LOGIN和彦は、楽しそうな賢吾を睨みつけたあと、相変わらずドアの傍らに立ったままの三田村にも視線を向ける。こういうとき、ごっそりと感情をどこかに置き忘れたような三田村の無表情に救われる。
「さあ、どっちがいい? どっちでも、たっぷり先生を感じさせてやる」 耳に唇を押し当てながら賢吾に唆され、和彦は陥落した。「――舐めて、くれ……」*
*
背後から大きく突き上げられて和彦は悲鳴を上げる。同時に、二度目の絶頂の証をシーツに飛び散らせていた。
絶頂の余韻で、内奥深くに押し込まれている賢吾のものをきつく締め上げていたが、いきなり引き抜かれて、和彦の体は仰向けにされる。すぐにまた、内奥に凶暴な欲望を挿入された。 和彦は喘ぎながら、まるで子供のように賢吾にすがりつく。汗で濡れた背に両腕を回すと、力強い律動が再開される。「二度もイかせたのに、まだ俺のものにしゃぶりついてくるな、先生の中は。やっぱり、大好きなものを中に出してもらわないと、満足できないか?」 汗を滴らせながら賢吾がにんまりと笑い、和彦は睨みつけることもできない。今の和彦は、賢吾から与えられる快感に完全に支配されていた。 唇を吸われると、言われる前に賢吾の口腔に舌を差し込む。内奥で賢吾のものが蠢き、奥深くを逞しいもので掻き回される。 和彦はビクビクと腰を震わせ、たまらず賢吾の背に爪を立てる。あの見事な大蛇の刺青に傷をつけるかもしれないと気遣う余裕もなく、賢吾も嫌がらなかった。それどころか、深く息を吐き出してこう言った。「ゾクゾクするほど感じるな。痛いことが嫌いな先生が、俺に痛みを与えてくるってのは」「……ヤクザの中でも、あんたは特に、性質が悪い」「褒め言葉だ。ヤクザの俺にはな。――さあ、先生、熱いものをたっぷり中に出してやる」 両足を抱え上げられ、狙い澄ましたように内奥深くを強く突き上げられる。一度目で喉を反らして声を上げ、二度目で快感のあまり眩暈に襲われる。三度目で、注ぎ込まれる熱い精の感触に恍惚とした。 和彦は、賢吾にしがみついたまま息を喘がせる。するどこかに出かけるとき、和彦には必ずといっていいほど護衛がつき、外で一人になることはほとんどない。この生活に入ったばかりの頃は、比較的自由だったのだが、今となっては、その頃の解放感が懐かしい。 長嶺組での和彦の重要性が増したうえに、ある男の登場によって、自由は侵食されつつあった。 そんな状況下で、夜のコンビニにふらりと出かけることは、和彦のささやかな楽しみとなっていた。もちろん、組員たちはいい顔をしないが、賢吾が何か言ったのか、黙認される形となっている。 マンションからコンビニまで、片道ほんの数分ほどの道のりをのんびりと歩きながら、濡れた髪を掻き上げる。秋めいてきたとはいえ、日中は陽射しの強さによっては暑いぐらいのときもあるのだが、さすがに夜風はひんやりと冷たくなってきた。ただ、シャワーを浴びて火照った頬には、その風が心地いい。 このまま夜の散歩といきたいところだが、さすがにそれは自重しておく。 和彦は、昨夜、三田村から聞かされたことを思い出し、そっと眉をひそめていた。 結局、警察による手入れはなかったが、風営法違反の際どいサービスを行っている店もいくつかあったため、警察に踏み込まれるのを恐れて臨時休業したらしい。手入れがあるという情報がもたらされた以上、しばらくは警察の動きを警戒して、まともな営業は望めないそうだ。 情報に振り回されたと、三田村は淡々とした口調で電話で話していた。警察内で何が起こっているのか和彦には知りようがないが、〈誰か〉は、長嶺組がこの状態に陥ることを狙っていたはずだ。