Masuk*
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受付用のカウンターデスクやキャビネットが運び込まれただけで、クリニックの待合室らしくなってきたなと、腕組みしながら和彦は思う。そんな和彦の傍らを、診察室に置くデスクを抱えた業者が通り過ぎていく。
医療機器の搬入はまだ先だが、ひとまず家具や備品だけは、運び込んでもらうことにした。できることなら、早いうちに人が過ごせる環境を整え、ここで書類仕事などをしたいと考えているのだ。そうすれば、いざ開業してから使い勝手が悪いと不満を洩らすこともないはずだ。 来週は、クリニックに置く家電製品を買いに行く予定で、買い物好きの和彦としては楽しみにしている。当然のように千尋もつき合ってくれることになっており、すでにもう、家電量販店巡りをメインとしたデートプランは出来上っているそうだ。 エレベーターホールから待合室まで通じる廊下の窓には、カーテンレールの取り付け工事が行われていた。カーテンがいいかブラインドがいいかずっと迷っていたのだが、改装工事が終わった待合室の雰囲気を見て、ようやくカーテンに中嶋から意味ありげな視線を投げかけられたが、和彦は露骨に無視する。タイミングよく、数人のグループがジャグジーにやってきたため、入れ替わる形で和彦は立ち上がる。あとを追うように中嶋もジャグジーを出ようとしたので、すかさず和彦はこう言った。「せっかく筋肉が解れたんだから、そのままプールで泳いできたらどうだ。ぼくはもう、たっぷり体を動かしたから、先に帰るけど」 更衣室までついて来るなという和彦の牽制がわかったらしく、中嶋は苦笑を浮かべる。「俺が、先生の一人の時間を邪魔したから、怒ってますね」「ぼくが怒っていると言ったところで、君は怖くもなんともないだろ」「いえいえ。先生に嫌われたらどうしようかと、内心ドキドキしてますよ」「――……本当に、秦に口ぶりが似てきたな」 そう言って和彦は軽く手をあげると、更衣室に向かう。さすがの中嶋も、今度ばかりは追いかけてはこなかった。** ジムを出た和彦は、湿気を含んだ風に頬を撫でられ、思わず空を見上げる。闇に覆われているせいばかりではなく、厚い雲も出ているのか、星はおろか、月の姿すら見ることができない。 そろそろ梅雨入りだろうかと、その時季特有の鬱陶しさを想像してため息をつく。それをきっかけに、一時遠ざけていた現実が肩にのしかかってきた。オーバーワーク気味に体を動かして気分転換をしたところで、抱えた状況は何も変わっていないのだ。 もう一度ため息をついて、ジムの駐車場がある方向を一瞥する。待機している長嶺組の車に乗り込むと、当然のように、総和会の車も背後からついてくるのだろう。さきほど中嶋と話した内容もあって、心底うんざりしてくる。 少しの間、一人で外の空気を堪能しようかと、間が差したようにそんなことを考える。魅力的な企みではあったが、数十秒ほどその場に立ち尽くしていた和彦は、結局、駐車場に向かっていた。長嶺組の男たちに迷惑をかけるのは、本意ではない。 和彦が駐車場に入ってすぐに、待機していた長嶺組の組員の一人が車から降り、出迎えてくれる。総和会の車は、駐車場の外に停まっていた。「――……気
護衛といいながら、精神的圧迫感を与えてくるだけではないかと、毒を吐きたい気持ちをギリギリで抑え、ジムに入ってやっとほっとしたところだったのだ。 和彦はさりげなく、中嶋の横顔を一瞥する。抜かりない、と心の中で呟いていた。「……何も、ジムの中まで追いかけてこなくていいだろ。こんな場所で、誰が何をできるって言うんだ」 和彦は大げさに周囲を見回す動作をする。平日の夜のジムは、仕事を終えて訪れる〈真っ当な〉勤め人たちが多いのだ。「何より、一歩外に出れば、怖い男たちが待機している」「先生の護衛という名目で、互いの組織が牽制し合っているようですね」「もしかすると、嫌がらせかもしれない」 皮肉っぽい口調で和彦が洩らすと、中嶋は不思議そうな顔をしたが、それも数秒のことだ。