LOGIN和彦は、鷹津に言われた通りの場所を告げる。なぜか中嶋は、意味ありげな眼差しを寄越してきた。
「なんだ……」「先生、知ってます? そこ、夜景がきれいだということで、ちょっとしたデートスポットなんですよ」 和彦の脳裏で、鷹津が皮肉っぽい笑みを浮かべている。「……嫌がらせだな。あの男なら、絶対そういう陰湿なことをやる」「あの男?」「鷹津――、前に、ぼくとお茶を飲んでいた刑事だ。君にも紹介して、確か携帯で隠し撮りをしていただろ」 悪びれた様子もなく、ああ、と声を洩らして中嶋は頷いた。「それで、本当にデートなんですか?」「笑えない冗談だな……。あの男にはいろいろと調べてもらっているんだ。組関係じゃなく、何かと厄介なぼくの実家のことを」 ウソではないが、事実でもない。総和会だけではなく、賢吾とも繋がっている中嶋を相手に、何もかも打ち明けるわけにはいかなかった。面倒を避けるなら、一人で鷹津と会からかうように言う賢吾から強引にジャケットを脱がせ、これもコートハンガーにかける。賢吾に背を向けた和彦は、懸命に平静さを保つ。里見の調査を鷹津に依頼したと、賢吾に知られるわけにはいかなかった。 ふいに、賢吾の唇が耳に押し当てられた。「あまり、誰にでもいい顔をするなよ。お前は、俺に一番いい顔を見せていればいいんだ」 鼓膜を愛撫するようなバリトンの囁きに、和彦の胸の奥が疼く。「……わかって、いる……」「だったら、体で俺に尽くしてもらおう。――日曜日も働いてきた俺の体を、先生、温めてくれるか?」 恐怖からではなく、純粋な欲望に促されるように、和彦は頷いた。** バスタブに湯が溜まるのを待ってから、賢吾に半ば強引に服を脱がされ、バスルームに連れ込まれる。この頃には和彦も諦めがつき、日曜日の昼間から、ヤクザの組長との入浴タイムを楽しむことにした。 体を洗ってから湯に浸かるなり、賢吾に腰を引き寄せられる。咄嗟に賢吾の胸に手をついた和彦は、抗議の声を上げる前に唇を塞がれ、喉の奥から呻き声を洩らす。 油断ならない賢吾の手は、このときには和彦の両足の間に入り込み、敏感なものを緩く握られ扱かれる。愛撫が本格的なものになる前に手を押し退けようとしたが、すかさず力を込められて動けなくなった。「せめて、風呂から上がるまで、待てないのかっ……」 ようやく唇が離されて、和彦は息を弾ませて賢吾を睨みつける。生々しい大蛇の刺青を背負った男は、まったく悪びれずに笑みを浮かべた。「風呂だから、いいんだろ」「……何がいいんだ」「多少無茶をしても、先生にかかる負担が軽くて済む」 慌てて和彦は立ち上がろうとしたが、賢吾の手がさらに深く差し込まれ、柔らかな膨らみをいきなり手荒く揉みしだかれる。これだけで和彦は上擦った声を洩らし、腰を震わせてしまう。そして、賢吾の肩にすがりついていた。「あっ、あっ、強く、しないで、くれ――」 下肢に力が入らなくなり、意識しない
**** ベッドに転がって本を読んでいた和彦は、何げなく窓を見る。いつからなのか、雨が降っていた。 珍しくのんびりとした日曜日を過ごしている和彦としては、こんな天気の中、絶対に外出はしたくなかった。それでなくても今日はひどく気温が低い。雨はさぞかし冷たいだろうと、想像するだけで身震いしたくなる。 今日はひたすら部屋に閉じこもり、夕方まで本を読み、夜はワインを飲みつつDVDをダラダラと観る予定なのだ。 秘密を抱えた自分は、沈滞しかかっている――。 和彦は、なんとなく人に会いたくない心境を、そう分析している。今の環境で、秘密を抱えるのはそれだけでストレスになり、プレッシャーもかかる。なんといっても、和彦を取り巻くのは食えない男たちばかりなのだ。 顔を合わせて、いつもとは違うと指摘されるのが、怖いのかもしれない。 今日はこのまま、自分を放っておいてほしいという和彦の願いは、見事に一蹴された。 