LOGIN「俺の家が普通だったら、全力で先生を口説いて、一緒にいてもらっただろうけど、現実はこうだ。しかも、先生はオヤジにあっさり奪われるし。そうなったら、俺が取れる手段なんて限られてる。先生は嫌で嫌で仕方ないだろうけど、俺はこのやり方を貫くよ。――先生をオヤジに独占させたくないから」
「千尋、お前……」 和彦は取られていた手を抜き取り、千尋の頬を撫でてやる。途端に、明るく笑いかけてきた。 「こいつもいろいろ考えてるなー、とかって、今思った? 胸がときめいたりとか」 「……シリアスを決めるつもりなら、もう少し堪えろ。胸がときめく暇もなかった」 「先生は、まじめな俺のほうがいい?」 千尋の手が首の後ろにかかり、額と額を押し当ててくる。三田村が運転していることなど、まるでお構いなしだ。 「まじめとかふざけているとかじゃなく、出会った頃のお前がいい。ぼくはもう、お前の本当の顔がどれなのか、わからなくなってきた」 「いつも先生に、悩みがなさそうだと言われてたときが、素の俺だよ」 「そうなのか?」ウェイトを調節して、今度こそまじめにバーを上げ下ろししながら、ほんの三日前に小野寺が言っていたことがふっと脳裏に蘇る。中嶋は、和彦のために隊に呼ばれたと言っていた。額面通りに受け止めるなら、和彦と親しいからこそ、世話役として相応しいと判断されたのだろう。 組預かりという立場から、第二遊撃隊へと〈出世〉した中嶋の姿を、和彦は間近で見ている。本人が直接報告してくれたぐらいだ。中嶋は、そのあたりの事情を理解したうえで第二遊撃隊に入ったのか、気にならないわけではない。見た目はハンサムな普通の青年である中嶋だが、中身はけっこう計算高く、何より出世欲が強い。 和彦の機嫌取りのために自分が必要とされたことは、むしろ目論見通りだったのかもしれない。どんな事情であれ足がかりにして、さらに上を目指す逞しさと、頭のよさが中嶋にはある。和彦も、自分がある程度利用されるのは気にならない。 ただ、南郷という男を知るにつれ、その南郷の隊に中嶋がいるということが、どうしても気にかかる。自分のせいで、妙な立場に追い込まれなければいいがと願うのだ。 中嶋は、和彦をトラブルに巻き込んだと言ったが、それは和彦も同じで、お互い様といえる。 考え事をしながらもバーを動かす和彦とは対照的に、中嶋は集中力が途切れたのか、バーに手をかけたまま動かない。「なんだ、ぼくより先にバテたのか?」「……総和会の中で、長嶺会長の側近でもある南郷さんは、敵は多いですが、表立って意見できる人はそういないんですよ。ただこの頃は、少し様子が変わってきました。南郷さんが……というより、第二遊撃隊自体が牽制されるようになったんです」「どういうことだ?」「ここ数年、総和会の遊撃隊として実働できたのは、第二遊撃隊のみだったのに、対抗勢力が出てきたということです」 なんとも湾曲な表現をした中嶋だが、それでも和彦には十分伝わった。あっ、と声を洩らし、バーから手を離す。「――第一遊撃隊のことか」「そんなに困っているなら、そこの隊長である御堂さんに相談されたらどうです。先生、御堂さんとも親しいんですよね」「親しいというか、よくしてもら
中嶋が軽く声を洩らして笑うが、和彦は到底そんな気分にはなれない。今回の長嶺組の処置はあくまで、連絡ミスによって起きた第二遊撃隊の不手際に対するものだが、クリニックでの南郷との出来事が知られれば、こんなものでは済まないだろう。 南郷は、それでもあえて危険を冒した。賢吾や長嶺組を刺激したいがために――という可能性に気づくと、和彦はひどく冷静な目で、南郷や第二遊撃隊を観察したくなるのだ。臆病な小動物のように、身を潜め、慎重に。 自分の進言次第で、賢吾はいくらでも厳しい処分を第二遊撃隊に与えかねないが、そのことによって、長嶺組と総和会の不和を招きたくない。現に、中嶋の話ではすでにもう噂が立っているというのだ。 和彦がタオルで口元を押さえてじっと考え込んでいると、中嶋が身を乗り出してきた。