、ぼくにとっては大きいんだ。それが総和会ともなると、想像がつかない」「いろんな種類の凶暴な魚が泳ぐ、でかい水槽だと思えばいい。一応の棲み分けはできているが、気を抜くと――」 賢吾の腕が肩に回され、引き寄せられる。唇に賢吾の息が触れた。「食われる。だからこそ、力を持つ魚の勢力下にいるのが安全だ」 賢吾の囁きと眼差しの迫力に、和彦は気圧される。賢吾の内に潜む大蛇が、ゾロリと身じろいだような気配を感じた。「……そう、なのか……」 和彦の怯えを感じ取ったのか、賢吾はおどけたように肩をすくめる。「さあな。俺は総和会の人間じゃなく、長嶺組の人間だ。ただ、オヤジはそのでかい水槽の中で、あれこれ企んでいるようだがな」「本当に、長嶺の男は怖い」「オヤジの







