Se connecter守光と顔を合わせてから、和彦と総和会の関係は一気に近くなった。それは、知りたくない事情を知る機会が増えたということで、下手をすれば足元を掬われかねない。
それでなくても和彦は、〈長嶺の守り神〉と関係を持っている。目隠しの布一枚分の建前だが、総和会会長のオンナになったわけではないと、強弁できる。ギリギリのところで、複雑な総和会の事情に巻き込まれずに済んでいるのだ。 それとも中嶋は、すでに和彦が、守光と特殊な関係にあると考えているのだろうか――。 和彦は無意識のうちに、探るような眼差しを中嶋に向ける。すると、なんの前触れもなく中嶋が顔を上げた。ドキリとした和彦は、不自然に視線を逸らすこともできずうろたえる。じろじろと見ていたことを気づかれたのだろうかと思ったが、そうではなかった。「――先生、携帯鳴ってませんか?」 中嶋にそう言われて初めて、携帯電話の微かな震動音に気づく。傍らに置いたコートのポケットから取り出して表示を確認すると、鷹津の携帯電話からだった。軽く眉をひそめた和彦は、一瞬逡巡してから電源を切る。食事の最中に、鷹「二日前に、ここで暴走族同士の乱闘事件があって、一人が半殺しになった。おかげでしばらくは、まともな人間どころか、暴走族も近づかない。セックス抜きで秘密の話をするには、うってつけの場所だ」「……どの口が、情緒なんて言葉を言ったんだ」 車にもたれかかった鷹津が、和彦の手にある包みに目を留める。すかさず和彦は包みを押し付けた。「やる」「なんだ……?」「靴下。誕生日に、あんたにはディナーを奢ってもらったから、お返しだ。たまたまバレンタインのセールで安かったんだ」 鷹津は、包みと和彦の顔を交互に見て、鼻先で笑った。「自分のために、靴下が破れるほど足を使えってことか。大したオンナだ」「まあ、そういうことだ。何かは返しておかないと、目覚めが悪いからな」 律儀なことだと呟いて、鷹津は車の中に包みを放り込んだ。それからスッと、和彦が乗ってきた車のほうを見る。つられて和彦も振り返ると、いつの間にか中嶋が、車を降りてこちらを見ていた。「あの二枚目は、前に会ったことがあるな……」「余計なことはするなよ。彼は単なるヤクザじゃなく、総和会の人間だ」「――あいつとも寝たのか?」 和彦は横目で鷹津を睨みつけると、吐き捨てるように答えた。「まだ、寝てない」「正直な奴だ」「あんた相手に取り繕う必要もないだろ」 和彦は夜景をよく見るため、車の前に回り込む。当然のように鷹津が隣に立ち、それどころか馴れ馴れしく肩を抱いてきた。一瞬腕を払いのけたくなったが、鷹津がいい風除けになっていることに気づき、我慢することにした。「……寒いんだ。早く本題に入ってくれ」 そう言って和彦は、前方に広がる夜景を眺める。確かにここは、見晴らしがよかった。「里見という男だが、真っ当な生活を送っている人間らしく、調べるのは楽だった。生活パターンがほぼ決まっているから、それを辿るだけでいい。もちろん、前科はなし。職場での評判もいいし、仕事もできるようだな」「省庁勤めの頃か
和彦は、鷹津に言われた通りの場所を告げる。なぜか中嶋は、意味ありげな眼差しを寄越してきた。「なんだ……」「先生、知ってます? そこ、夜景がきれいだということで、ちょっとしたデートスポットなんですよ」 和彦の脳裏で、鷹津が皮肉っぽい笑みを浮かべている。「……嫌がらせだな。あの男なら、絶対そういう陰湿なことをやる」「あの男?」「鷹津――、前に、ぼくとお茶を飲んでいた刑事だ。君にも紹介して、確か携帯で隠し撮りをしていただろ」 悪びれた様子もなく、ああ、と声を洩らして中嶋は頷いた。「それで、本当にデートなんですか?」「笑えない冗談だな……。あの男にはいろいろと調べてもらっているんだ。組関係じゃなく、何かと厄介なぼくの実家のことを」 ウソではないが、事実でもない。総和会だけではなく、賢吾とも繋がっている中嶋を相手に、何もかも打ち明けるわけにはいかなかった。