「もしかして、気分が悪いんですか?」「あっ、いや……。南郷さんに、ぼくにかまうのはやめるよう、君からもきつく言ってもらえないだろうかと思って」 中嶋が真顔で首を横に振り、案の定な反応に、和彦としては笑うしかない。「――本気で、どうにかしてほしいんだ。最近、ぼくのほうはいろいろあって、あまり余裕がない」「先生はいつだって、『いろいろ』あるでしょう」「だからこそ、限界がある。身を切る思いで、自分で対処しないといけないことがあって、南郷さんからちょっかいをかけられたくない」 なぜか中嶋が、探るような視線を向けてくる。和彦が首を傾げると、今度は露骨に大きなため息をつかれた。「南郷さんのことで、『ちょっかい』と表現できる先生は、本当に大物だと思いますよ」「……言っておくけど、ぼくは今回の件は――今回の件も、本気で怒っているんだ。だけど、感情のままに組長に泣きついたら、どんな事態になるか……」「怒り下手なんですよ、先生は。周囲の様子にあれこれと気を配りすぎて、自分の感情を後回しにするでしょう。最近、怒りを爆発させるとか、せめて声を荒らげるとか、したことあります?」 どうだったかなー、と視線をさまよわせて和彦が呟くと、なぜか中嶋に背をさすられた。
ここでハッと我に返り、うろたえる。一方の英俊も動揺しているのが、はっきり伝わってくる。和彦は、心の奥底から滲み出てきたどす黒い感情を、必死に押し殺した。 いまさら、俊哉から特別な関心を得られたことを、英俊に誇る気など毛頭なかった。そのつもりなのに――。 和彦は慌ててこう続ける。「ぼくの口からは何も言えない。父さんのことだから、きっと考えがあるはずだ。だから……、ごめん」 通話を終えると、そのまま携帯電話の電源を切ってしまう。 かつてのように、英俊と話したからといって激しく感情が揺さぶられることはない。今はそれよりも、自分の中に冷たい体温を持つ生き物が棲みつき、蠢いているようで、ただ和彦は愕然としていた。**** この日は、最後に予約が入っていた患者の施術を、予定よりいくぶん早く終えられたこともあり、終業時間ぴったりにクリニックを閉められた。 おかげで和彦は、久しぶりにスポーツジムに立ち寄ることができた。ここのところ、体力的に問題がなくても、精神的にいまいち気分が乗らないことや、その逆もあったりで、なかなかタイミングが合わなかったのだ。 今日はむしょうに体を動かしたかった。いや、率直な気持ちとしては、体力の限界まで体を追い込みたかった。 和彦はランニングマシーンのスピードを上げて一心に走りながら、昨夜の英俊との電話でのやり取りを何度も思い返す。そのたびに、英俊が傷つくとわかって放った言葉の威力に、一人恐れ戦いていた。ただ不思議と、罪悪感という感情は湧かないのだ。 子供の頃から英俊には肉体的に痛みを与えられてきたが、その対価のように和彦は、英俊の心の弱い部分をいつの間にか熟知するようになっていた。だからといって復讐したいなどと考えたことはなかったが、もしかすると自覚のない部分で、ずっと英俊にも痛みを与えたかったのかもしれない。 首筋を伝う汗をタオルで拭い、時間を確認する。呼吸が乱れ、足の筋肉が悲鳴を上げかけている。体力というより、筋力が落ちているなと、苦々しく反省する。忙しいのを言い訳に、ジム通いをさぼりすぎた。 明日は筋肉痛
呼出し音が途切れてまず和彦の耳に届いたのは、非難がましいため息だった。そんなものを聞かされて平静でいられるほど、人間ができていない和彦は、反射的に電話を切りたくなった。 もともと大してあるわけではない勇気を、これでも振り絞って電話をかけたのだ。自分の兄――英俊に。「……都合が悪いなら、かけ直すけど」 控えめに提案すると、再びため息が返ってくる。いつになく英俊の機嫌は悪いようだが、そもそも自分の前でよかったことなどなかったなと、自虐でもなんでもなく、淡々と和彦は思う。「携帯に着信が残っていたから、気になったんだ。