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午前中の最後の患者を診察し終えた和彦は、午後に入っている手術の予約を確認する。基本的に和彦は、午後からは大半の時間を手術室で過ごし、手術を行っている。派手な宣伝を打っている大手のクリニックだけあって訪れる患者は多く、若手の医者といえど、否応なく経験を積まされるのだ。
医者が若かろうがベテランであろうが、実績のあるクリニックに勤め、誠実なカウンセリングを行っていれば、それが患者からの信頼へと繋がる。あとは、患者のニーズを手術で応えられるかが、すべてだ。幸いにも、和彦は手術で結果を出し続けていた。 もともとは外科志望だったのだが、現場の大変さを知るにつれ、なんとなく美容外科へと流れ着き、今に至っているのだが、職場の環境にも待遇にも不満はなかった。三十歳の医者としては、十分恵まれた位置にいる。 仕事が上手くいけば、必然的に私生活も充実する。和彦が今のところ気にかけていることといえば、午後から手がける目頭切開の女性患者のことだ。何度もカウンセリングを重ねたが、ここにきて友人からのアドバイスでナーバスになっている。 「……今になって手術を取り止めると言い出しそうだなー」 不安そうなら延期したほうがいいだろうと思いながら、和彦は診察室を出る。 別フロアにある医局に戻った和彦が自分のデスクにつこうとすると、隣のデスクの格好だけなら小野寺は、華のある甘い顔立ちもあって、苦労知らずの大学生に見えた。それが実は、世に悪名を轟かせる組織の中で、どんな仕事でもこなす隊に所属しているのだから、人の見た目は本当にあてにならない。 もっとも和彦の周囲には、そんな男がけっこういる。例えば――。「中嶋くんは?」 唐突な和彦の問いかけに、動じた様子もなく小野寺は首を横に振る。「俺だけです」「……加藤くんの件を知らないのか」 和彦は露骨に不機嫌な表情を浮かべたが、それでも小野寺は動じない。「それは、あいつがドジを踏んだから大事になったんです。俺は正式に、隊から……というより、南郷さんからの使いで来ました」 南郷と聞いて、和彦の口元はピクリと引き攣る。小野寺を睨め上げたが、その反応をどう受け止めたのか、和彦の承諾も得ないで向かいの席についた。「おい――」 和彦は抗議しようとしたが、すかさず差し出された紙袋に気を取られる。紙袋に印刷された上品なデザインには見覚えがあった。いつだったか患者が差し入れとして持ってきた、有名な洋菓子店のものだ。 どういうつもりかと理由を問おうとして、今度は頼んでいたランチが運ばれてくる。小野寺は居座るつもりらしく、ちゃっかりメニュー表を開いている。 声を荒らげるのも大人げなくて、呆れて小野寺を見ていた和彦だが、すぐに目を丸くする。 ここまで、不貞腐れているのかと思うほど無表情だった小野寺が、ウェイトレスの女の子に思いのほか優しい笑顔を見せ、柔らかな声音で注文をしている。この場面だけ切り取れば、目の前にいるのは完璧な好青年だ。 ただ、それなりに人を見る目を養ってきたと自負している和彦が感じたのは、女の扱いに慣れているなということだった。 ウェイトレスが立ち去ると、小野寺は無表情に戻る。意地悪や皮肉のつもりはなかったが、和彦は率直にこう口にしていた。「ぼくには愛想がないんだな」 さすがに虚をつかれたのか、小野寺は目を丸くする。その反応に、ささやかな満足感を覚えた和彦は、軽い口調で続けた。「そういえば、加藤くん
