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第9話(16)

Author: 北川とも
last update publish date: 2025-12-15 17:00:13

 三田村は、ごっそりと感情をどこかに置き忘れたかのような無表情を保っていたが、一方の賢吾は、ニヤニヤと笑っていた。和彦の反応をおもしろがっているのだろうかと、最初は訝しんだのだが、どうやらそうではなく、鷹津の行動に何かしら感じたようだ。意地の悪い男は、それがなんであるか、当然和彦に教えてはくれなかった。

 表面上の無表情さとは裏腹に、和彦が知るどの男よりも優しい三田村は、何かと気遣ってくれる。実際和彦は、鷹津のことを正直に話したところで、鬱屈した感情は少しも軽くなってはいない。

 蛇蝎の片割れである男に侮辱されたことが、ささやかに残っている和彦のプライドを踏みにじり、それが痛みを生む。いまさら取り繕うものもないのに、人並みの体面を保とうとする自分が、心のどこかで忌々しくもあるのだ。

「あんな男に言われたことを気にする自分に、腹が立つ……」

「見た目によらず、先生は気性が激しい」

 三田村の声が笑いを含んでいるように聞こえ、視線を再びバックミラーに向ける。思ったとおり、三田村の目元は和らいでいた。そんな表
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  • 血と束縛と   第28話(25)

     和彦の視線は吸い寄せられるように、守光の背に向けられていた。浴衣に隠れてはいるが、この下には、毒々しい黄金色の体を持つ九尾の狐が潜んでいる。大蛇も怖いが、この狐はそれ以上に怖い。どうやって獲物を狙うのか、その手口すら和彦は想像がつかないのだ。 そんな狐の刺青を背負った男に『逃がさん』と言われれば、それは言霊となって和彦の心と体を縛りつけそうだった。 和彦の中に芽生えた怯えを読み取ったのか、守光がこう付け加える。「――……あんたは振り回されていると感じているだろうが、長嶺の男たちも、あんたに振り回されている。これは、情だよ。あんたとわしらは、情を交わし合っている」「情を、交わし合っている……」「そう感じているのは、わしの勘違いかな?」 肯定も否定もできず口ごもる和彦に、首を回らせた守光がわずかに目を細める。「わしの〈オンナ〉は慎み深い」 守光がゆっくりと体を起こし、布団の上に座る。手招きされて側に寄った和彦は、強い力で肩を抱かれた勢いで、守光にもたれかかった。 反射的に身をすくめたが、それ以上の反応はできない。凄みを帯びていながら、非常に静かな眼差しで見つめられると、怯えると同時に、奇妙な熱が体の奥で高まり始める。このことを自覚した瞬間にはもう、和彦の体は守光に支配されているのだ。「さあ、わしと情を交わしてくれ」 賢吾に似た太く艶のある声で囁かれ、唇を塞がれそうになる。いつもなら、逆らえないまま身を任せてしまうのだが、今夜は事情が違う。寸前のところでわずかに頭を後ろを引き、和彦は抑えた声で訴えた。「今夜は、千尋を刺激したくありません。それでなくても、ぼくが兄と会うことを知らされて、気が高ぶっているのに、こんなところを見られたら――」「刺激すればいい。あれも、なかなか厄介な獣を背負うことにしたようだ。刺激して、高ぶらせて、そうやって成長させる。わしや賢吾、オンナであるあんたの役目だ」 千尋が入れようとしている刺青のことを指しているのだろう。守光の口ぶりに興味を惹かれた和彦だが、すぐにそれどころではなくなる。「あっ…&

  • 血と束縛と   第28話(24)

    ** 守光の部屋の床の間には、涼しげな紫陽花の掛け軸が飾られていた。守光の腰を揉みながら和彦は、なんとなくその掛け軸から目が離せなくなる。ただの絵のはずなのに、床の間にあるだけで、部屋の空気が清澄なものに感じられるから不思議だ。それとも、この部屋の主のせいなのか。「――いよいよ、来週かね」 唐突に守光に切り出され、ドキリとした和彦は数秒ほど返事ができなかった。一体なんのことかと考えるには、それだけあれば十分だ。「はい……。クリニックのほうは、午後から休診にすることを、もうスタッフや患者さんにも知らせてあります。あとは、兄の予定が変わらなければ……」「あえて、金曜に会うことにしたというところに、あんたの悲愴な覚悟がうかがえる。土日の間に、気持ちを立て直しておきたいというところかね」 守光の鋭さに和彦は、目を丸くしたあと、微苦笑を洩らす。「何もかも、お見通しですね。そんなにぼくの行動は、わかりやすいですか」「したたかでタフだが、一方で、実家のことになると、途端に脆くなる――と、話していたのは、賢吾だったか、千尋だったか。あるいは、両方か」「二人には、動揺してみっともない姿を見せてしまいました」「それでいい。だから二人とも、あんたのために動く。大事なオンナを守りたくて。もっとも千尋の場合は、少々頭に血が上りすぎているな」 その千尋は、しばらく経ってから守光とともに部屋に戻ってきたあと、猛烈な食欲を発揮して夕食を平らげ、今は風呂に入っている。守光とどういった話をしたのか、和彦はまだ一切聞かされていなかった。ただ、拗ねた素振りも、不機嫌な顔も見せていなかったことは、安心していいのかもしれない。「……会う必要がないのなら、会いたくはないんです。ぼく個人の問題なのに、長嶺組どころか、総和会も巻き込んでしまったようで……」「長嶺の男は過保護だと思っているだろう」 返事の代わりにちらりと笑みをこぼした和彦は、腰を揉む手にわずかに力を込める。会話を交わしていると、つい気が逸れて力が緩ん