本を読んでいたはずが、降りが強くなった雨に意識を奪われていると、閉めたドアの向こうで人の気配を感じる。 和彦が体を起こしたのと、ドアが開いたのは、同じタイミングだった。 スーツの上からコートを羽織った賢吾が姿を見せ、ベッドの上の和彦を見るなり、口元に笑みを刻む。「寛いでるな、先生」「日曜日だからな。……あんたは、出かけていたのか?」 上体を起こしただけの姿で話すのもだらしないので、和彦はベッドの上に座る。それを待っていたように賢吾が側にやってきた。濡れている様子はないが、賢吾からはいつものコロンだけではなく、雨の匂いもした。「仕事だ。土日は、先生とゆっくりしたいから、あまり動きたくねーんだがな」「……あんたには悪いが、たった今まで、ぼくはゆっくりできていた」「そのおかげで俺は、こうして先生を捕まえることができたわけか。――誰かと出かけようと思わなかったのか?」 コートを脱ぎながらさらりと賢吾に言われ、和彦は警戒する。和彦が複数の男と関係を持つことを容認している賢吾だが、決
寒さ以外のものから、和彦は大きく身震いする。大蛇を背に宿した男の冷たい目を、ふいに思い出したのだ。「……里見さんに対して、やましい気持ちはない。佐伯家の情報を得たいだけだ」「そんな理由があるのに、長嶺に打ち明けていないのはどうしてだ」 鷹津は真剣な顔で、和彦の目を覗き込んでくる。賢吾に代わって、自分が和彦の言葉の真意を探ろうとしているかのように。「あの人は、堅気だ。ぼくとは違う。――ヤクザと交わらせたくない」「ヤクザから、昔の男を守りたいってことか。健気だな」 そうじゃない、と和彦は声に出さずに呟く。決して、そんなきれいな理由だけではないのだ。 里見に迷惑をかけたくないという想いはある。そしてもう一つ、和彦自身の今の生活と、自分を大事にしてくれる男たちがいる世界を壊したくないという想いが。 一人で気ままに生活をしているときは、無視していればそれでよかった佐伯家だが、今は、里見まで利用する姿勢に、たまらなく嫌な予感がするのだ。「まあ、何かあったとして、ケリをつけるのはお前だ。俺は美味い餌がもらえれば、それでいい」 鷹津のその言葉で、肩に回された腕の感触をいまさらながら意識する。和彦は、鷹津にきつい眼差しを向けた。「ぼくはもう、あんたに餌を食わせたぞ。前払いを求めたのは、そっちだからな」「……覚えていたか」「当たり前だっ」 鷹津の腕を押し退けようとしたが、力が緩むことはない。ニヤニヤと笑っている鷹津に対して、和彦は折れるしかなかった。「電話でも言ったが、明日も仕事があるんだ。ゆっくりはできない――」 言葉の途中で鷹津にあごを掴み上げられ、強引に唇を塞がれる。最初は応える気のなかった和彦だが、執拗に唇を吸われ、歯列を舌先でまさぐられているうちに、体の奥が熱くなってくる。視線を伏せ、舌先を触れ合わせていた。 まるで、求め合っている恋人同士のように唇と舌を吸い合う。そのうち口づけが深くなり、口腔を鷹津の舌でまさぐられ、舐め回される。当然のように舌を絡め合い、唾液を交わす。 鷹津と交わす口づけは、いつも
「二日前に、ここで暴走族同士の乱闘事件があって、一人が半殺しになった。おかげでしばらくは、まともな人間どころか、暴走族も近づかない。セックス抜きで秘密の話をするには、うってつけの場所だ」「……どの口が、情緒なんて言葉を言ったんだ」 車にもたれかかった鷹津が、和彦の手にある包みに目を留める。すかさず和彦は包みを押し付けた。「やる」「なんだ……?」「靴下。誕生日に、あんたにはディナーを奢ってもらったから、お返しだ。たまたまバレンタインのセールで安かったんだ」 鷹津は、包みと和彦の顔を交互に見て、鼻先で笑った。「自分のために、靴下が破れるほど足を使えってことか。大したオンナだ」「まあ、そういうことだ。何かは返しておかないと、目覚めが悪いからな」 律儀なことだと呟いて、鷹津は車の中に包みを放り込んだ。