LOGIN「被害者である先生が謝らないでください。下手をしたら、俺は長嶺組長の前で、落とし前をつけなきゃいけない」
中嶋は自己嫌悪に陥っているようだが、もしかすると演技かもしれない。そんな穿った見方をする自分に、和彦のほうが自己嫌悪に陥りそうだ。 中嶋の肩をポンポンと叩き、声を潜めて話しかけた。「やましいことはしてないんだから、別に話す必要はない。君は秦静馬という男のことが知りたくて、ぼくは少しだけ彼のことを知っているから教えた。――それだけだ」 顔を上げた中嶋が苦笑する。「どうして、この間まで堅気だった先生が物騒な男たちに大事にされるのか、初めてわかった気がします」「ぼくは、ズルイ人間だからな。どこでも上手く立ち回れる。……自分の実家以外では」 最後の言葉はほとんど囁きに近く、中嶋には聞き取れなかったかもしれない。 何事もなかった顔をして声をかけられた。「先生、シャワーに行きませんか?」「……ああ」 頷** 汗に濡れた茶色の髪に指を絡めていると、何かを思い出したように千尋が顔を上げる。和彦の腕の付け根辺りに顔を埋めておとなしくしていたため、とっくに眠ったのかと思ったが、こちらを見上げてくる千尋の目は、まだ爛々と輝いている。 行為のあとの気だるさを持て余している和彦とは、大違いだ。 「どうした?」 「今晩、じいちゃんと飲んだときさ――」 この状況での守光の話題に、和彦は微妙な表情となる。いくら千尋に知られたとはいっても、取り澄ました顔ができるほど、図太い神経はしていないのだ。正直、守光との関係に対して、まだ戸惑っている最中だ。 「花見会の話題が出たんだ」 「……先日会長と旅行に行ったとき、少し説明してもらった。警察からは、総会と呼ばれていると……」 「そうだよ。警察にとっては、春の訪れを感じる行事らしいよ。なんといっても、大物ヤクザが勢揃いだから、対応が大変だ」 腕枕をしている和彦の腕が痺れるとでも思ったのか、ごそごそと身じろいだ千尋が頭を上げる。 「新年会は、あくまで身内のための会なんだ。総和会に名を連ねる十一の組の人間しか参加が許されない。だけど花見会は、それ以外の組や団体からも人が集まる。この世界の人間は注目してるんだよ。今年はどこに、総和会会長からの招待状が届くか、って。総和会からの覚えがめでたいと、けっこう美味しい思いはできるし、揉め事にも利用できるから」 「ぼくの理解している花見とは、ずいぶん規模が違いそうだな」 「すごいよー。でかい屋敷を貸し切ってさ。そこの庭で花見するんだけど、右を見ても、左を見てもヤクザばかり。俺は高校生の頃、オヤジに連れられて一度だけ行った。別に楽しくはなかったけど、気前のいいおっさんたちが、やたら小遣いくれるんだ」 「お前は変なところで大物というか、無邪気というか……」 いまさらながら、千尋がどれだけすごい環境で過ごしてきたのか痛感する。何よりすごいのは、そんな環境で揉まれてきながら、千尋が底なしの甘ったれだということだ。 和彦が髪を撫でてやると、千尋は心地よさそうに目を細め、顔を寄せてくる。唇を触れ合わせるだけのキスを繰り返しながら、話を続け
千尋はもう、若い獣らしい、危ういほど傲慢で魅力的な表情を取り戻していた。興奮と欲望で両目は強い輝きを放ち、和彦を威圧してくる。 トレーナーをたくし上げられ、露わになった胸元に千尋が顔を埋めてくる。和彦は、両腕でしっかりと、しなやかで熱い体を抱き締めてやった。 硬く凝った胸の突起に、千尋がしゃぶりつく。強く吸われたかと思うと、舌先で転がされ、歯が立てられる。その間にも、スウェットパンツを下着ごと脱がされ、手荒く欲望を掴まれた。「先生、すぐ入れたい」 切羽詰った声で訴えられ、和彦は片腕で千尋の頭を抱き締めて、もう片方の手を頭上に伸ばす。棚に置いた小物入れの中をまさぐり、潤滑剤のチューブを取り出して千尋に手渡した。 千尋はすぐに潤滑剤を指に取り、性急に内奥に施す。