Se connecterベッドの上で体を引きずられた和彦は、仰向けで横たわった状態となる。すかさず千尋が覆い被さってきて、抱きついてきた。和彦は声を上げ、なんとか抜け出そうともがき、両手足をばたつかせるが、千尋はがっちりと押さえ込んでくる。
あっという間に和彦の息は上がり、悠然と見下ろしてくる千尋を睨めつける。「……ぼくと、プロレスごっこでもしたいのか?」「じゃれてるだけ。好きだよね、先生。俺をでっかい犬っころ扱いして甘やかすの。……今は、男を甘やかすより、犬っころを甘やかすほうが気が楽だと思ってさ」 千尋が胸にしがみついてきたので、反射的にしなやかな体に両腕を回す。鼻を鳴らした千尋が、ペロリと首筋を舐めてきた。さらにもう一度舐められて、和彦は小さく笑みをこぼす。「くすぐったい」「じゃあ、もっと舐めてあげる」 千尋の舌先が肌を滑り、さりげなくパジャマの上着を脱がされていく。それに気づいた和彦が声を上げようとしたとき、剥き出しになった肩先に軽く噛みつかれた。「心配をかけて悪かった……」「ああ、心配した。だからといって俺が構えば、先生は頑なになるだろうと思ってな。オヤジがしゃしゃり出てくると、なおさらだ。俺は自分のオヤジが、あんなに心配性だったとはいままで知らなかった」 賢吾の口ぶりからして、守光とのやり取りで苦労していることがうかがえる。 何を切り出されるのかと身構える和彦を、賢吾がじっと見つめてくる。和彦が半月以上かけて精神の安定を図っている間、大蛇の化身のような男も何か思うところがあったのか、佇まいは非常に静かだった。「今日は、鷹津の件で先生を呼んだわけじゃない。あいつはいまだ、行方不明だ。完璧に、姿を隠した。第二遊撃隊が、地面に鼻先を擦りつける勢いで痕跡を追っているようだが、鷹津のほうが上手だろうな」「……そうか」 乾いた声で和彦は応じる。動揺を読み取られまいとしてのことだが、賢吾は唇の端にちらりと笑みらしきものを浮かべて、すぐに本題を切り出した。「先生、明後日からの連休の予定はあるのか?」 いきなり何を言い出すのかと、和彦は眉をひそめる。和彦の生活を管理しているのは、目の前の男なのだ。「別に、何も……。部屋にこもって過ごすつもりだった」「だろうな。そうだと思って、どこかに連れ出してやろうと考えていたんだが――」「なんだ?」「オヤジが、総和会の行事で先生を呼びたいと言っていた」 和彦は顔を強張らせたまま、何も言えない。守光の目的が即座に理解できたからだ。当然、賢吾もわかっている。「まあ、理由をつけて、先生を本部に呼び戻したいんだろう。鷹津に連れ去られた件では、先生に責はないとは言っても、総和会として聞きたいこともあるだろうしな。そういうわけで、先生に伺いを立ててくれと言われた」 和彦としては、本部に顔を出せる心理状態ではなかった。一方で、このままではいけないこともわかっている。 和彦が黙り込んでしまうと、笑いを含んだ声で賢吾が続けた。「さて、俺のもとに実はもう一人、先生の連休中の予定を尋ねてきた人間がいる。ここのところ立て続
ベッドの上で体を引きずられた和彦は、仰向けで横たわった状態となる。すかさず千尋が覆い被さってきて、抱きついてきた。和彦は声を上げ、なんとか抜け出そうともがき、両手足をばたつかせるが、千尋はがっちりと押さえ込んでくる。 あっという間に和彦の息は上がり、悠然と見下ろしてくる千尋を睨めつける。「……ぼくと、プロレスごっこでもしたいのか?」「じゃれてるだけ。好きだよね、先生。俺をでっかい犬っころ扱いして甘やかすの。……今は、男を甘やかすより、犬っころを甘やかすほうが気が楽だと思ってさ」 千尋が胸にしがみついてきたので、反射的にしなやかな体に両腕を回す。鼻を鳴らした千尋が、ペロリと首筋を舐めてきた。さらにもう一度舐められて、和彦は小さく笑みをこぼす。「くすぐったい」「じゃあ、もっと舐めてあげる」 千尋の舌先が肌を滑り、さりげなくパジャマの上着を脱がされていく。