この程度で組が危機に陥ることはないが、煩わされるのは確かだ。 落ち着くまで長嶺の本宅で過ごしたらどうかとも三田村に言われたのだが、さすがにそれは断った。一日、二日をあの家で過ごすのはかまわないが、何日ともなると、和彦の精神が参りそうだ。 そもそも和彦は、人と一緒に暮らすことに慣れていない。これまで何人かの恋人とつき合ってきたが、同棲にまで至らなかったのは、そのためだ。 コンビニで牛乳とガムを買い、まっすぐマンションに戻っていた和彦だが、ふと足を止めて振り返る。三田村と交わした会話のせいではないが、さすがに和彦も、自分の危なっかしさを自覚し、最低限の自衛手段
「今、対応を話し合っているそうだ。俺も戻ってから、若頭の元に顔を出さなきゃいけない」 和彦は返事をしないまま、残っていたコーヒーを飲み干す。すると、すかさず伸びてきた三田村の手に缶を取り上げられた。二人はゴミ箱の前で立ち止まり、示し合わせたように互いの顔を見つめる。「……今、警察がイレギュラーな動きをしていると聞くと、ある男の顔がまっさきに頭に浮かぶんだが、ぼくの考えすぎか?」 和彦の言葉に、三田村は首を横に振る。「警察の詳しい内情まではわからないが、鷹津が長嶺の周辺をうろついている限り、考えすぎということはないだろう。慎重すぎるほど慎重になって間違いはない。特に、先生は」 三田村に促され、並んで歩きながら車へと戻る。「いざとなれば組は、誰も立ち入れない鉄の壁そのものになる。必要とあれば、誰かが犠牲になるが、それすら、組を守るためだ。その中で先生は、組長だけじゃなく、組そのものにとっての弱点になる。かけがえのない存在だからだ。だからこそ俺たちは守るし、反対に、警察は目をつけるかもしれない」「なんだか、大事だな……」「怯えて暮らしてくれと言っているわけじゃない。ただ、俺たちに守られてほしいんだ」 三田村が〈助手席〉のドアを開けてくれ、乗り込みながら和彦は、ため息交じりに洩らした。「そんなにぼくは、危なっかしいか」「ようやく自覚してくれたな、先生」 生まじめな顔で三田村に言われ、和彦としては苦笑を洩らすしかなかった。**** 冷蔵庫を開けた和彦は、あっ、と小さく声を洩らす。シャワーを浴びて出て飲むつもりだった牛乳がなかったからだ。必要なものがあれば、連絡さえしておけば組員が買ってきてくれるのだが、頼むのをうっかり忘れていた。 ペットボトルのお茶はあるので、それで我慢しておこうかとも思ったのだが、欲しいものが冷蔵庫にないと、気になって仕方ない。 少し考えてから和彦は、着込んだばかりのパジャマから、カーゴパンツとシャツに着替え、その上から上着を羽織る。髪は
一瞬にして完璧な無表情となった三田村が、低い声で電話に応対する。和彦は気にしていないふりをして立ち上がり、もう一度砂浜に下りてみる。さきほど見かけたカップルは、今はぴったりと身を寄せ合い、互いの腰に腕を回していた。微笑ましさに顔を綻ばせていると、背後から三田村に呼ばれる。「先生」 振り返り、険しさを増した三田村の顔を見た和彦は、すぐに階段へと戻る。「何かあったのか?」「あった、というほど大げさなことじゃない。ただ、俺がついている若頭のシマで、ちょっとした面倒が起こりそうだと、報告があったんだ」 長嶺組の若頭たちは、それぞれ自分の組を持っている。実際のところは、長嶺組が治める縄張りを管理するための名目上のものだが、長嶺組直轄の配下という存在は、ヤクザの世界では特別視されるらしい。長嶺組から与えられた組の名は、その名刺のようなものだ。 長嶺組では『若頭』である男たちは、任されている縄張りの中では、『組長』であり、組を切り盛りしなくてはならない。 