Masuk「被害者である先生が謝らないでください。下手をしたら、俺は長嶺組長の前で、落とし前をつけなきゃいけない」
中嶋は自己嫌悪に陥っているようだが、もしかすると演技かもしれない。そんな穿った見方をする自分に、和彦のほうが自己嫌悪に陥りそうだ。 中嶋の肩をポンポンと叩き、声を潜めて話しかけた。「やましいことはしてないんだから、別に話す必要はない。君は秦静馬という男のことが知りたくて、ぼくは少しだけ彼のことを知っているから教えた。――それだけだ」 顔を上げた中嶋が苦笑する。「どうして、この間まで堅気だった先生が物騒な男たちに大事にされるのか、初めてわかった気がします」「ぼくは、ズルイ人間だからな。どこでも上手く立ち回れる。……自分の実家以外では」 最後の言葉はほとんど囁きに近く、中嶋には聞き取れなかったかもしれない。 何事もなかった顔をして声をかけられた。「先生、シャワーに行きませんか?」「……ああ」 頷**** 袖を通した長襦袢の前を合わせると、すかさず背後から回された手が衿端を持ち、たるみを調整してくれる。「さすがに、千尋が高校生のときにあつらえたものだから、先生には少し寸足らずか。が、思っていたより不恰好じゃない」 ぴったりと背後に立っている賢吾の言葉に、耳元をくすぐられる。和彦は反射的に首をすくめ、その拍子に、姿見に映る自分と目が合った。 先月足を運んだ呉服屋でも体験したが、着物を身につける自分の姿を鏡で見るというのは、なんとも照れくさくて、気恥ずかしい。 そんな和彦を、賢吾が妙にまじめな顔で見つめていた。こちらはすでに端然とした着物姿で、さきほどから熱心に着付けを指導してくれている。だから和彦も、逃げ出したい気持ちを堪えられた。 クリニックからの帰りに呼びつけられて本宅に寄り、一緒に夕食をとったあと、和室に連れ込まれた。そのときにはすでに、着付けの練習用の着物が一揃い用意されており、ようやく和彦は、自分が本宅に呼ばれた理由を理解したのだ。「今日は長襦袢の下はTシャツだが、外出するときは、きちんと肌襦袢を身につけるんだ。それに、裾よけも。いかにも品のいい先生が、きちんと着物を着こなしていたら、今以上に色男っぷりが上がるぞ」 そんなことを言いながら、賢吾は腰紐を差し出してくる。受け取った和彦は、いつも賢吾がしているように結んでみる。「上手いもんだ、先生」「……紐を結ぶぐらい、初心者のぼくでもできる」「俺は、褒めて伸ばす男なんだ」 和彦が顔をしかめるのとは対照的に、賢吾はニヤニヤと笑いながら、今度は長着を肩にかけてきた。袖に手を通すと、賢吾が肩をてのひらで撫でたあと、袖先を軽く引っ張り、たるみが出ないよう整えてくれる。 長襦袢の衿に重ねるように、長着の衿を合わせる。すかさず賢吾が身幅の余りを丁寧に始末して、不恰好にならないよう上前で隠す方法を説明してくれた。「なんだか、複雑だ。あんたはいつも簡単に着付けているから、そういうものなのかと思っていた」 思わず和彦がぼやくと、前触れもなく賢吾の手が、上前の下
中嶋から聞いた内容を、秦は艶然とした笑みを浮かべながら賢吾に報告しただろう。いや、それ以前に、すでに中嶋から賢吾へと報告済みかもしれない。 和彦が関係を持つ男たちは、和彦の情報を当然のように共有するのだ。情も利害も絡んだ、妖しいネットワークだ。「……ぼくは、彼に感謝しないとな。気分が塞ぎ込みそうになっていたところを、助けてもらった」「セックスして先生に感謝されるなんて、羨ましい立場だ」 秦が楽しげに洩らした言葉に素早く和彦は反応し、慌てて周囲を見回した。「それで……、ぼくに渡したいものってなんだ」 ああ、と声を洩らした秦は、隣のイスに置いた小さな紙袋を差し出してきた。「出張のお土産で、香水です。なんとなく先生に合いそうだと思って。