面倒を避けるなら、一人で鷹津と会うのが一番なのだろうが、和彦をマンションに送り届けることなく中嶋が一人で帰るはずもなく、だからといって、マンションに帰宅してから鷹津を呼び出すのも時間がかかる。 あまりコソコソしすぎて、余計な疑念を周囲の男たちに持たせる事態は避けたかった。 心の中で何を考えているかはともかく、中嶋は深く詮索することなく、目的地まで車を走らせてくれる。後部座席で物思いに耽っていた和彦は、あることを思い出し、いつも持ち歩いているアタッシェケースを膝の上に置いて開いた。 人に見られても困らないような書類しか基本的に持ち歩かないのだが、バレンタインデーを過ぎてから、ある包みも一緒に入れている。まさに、今夜のような状況に備えてのことだ。 鷹津が指定した場所に向かうまで、和彦はちょっとしたドライブ気分を味わった。車のライトや照明、ネオンで明るい街を抜け、静かな住宅街へと入り、そこからさらに高台に向かっているのだが、景色が変化に富んでいる。「暖かい時期だと、この時間でもけっこう車の行き来があるんですが、さすがに今は少し寒いのか、車がまったく通りませんね」
守光と顔を合わせてから、和彦と総和会の関係は一気に近くなった。それは、知りたくない事情を知る機会が増えたということで、下手をすれば足元を掬われかねない。 それでなくても和彦は、〈長嶺の守り神〉と関係を持っている。目隠しの布一枚分の建前だが、総和会会長のオンナになったわけではないと、強弁できる。ギリギリのところで、複雑な総和会の事情に巻き込まれずに済んでいるのだ。 それとも中嶋は、すでに和彦が、守光と特殊な関係にあると考えているのだろうか――。 和彦は無意識のうちに、探るような眼差しを中嶋に向ける。すると、なんの前触れもなく中嶋が顔を上げた。ドキリとした和彦は、不自然に視線を逸らすこともできずうろたえる。じろじろと見ていたことを気づかれたのだろうかと思ったが、そうではなかった。「――先生、携帯鳴ってませんか?」 中嶋にそう言われて初めて、携帯電話の微かな震動音に気づく。傍らに置いたコートのポケットから取り出して表示を確認すると、鷹津の携帯電話からだった。軽く眉をひそめた和彦は、一瞬逡巡してから電源を切る。食事の最中に、鷹津と話をするためだけに席を立つのは抵抗があった。 和彦の行動に、中嶋は目を丸くする。「いいんですか? 遠慮なく出てもらっても――」「食事が終わってからかけ直す」 中嶋と一緒であることは、護衛の人間を通して長嶺組に把握されている。仮に急ぎの仕事が入ったとしても、中嶋経由で連絡が入るはずだ。 食事を続けながら和彦は、鷹津の電話の用件を想像する。考えられることは、一つしかなかった。和彦が調査を依頼していた件だ。 鷹津などいくらでも待たせればいいと頭の半分では思うが、残りの半分で、調査の結果が気になるし、蛇蝎の片割れである男の機嫌を損ねる厄介さも無視できない。「デザートとチャイを持ってきてもらいますか?」 気を利かせた中嶋に提案され、苦笑しつつ和彦は頷いた。** インド料理屋と同じフロアには、飲食店だけでなくさまざまなショップが入っている。少し見てきてもいいですかと言って、誘われるように中嶋が入っていたのは、インテリア雑貨屋だった。 一体何
さっそく和彦がスプーンを手にすると、さりげなく中嶋が言った。「いろいろと理屈を並べてますが、単純に、俺は先生を好きなんです。もちろん、秦さんも先生を好きですよ」 和彦は、ナンを千切っている中嶋をまじまじと見つめてから、ぼそりと応じる。「ぼくも、君は好きだ」「光栄ですね、先生にそう言ってもらえて」 ここで二人は、食えない笑みを交わし合う。ヤクザのオンナとヤクザがカレーを前にして、こうして互いの腹を探り合っているとは、誰も思いはしないだろう。普通に過ごしている限り、和彦も中嶋も、表の世界によく馴染む外見をしているのだ。 野菜カレーをまず口にして、その味に和彦は満足する。中嶋からエビカレーを少し分けてもらい、代わりに和彦は、チキンカレーを食べてもらう。 