「えっ、ああ……、あの隊は、長嶺会長のためならなんでもしますからね。どの組にも隠したいことはあるが、犬並みの嗅覚で探り当てる、と言われています。そういう連中に対しては、どうしたって慎重になります。うちの組だけじゃなく、今回は長嶺組長にお世話になっているわけですから、これ以上迷惑をかけるわけにもいきません。当然、佐伯先生にも」「……第二遊撃隊全体のことはよくわかりませんが、南郷さんは鋭いですね。いろいろと」 和彦の口調に含まれる苦々しさを感じ取ったのか、怪我を負った男から気遣うような視線を向けられ、さらにこう言葉をかけられた。「佐伯先生も苦労されているようですね」 はい、と頷くわけにもいかず、和彦は曖昧に首を動かした。**** 賢吾が持たせてくれたクリニックに、和彦は愛着を抱いている。開業に向けて改装工事に立ち合い、インテリアなどを自分で選び、長い時間を過ごしている場所だ。 その場所を、南郷の無法な訪問によって〈穢された〉と感じる自分に、和彦は驚いていた。 こんな形で、クリニックが職場以上の価値を持つものであると痛感したところで、和彦はまったく嬉しくなかった。気分転換という表現も変かもしれないが、せめてもの対処として、契約している清掃業者にいつもより早めに入ってもらおうかと、本気で検討していた。 ビルから出ようとして空を見上げた和彦は、ため息をついて傘を差す。また、雨が降っていた。頭がひどく重いが、おそらく天候の悪さは関係なく、睡眠不足が原因だろう。 昨夜――治療を終えたときにはもう日付が変わっていたが、殺されかけた昭政組の組員は、今朝はもう車イスに乗って元気に事務所に出ていると、賢吾からのメールで教えられた。少しばかりの睡眠時間と引き換えにした甲斐はあったと、和彦が微笑ましい気分になったのは一瞬で、数日は安静にするよう指示を出した身としては、眉をひそめずにはいられなかった。 この世界で生きる男たちに、無理はするなと忠告するだけ野暮なのだろうとわかっていても。 ふいに強い風が吹き、和彦は咄嗟に傘の柄を強く握る。
「総和会を介さないで、人や物を組同士間で直接行き来させるのを、総本部は嫌がります。そういったことをよくご存知の長嶺組長ですが、〈心当たり〉のおかげで、今回は佐伯先生を寄越してくださったんでしょう」 和彦は黙って聞きながら、さっそく縫合に取りかかる。「最近、総和会の中で密やかに、ある噂が流れているんです。長嶺会長が、総和会の中の組織改革を目論む……というのは表現が悪いですが、計画しているようだと」「ぼくも、その噂なら聞いたことがあります」「その組織改革の一つに、創設当初から名を連ねている十一の組の数を変更するのではないか、というものがありまして……。佐伯先生も薄々とながら感じているでしょうが、十一の組の力は同等じゃありません。昔より、構成員の数と資金力の格差が大きくなっています。正直、力のある組に、力のない組がぶら下がっているという部分が、ないとも言えません。不公平だと不満を抱えている組があるのも確かです」 さすがに自分の体が縫われている様は直視したくないのか、話しながら男は、振り返るようにしてブラインドを下ろした窓に顔を向ける。 空調が利いていない室内は、血と汗の匂いが入り混じっている。できることなら窓を開けて換気したいところだが、それはさきほど止められた。外はすでに夜の闇に覆われ、普段使っていない部屋に電気がついていると目立つのだそうだ。「だからといって、総和会の今の枠組みを壊したいかというと……、どうでしょう。組を減らすにしても、増やすにしても、揉めることになるでしょう。あくまで噂レベルの話とはいっても、浮き足立つ組はあります。古き良き助け合いの精神なんてものは、締め付けの厳しいこの時代には足枷でしかないと、長嶺会長が言い出してもおかしくない。幹部会に提議するための下調べを、もう始めているとしたら――」 男がブルッと身を震わせる。その反応が、総和会会長としての守光の恐ろしさを物語っているようだった。 御堂と親しくなったことで和彦は、清道会という組織の一端に触れた。清道会組長補佐の綾瀬と知り合い、清道会会長に挨拶もした。それらの出会いの中で、総和会会長の交代劇に遺恨めい