嫌な香りでなかったら、仕事が休みの日にでも使ってください」「ありがとう……」 紙袋を受け取った和彦は、香水の香り以上に、秦がどんな仕事で、どこに出かけていたのかが気になる。ちらりと視線を向けると、秦は秘密をたっぷり含んだ艶やかな笑みを返してくる。その表情を見ただけで、和彦が何を尋ねても、『出張』について答える気がないとわかった。 ランチが運ばれてきたところで、腕時計で時間を確認する。秦とのおしゃべりを楽しみながら、優雅に食事ができるほどの余裕はあまりない。「――お土産を渡すためだけに、わざわざ来てくれたのか?」 食事をしつつ和彦が率直に疑問をぶつけると、秦は首を横に振った。「中嶋と話していて、なんとなく決まったことなんですが、せっかくなので先生も誘おうという話になったんです」「何を……」 つい反射的に警戒してみせると、楽しそうに秦は口元を緩める。「三人で、花見をしませんか。とはいっても、人ごみの中でにぎやかに飲むわけではなくて、ビルから夜桜を見下ろしながら、という形になりますが」「花見、か」 昨夜千尋から聞かされた、総和会の花見会のことが頭に浮かぶ。暖かくなってきて、物騒な男たちが精力的に動き始めたような気がし
**** 和彦の顔を一目見るなり、端麗な容貌の男は表情をわずかに曇らせる。 それが芝居がかって見えるのは、この男の美貌ゆえか、それとも胡散臭い存在のせいか――。 頭の片隅でちらりとそんなことを考えた和彦は、唇をへの字に曲げてテーブルにつく。「……ぼくの顔に何かついているか?」 あえてぶっきらぼうな口調で問いかけると、今日の昼食の相手である秦は肩をすくめた。ごく一般的なレストランなのだが、この男が正面に座っているというだけで、とてつもない贅沢をしているような気がしてくる。 平日ということもあり、周囲のテーブルを占めるのは、ビジネスマンやOLたちだ。ノーネクタイのやや砕けた格好の和彦と、きちんとスーツを着てはいても、見るからに普通の勤め人ではない秦の組み合わせは目立って仕方ない。「少し居心地が悪いかもしれないが、我慢してくれ。午後一番に予約が入っているから、あまりクリニックから離れるわけにもいかないんだ」 ランチを頼んでから和彦がぼそぼそと言うと、秦は穏やかに微笑む。「気にしないでください。わたしの都合で、先生につき合ってもらっているんですから」 午前中、秦から連絡が入り、渡したいものがあるので昼食を一緒に、と言われたのだ。断る理由もないため和彦は誘いに乗ったが、何を渡されるのか、いまだに教えられていない。 おしぼりで手を拭く和彦の顔を、秦がじっと見つめてくる。最初は気づかないふりをしていたが、次第に苦痛になってきて、仕方なく和彦は口を開いた。「……なんだ」「先生もしかして、少しお疲れですか?」 鋭いなと思いつつ頷く。「昨夜はあまり……寝てないんだ」 酔っ払った千尋がやってきて、そのまま深夜まで体を重ねていたのだ。そこに、キッチンの片付けという労働も加わった。 十歳も年下の青年相手の痴態が生々しく蘇り、知らず知らずのうちに頬が熱くなってくる。そこに、さらに羞恥を煽るようなことを秦が言った。「――わたしが出張している間、
「お前は子供かっ」 和彦が抗議する間にも千尋の手は油断なく動く。腰を掴まれて、尻を突き出すような扇情的な姿勢を取らされていた。さんざん擦られて広げられた内奥の入り口は、濡れて蕩けたままだ。千尋は悠々と、高ぶりを押し当ててくる。「――こんなに甘やかしてくれるんだから、俺は先生の前では、子供のままでいたい」 口ではそんなことを言いながら、内奥に押し入ってくる千尋のものは充実した硬さと逞しさを持ち、立派な大人だ。「あうっ……」「甘えられるうちに、たっぷり先生に甘えておかないと。――明日には、どの男の腕の中にいるかわからないからね」 ドキリとするようなことを呟いた千尋が、乱暴に腰を打ち付けてくる。熱いものを内奥深くまでねじ込まれ、和彦は声を上げながら締め付ける。