自分でトレーナーを脱ぎ捨てた和彦は、自ら両足を抱えて大きく左右に開く。恥知らずな姿勢を取ることに抵抗はあるが、今はそれ以上に、千尋の望むとおりにしてやりたかった。 千尋がもどかしげに、内奥の入り口に張り詰めた欲望を押し当ててきた。「あっ、ああっ――」 凶暴な熱が容赦なく、狭い場所をこじ開けるようにして侵入してくる。潤滑剤に濡れた襞と粘膜を強く擦り上げられ、痛みを感じる間もない。電流にも似た心地よさが背筋を駆け抜け、和彦はピンと爪先を突っ張らせる。千尋は軽く眉をひそめた。「……先生の中、ギュウッと締まってる。きつくて、俺の食い千切られそう……。でも、いいよ。すげー、気持ちいい」 和彦の両膝を掴み、千尋が腰を突き上げてくる。内奥深くで重々しい衝撃が生まれ、それがじわじわと肉の疼きへと変化していく。和彦は甘い眩暈に襲われながら、緩やかに首を左右に振っていた。「あっ、あっ、ち、ひろっ――。うっ、くぅ……、んうっ」「先生、俺より感じまくってるね」 笑いを含んだ声で言いながら、千尋の指に反り返った欲望を弾かれる。たったそれだけの刺激で、和彦のものは先端から透明なしずくを滴らせた。興奮したのか、内奥で千尋の欲望がドクンと脈打つ。そしてすぐに、大胆に腰を使い始めた。 いつに
「俺としては、そんな先生が、じいちゃんにも気に入られて、認められたらいいなと思ってたんだ。オヤジがそうなったように、じいちゃんが先生に骨抜きになっても、俺は納得はできた。先生を、長嶺の男たちで大事にするんだ。」「……だったらどうして、そんな複雑そうな顔をする」 靴下を脱がせた和彦は、次にスラックスを引き下ろす。「――……先生を取り上げられるかもしれないと思ったんだ。『総和会会長のオンナになった』と、じいちゃんから言われたとき」「だったらお前は、長嶺守光のオンナになったと言われたら、あっさり頷けたのか」「それもどうだろ。納得できるから、先生を独占したいって気持ちがなくなるかというと、それは絶対にないよ」「長嶺の男の理屈は、難しい。……もともとぼくは、人間関係にそう執着するほうじゃなかったし、お前みたいに、肉親を強く信頼することもなかったしな。普通の人間より、気持ちの機微に鈍いだけなのかもしれないが」 そもそも長嶺という存在は、極道の中では異質だ。力がものを言う世界で、何より血を重んじている。その異質さを極端に現しているのが、男である和彦を、〈オンナ〉として三世代で共有しつつある状況だ。 これはもう、理屈を理解できるかという話ではなく、受け入れるか否かが重要なのだろう。 和彦はそんなことを考えながら、今度はワイシャツを脱がせていく。千尋は、年相応の青年らしい顔に深刻な表情を浮かべながら、露骨な問いかけをしてきた。「――先生、この先も、俺のオンナでいてくれる?」「嫌だと言ったら、どうするんだ」「誰にも先生を抱かせない。もちろん、オヤジやじいちゃんにも。先生に最初に目をつけたのは、俺だ。俺のオンナになってくれないなら、誰のオンナにもさせない」 長嶺の男は確かに情が強い。千尋なら、子供のような傍若無人ぶりを発揮して、誰にも和彦に近寄らせないぐらいのことはしそうだ。そうする権利があると、千尋は本気で思っているのだ。「つまり、お前を拒めば、ぼくは誰のオンナにもならずに済むということだな」 あっ、と声を洩らした千尋が
玄関のドアを開けた途端、千尋が抱きついてくる。驚きで目を見開いた和彦は、次の瞬間には思いきり顔をしかめた。「……酒臭い」 傍迷惑なほど人懐こい犬のように、千尋は容赦なく和彦の首にしがみつき、体重をかけてくる。和彦はよろめきながらも千尋の体を支え、玄関の外に立っている男に視線を向ける。千尋の護衛についている組員で、申し訳なさそうに頭を下げた。「先生、すみません。千尋さんがどうしても、こちらに寄りたいとおっしゃるものですから――」 十分ほど前に急に電話がかかってきて、やけに上機嫌な千尋から、今からマンションに行くと言われたのだ。