すぐに察したように、声を上げた。「ああ、先日の〈あれ〉ですか」「君の言う〈あれ〉が何を指しているのか、ぼくにはわからないんだが」 素っ気なく言い置いて、和彦は立ち上がる。「先生?」「ジャグジーに入る」「だったら、俺も」 遠慮してくれないかと、眼差しで訴えてみたが、清々しいほどに気づかれなかった。もしかすると、わざと無視されたのかもしれないが。 使うなと強制する権限が和彦にあるはずもなく、仕方なく、中嶋と連れ立ってジャグジーに向かった。「――ちょっとした噂になっていますよ」 少し待ってジャグジーに二人きりになったところで、中嶋がさらりと切り出す。全身を包む泡の心地良さにリラックスしかけていた和彦だが、慌てて我に返る。「何がだ」「〈あれ〉――、先生が、南郷さんを土下座させた件」 両手で髪を掻き上げた中嶋が、流し目を寄越してくる。濡れ髪のせいもあって妙に艶やかに見えるが、同時に、中嶋の中に息づく鋭さも垣間見える。和彦から何かしらの情報を引き出そうとしているのだ。 和彦はうんざりしながら応じた。「どうせ、理不尽な理由で南郷さんに土下座をさせたとか、そんな話になっているんだろ……」「総和会の人
**** ベンチに横になった和彦は、ゆっくりと息を吐き出しながらバーベルを挙げる。上半身の筋肉が引き締まり、重さが刺激となって行き渡る。次に、今度は息を吸い込みながら、バーベルを下ろしていく。 そんなに重いバーベルを使っているわけではないが、一連の動作を時間をかけて数回繰り返していくと、全身から汗が噴き出してきて、Tシャツをぐっしょりと濡らす。 集中力のすべてを、筋肉の動きへと向けていた和彦だが、ふとした拍子に、足元付近に誰かが立っていることに気づく。トレーナーが様子を見てくれているのだろうかと思ったが、そうであれば、遠慮なく声をかけてくるはずだと思い直す。 一度気になってしまうと無視するのは難しく、大きく息を吐き出してから和彦は、ラックにバーベルをかける。すぐには上体が起こせず、呼吸を整えていると、親しげに声をかけられた。「手を貸しましょうか、先生」 その一声で、誰かわかった。和彦は口元を緩めると、遠慮なく片手を伸ばす。すかさず手を掴まれ、体を引っ張り起こされた。差し出されたタオルを受け取り、ひとまず滴る汗を拭いてから和彦は口を開く。「タイミングがいいな。今日は、連絡をしなかったのに」「先生と俺の仲ですからね。なんでもお見通しです」 中嶋にニヤリと笑いかけられ、和彦は微妙な表情で返す。ただの友人同士であれば冗談として成り立つのだが、残念ながら和彦と中嶋の仲は、そうではない。「先生、ここは笑ってくれないと。冗談ですよ」「わかってはいるが、反応に困る冗談を言わないでくれ……」 話しながら、休憩用のスペースへと移動する。イスに腰掛けた和彦は、汗で濡れた髪先を拭いながら、隣に座った中嶋の様子をうかがう。ジムを訪れ、すぐに和彦のもとにやってきたのだろう。まったく汗をかいていない。 予定が狂ったと、思わず心の中でぼやく。 こうして中嶋に声をかけられると、じゃあこれでと、トレーニングに戻るわけにもいかない。和彦はため息交じりに問いかけた。「――何か目的があって、ジムにやってきたのか?」 和彦の声から、警戒
和彦を促すように、背後から大きく内奥を突き上げられ、奥深くを丹念に掻き回される。喉を鳴らした和彦は、おずおずと片手を自分の下肢へと伸ばす。両足の間で震える和彦の欲望は、もう愛撫を必要としないほど、熱く硬くなり、反り返って濡れそぼっている。 本当は三田村に触れてもらいたいと思いながら、ゆっくりと上下に扱く。同時に、内奥で蠢く三田村の欲望をきつく締め付けていた。 三田村が深く息を吐き出し、和彦の腰から背へとてのひらを這わせてくる。「別荘で過ごして以来、よく夢を見るんだ。中嶋を犯している先生を、こうして後ろから犯している光景を。