用がないなら、別に――」『父さんから聞いた。……昨日』 一瞬、意味がわからなかったが、英俊の声から滲み出る静かな怒りで察しがついた。 今度は和彦がため息をつく番で、書斎のイスに深く腰掛けると、視線を天井に向ける。素早く計算したのは、俊哉と対面してから昨日までの日数だった。「昨日……」『そうだ。昨日まで、秘密にされていた』 こう告げられた瞬間、和彦の脳裏を過ったものがある。英俊に対する、俊哉の冷ややかとすらいえる厳しい評価の言葉だった。もし仮に、あの場に英俊がいたとしても、俊哉は同じことを口にしていただろうかと、つい余計なことまで考える。「……父さんなりに思うところがあったんだろう。行方不明になっていた不肖の息子と、ようやく会って話せたなんて、誰にでも打ち明けられるものじゃないし」 電話の向こうで英俊が息を呑む気配がした。すぐに異変を察した和彦の胸が、不安にざわつく。「兄さん……?」『会ったのか、父さんに――』 呆然としたように英俊が呟き、十秒近くの間を置いてから和彦はゆっくりと目を見開く。鎌をかけられた挙げ句に、あっさりと自分が引っかかったと気づいた。 自宅マンションの書斎にこもって電話をかけているのだが、急に落ち着かなくなり、立ち上がる。英俊が黙り込んでしまったため、うろうろと書斎の中を歩き回る。 昨夜、三田村も
三田村が息を呑み、ゆっくりと目を見開く。どんな答えが返ってくるのか、一瞬、和彦は本気で恐れた。 まだ硬さを保った三田村の欲望が、内奥で蠢く。小さく声を洩らすと唇を塞がれ、そのまま舌を搦め捕られていた。すぐに和彦は、三田村の腕の中でまた乱れ始める。 淫靡な交わりに耽ろうとしたとき、三田村が怖いほど真剣な口調で言った。「俺は、先生と離れられない。誰かに引き離されそうになっても、そんなことは受け入れないし、抗う。俺には、先生だけなんだ」 三田村の脳裏にどんな状況が、そして誰の顔が浮かんでいるのか、聞きたくて仕方なかった。しかし声に出してしまうと、よくないものを呼び寄せてしまいそうで、ぐっと我慢する。 自分も同じ気持ちだと伝えるために、三田村の背の虎にてのひらを押し当てた。「ぼくだけが、この物騒な生き物を可愛がって――愛してやれる」 ほっとしたように三田村が顔を綻ばせた。「そうだ。先生だけだ」 切実な口調で囁かれた瞬間、堪らなくなった。もっと欲しい、と和彦は小声で三田村の耳元に囁きかける。誠実で優しい男は、即座に行動で応えてくれた。** 事後の心地よい疲労感に身を委ね、和彦はうつ伏せとなって小さくあくびをする。さきほどまで隣にいた三田村は、今はキッチンに立って湯を沸かしている。 一度は寝入ろうとしたのだが、思う存分体力を使ったせいか二人揃ってなんとなく小腹が空き、夜中になって結局、部屋の電気をつけていた。 夜食の準備をすると言って三田村だけがキッチンに立ち、和彦は優雅にベッドに横になって待っている状態だ。枕に片頬をすり寄せて目を閉じていると、キッチンからは水音や冷蔵庫を開け閉めする音が聞こえてくる。さらには食器を準備する音が続き、一体何を作っているのかと次第に気になってくる。 もそもそとベッドの上を這って、キッチンが見える位置へと移動する。 三田村は、包丁を使って何か切っているようだった。スウェットパンツを穿いただけの姿であるため、上半身は裸だ。向けられた広く逞しい背に、意識しないまま和彦の視線は吸い寄せられ、そのまま離せなくなっていた。 少し離れた位置