素直な欲望が一際大きくなり、脆くなっている襞と粘膜を強く擦り上げてくる。「うあっ、あっ、千尋っ……、千尋っ」「いいよ、先生。中、ビクン、ビクンって痙攣してる。感じてる、よね?」 律動の激しさに、足元から崩れ込みそうになる。和彦は必死にカウンターにすがりつき、その拍子に水がまだ入っているボトルを倒してしまう。こぼれた水が床へと滴り落ち、足元を濡らす。それに気づいた千尋が、ふっと律動を止めた。「あー、床が濡れちゃった」 そう洩らした千尋が、背後から和彦の耳に唇を押し当ててくる。同時に片手が、開いた両足の間に入り込み、興奮で震える和彦のものを握り締めてきた。 次の瞬間和彦は、賢吾と千尋がいかによく似ているか強く実感した。「先生、あとで俺が床を拭くから――漏らして見せて」 耳元に注ぎ込まれた言葉に、頭の芯が揺れる。強い羞恥と興奮のせいだ。「……嫌、だ……。そんな、はしたないこと……」「言っただろ。先生にいっぱいいやらしいことをして、辱めたいって。これは、頼みじゃない。俺から、オンナへの命令」 千尋が緩く腰を動かし、和彦のものを扱き始める。和彦は呻き声を洩らして腰を揺らした。
残念だ、という言葉を呑み込んだ和彦は無意識のうちに、千尋の左腕に巻かれた包帯に指先を這わせる。それに気づいた千尋が、笑いながら教えてくれた。「次の治療で、タトゥーの残りの部分全部にレーザー当てるらしいんだ。あとは様子を見て、という感じ。カサブタが剥がれたところから、けっこう消えていってるしさ。傷跡も、思っていたより醜くないし、けっこう順調だよ」「苦労して消して、次は、本格的に刺青を入れるのか……」「そう。時間をかけて、一生ものの本気なのを」「――……こんなにきれいな体と肌をしているのに、な」 千尋の剥き出しの肩を撫で、ぽつりと和彦は洩らす。引き止めたい気持ちがある一方で、千尋の父親である賢吾の、艶かしくて生々しい大蛇の刺青が脳裏に蘇り、胸の奥で妖しい衝動が蠢く。どんな図柄を入れるつもりなのか知らないが、千尋のきれいな体に彫られる刺青は、さぞかし映えるだろうとも思ってしまう。 和彦のわずかな変化を感じ取ったのか、千尋が熱い吐息を洩らして唇を吸ってくる。「考えるだけでゾクゾクする。俺の体に入った刺青を、先生が撫で回してくれるのかと思ったら」 千尋の熱に刺激されたのか、身震いしたくなるような欲情が急速に和彦の中で大きくなる。そんな自分自身に戸惑い、慌てて千尋を押しのけてベッドから出ていた。「先生……?」 イスにかけてあるバスローブを取り上げて、和彦は上擦った声で応じる。「喉が渇いたから、水を飲んでくる。お前にも持ってきてやるから、待っていろ」 バスローブを羽織り、半ば逃げるように寝室を出る。キッチンに入った和彦は、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを二本取り出す。一本を開けて、さっそく口をつける。 喉を通る水の冷たさのおかげで、自分の体がどれほど熱くなっているのか実感できた。ほっと安堵の吐息を洩らしたところで、前触れもなく背後から抱き締められる。驚いて振り返ると、裸の千尋がにんまりと笑いかけてきた。気配も感じさせずに、和彦のあとを追いかけてきたのだ。「……待っていろと言っただろ」
** 汗に濡れた茶色の髪に指を絡めていると、何かを思い出したように千尋が顔を上げる。和彦の腕の付け根辺りに顔を埋めておとなしくしていたため、とっくに眠ったのかと思ったが、こちらを見上げてくる千尋の目は、まだ爛々と輝いている。 行為のあとの気だるさを持て余している和彦とは、大違いだ。 「どうした?」 「今晩、じいちゃんと飲んだときさ――」 この状況での守光の話題に、和彦は微妙な表情となる。いくら千尋に知られたとはいっても、取り澄ました顔ができるほど、図太い神経はしていないのだ。正直、守光との関係に対して、まだ戸惑っている最中だ。 