夢なのに、ひどく興奮して、感じるんだ」 三田村の欲望が、内奥から引き抜かれていく。発情しきった襞と粘膜を強く擦り上げられ、和彦は感極まった声を上げて反応してしまう。自ら愛撫する必要もなく絶頂を迎え、シーツに向けて精を飛び散らせていた。その瞬間を待っていたように、再び三田村の欲望が内奥深くに押し入り、重々しく突き上げられる。「んあぁっ――」 衝撃に、ふっと意識が遠のきかけるが、三田村に腰を揺すられて我に返る。和彦は無意識のうちに、腰に回された三田村の腕に、爪を食い込ませていた。痛みすら心地いいのか、内奥でますます三田村の欲望が膨らむ。「あっ、う……。い、い――。三田村、気持ちいぃっ……」「〈男〉なのに、〈オンナ〉でもある先生の姿が、目に焼きついている。どうしようもなく淫らでふしだらで、魅力的だった。自惚れるなと言われるかもしれないが、俺は、先生の奔放さと、相性がいい。……いや、どんな先生でも、たまらなく愛しい」 惑乱した意識のせいで、三田村の言葉が耳に入りはするものの、頭が意味を理解しようとしない。だが、必死に言葉を紡いでくれているのだということは、わかる。なんといっても、体を繋ぎ合っているのだ。「もう、先生のいない世界は、考えられない。だから、俺の前からいなくならないでくれ。例え俺を遠ざける瞬間が訪れたとしても。この世界の怖い男たちに囚われたままでいてくれ。そうすれば、俺はいつでも、先生の存在を感じていられる。それだけでも、十分幸せだ」
指を唾液で濡らした三田村が、内奥の入り口を簡単に湿らせてから、高ぶった欲望の先端を擦りつけてくる。和彦は自ら両足を大きく左右に開き、愛しい〈オトコ〉を受け入れる態勢を取った。「すまない、先生っ……」 言葉とともに、三田村がぐっと腰を進める。頑なな内奥の入り口を強引に押し開かれ、欲望の太い部分を呑み込まされる。さすがに痛みに眉をひそめると、三田村にそっと唇を吸われ、掠れた声で言われた。「俺が、先生を痛めつけているな」 和彦は、三田村の肩からバスローブを落とし、逞しい腕を撫で上げる。三田村の筋肉が一気に緊張したのが、てのひらから伝わってきた。「違うだろ。あんたは痛めつけているんじゃない。愛してくれているんだ」「……先生のほうこそ、俺に甘すぎる」 三田村と唇と舌を吸い合いながら、さらに腰を密着させる。三田村は慎重に、しかし確実に和彦の内奥を押し開き、熱い欲望を埋め込んでくる。痛みと、その痛みすら心地よさに変えてしまう興奮に、和彦は息を喘がせる。 中途半端な愛撫を与えられただけの自分の欲望に片手を伸ばし、三田村の動きに合わせて扱く。意識せずとも内奥がきつく収縮していた。「いやらしいな、先生」 耳元で三田村に囁かれ、その声の響きだけで全身が痺れる。さらに、ようやく根元まで埋め込まれた欲望に内奥深くを突き上げられて、痺れた全身に快美さが行き渡る。 上体を起こした三田村に緩やかに律動を繰り返されながら、すっかり乱れたバスローブを脱がされた。触れられないまま硬く凝った胸の突起をてのひらで転がされ、反り返って先端を濡らした欲望を軽く扱かれてから、柔らかな膨らみを優しく揉み込まれる。「うっ、うあっ――……」 傷ついていないか確かめるように、繋がっている部分を指で擦り上げられたときには、和彦はビクビクと間欠的に体を震わせる。 再び覆い被さってきた三田村に、焦らすように胸の突起を舌先で弄られ、そっと吸われる。和彦は夢中で三田村の背に両腕を回し、この男が本来持つ激しさを求める。「三田、村、もっと…&hellip