ラム肉のタンドール焼きを味わっていた和彦は、店内に一人で入ってきた男に目を留めた。食事を始めてから数組の客の出入りを見たが、一見して違和感を覚える。なんとなくだが、食事に訪れたようには見えなかったのだ。 和彦の直感は当たったらしく、スタッフに何か言った男はさっと店内を見回してから、まっすぐこちらにやってくる。セーターの上からダウンジャケットを羽織った、ラフな格好をした若者だ。年齢は千尋と同じぐらいに見えるが、持っている空気がおそろしく鋭い。「――お食事中、すみません」 若者はテーブルの傍らに立つと、一礼して低く抑えた声を発した。それを受けて、ここまで寛いだ様子を見せていた中嶋が表情を一変させる。口元には笑みを湛えながらも、冴えた目で若者を一瞥した。「上手く進んだのか?」 中嶋の問いかけに若者は頷く。「明日の朝、中嶋さんに立ち合って確認してほしいんですが」「わかった。今日はもういい。他の連中はまだ一緒に?」「車に待たせています」 二人のやり取りを聞きつつも、和彦は素知らぬ顔をして食事を続ける。賢吾とも食事をしていると、よくあることなのだ。立ち入ってはいけない話が多すぎるので、こうして聞こえていないふりをするのが一番無難だし、相手を警戒させないで済む。 中嶋は自分の財布を取り出すと、数枚の万札を若者に渡した。
「連れてきてから聞くのもなんですが、先生、香辛料が効いた料理は大丈夫ですか? ビルの中にいくらでもレストランはあるので、遠慮なく言ってください」「匂いを嗅いだだけでお腹が空いた」 和彦の言葉に、中嶋はちらりと笑みを見せる。「よかった。秦さんに教えてもらって、最近通うようになった店なんです」 テーブルにつくと、さっそく中嶋はカレーのディナーコースを頼む。その間和彦は、コートを脱いで隣のイスに置き、混雑する店内を見回す。複合ビルだけあって、商業施設だけでなく企業のオフィスもたくさん入っているためか、いかにも会社帰りといった様子の人も多い。 表向きは健全なクリニック勤めの和彦はともかく、きちんとスーツを着て、見た目はごく普通のハンサムな青年である中嶋は、こういう場ではよく馴染む。 頬杖をついた和彦がじっと見つめていると、視線に気づいたのか、中嶋が首を傾げた。「どうかしましたか、先生。そういう悩ましい目で見られると、ドキドキするんですが」「言うことが、本当に秦に似てきたな――」 ここで和彦は姿勢を正す。さきほど車内で交わした会話もあり、純粋な好奇心からこんなことを尋ねていた。「君は、バレンタインはどうだったんだ。秦と一緒に過ごしたのか?」 唐突な和彦の質問に、さすがの中嶋も虚をつかれたのか目を丸くする。いくら秦の影響を受けようが、ここで澄ました表情で返せないのが、中嶋らしい。ヤクザに見えない切れ者ヤクザも、プライベートな話題にはガードが甘い。「チョコレートは渡したのか? それとも渡されたほうなのか?」「……すごい話題で攻めてきますね、先生」「ぼく相手に、バレンタインという単語を持ち出したほうが悪い」 車内での会話を思い出したのか、ああ、と声を洩らした中嶋は、予想外の反撃をしてきた。薄い笑みを浮かべつつ、堂々とこう言ったのだ。「バレンタインデーに、チョコの代わりに秦さんと買いに行ったんですよ。――一緒に寝るためのベッドを」 和彦はさりげなく左右のテーブルに視線を向けてから、抑えた声で応じる。「順調そうだな」「もう秦さん
**** 和彦は、ここ最近忙しさもあってサボりがちだったジムに行き、体を動かしていた。忙しいとはいっても、基本的に座り仕事が多いし、移動は車だ。気を抜くとすぐに運動不足になる。数年ぶりに熱を出して寝込んだことで、普段からの体作りの大切さを思い知った。 ランニングマシーンでたっぷり走ってから、軽めのメニューをこなし、ウェイトコーナーに向かう。置いてあるベンチに横になり、腹筋のトレーニングをしてみたが、やはり少し筋力が落ちているようだ。 クリニックを開業してから、ようやく生活のリズムが掴めてきたところなので、ジム通いの回数を元に戻そうかと和彦は考えている。