**** その傷口を一目見て、和彦はゾッとした。 長嶺組や総和会から依頼される仕事によって、通報事案に値する怪我の治療もこなし、経験を積んできているが、どうしても慣れないものがある。 消毒をする和彦の手が止まったことで不安を覚えたのか、ベッドに横たわった男が苦しげな息の下、言葉を発した。「先生、どうかしましたか?」「あっ、いや……、なんでもない、です」 四十代半ばに見える男は、苦痛に顔をしかめてはいるものの、非常に落ち着いていた。普通の人間なら、刃物で太腿を刺され、それなりに出血したとなったら、こうはいかない。そもそも、その場から動くこともできないだろう。 しかしこの男は、自分で足の付け根をネクタイで縛って止血をして、安全な場所へと移動してから、組に連絡して助けを求めた。 男への攻撃は、太腿への刃物による一刺しだけ。ためらいのない、美しいとすらいえる傷口が示すのは、明確な殺意だった。「……あと少し刺される場所がズレていたら、動脈が傷ついていましたよ」「マッサージを受けている最中で、ちょっとばかり無防備になっていたんです。咄嗟に身を捩ったおかげですね、助かったのは」 襲撃者を蹴りつけて逃げ出してきたと誇らしげに言われ、和彦としては返す言葉がない。「朝まで待って、医者を寄越してもらうつもりだったんですが、『バカ野郎っ』と、うちの組長に一喝されまして……。まさか、佐伯先生みたいな、きちんとした医者を呼んでもらえるとは思っていませんでした」 この患者の中で医者のランク付けはどうなっているのだろうかと、気にならないわけではないが、今は治療が優先だ。和彦はさっそく局所麻酔をかける。 麻酔が効き始めるにつれ、男の苦痛の表情がわずかに和らぐ。治療に立ち合っている組員たちの様子をうかがいながら、和彦は気になったことを問いかけた。「ぼくのことを、知っているんですか?」「うちの組は、よく佐伯先生に世話になっていると、組長が話していました」「組長&h
否応なく快感を引きずり出されて和彦は上体を捩り、なんとか抗おうとしたが、南郷はそんな和彦を容赦なく追い詰め、攻め立てる。結局、深い吐息を洩らして、大きなてのひらの中で果てていた。 和彦が吐き出した精をわざわざじっくりと眺めてから、南郷が皮肉げな口調で言う。「溜まっていたわけじゃないんだな、先生。あんまり愛想がいいから、欲求不満なのかと思ったが……、あの長嶺組長に限ってそれはないか」 和彦を射精させたからといってそれで満足する南郷ではなく、今度は自らの欲望を握り、まるで見せつけるように手早く扱いたあと、和彦の腹の上に精を迸らせた。 まるで儀式のように、南郷は自分の精を指で掬い取り、和彦の内奥の入り口をまさぐってきた。南郷はなぜか、和彦の中に己の証を残したがる。それとも、単に汚したいだけなのか。 嫌悪と困惑と怯えを含んだ目で見上げていると、薄い笑みを口元に湛えたまま南郷は内奥に指を挿入した。また指の数を増やされたが、苦しくはなかった。それどころか自ら迎え入れるように淫らな蠕動を始め、和彦はヒクリと下腹部を震わせた。 襞と粘膜を擦り上げるようにして、南郷の精を何度も塗り込められていく。必死に声を堪えようとしていると、それに気づいた南郷に、内奥の浅い部分を強く刺激された。「あっ、ああっ……、あっ、んあっ」「――俺は簡単に、あんたを押さえつけられるし、こうして体を開くこともできる」 南郷が唐突に話し始めるが、執拗な愛撫は止まらない。「いままで何回もあんたに触れてきて、寝込みも襲った。さて、そんな俺の行動に疑問を感じなかったか?」 疑問なら、今この瞬間も感じている。どうして南郷は、危険を冒してまで自分に――長嶺の男たちのオンナに触れてくるのかということだ。しかし南郷が口にしたのは、違う答えだった。「俺がどうして、あんたを犯さないか」 物騒な言葉を言い切った南郷が、内奥から指を引き抜く。和彦が顔を強張らせると、南郷はニヤリと笑った。「先生、あんたを〈まだ〉犯せない。今はこうして触れて、互いに慣れておくだけだ」「…&hellip