腰を擦りつけるように動かすと、内奥を一度だけ突き上げられる。三田村の手は貪欲に和彦の体をまさぐり、快感の種火をさらに灯していく。それでなくても感じやすくなっている和彦は、指先の動き一つで簡単に身悶え、悦びの声を上げる。三田村は、快感に弱く淫らな和彦の体を堪能していた。 愛撫によってこれ以上なく和彦の心と体が蕩けてしまうと、満を持したように律動を開始される。 大きくゆったりとした動きで内奥を突かれ、その動きに合わせて和彦も腰を動かす。反り返った欲望が腹を打ち、透明なしずくをシーツの上に散らしていた。 単調な動きによって和彦の理性は突き崩され、尽きることなく悦びの声を溢れさせる。対照的に三田村は、何も言わない。それでも欲望の力強い脈動から、三田村の悦びを知ることはできる。 ゾクゾクと腰から這い上がってくる感覚があり、和彦は惑乱して首を左右に振る。その仕種に感じるものがあったらしく、三田村が内奥深くを抉るように突いてくる。和彦は声も出せずに絶頂へと上り詰めていた。 食い千切らんばかりに三田村の欲望を締め付けたまま、背をしならせる。和彦自身の震える欲望の先端からは、ドロドロと白濁とした精が噴き上がっていた。和彦は喘ぎながら自らの欲望に片手を伸ばし、軽く扱く。その最中、前触れもなく繋がりが解かれ、仰向けにされた。 羞恥もあったが、それよりも三田村を誘うために身を捩ろうとして、簡単に押さえつけられて片足を抱え上げられる。三田村の強い眼差しに促され、和彦は見せつけるように己の欲望を上下に扱き、自ら精を搾り出す。 その光景に満足したように三田村は、肉をひくつかせる内奥に再び欲望を挿入してきた。「あっ……ん」 精を放ったばかりだというのに、体の奥では新たな情欲が湧き起こる。和彦はすがるように三田村を見上げ、こう口にしていた。「三田村、まだ、奥に欲しいっ……。もっと突いて、抉ってくれ――」「……ああ。先生の望み通りに」 愛撫はなく、ひたすら内奥を擦られ、突かれ、抉られる。「ひあっ……」 和彦は背をしなら
「不愉快どころか、やけに楽しそうでしたよ、秦さん。いい店を先生に紹介しないと、と張り切ってもいましたし」「ならいいんだ。あの人、職業柄なのか知らないけど、よく気をつかってくれるから。ぼくみたいな人間につき合って、迷惑をかけても悪いしな」 和彦が、長嶺父子のオンナであることは、すでに知られている事実だ。いまさら千尋と甘い会話とキスを交わしていたからといって、他人に喜んで報告するような悪趣味なまねを、秦がする必要もない。 和彦が心配していたのは、そんなことではなく、純粋に今言った通りのことだった。 大きく息を吐き出しながら、中島がマシンをゆっく
「――先生」 呼ばれて、おずおずと振り返ると、そこに真剣な賢吾の顔がある。何か言われたわけでもないのに、和彦は小さく喘いでから賢吾の唇にそっと自分の唇を重ねた。すると、賢吾のもう片方の手に、和彦の柔らかな膨らみは包み込まれる。 「ひっ、あぁっ」 泡で滑る手に柔らかく揉みしだかれ、たまらず和彦は、ビクッ、ビクッと腰を震わせ、背をしならせる。下肢が、甘く溶けてしまいそうだった。 「あとでたっぷり、ここを揉んで悦ばせてやる。最近、弄られるのがよくなってきたみたいだからな。今は、洗うだけだ」 賢吾の的確に動く指は貪欲に、和彦の官能を刺激する
外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。 ますます鷹津の腕の力が強くなり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せられるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。 官能に形を借りた、サソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。 思わず身じろごう
さすがの賢吾も、和彦の心を煩わせるものすべてを見通すことは不可能らしい。「……最初にぼくを狙って、あんなことをした人間が、どんな顔をして、そんなことを言うんだ」「俺はいい。俺は、許されるんだ」 さすがに図々しい発言だと思って和彦が顔を上げると、待っていたようなタイミングで唇を軽く吸われた。「先生を狙って自分のものにして――見事に、骨抜きにされたんだ。そんな哀れなヤクザを、愛情深い先生なら、たっぷり甘やかしてくれるだろ?」 本当に図々しいと思いながらも、和彦はつい笑みをこぼしてしまう。 自