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第27話(23)

Author: 北川とも
last update Petsa ng paglalathala: 2026-04-29 14:00:21

 土曜日の午前中、自宅マンションで一人過ごしていた和彦は、突然の連絡を受け、急遽出かけることになった。こちらの予定も聞かず、自分につき合えと言うのは、口調の違いはあれど、長嶺の男に共通する特徴だ。

 後部座席のシートに身を預けた和彦は、ウィンドーの外を流れる景色を眺めつつ、守光からかかってきた電話でのやり取りを思い返す。

 美味い山魚を食べさせる店があるので、これから出てきなさいと、まず言われたのだ。面食らう和彦に、さらに守光は言葉を続けた。

 一昨日の南郷の無礼について、詫びがしたい、と。

 こう言われては、和彦には断る術はない。もとより、守光からの誘いを断られるはずもない。

 マンション前に停まっていた車に乗り込んだのだが、肝心の守光の姿はなかった。運転手を務めている男によると、守光は昨日からある旅館に宿泊しており、そこに和彦はこれから向かうのだ。

 一体何を言われるのだろうかと考えて、心がざわつく。

 和彦を騙して呼び出した南郷の行為
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     南郷に対して怒りはあるが、自ら罰を与えようと考えたことはなかった。守光が最善の手段へと導いてくれると、心のどこかで期待をしていた。しかし、これは――。 和彦の返事次第では、二つの組織だけではなく、父子関係の不和すら生みかねないと、言外に仄めかされているようだった。守光は、和彦から欲しい返事をもぎ取ろうとしているのだ。この場にはいない賢吾も。 ぐっと奥歯を噛み締めた和彦は、いまさらながら、自分がどれほど怖い男たちの〈オンナ〉であるのか、痛感していた。大事にしてくれてはいるが、一方で、自分たちが背負う組織のために、どこまでも傲慢で容赦なく振舞う。 それでも和彦は身を委ねるしかないのだ。「――……助言を、いただけないでしょうか。どうすれば、影響を最小限に抑えて、なおかつ、誰にも口出しをさせないほど、きちんとケリをつけられるのか。そんな方法があるのでしょうか?」「簡単だ。南郷を跪かせるといい」 事も無げに告げられ、静かな衝撃が胸に広がる。「ひざま、ずかせる……?」「あの男の土下座は、価値がある。――南郷が小さな組の組長代行を務めていた頃、その土下座で揉めに揉めてな。南郷は、親ともいえる組長の面子を潰した挙げ句、結局総和会が介入する話にまでなった。結果が、今の立場だ」 その今の立場を守るために、南郷は和彦の要求を呑むか否か、試せというのだ。しかし守光には確信があるのだろう。南郷は、和彦に詫びるために跪くと。それで、すべてケリがつくと。 頭が、考えることを放棄したがっていた。南郷にそこまでさせてしまうことで、どういう結果が生まれるのか、想像するのが怖かったのだ。不穏なものを感じながらも、しかし他に手段も思いつかない。 和彦は、守光に頭を下げた。「すべて、お任せします。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」「あんたが頭を下げる必要はない。今回の件は、こちらの不始末だ。それを円満に解決するために、あんたの手を借りる。面倒だと思うかもしれんが、この世界で円滑に物事を進めるには、取り繕うべき形が必要なんだ」「……そのことを

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    「ここでその酒を飲んで、あんたなら気に入ってくれるんじゃないかと思ってな。出してもらったんだ。その様子なら……」「ええ、すごく美味しいです。普段は無難に、日本酒よりワインを選んでしまうんですが、どうやらぼくが、口に合う日本酒を知らなかっただけのようですね」 喉の奥がじんわりと熱くなり、和彦はそっと吐息を洩らす。猪口一杯でこれでは、すぐに酔ってしまいそうだ。 食事が進み、器の大半が空いた頃になって、ようやく守光がこう切り出した。「南郷のことだが――」 和彦は反射的に背筋を伸ばした。「あんたには迷惑をかけた」 守光が頭を下げたため、慌てて制止する。「やめてくださいっ。会長が頭を下げられるなんてっ……」「そういうわけにもいかん。これはケジメだ。〈あれ〉は、わしの子飼いの部下だ。今の地位を与えた責任がある」 激しくうろたえ、困惑した和彦だが、思いきって守光に問いかけた。「……会長は、どこまでご存知なのですか?」 頭を上げた守光が一瞬見せた眼差しの鋭さに、息を呑む。しかし次の瞬間には、守光は穏やかな表情へと戻っていた。猪口を取り上げたので、和彦は酒を注ぐ。「賢吾が把握している程度のことは」「それは――……」 すべてを明け透けに打ち明けるかどうか、守光は自分を試しているのかもしれない。和彦は急にそんな不安に襲われる。同時に、耐え難いほどの羞恥にも。「南郷は今、自宅で謹慎させている。第二遊撃隊も、総本部に詰めさせて、外での活動を禁止している。――処分が決まるまで」「処分?」「処分は今日、あんたと相談して決めるつもりだ」 和彦は絶句して、ただ守光の顔を凝視する。沈黙している間、耳に心地いい水音が室内に響き渡る。窓のすぐ下を川が流れているのだろう。 感情の乱れをようやく抑えて発した言葉は、微かに震えを帯びていた。「……どうして、ぼくが……」「あんたが外部