それに気づいた和彦が声を上げようとしたとき、剥き出しになった肩先に軽く噛みつかれた。「――……本当に犬だ」 千尋の髪を掻き乱しながら、ベッドの上で抱き合い転がる。ときおり思い出したように千尋が顔を上げ、戯れのような口づけを交わす。すぐに夢中になった千尋が、和彦をベッドに押さえつけてこようとするが、柔らかな口調で窘める。「じゃれてるだけ、だろ?」「そうだけど……、少しぐらい過剰なスキンシップになっても……」「なんなら、空いている部屋で寝るか? マットぐらいは敷いてやるから」 千尋が大仰に首を横に振り、和彦の肩に額を押し当てる。「……我慢します」 和彦は微苦笑を洩らすと、反対に千尋をベッドに押さえつけて、その上に乗り上がる。驚いたように千尋が目を丸くした。「先生……?」「お前が言ったんだろ。ぼくが、甘やかすのが好きだって」 短パンの上から、千尋の両足の中心をまさぐる。さきほどから気づいていたが、欲望が硬くなってい
和彦は答えず、千尋の髪を撫で続ける。千尋にしても追及してくるわけではなく、何事もなかったように和彦の胸元に甘えてくる。 何度も唇を押し当て、舌を這わせたあと、肌を強く吸い上げた。千尋は、自分がつけた鬱血の跡を食い入るように見つめたあと、同じ行為を繰り返す。まるで、和彦が自分のものであると確認しているような行為だった。 これが今の千尋にできる精一杯の所有欲の表し方なのだと思うと、ずっと強張っていた心を、羽毛のような柔らかな感触でくすぐられた気がした。 自分は度し難いほど欲深い人間だと、和彦は強く実感する。男たちから求められることに対して、底なしに貪欲だ。 一緒に逃げるかとまで言った鷹津が、警察を辞めたうえに消息不明となり、そこに俊哉の接触も重なって呆然とし、怯えてもいながら、千尋から求められることで、拠り所を得たような気持ちになるのだ。 現金なものだと自嘲しながらも、心の中に閉じ込めていた情愛がトロリと溢れ出してくる。 そんな自分を恥じた和彦は、千尋の肩を押し退けようとしたが、ムキになったように肌に吸い付かれる。「千尋っ……」「ダメだよ。先生は、俺のオンナなんだから、俺が求めるんなら、応えてくれないと。それに――」 千尋の舌先が、尖りを見せ始めた胸の突起をチロチロとくすぐってくる。微かに生まれた疼きに、和彦は息を詰めた。「先生も嫌がってない」「……突き飛ばす元気がないんだ」「いいよ、俺が元気にしてあげる」 自惚れるなと、力ない声で呟いた和彦は、千尋を突き飛ばす代わりに、手荒に髪を掻き乱してやる。子供っぽい仕種で首を竦めた千尋が、次の瞬間には鋭い表情を浮かべ、上目遣いに和彦の反応をうかがいながら、再び胸の突起に吸い付いてきた。「あっ……」 凝った突起を執拗に舌先で弄ってから、そっと歯を立ててくる。もう片方の突起は指先で擦り、摘まみ、抓り上げてきた。かと思えば、幼子のように一心に吸い上げ、和彦は痛みに声を上げるが、それでも千尋は離れない。 ビクビクと胸元を震わせ、押し退けようとして千尋の肩に手
ハッとした和彦は反射的に本を閉じ、傍らを見る。千尋が強い光を湛えた目で、じっと見つめていた。ただ、表情そのものは、知らない場所で放り出された子供のように不安げで、頼りない。 この表情が演技だという気はないが、必要なときに和彦の心を効果的に揺らす術を、千尋は心得ている。甘ったれに見える青年も、立派に物騒な男の一人なのだ。 和彦は本をベッドヘッドの上に置くと、千尋の生乾きの髪に指を絡める。「お前、きちんと髪を乾かさなかったな」「少しでも早く、先生の側に行きたかったから」 臆面もなくこういうことを言える素直さが少し羨ましいと、和彦はわずかに唇を緩め、千尋の頭を引き寄せる。すると、胸元に顔を伏せて千尋が言った。「――……先生、鷹津のことが好きなの?」 和彦は、千尋の頭を撫でようとした手を止める。