それらの組は、長嶺組に一定の上納金を納め、縄張り内での裁量の自由を得る。不義理をしない限り、長嶺組は口出ししないのだという。 三田村が言った『シマ』とは、その長嶺組から任されている縄張りのことだ。「今夜、シマにある店のいくつかに手入れがあるらしい」「……警察絡み、だよな? それがどうして、今わかるんだ」 階段を上がりながら和彦が問いかけると、三田村にちらりと視線を向けられる。それで、なんとなく理解した。「清廉潔白な警官だけじゃない。鷹津のように、ヤクザをいたぶって、骨までしゃぶろうとした腐った奴もいれば、ヤクザに飼われて小金を得る奴もいる」 三田村の話を聞いて、鷹津は一体、ヤクザ相手に何をしていたのかと、空恐ろしくなる。あの存在を思い返すだけで不快感に襲われるため、賢吾からあえて詳しい話を聞いていないのだが、ロクでもない男だということは確かだ。「いつもなら、警察は何日も前から下調べをしているから、早いうちに手入れの情報は入手できるんだが、今回に限っては、突然だ。組のほうも少し混乱しているらしい。組と、その警官が繋がっていると知ら
外ということもあり、なんとか自制心を働かせて体を離したが、与えられれば、いくらでも三田村の感触が欲しくなりそうだ。 熱を帯びた吐息を洩らした和彦は、コーヒーを飲む。 妖しい空気を変えるためなのか、すでに濃厚な口づけの余韻を消した厳しい声で、三田村が切り出した。「――……組長から教えてもらったが、一昨日の夜は大変だったらしいな」 和彦は思わず顔をしかめるが、返事としてはそれで十分だろう。 三田村が言っているのは、秦に誘われたパーティーに出席したあと、二次会の場に賢吾がいただけでなく、鷹津まで現れたことだ。それだけならまだしも、賢吾は鷹津が見ている前で、和彦を抱いた。 短いつき合いとはいえ、賢吾とは濃厚な関係を持っているが、いまだに、大蛇の化身のような男が何を考えているのかわからない。 何かしら意図があるのかもしれないが、妙なところで強烈で残酷な好奇心を持っている賢吾のことなので、それ故の行動だとしても、和彦は驚かない。「大変なのは大変だが、お宅の組長が、火に油どころか、灯油をぶち込んだかもしれない」 和彦の例えに、三田村は苦笑に近い表情を浮かべる。片手を伸ばして三田村の頬を撫でると、その手を取った三田村にてのひらにキスされた。 のんびりと海を眺め、心地いい風に吹かれながら、自分の〈オトコ〉に大事にされる。それがひどく幸せだと感じる自分に、和彦は戸惑う。ヤクザの世界に頭の先までどっぷり浸かり、周囲はヤクザばかり。何より、こうして和彦を慈しんでくれる男もまた、ヤクザなのだ。 それなのに幸せだと感じるのは、罪なのだろうか――。 つい考え込む和彦を、いつの間にか三田村がじっと見つめていた。我に返り、誤魔化すように問いかけた。「……鷹津のことで、組長は何か言っていたか?」「付け入る隙を与えないよう気をつけろと。正直、今日こうして先生を連れ出す許可をもらえたのは、意外だった。組長なりに、先生を閉じ込めて息苦しい思いをさせないよう、配慮しているのかもしれない」「するべき配慮は、他にあると思うんだが……」