組からの仕事が入らなければ、比較的夜は時間が取れるのだ。ただし、賢吾に勝手に予定を押さえられなければ、という前提で。「――あまり、病み上がりという感じじゃないですね、先生」 ベンチの傍らに立ったジム仲間に声をかけられ、和彦は首の後ろで組んでいた両手を離す。 久しぶりに体を思いきり動かして汗だくになっている和彦とは違い、中嶋は首筋や額にうっすらと汗をかいている程度だ。日常的に体を動かしている人間とは、こういうところで差が出るらしい。「サボっていたツケだな。体が重くて仕方ない」 中嶋に片手を差し出され、その手を掴んで和彦は体を起こす。館内の時計を見上げると、二時間近く、無心に体を動かしていたようだ。「そろそろシャワーを浴びに行きませんか?」 中嶋の言葉に頷き、和彦は立ち上がる。クリニックを閉めてから、この後、中嶋と一緒に夕食をとるのだ。 今晩ジムに行くと、和彦が中嶋の携帯電話にメールを送り、中嶋の都合がつけばこうして合流する。お互い忙しいうえに、いつ仕事で拘束されるかわからない境遇なので、不確実な約束を交わすより合理的で、気楽なのだ。 今日はもう、ジムで中嶋と顔を合わせた時点で、護衛の組員には帰ってもらっている。時間を気にせず、中嶋と食事を楽しむためだ。 慌しくシャワーを浴びて髪を乾かすと、ジムのロビーに下りる。すでに中嶋は待っており、携帯電話で誰かと話している。和彦の姿を見るなり電話を切り、一緒に車に向かう。
「あうっ……」 声を洩らした和彦は、前に這って逃れようとしながら、首を左右に振る。「そこは、まだっ――」「先だろうが、後だろうが、感じまくるのは一緒だろ」 情緒の欠片もないことを言いながら賢吾は、慣れた手つきで和彦の柔らかな膨らみを揉みしだき始める。何度味わわされても、この愛撫の強烈さには慣れない。一瞬にして下肢に力が入らなくなり、愛撫を与えてくる相手に従わされてしまう。「あっ、あっ、あうっ」 巧みに蠢く指に弱みをまさぐられ、弄られる。強弱をつけて揉み込まれると、意識しないまま和彦は腰を揺
千尋なりに、独占欲をぶつけたいという衝動を、今日までなんとか堪えていたらしい。子供のように不器用に言葉を紡ぐ千尋を見ていると、和彦はどうしても、突き放すことができない。 犬っころのように素直で可愛い反面、とてつもなく扱いにくくて、危険なこの青年を、和彦なりに大事に思っているのだから仕方ない。「十歳も年上の男に、お前は特別だ、と言われて嬉しいか、お前?」「嬉しいよっ」 即答され、和彦は苦笑を洩らす。気が高ぶっている千尋を落ち着かせるため、背をポンポンと軽く叩いてやったが、逆効果だったらしい。切羽詰った表情で顔を上げた千尋に、いきなり唇を塞が
そんな会話を交わしながら、賢吾に片手を握られる。ドキリとして和彦が隣を見ると、賢吾が口元に薄い笑みを湛えながら、握った手を引き寄せ、唇を押し当てた。この瞬間、艶かしい感覚が胸に広がり、和彦は息を詰める。 運転席と助手席にいる組員の存在が気になるが、当然のように、賢吾は意に介していない。 何度も指先や手の甲に唇を押し当てられ、手を引き抜くわけにもいかず、だからといって素直に反応してみせるわけにもいかない。困惑していた和彦は、とうとうこの空気に耐え切れなくなり、口を開いた。「どこに――」「んっ?」 ようやく賢吾の動きが止まる。ここ
反り返ったものの先端から、はしたなく透明なしずくを滴らせる。誤魔化しようのない快感の証だ。すると三田村は、和彦のものを握り締め、律動に合わせて上下に扱いてくれる。和彦は呆気なく、二度目の絶頂を迎え、精を迸らせた。 ここで三田村が深い吐息を洩らし、動きを止める。内奥では、逞しい欲望が脈打ち、三田村の限界が近いことを知らせてくる。 和彦は三田村の顔を撫で、伝い落ちる汗を拭う。微かに笑みらしきものを浮かべた三田村だが、次の瞬間には表情を引き締め、律動を再開する。 三田村が動くたびに、滴る汗が和彦の肌すらも濡らしていた。そして、汗だけではなく――。