「花見会の話題が出たんだ」 「……先日会長と旅行に行ったとき、少し説明してもらった。警察からは、総会と呼ばれていると……」 「そうだよ。警察にとっては、春の訪れを感じる行事らしいよ。なんといっても、大物ヤクザが勢揃いだから、対応が大変だ」 腕枕をしている和彦の腕が痺れるとでも思ったのか、ごそごそと身じろいだ千尋が頭を上げる。 「新年会は、あくまで身内のための会なんだ。総和会に名を連ねる十一の組の人間しか参加が許されない。だけど花見会は、それ以外の組や団体からも人が集まる。この世界の人間は注目してるんだよ。今年はどこに、総和会会長からの招待状が届くか、って。総和会からの覚えがめでたいと、けっこう美味しい思いはできるし、揉め事にも利用できるから」 「ぼくの理解している花見とは、ずいぶん規模が違いそうだな」 「すごいよー。でかい屋敷を貸し切ってさ。そこの庭で花見するんだけど、右を見ても、左を見てもヤクザばかり。俺は高校生の頃、オヤジに連れられて一度だけ行った。別に楽しくはなかったけど、気前のいいおっさんたちが、やたら小遣いくれるんだ」 「お前は変なところで大物というか、無邪気というか……」 いまさらながら、千尋がどれだけすごい環境で過ごしてきたのか痛感する。何よりすごいのは、そんな環境で揉まれてきながら、千尋が底なしの甘ったれだということだ。 和彦が髪を撫でてやると、千尋は心地よさそうに目を細め、顔を寄せてくる。唇を触れ合わせるだけのキスを繰り返しながら、話を続け
荒く息を吐き出した和彦は、子供を窘めるように千尋を睨みつけた。「……やっぱり、お前と組長は、性癖が特殊なんじゃないか」「それ知ってるの、先生だけだよね」 軽い口調で言われたが、本来は憂慮すべきことなのかもしれない。和彦が関係を持っている年上の男と年下の男は血が繋がった父子で、しかも、長嶺組組長と、その次期後継者だ。 普通の神経をしていれば、この状況は耐え難いだろう。だが和彦は、自分でも呆れるほどのしたたかさとしなやかさで、受け入れている。 もしくは、神経のどこかが壊れているのだ――。 和
「ああ……」 こんな生活を送っていれば、知りたくないことは山のようにある。それでも、視界に入り、耳に入るものを塞ぐことはできない。今の生活は、知りたくないことを知りながら、感情と良心に折り合いをつけて成り立っているのだ。 感情はともかく、和彦の良心は確実に磨耗している。そのうち、この世界にいて何を知っても、眉をひそめることはなくなるだろう。 上手く隠してくれという三田村への頼みは、ささやかな足掻きのようなものだ。 スタッフの採用までの流れを、確認を兼ねて打ち合わせする。三田村はクリニック経営に関わることはないが、
「客もホストもいないホストクラブで、男三人で飲むというのも、新鮮でしょう?」「イイ男二人に囲まれて、贅沢な気分だ」 わざと素っ気ない口調で応じると、隣で中嶋が派手に噴き出す。急に和彦は心配になり、中嶋のあごを掴み寄せて顔を覗き込む。「もしかして、もう酔っ払ったのか」 和彦の突然の行動に驚いたように中嶋は目を丸くしたあと、やけに嬉しげに笑った。「まだ、大丈夫ですよ。先生の冷めた口調と冗談の加減が、妙にツボで……」「ぼくの冗談で笑うようなら、本当に酔ってるんじゃないか」 中嶋がさら
そうしている間にも、千尋の片手に尻を揉まれてから、指が秘裂に這わされた。頑なな窄まりでしかない内奥の入り口を、乾いた指で擦られ、反射的に和彦は腰を揺らす。「……ここ、舐めようか?」 ひそっと千尋に囁かれ、意識しないまま和彦の顔は熱くなる。「いい……。濡らして、くれたら――」 千尋は自分の指を舐めて唾液で濡らすと、すぐに和彦の内奥の入り口をまさぐり始める。布団の中で両足を大きく開いた格好で、和彦は千尋の愛撫を受け入れた。「なんか、親に内緒で悪いことしてる気分」