食事に関しては、和彦などよりよほどマメな三田村だ。時間さえあれば、きちんとした料理を作れるのかもしれない。「今度、食べてみたい」 和彦がこう言うと、三田村は微妙な顔となる。「いや……。先生が期待しているほど、美味いものじゃないと思うが――」「わからないだろ。実際食べてみないと」 子供のようにムキになった和彦を、到底ヤクザとは思えない優しい眼差しで三田村が見つめてくる。「なら、近いうちに、先生の部屋のキッチンを借りて作ってみよう」「楽しみにしている。――ものすごく」 また三田村が微妙な顔をしたので、和彦は声を洩らして笑ってしまう。つられたように三田村も笑みを見せたが、すぐに真剣な顔となる。風で乱れた髪を慣れない動作で掻き上げてくれ、小声で礼を言った和彦は、そのまま三田村に身を寄せる。 一応、周囲の様子をうかがい、人が来る気配がないのを確かめてから、どちらともなく唇を触れ合わせる。二度、三度と互いの唇を啄ばみ合っているうちに、三田村の片手が首の後ろにかかり、引き寄せられてしっかりと唇を重ねた。 こんなつもりはなかったのだが――というのは、言い訳にはならないだろう。三田村と出かけ、見ているだけで気持ちが晴れるような景色の中、身を寄せ合えば、こうなることは必然に近い。「んっ……」 舌先が触れ合い、緩やかに絡めていた。口づけに夢中になるあまり、持っている缶コーヒーから意識が逸れ、危うく落としそうになったが、すかさず三田村に受け止められ、階段に置かれる。 性急に唇と舌を貪り合いながら、一気に燃え上がった情欲をもどかしく鎮めようとする。触れ合えばこうなるとわかっているのに、触れ合わずにはいられない。和彦だけでなく三田村も、まだ始まったばかりともいえる関係にのぼせているのかもしれない。 自由な外の生活とは違い、何かと制限を受ける中での生活だからこそ、なおいっそう、些細なことで刺激され、熱くなる。 三田村の舌に丹念に口腔をまさぐられると、和彦は三田村の情熱に応えるように、あごの傷跡に唇を押し当て、柔らかく吸い上げる。舌先を這わせたところで、再び
「できることなら一人で運転して、ドライブを楽しみたかった――、という口ぶりだ」「そろそろ運転の仕方を忘れそうなんだ」 運転はダメだと言いたげに、三田村に小さく首を横に振られてしまった。和彦は軽くため息を洩らす。「まあ、いい。もう一つの希望は叶えられたし」「なんだ?」「――忙しい若頭補佐と、平日の昼間からドライブを楽しむ」 三田村から返事はなかった。和彦は、ぐっと好奇心を抑え、三田村がどんな顔をしたのか、バックミラーを覗き込むような、はしたない行為はやめておく。 途中、自販機で缶コーヒーを買っていると、傍らに立った三田村に言われた。「もう少し走ったところに、砂浜に下りられる場所があったはずだ。周りに店もないようなところだが、そこでいいなら、休憩していこう」 和彦は目を丸くして、無表情の三田村の顔を凝視する。「……急いで帰らなくていいのか?」「コーヒー一本飲む余裕ぐらいある」 当然、和彦の返事は決まっていた。 三田村が言っていたのは、きれいな人工砂浜のことだった。行きしなに見かけたときは数台の車が停まっていたが、今は一台だけだ。季節外れの海は、こんなものだろう。 缶コーヒーを持ったまま砂浜に下りてみると、離れた場所に、波打ち際ギリギリのところに並んで腰掛けている男女の姿があるが、他に人気はない。 靴に砂が入るため歩き回ることもできず、すぐに階段に引き返す。積み上げられたテトラポッドの陰に入り、強い陽射しを避けながら、思う存分海を眺めることができる。「風が気持ちいい……」 階段に腰掛けた和彦が、柔らかく吹きつけてくる風に目を細めながら洩らすと、隣に腰掛けた三田村に缶コーヒーを取り上げられる。再び手に戻ってきたときには、しっかりプルトップが開けられていた。和彦はちらりと笑うと、缶に口をつける。「夏場なら、いくらでも店が出ていて、にぎやかなんだがな。そういう光景を見ると、若い頃、勉強だと言われて、屋台でこき使われたときのことを思い出す」 思いがけない三田村の話に、和彦はつい身を乗り出して尋ね