粗野な動作で足を広げさせられ、南郷が腰を割り込ませてきながら、ベルトを緩めている気配を感じる。動揺した和彦が足掻くようにベッドを蹴りつけたが、抵抗にすらならず、南郷はスラックスの前を寛げて悠々と腰を密着させてきた。 燃えそうに熱くなった欲望を、怯える和彦の欲望にゆっくりと擦りつけながら、南郷は激しく濡れた音を立てて唇を吸い上げてくる。荒々しく胸元をまさぐられ、てのひらで転がすようにして刺激された突起がおずおずと凝り始めると、抓るように指で挟まれた。 知らず知らずのうちに和彦は呻き声を洩らしていた。南郷という嵐に呑み込まれながら、どうしようもなかった。 唇を離した南郷が上体を起こし、すでに力が抜けてしまった和彦を見下ろしてくる。「あんたの体を見ると、長嶺組長にどう愛されたのか、よくわかる」 南郷の指先が這わされたのは、内腿や足の付け根の際どい部分だった。二日前、賢吾に念入りに愛撫されたばかりで、そのときの狂おしい情欲のうねりを和彦はまだはっきりと覚えている。「あっ、嫌っ……だ」 図々しくも冷静な南郷の指は、和彦の秘められた場所すら容赦なく暴いていく。まだ怯えたままの欲望の形をなぞり、片足を抱え上げられてから秘裂をまさぐられる。「ひっ……」 探り当てられた内奥の入り口を指の腹で擦られて、和彦は声を詰まらせる。南郷は舌舐めずりせんばかりの喜悦の表情を浮かべた。「ああ、あんたの感触だな。一見貞淑そうだが、中はとんでもない淫乱ぶりで、どんな男でも喜々として咥え込む」「痛っ」 濡らすことなく内奥に指が挿入され、引き攣れるような痛みが下肢に走る。和彦は苦痛に顔を歪めるが、かえって南郷の興奮を煽っただけらしく、一本とはいえ太い指を容赦なく蠢かし、付け根まで収めてしまう。そこでまた唇を塞がれて、口腔を舌で犯されながら、内奥も指で犯される。 繊細な襞と粘膜を擦られ、ときおり弱い部分を強く押し上げられて、腰が痺れる。南郷もまた、自分の体の扱いを心得ている一人なのだと、和彦は思い知らされていた。 内奥を掻き回すように巧みな愛撫を与えられているうちに、淫らな肉が否
外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。 ますます鷹津の腕の力が強くなり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せられるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。 官能に形を借りた、サソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。 思わず身じろごう
さすがの賢吾も、和彦の心を煩わせるものすべてを見通すことは不可能らしい。「……最初にぼくを狙って、あんなことをした人間が、どんな顔をして、そんなことを言うんだ」「俺はいい。俺は、許されるんだ」 さすがに図々しい発言だと思って和彦が顔を上げると、待っていたようなタイミングで唇を軽く吸われた。「先生を狙って自分のものにして――見事に、骨抜きにされたんだ。そんな哀れなヤクザを、愛情深い先生なら、たっぷり甘やかしてくれるだろ?」 本当に図々しいと思いながらも、和彦はつい笑みをこぼしてしまう。 自
「不愉快どころか、やけに楽しそうでしたよ、秦さん。いい店を先生に紹介しないと、と張り切ってもいましたし」「ならいいんだ。あの人、職業柄なのか知らないけど、よく気をつかってくれるから。ぼくみたいな人間につき合って、迷惑をかけても悪いしな」 和彦が、長嶺父子のオンナであることは、すでに知られている事実だ。いまさら千尋と甘い会話とキスを交わしていたからといって、他人に喜んで報告するような悪趣味なまねを、秦がする必要もない。 和彦が心配していたのは、そんなことではなく、純粋に今言った通りのことだった。 大きく息を吐き出しながら、中島がマシンをゆっく
「――先生」 呼ばれて、おずおずと振り返ると、そこに真剣な賢吾の顔がある。何か言われたわけでもないのに、和彦は小さく喘いでから賢吾の唇にそっと自分の唇を重ねた。すると、賢吾のもう片方の手に、和彦の柔らかな膨らみは包み込まれる。 「ひっ、あぁっ」 泡で滑る手に柔らかく揉みしだかれ、たまらず和彦は、ビクッ、ビクッと腰を震わせ、背をしならせる。下肢が、甘く溶けてしまいそうだった。 「あとでたっぷり、ここを揉んで悦ばせてやる。最近、弄られるのがよくなってきたみたいだからな。今は、洗うだけだ」 賢吾の的確に動く指は貪欲に、和彦の官能を刺激する