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    **** 土曜日の午前中、自宅マンションで一人過ごしていた和彦は、突然の連絡を受け、急遽出かけることになった。こちらの予定も聞かず、自分につき合えと言うのは、口調の違いはあれど、長嶺の男に共通する特徴だ。 後部座席のシートに身を預けた和彦は、ウィンドーの外を流れる景色を眺めつつ、守光からかかってきた電話でのやり取りを思い返す。 美味い山魚を食べさせる店があるので、これから出てきなさいと、まず言われたのだ。面食らう和彦に、さらに守光は言葉を続けた。 一昨日の南郷の無礼について、詫びがしたい、と。 こう言われては、和彦には断る術はない。もとより、守光からの誘いを断られるはずもない。 マンション前に停まっていた車に乗り込んだのだが、肝心の守光の姿はなかった。運転手を務めている男によると、守光は昨日からある旅館に宿泊しており、そこに和彦はこれから向かうのだ。 一体何を言われるのだろうかと考えて、心がざわつく。 和彦を騙して呼び出した南郷の行為は、総和会と長嶺組に何かしらの波紋を起こしたようだ。 呼び出された当事者である和彦のもとには、情報がほとんどもたらされない中、唯一、中嶋から送られてきたメールのおかげで、自分の知らないところで事態が動いていることを知ったのだ。 それまで和彦はずっと、長嶺組の男たちに気遣われていた。南郷のせいで、和彦が激怒したままだと思われているためだ。それは事実ではないが、自分の精神状態を詳細に語ることを和彦は避けていた。 実は激怒どころか、南郷がもう一つの〈行為〉を明らかにすることを恐れていたとは、口が裂けても言えない。 自ら動きようがない中で、守光が連絡をくれたことに身構えつつも、正直和彦は安堵していた。 シートから身を乗り出して、ウィンドーに顔を近づける。道路の傍らを川が流れており、陽射しを反射してキラキラと輝いていた。しかし和彦が何より目を奪われたのは、川の向こうに広がる景色だった。 山の傾斜を利用して芝桜が植えられているのだ。まだ盛りを過ぎていないらしく、白や濃いピンクの花が満開となっており、あまりの鮮やかさに思わずため

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    「個人的な問題が起こっている最中で、今は気持ちに余裕がないんだ。そこに、これ以上厄介なことを抱えると、さすがに限界だ」「気分転換なら、いつでもおつき合いしますよ」 力なく笑った和彦だが、何げなく視線を周囲に向ける。学生らしいグループや、会社帰りと思しきスーツやワイシャツ姿の一団、女性たちだけで盛り上がっているテーブルもあり、とにかくにぎやかだ。そんな客たちの姿を眺めながら、自分や中嶋も、この場に上手く溶け込めているのだろうかと考えていた。 自分たちの存在が特別なのだというつもりはない。ただ、異質なのだ。いつの間にか異質であることを受け入れ、馴染んでいることに、いまさらながら不安のようなものを感じていた。「先生?」 中嶋に呼ばれ、我に返った和彦は慌てて箸を動かす。「たまには、こういう店で飲むのもいいなと思ってただけだ。普段は、一緒にいる男たちの安全を考えて、人の出入りが多い店を避けがちになるから」「そのうち、先生を気軽に連れ回すことができなくなるかもしれませんね」 どういう意味かと問いかけようとしたとき、店の自動ドアが開き、二人の男性客が入ってきた光景を視界の隅に捉えていた。男性客が店員と短く言葉を交わしてから、こちらに歩み寄ってくる。ここで和彦はやっと、その男性客が見知った男たちであることに気づいた。長嶺組の組員たちだ。「どうして――……」「南郷さんが、長嶺組のほうに連絡を入れたんだと思います。騙す形で先生を連れ出して、そのうえ怒らせてしまったのに、何事もなかった顔はできなかったんじゃないでしょうか。……この店に長嶺組の方が来たということは、もしかして俺たち、隊の人間にしっかり尾行されていたみたいですね」 さらりとそんなことを言われ、和彦は思わず中嶋を睨みつける。口ぶりからして、中嶋は尾行に気づいていたと察したからだ。中嶋はペコリと頭を下げた。「すみません。だけど、こちらの都合で先生を振り回して、不愉快な思いまでさせた挙げ句、危険な目には絶対遭わせるわけにはいきません。もし先生の身に何かあったとき、第二遊撃隊全体の責任問題になります」「そこまでのリスク

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     それが気遣いからくることなのか、ヤクザの所有欲からの行動なのか、和彦にはわからない。わかっているのは、自分の中で官能が高まりつつあるということだった。「鷹津に、ここは舐めてもらったか?」 先端を舌先でチロチロと舐められながら賢吾に問われる。和彦は正直に答えた。「……舐められて、ない……」「先生を抱く楽しみがわかってないな、あの男は。尻に入れればいいと思ってるのか」「品のない言い方をするなっ」「極道相手に、上品さなんて求めているのか」 なんとも言いよ

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