  • 血と束縛と   第28話(23)

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  • 血と束縛と   第28話(22)

     千尋の口調がいくらか和らいだのを感じ、和彦は緊張を解こうとしたが、甘かった。シートから身を乗り出した千尋が強い光を放つ目で見据えてきながら、恫喝するようにこう囁いてきたのだ。「だから――、俺たち以外の奴が、先生を振り回すのは許さない。特に、先生を怯えさせるような奴は」「誰のことを、言ってるんだ」「とぼけないでよ。先生、電話越しでも、あんなに自分の兄貴のことを怖がってただろ。その理由をオヤジは教えてくれなかったけど、でもなんとなく、あのときの先生を見たら、察したよ。……どうして、先生にひどいことしてた奴に会う必要がある? 何かあったらどうするんだよ」「そうならないよう、気をつけるつもりだ」 ダメだ、と言うように千尋が緩く首を振る。千尋がときどき発揮する頑迷さを、和彦はよく知っている。子供じみており、突拍子もない行動に出るのだ。だからこそ、ここで対応を誤り、千尋を暴走させるわけにはいかない。 賢吾に連絡して説得してもらおうかと思っていると、和彦の困惑を読み取ったように、千尋がこう言った。「オヤジに相談するつもりなら、残念。今日は泊まりで会合に出かけていて、電話も繋がらない。まあ、オヤジが何言ったところで、俺は意見を変えるつもりはないけど」「意見って……?」「――先生を、どこにも行かせない」 長嶺の男――というより、千尋の情は強い。改めてそのことを痛感しながら、和彦は懸命に頭を働かせる。和彦としても、家族恋しさで英俊に会うわけではないのだ。ただ、こちらの言い分を伝え、佐伯家の事情を把握しておきたいだけだ。「無理だ。ぼくはもう決めたし、いろいろと人に動いてもらっている」「先生の初めての男にも?」 その物言いが癇に障り、千尋を睨みつける。「ああ。段取りをつけてもらった。……来週、兄さんと会う」 カッとしたように千尋が口を開きかけたが、すぐに何かに思い当たったように思案顔となる。その隙に和彦は、掴まれたままだった手をそっと抜き取る。それを咎めるでもなく、千尋は自分の携帯電話を取り出してどこかにかける。

  • 血と束縛と   第28話(21)

    **** 普段の言動のせいですっかり忘れてしまいそうになるが、長嶺千尋の本質は決して、可愛い犬っころなどではない。 したたかでありながら激しい気性を持つ〈何か〉だ。それは、祖父の守光のような老獪な化け狐かもしれないし、父親の賢吾のような冷酷な大蛇かもしれない。もしくは、まったく別の獣か――。 クリニックを一歩出た和彦は、目の前に立つ千尋を一目見た瞬間、総毛立つような感覚に襲われた。明らかに千尋の様子が尋常ではなかったからだ。 細身のスーツにナロータイという、オシャレな若手ビジネスマンのような格好は、恵まれた容姿を持つ千尋を、育ちのいい青年に見せる道具としては効果的だ。だが、まるで炎をまとったように、激しい怒りを全身に漲らせている今の千尋は、ジャケットの前を開き、ナロータイを緩めているだけなのに、筋者らしい凶暴さを感じさせる。 こんな千尋に声をかけたくないが、まさか無視をするわけにもいかない。和彦はできるだけ、いつもの調子で声をかけた。「お前、こんなところで何をしてるんだ……」 千尋に歩み寄りながら、周囲に視線を向ける。通りを行き交う人たちが、この青年が長嶺組の跡目だとわかるとは思えない。しかしそれを抜きにしても、千尋の存在は人目を惹く。クリニックが入るビルの前で、目立ちたくなかった。「先生を待ってた」「それはわかるが……、せめて車で待つぐらいできるだろ。もし、お前の素性を知っている人間に見つかったらどうするんだ」「いいよ。そのときは、そのときだ」 低く抑えた声に、自暴自棄な響きを感じ取り、和彦は眉をひそめる。「お前――」「先生に話があるんだ」 そう言って千尋に腕を掴まれたが、反射的に振り払う。カッとしたように睨みつけてきた千尋を、和彦は睨み返す。「どうして、そんなに怒ってるんだ」「……先生に心当たりはあるはずだよ」「心当たりって……」「来週、会うんだろ。あんなに怖がってた、自分の兄貴に」

  • 血と束縛と   第28話(20)