それからスッと、和彦が乗ってきた車のほうを見る。つられて和彦も振り返ると、いつの間にか中嶋が、車を降りてこちらを見ていた。「あの二枚目は、前に会ったことがあるな……」「余計なことはするなよ。彼は単なるヤクザじゃなく、総和会の人間だ」「――あいつとも寝たのか?」 和彦は横目で鷹津を睨みつけると、吐き捨てるように答えた。「まだ、寝てない」「正直な奴だ」「あんた相手に取り繕う必要もないだろ」 和彦は夜景をよく見るため、車の前に回り込む。当然のように鷹津が隣に立ち、それどころか馴れ馴れしく肩を抱いてきた。一瞬腕を払いのけたくなったが、鷹津がいい風除けになっていることに気づき、我慢することにした。「……寒いんだ。早く本題に入ってくれ」 そう言って和彦は、前方に広がる夜景を眺める。確かにここは、見晴らしがよかった。「里見という男だが、真っ当な生活を送っている人間らしく、調べるのは楽だった。生活パターンがほぼ決まっているから、それを辿るだけでいい。もちろん、前科はなし。職場での評判もいいし、仕事もできるようだな」「省庁勤めの頃か
和彦は、鷹津に言われた通りの場所を告げる。なぜか中嶋は、意味ありげな眼差しを寄越してきた。「なんだ……」「先生、知ってます? そこ、夜景がきれいだということで、ちょっとしたデートスポットなんですよ」 和彦の脳裏で、鷹津が皮肉っぽい笑みを浮かべている。「……嫌がらせだな。あの男なら、絶対そういう陰湿なことをやる」「あの男?」「鷹津――、前に、ぼくとお茶を飲んでいた刑事だ。君にも紹介して、確か携帯で隠し撮りをしていただろ」 悪びれた様子もなく、ああ、と声を洩らして中嶋は頷いた。「それで、本当にデートなんですか?」「笑えない冗談だな……。あの男にはいろいろと調べてもらっているんだ。組関係じゃなく、何かと厄介なぼくの実家のことを」 ウソではないが、事実でもない。総和会だけではなく、賢吾とも繋がっている中嶋を相手に、何もかも打ち明けるわけにはいかなかった。面倒を避けるなら、一人で鷹津と会うのが一番なのだろうが、和彦をマンションに送り届けることなく中嶋が一人で帰るはずもなく、だからといって、マンションに帰宅してから鷹津を呼び出すのも時間がかかる。 あまりコソコソしすぎて、余計な疑念を周囲の男たちに持たせる事態は避けたかった。 心の中で何を考えているかはともかく、中嶋は深く詮索することなく、目的地まで車を走らせてくれる。後部座席で物思いに耽っていた和彦は、あることを思い出し、いつも持ち歩いているアタッシェケースを膝の上に置いて開いた。 人に見られても困らないような書類しか基本的に持ち歩かないのだが、バレンタインデーを過ぎてから、ある包みも一緒に入れている。まさに、今夜のような状況に備えてのことだ。 鷹津が指定した場所に向かうまで、和彦はちょっとしたドライブ気分を味わった。車のライトや照明、ネオンで明るい街を抜け、静かな住宅街へと入り、そこからさらに高台に向かっているのだが、景色が変化に富んでいる。「暖かい時期だと、この時間でもけっこう車の行き来があるんですが、さすがに今は少し寒いのか、車がまったく通りませんね」
守光と顔を合わせてから、和彦と総和会の関係は一気に近くなった。それは、知りたくない事情を知る機会が増えたということで、下手をすれば足元を掬われかねない。 それでなくても和彦は、〈長嶺の守り神〉と関係を持っている。目隠しの布一枚分の建前だが、総和会会長のオンナになったわけではないと、強弁できる。ギリギリのところで、複雑な総和会の事情に巻き込まれずに済んでいるのだ。 それとも中嶋は、すでに和彦が、守光と特殊な関係にあると考えているのだろうか――。 和彦は無意識のうちに、探るような眼差しを中嶋に向ける。すると、なんの前触れもなく中嶋が顔を上げた。ドキリとした和彦は、不自然に視線を逸らすこともできずうろたえる。