そのためこうして出迎えたのだが、ここまで千尋が酔っ払っているとは思わなかった。「それはかまわないが、こいつがこんなに酔っ払うのも珍しいな」「先代たちとご一緒されていたんです。かなり酒を勧められたようで、店から出てきたときにはこの状態で」「先代って……」「――じいちゃんのこと」 ぼそぼそと千尋が答え、間近から見つめてくる。本能的に感じるものがあった和彦は、表情を押し隠しつつ組員に告げた。「あとはぼくが面倒を見るから、朝、迎えにきてくれ」 千尋を支えながらドアを閉めると、苦労して靴を脱がせ、半ば引きずるようにして寝室に連れて行く。 多少乱暴に千尋の体をベッドに転がし、和彦はその上に遠慮なく馬乗りになる。いまさら、長嶺の男が突然部屋にやってきたところで、和彦は気を悪くしない。千尋の上に馬乗りになったのも、もちろん首を絞めるためなどではなく、身につけているものを脱がせるためだ。 千尋は目を閉じ、されるがままになっている。基本的に甘ったれ気質の男なので、あれこれと世話を焼かれるのが好きなのだ。「千尋、水を持ってこようか?」 なんとかジャケットを脱がせてから問いかけると、千尋が薄く目を開ける。「あとでいい。……先生、全部脱がせて」「甘えるな」 そう応じながらも和彦はネクタイを解き、ワイシャツのボタンも外していく。すると千尋が、酔っているとは思えない明晰な声
「うあっ」 中嶋が喉元を反らし、一方の和彦は、押し寄せてくる快感に身震いして、背を反らす。 頭の片隅で、自分と体を重ねてきた男たちはこんなとき、どんなことをして自分を悦ばせてくれただろうかと考えてはみるのだが、初めて味わう感覚に思考力すら奪われてしまう。 中嶋を犯していながら、まるで自分が犯されているようだ――。 そんなことを思った次の瞬間、和彦は呆気なく絶頂を迎え、低く呻き声を洩らして中嶋の内奥深くに精を放つ。 一気に体の力が抜け、中嶋の胸に倒れ込んでいた。「俺の中は、よかったですか?」 中嶋からの露骨な問いかけに、息を乱しながらも和彦は顔を上げ、苦笑する。「いつも秦にも、そんなふうに聞いているのか?」「あの人が相手だと、俺はこんなふうに口を開く体力は残っていませんよ」「……それは、悪かった。ぼくが相手だと物足りなかっただろ……」「身震いするほど、興奮しました。倒錯した感覚っていうか、先生に抱かれているようで、ずっと抱いているような感じで」 汗で額に張り付いた髪を、中嶋が指先で掬い取ってくれる。なんとなく察するものがあり、和彦は誘われるように中嶋と唇を触れ合わせる。次第に口づけは熱を帯び、いまだ消えることのない互いの欲情を煽る。 汗に濡れた互いの熱い体を擦りつけるように、狂おしく抱き合う。和彦が内奥から欲望を引き抜くと、すかさず体の位置が入れ替わり、中嶋が上となる。「あっ……」 さきほど犯されたばかりの内奥に、熱く硬いものを浅く含まされる。この瞬間、和彦の全身には電流にも似た感覚が駆け抜けた。逞しいもので貫かれたいと、本能的に思ったのだ。和彦にとっては馴染みのある、オンナとしての欲望だ。「――……性質が悪いな、先生は。怖い男たちが骨抜きになるわけだ」 中嶋はどこか楽しげな様子でそう呟くと、やや強引に和彦の体をうつ伏せにする。腰を抱え上げられた拍子に注ぎ込まれていた中嶋の精が溢れ出し、その感触に和彦は動揺する。羞恥のため腰を捩って逃れようとしたが、そ
思わず笑みを交わし合ってから、和彦はゆっくりと腰を進め、中嶋の内奥に欲望を沈めていく。 初めて味わう感触だった。和彦を受け止めてくれる部分はひどく狭いが、だからといって頑なというわけではなく、うねるように蠢き、熱く滑っている。和彦自身が指で解したおかげだ。 深々と中嶋と繋がり、大きく息を吐き出す。蠢く襞や、吸い付いてくるような粘膜の感触をじっくりと堪能できるだけの余裕はあった。いままで体験したことのない感覚は新鮮で、中嶋の上で和彦は背をしならせる。そんな和彦を見上げて、中嶋は目を細めた。「色っぽいですね、先生。