     少しの間、ぼうっとしていた和彦だが、その間も、鷹津が次々に皿に肉を放り込んでくるので、仕方なく食事を再開する。「……あんた本当に、嫌な男だな」 ぼそりと毒づいた和彦は、網の上で焦げかけた肉を摘み上げ、鷹津の皿に放り込む。一瞬動きを止めた鷹津だが、文句も言わずその肉を食べた。「お前がひょこひょこと兄貴に会いに出かけて、あっさり連れ戻されても困るからな。こういう話を聞いておけば、多少は警戒心も芽生えるだろ」「警戒はしているっ。……ただ本当に、いろいろと予想外で、頭が追いつかない……」「だが、お前は受け入れる。これまでのとんでもない状況だって、結局受け入れているだろ。お前は自分が思っているより図太くて、したたかだ。俺程度の悪辣さなんて、可愛く思えるぐらいな」 貶されているようで、それだけとも言い切れない。ある考えがふっと和彦の脳裏を過ぎったが、鷹津に限ってそれはないと打ち消した。「――……あんたの口から、『可愛い』なんて単語を聞くとは思わなかった」「意外な単語を聞けたうえに、メシまで奢ってもらえて、今夜は得したな」「高くつきそうだ……」 ため息交じりに和彦が洩らした言葉に、すかさず鷹津が応じた。「当然だろ」** フロントガラスをぽつぽつと雨粒が叩いたかと思うと、あっという間に降りが強くなる。 助手席のシートに身を預けた和彦は、運動後に腹が満たされたうえに、雨音に鼓膜を刺激され、どんどん眠気が強くなっていくのを感じていた。 そんな和彦の様子に気づいたらしく、信号待ちで車を停めた鷹津が口を開いた。「ヤクザの組長のオンナが、よくまあ、刑事の車に乗って寛げるもんだな」「どうせぼくは、図太いからな……」「なんだ。俺が言ったことを気にしてるのか」 鷹津が低く笑い声を洩らす。不思議なもので、車全体を包む雨音に重なると、その声すら心地よく聞こえる。「まさか

  • 血と束縛と   第3話(3)

     もう一度賢吾に唇を吸われてから、伴われて寝室へと向かう。この部屋だけは殺風景さとは無縁で、過不足なく家具が調えられ、小物に至るまですべて賢吾の好みで統一されている。深みのある赤を基調とした空間は和彦には渋すぎるように感じられるが、賢吾のほうは非常に満足そうだ。  ドアを開けたままなのを気にしながらも、ベッドに腰掛けた賢吾が両足を開いて鷹揚に構えたのを見て、和彦はため息をついて、これからの時間に集中することにする。  賢吾の両足の間に身を屈め、カーペットに両膝をつくと、スラックスのベルトを緩めて前を寛げる。何も言わず、引き出した賢吾のものに舌を這わせた。  

    last updateLast Updated : 2026-03-18
  • 血と束縛と   第3話(17)

     エレベーターホールに向かおうとしたが、追いつかれることを危惧し、非常階段を使って一階に降りる。雑居ビルを出た和彦は足早に通りを歩き始めたが、大通りに出る前に、背後から近づいてくる足音に気づいた。 「先生っ」  呼びかけてくる声は三田村のものだった。こういうときでも、和彦の面倒を見るのは三田村になっているらしい。  和彦は頑なに振り返らないどころか、歩調も緩めない。それでもかまわないとばかりに、三田村がものすごい勢いで前に回り込み、両腕を広げた。 「先生、どこに行く気だ」  無表情で問いかけてきた三田村だが、さすがに息がわずかに乱れている

    last updateLast Updated : 2026-03-18
  • 血と束縛と   第3話(27)

     和彦は、賢吾が自分に持っているかもしれない執着心を想像するだけで、ゾクゾクするような興奮を覚え、身震いする。三田村の腕がその震えすら受け止めてしまうことにも、快感めいたものを覚える。  賢吾の手が尻から腰を撫で回し、さらに上へと移動して胸元に這わされる。興奮のため硬く凝ったままの突起を抓るように刺激され、引っ張られる。和彦は小さく悦びの声を上げ、三田村の首筋に顔を寄せた。意図しないまま熱い吐息をこぼすと、三田村の肩が微かに揺れる。  ふいに賢吾に腰を抱え直され、和彦のものは掴まれる。 「まだイかせない。いつもは先にたっぷりイかせてやるのが俺のやり方だが、今

    last updateLast Updated : 2026-03-18
  • 血と束縛と   第2話(11)

     和彦は口元に手をやり、眉をひそめる。千尋はもう、和彦と自分の父親の関係を察している。そのことが、千尋になんらかの行動を起こさせるきっかけになったのだとしたら、和彦は無視するわけにはいかなかった。 「どうかしたのか、佐伯」 「……いや、クリニックを辞める前に、もう一度あの店に顔を出せばよかったなと思って。そうしたら、長嶺くんに挨拶ぐらいできたかもしれない」 「そうだなー。こうも突然だと、寂しいよな」  澤村の口調には、わずかな苦さが込められていた。昼休みによく通っていたカフェから馴染みのウェイターがいなくなっただけでなく、クリニックからは和彦もいな

    last updateLast Updated : 2026-03-17
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