じろじろと見ていたことを気づかれたのだろうかと思ったが、そうではなかった。「――先生、携帯鳴ってませんか?」 中嶋にそう言われて初めて、携帯電話の微かな震動音に気づく。傍らに置いたコートのポケットから取り出して表示を確認すると、鷹津の携帯電話からだった。軽く眉をひそめた和彦は、一瞬逡巡してから電源を切る。食事の最中に、鷹津と話をするためだけに席を立つのは抵抗があった。 和彦の行動に、中嶋は目を丸くする。「いいんですか? 遠慮なく出てもらっても――」「食事が終わってからかけ直す」 中嶋と一緒であることは、護衛の人間を通して長嶺組に把握されている。仮に急ぎの仕事が入ったとしても、中嶋経由で連絡が入るはずだ。 食事を続けながら和彦は、鷹津の電話の用件を想像する。考えられることは、一つしかなかった。和彦が調査を依頼していた件だ。 鷹津などいくらでも待たせればいいと頭の半分では思うが、残りの半分で、調査の結果が気になるし、蛇蝎の片割れである男の機嫌を損ねる厄介さも無視できない。「デザートとチャイを持ってきてもらいますか?」 気を利かせた中嶋に提案され、苦笑しつつ和彦は頷いた。** インド料理屋と同じフロアには、飲食店だけでなくさまざまなショップが入っている。少し見てきてもいいですかと言って、誘われるように中嶋が入っていたのは、インテリア雑貨屋だった。 一体何
「……携帯電話を落とした。鷹津という刑事の前で。多分――」「奴なら、嬉々として拾っただろうな」 自分のミスを責められた気がして、和彦は唇を噛む。すると、握られた手を引っ張られ、賢吾に抱き寄せられた。「そんな顔するな。先生は何も悪くない。三田村に、秦という男に連絡を取らせて、詳しい状況は把握した」 賢吾の言葉に、和彦は身を強張らせる。秦にされたことを意識して頭から追い払おうとするが、千尋との濃厚な行為の余韻も加わり、煩悶したくなるような疼きを呼び起こしてしまう。 和彦のこの反応は、秦が望んでいるものだろ
** 和彦が小さく呻いたとき、優しく頬を撫でられた。次に髪を梳かれて、思わずほっと吐息を洩らす。ただ、ひどく頭が重く、深い沼の底で漂っているようで、意識がはっきりしない。 もしかして自分は、本当に深い沼に沈められているのだろうかと、現実的でない不安感に襲われ、和彦はハッと目を開く。まっさきに視界に飛び込んできたのは、もちろん暗く澱んだ世界ではなく、木目の美しい天井だった。「――大丈夫か、先生」 ふいに傍らから、柔らかなバリトンで話しかけられる。そして、顔を覗き込まれた。 賢吾の真剣な顔を間近に見て、和彦はドキ
身を擦りつけるように抱き合い、口づけを交わした和彦と三田村の手は、わずかなためらいと羞恥、抑え切れない興奮を感じながら、互いの両足の中心へと伸びていた。「すまない、先生。こんな時間に、こんな場所で……」 律儀な三田村の言葉に、和彦は熱い吐息で応じる。「お互い様だ。ぼくも――」 三田村のスラックスのファスナーを下ろし、指を忍び込ませる。すでに熱く高ぶっている欲望を撫でると、三田村は小さく呻き声を洩らしてから、和彦のスウェットパンツと下着を下ろし、やはり高ぶっている欲望をてのひらに包み込んできた。 和彦
「迎えにきてくれるのは、先日の花火大会のとき、必死な様子でクラブまで先生を捜しに来た方ですか? 確か、三田村さん……」「ぼくの本当の護衛です。というより、頼めば、家の片付けすらしてくれるので、世話係みたいなものですね」「今日は先生についていなかったのは、どうしてですか?」「最近、本来の仕事が忙しいみたいです。組のトラブル処理に当たっているそうです。ぼくは、組絡みのそういった事情には首を突っ込まないようにしているので、詳しくは知りませんが」 ワインをグラス二杯飲んだぐらいでは酔わない和彦だが、今日は気が高ぶっている