俺の中に先生がいるのに、たまらなく先生を抱きたくなる」「なんだか……恥ずかしいな」 中嶋に頭を引き寄せられ、じゃれ合うような軽いキスを交わす。そのうちキスは熱を帯び、深い口づけとなり、差し出した舌を濃厚に絡め合う。和彦は狂おしい衝動に背を押されるように、慎重に腰を動かし始めていた。「あっ、あっ……」 中嶋の唇から声が洩れる。収縮を繰り返す内奥に欲望をきつく締め付けられ、和彦も呻き声を洩らす。 いままで男たちは、自分をどんなふうに愛して、快感を与えてくれたか、頭ではわかっているのに体が思うように動かない。こんな形で同性の体に触れることに、少し戸惑っているのだ。 和彦の気持ちを見抜いたように、中嶋が息を喘がせて言った。「先生は、俺に〈オンナ〉の悦びを教えてくれて、秦さんと関係を持つ後押しをしてくれた。だったら俺が今度は、先生の望みを叶えますよ。――先生は、今何を望んでいます?」 和彦は、下肢に絡みつくようだった守光の愛撫を思い出し、肉の疼きを覚える。「……少しだけ、オンナの立場を忘れたい……」「堅苦しいですよ。もっと楽な気持ちで、俺とセックスしましょう」 思わず顔を綻ばせた和彦だが、次の瞬間には表情を引き締める。中嶋の片足を抱えると、ゆっくりと律動を刻み始めた。 内奥を擦り上げるたびに、身震いしたくなるような感覚が和彦の背筋を這い上がる。中嶋も、身を捩り、仰け反りながら
「秦との間に、何があったのか聞いていいか? もしかして、鷹津と手を組んでいるなんてことは――」「多分、それはない。だけど、ぼくと秦が少し面倒なことになっているのは確かだ。……油断したぼくの責任だ」「その先生を護衛するのが、俺たちの仕事だ」 やっと顔を上げられた和彦は、生まじめに応じる三田村にそっと笑いかけてから、柔らかく唇を啄ばむ。三田村は鋭い眼差しのまま、優しい手つきで髪を撫でてくれた。「困っているなら、正直に言ってくれ。そうなると、組長の耳にも入ることになると思うが、確実に厄介事は片付く。総和会の中嶋に話を通
** 長嶺組は、ビルのテナントやマンション・アパートの部屋を、常時いくつか契約している。何かの商売をしているよう装う必要があったり、誰かを匿うときのために、そうやって物件を押さえているのだ。もちろん名義は、組とは関係ない第三者のものを使っている。あくまで、合法的に。 そのマンションの一室を、クリニックが開業するまでの簡易手術室としたのだそうだ。和彦が、長嶺組に初めて医者として協力したとき、手術できる場所ではないと、さんざん文句を言ったのがきっかけなのだと聞かされた。 それに、何かあるたびに総和会に力を借りる事態を、賢吾も苦々しく感じ
Tシャツの上からすっぽりと手術衣を着込み、帽子を被った和彦は、眉をひそめる。回りくどい言い方に、理解するのに少々時間がかかり、考え込みながらも手を洗って消毒を済ませる。 「つまり、ぼくが今すぐ事情を知る必要はないということですね」 「はい。早急に手術に取り掛かっていただけるとありがたいです」 必要がない限り、ヤクザの事情に立ち入らない姿勢を保っている和彦としては、こんな会話を交わしても疎外感に襲われることはない。 ペーパータオルで手を拭いてラテックス手袋をしてから、奥の〈手術室〉へと向かう。もとはベッドルームなのだが、その名残りを留めているも
** 障子を通して、朱色を帯びた陽射しが部屋に差し込んでいるのを、薄目を開いた和彦は初めて知る。眠り込んでいるうちに、夕方になったのだ。 もうそろそろ体を起こせそうだと思った次の瞬間、ある気配を感じて体を強張らせる。部屋にいるのは、和彦だけではなかった。いつの間にか足元に、人の姿があったのだ。 反射的に体を起こそうとした和彦だが、獣のように飛びかかられるほうが早かった。布団の上に押さえつけられながら、覆い被さってきた相手の顔を見上げる。 和彦としては、安堵の吐息を洩らせばいいのか、呆れてため息をつけばいいのか、微妙な相手