「よく、わからない……。鷹津のことは嫌な男だと思っていたし、話していても、素直に会話を楽しむことなんてなかったし……。でも、その嫌な男なりに、ぼくに情を注いでくれたし、大事にしてくれた。言葉は悪かったけど、ぼくのことを心配してくれていたんだ」「俺も――俺たちも、そうだよ。先生のことは大事にしてる。もちろん、言葉で表せないぐらい、大好きだ。だからこそ、どこにも行かせない」 目を丸くした和彦は、千尋のつむじを見下ろしていたが、ようやく声を発することができる。「そうだな……」 千尋を抱き締めると、もぞもぞと身じろいで和彦の胸に強く顔を擦りつけてくる。パジャマの布越しに、千尋の吐息の熱がじんわりと伝わってきた。 おとなしくしている千尋を可愛いとは思うが、その正体は、何かの拍子に暴れ出す獣だ。シャワーを浴びたばかりだということを抜きにしても、抱き締めている体が戦くほど熱くなり始めていることに、和彦はとっくに気づいていた。 今のうちにベッドから蹴り出してしまおうかと、なかなかひどいことを考えているうちに、千尋がさらに身じろぎ、とうとう和彦の両足の上に乗り上がってくる。これでは蹴り出すことはおろか、自分が逃げ出すこ
確かに、部屋を解約し、携帯電話すらも繋がらなくなったため、残しておくべき情報はない。しかし、名すら残しておくことを許さないと、賢吾は行動で示した。 もしかすると、和彦の中にある鷹津の記憶すら、できることなら消去したいと考えているのかもしれない。 ため息をつきそうになった和彦だが、それは賢吾に対する背信行為のように思え、寸前のところで堪えた。 もう一台の携帯電話を取り上げると、メールが届いている。こちらの携帯電話は里見との連絡専用に使っているもので、そうなると当然、送り主は決まっている。 俊哉と電話で話して以来、里見からの連絡には一層神経質になっているのだが、今のところ、俊哉の話題が出ることはない。和彦と接触したことを、俊哉は里見に知らせていないのかもしれないが、こればかりは、機械を通した文面だけでは推測できない。だからといって、電話をかけてまで確認しようとは思わなかった。 自分のせいで、鷹津は職を失ったと和彦は思っている。同じような状況に、里見が陥らないとは限らないのだ。 里見の当たり障りのない内容のメールに、簡潔な返信をする。里見にとっては内容よりも、和彦から反応が返ってくること自体が、大事なのだそうだ。 周囲の男たちから注がれる配慮という名の優しさが、和彦の胸を苦しくさせる。 今夜も安定剤を飲んで休まなければいけないなと、ぼんやりと考える。そんな和彦の耳に、インターホンの音が届いた。 ありえないとわかっていながら、一瞬、鷹津ではないかと思ったが、即座にその可能性を否定する。このマンションの周囲を、長嶺組だけではなく、総和会が見張っているかもしれないのだ。あの男が迂闊に近づくはずがない。 もう一度、遠慮がちにインターホンが鳴らされる。和彦はほぼ相手を確信してインターホンに出た。** ベッドの上で、クッションにもたれかかって本を読んでいると、静かにドアが開き、人が部屋に入ってきた気配がした。和彦は視線を上げないまま問いかける。「シャワーを浴びたか?」「うん……」「きちんと体と頭を洗ったんだろな。お前はいつもカラスの行水だからな」
「布団を敷かせるよう言って、ついでに、安定剤も持ってこさせる。飲んで、さっさと横になれ。――総和会のことは、当分気にするな」 顔を伏せたまま和彦は微かに頷く。厳しい追及を受けなかったことに安堵する余裕すらなかった。 静かに襖が閉められて再び一人になった途端、まるで自分自身を安心させるかのように考える。 俊哉が意味ありげに言った、準備が必要だという発言は、今すぐ総和会や長嶺組を相手に事を荒立てる気はないと判断していいだろう。 いくらか時間が稼げる間に、自分に何ができるか考えなければならない。