三田村の物言いたげな雰囲気が伝わってくる。しかし、それを実際に言葉として発しないところに、三田村の優しさを感じる。 その優しさに報いるため、和彦は言葉を選びながら話す。「佐伯俊哉。ぼくのことを調べたときに、父さんのことも調べたんだろう。大物官僚で、怖いぐらいの切れ者だ。子飼いの官僚が何人もいて、一大派閥を作り上げて、政治家に対しても影響力がある。傲慢で野心家、氷のように冷たい。でも――」「でも?」「ものすごく、ハンサムなんだ。家柄も仕事にも恵まれていて、そのうえ外見もとなると、女性が放っておかない。父さんの傲慢さや冷たさは、女性にとっては魅力的らしい。自分は結婚していて、子供がいようが関係ない。気に入った相手と関係を持つ。堅いイメージに守られた佐伯俊哉の本質は――奔放さだ」 守光から、俊哉の女性関係の処理について聞かされたとき、驚きはしたものの、その内容をすぐに信用したのは、このためだ。和彦は、父親の実像を嫌というほど把握している。「……見た目はまったく似てないけど、ぼくと父さんは、こういう部分でよく似ている。性的な禁忌に対する感覚が、きっと壊れているんだ」 三田村に肩先を撫でられたあと、ぐっと掴まれる。驚いた和彦が顔を上げると、三田村は厳しい表情でこう言った。「壊れているなんて、言わないでくれ。俺はずっと、先生の愛情深さに心地よさを感じている。先生の本質も奔放さだというなら、俺はその奔放さが、愛しくてたまらない」 和彦は瞬きも忘れて三田村の顔を凝視してから、小さく声を洩らして笑う。「すごい口説き文句だ」「そんなつもりはないが……、でも、本心だ」 笑みを消した和彦は、三田村の頬を撫で、あごにうっすらと残る傷跡を指先でなぞる。何かが刺激されたように三田村がゆっくりと動き、和彦の体はベッドに押し付けられた。 きつく抱き締められ、その感触に意識が舞い上がるほどの心地よさを覚えながら、和彦は両腕を三田村の背に回す。「あんたのことも聞きたい」「俺のこと?」「あんたの父親のこと」 三田村は一瞬痛みを感じたような顔を
和彦はゆっくりとまばたきを繰り返し、なんとか賢吾の話を頭に留めようとする。いろいろと考えようとするのだが、思考はどこまでも散漫だ。「……蛇蝎の、サソリ……」「ああ、そうだ。あれは、悪党ってやつだ。暴力団担当の刑事だったくせに、その立場を利用して悪辣なことをヤクザ相手にやらかして、それこそ蛇蝎みたいに嫌われていた。そこで、ある組が鷹津をハメたんだ。かなり大問題になってな、警察の監査室まで引っ張り出して、県警の本部長のクビが飛ぶかという話までいった」 淡々と話す賢吾のバリトンの響きが耳に心地いい。ふ
**** 電卓を叩いた和彦は、表示された数字を見て、一声低く唸る。 クリニックに入れる医療機器・備品は決めたのだが、医療機器に関しては、どの専門商社と取引するかという点で、頭を悩ませていた。いままで医療機器の価格など、聞いたところで他人事だったのだが、いざ自分が導入するとなると、やはり臆してしまう。例え、ヤクザの金を使うにしても。 やはり商社間の入札で、今後のメンテナンスまで含めた価格を決めてしまうほうが、結果として安くつくかもしれない。 コンサルタントに勧められながら、大まかな金額を計算
「あの――」「すぐに、アルコールを準備しますから、欲しいものがあれば遠慮なく言ってください。なんといってもここは、客に飲ませてなんぼの、ホストクラブですから」 秦にそう言われて、和彦は喉に手をやる。この店についてから、まっさきに水を飲ませてもらったのだが、さらに喉の渇きを覚えた。 興奮しすぎて、体の水分がずいぶんな速さで汗になったのかもしれない。着ているシャツが汗で濡れて、少し不快だ。それでも、空調を入れた店内の空気はゆっくりと冷え始めていた。 和彦がほっと息を吐き出すと、隣に腰掛けた秦に笑いかけられる。「何を飲みます?」
「もう、やめ、ろ――」「まだですよ。もっとしっかり、先生の秘密を知りたいんです。たとえば、こことか……」 和彦が鏡を凝視していると、秦が思わせぶりに指を舐める。その指がどこに向かうか察したとき、必死に洗面台の上で上体を捩ろうとしたが、弛緩している和彦の体を容易に押さえつけて、秦の指が内奥の入り口をこじ開け始める。「あぁっ」 ビクビクと腰を震わせて、和彦は秦の指を呑み込まされる。内奥の造りを探るように慎重に指が蠢かされ、感じやすい襞と粘膜を擦り上げられていた。 異物感に呻いていた和彦だが、秦の指が、ある