情を注いで大事にしてくれる男たちに手が及ばないようできるかということが最優先だが、できることなら、鷹津の消息も知りたい。「――……最低だ、ぼくは……」 いまさらながら自分の多情さを心の中で罵り、和彦は小さくため息をこぼした。**** ラテックス手袋をゴミ袋に放り込んだ和彦は、すっかり強張ってしまった眉間を指の腹で押さえる。機嫌は確かによくないが、光量が十分でない場所でずっと目を凝らして縫合を行っていたため、気がつけば険しい顔になっていた。「お疲れ様でした、先生」 治療に立ち合っていた組員に声をかけられ、ああ、と短く応じる。すっかり和彦の手順を覚えたらしく、すかさずメモ用紙とボールペンが差し出される。受け取ると、必要なことを手早く書いていく。 メモ用紙を破り取って組員に手渡してから、手術衣を脱いだ和彦は、患者の男をちらりと振り返る。顔半分を覆うようにガーゼを貼った男は、悄然とした様子でイスに腰掛けていた。他の組の組員と乱闘になり、その最中に顔を切りつけられたそうだ。 和彦がここに到着したときは、妙な薬でも飲んでいるのかと思うような興奮状態だったが、無造作な手つきで縫合を始めたときには、人が変わったようにおとなしくなり、とうとう今のような状態となった。 首を傾げつつ部屋を出た和彦に、同行してきた組員が苦笑交じりに話しかけてきた。「切りつけてきた連中よりも、無表情で皮膚を縫い合わせる先生のほうが怖かったんで
そう言いながら鷹津が指を動かし、内奥を掻き回してきたかと思うと、襞と粘膜の感触を楽しむようにじっくりと撫で上げてくる。意識しないまま和彦の息遣いは妖しさを帯び、誘われたように鷹津が顔を寄せ、傲慢に命じてくる。「舌を出せ。吸ってやる」 この状態にあっても、鷹津の命令に従うのが嫌だった。和彦は唇を引き結んで顔を背けたが、鷹津は何も言わず内奥から指を抜き、体を起こした。ベルトの金属音とファスナーを下ろす音が聞こえて和彦は身を強張らせる。その間に両足を抱え上げられ、わずかに綻んだ内奥の入り口に〈何か〉が押し当てられた。「まあ、いい。長嶺のオンナを抱いたという
** 別れ際、玄関で秦に抱き締められてから、和彦は部屋をあとにした。 エレベーターの中で、もう二度と秦と会わないということはおそらく不可能だろうなと、ぼんやりと考える。秘密を共有してしまったということもあるが、秦との間に確かな結びつきができたことを実感していたのだ。 賢吾や千尋、三田村との間で生まれた結びつき――縁と、同種だ。肉欲と切っても切れない縁で、それはすぐに、情へと変化する。さすがに和彦も、それぐらいは学習していた。 複雑になった事態と人間関係を、自分はどうするつもりなのか、考えたくなかった。体も心も、秦から与え
和彦はゆっくりとまばたきを繰り返し、なんとか賢吾の話を頭に留めようとする。いろいろと考えようとするのだが、思考はどこまでも散漫だ。「……蛇蝎の、サソリ……」「ああ、そうだ。あれは、悪党ってやつだ。暴力団担当の刑事だったくせに、その立場を利用して悪辣なことをヤクザ相手にやらかして、それこそ蛇蝎みたいに嫌われていた。そこで、ある組が鷹津をハメたんだ。かなり大問題になってな、警察の監査室まで引っ張り出して、県警の本部長のクビが飛ぶかという話までいった」 淡々と話す賢吾のバリトンの響きが耳に心地いい。ふ
「この間買ったコロンをつけてみたんだ」「ふうん。……でも先生には、もう少し甘い香りをつけてほしいな」 強い光を放つ目が、じっと和彦を見据えてくる。その目の中に激情ともいえるものが渦巻いているのを感じ取り、とにかくこの場を離れるのが先だと思った。 こんな目をしている千尋には、自制というものが働かないということを、一度千尋に軟禁されたことがある和彦は身をもって知っているのだ。「千尋、ここは暑いから、場所を変えよう」「でも先生、用があるからここに来たんだよね? 一人で何してたの?」 そう問いかけ