로그인紗良が羽田空港に降り立った時、ターミナルの出口には本宅のお抱え運転手である米田が立っていた。
そして、黒いスーツ姿に身を包み、白い手袋をはめた運転手の正装のまま、恭しく頭を下げた。「米田さんが来られたということは、お父様は会ってくださるということ?」
松田が何度も本宅に連絡を入れてくれたが、良い返答は得られなかったと聞いていた。
そのためまずはホテルを取って、そこから連絡を毎日入れてアポを取るしかないと思っていたのだ。「詳細は分かりませんが、紗良様をお連れするようにと申しつかっております」
「そう……では、お願い」
紗良は予想外のことで、全く心の準備も出来ておらず不安に感じたが、ここでチャンスを逃せば次はないと車に乗る。
綾川家の本宅の敷地は、東京の一等地にありながらも広大であり、周囲から建物や中を窺い知ることはできない大きな塀に囲まれていた。
数メートルおきに監視カメラが光り、鉄製の門扉の前には警備員が常時配置されている。
米田の運転する車が、
「綾川殿……相変わらずビジネス目線では手厳しいな。だが、親目線で考えてみてくれ」先代の篤は大袈裟に嘆かわしいとみんなの前で叫び始めた。「親にとって子は可愛いものだ。婚約者のために必死に学び続けたのに、別の男に簡単になびくような身持ちの悪い女も結婚させられては宗明が気の毒でならない……ああ、本当のこととはいえ失礼した」「ほぉ、篤殿にも親の心があったか!」高雄も、ニヤリと笑い飛ばして、負けずに応戦し始める。「だが、宗明殿が当主になった時には、篤殿とは誰がみても対立しておられたようだったが?むしろ私が父のように支援した。まあ、紗良と再び縁繋がりになるのだから義父で間違いないがな」周囲に聞こえよがしに宗明と先代は親子関係が悪いことを明確にする。今度は、篤が額に青筋を浮かべる番だ。「本当に宗明さんがお気の毒だわ。華子さんなら、家柄はもちろん宗明さんの周辺サポートまでしっかりしてくださるでしょうに……」由美子も、明らかに汚いものを見るかのように紗良に視線を送り、眉を顰めた。紗良は、無表情で篤と由美子の顔を見つめ返すが、内心では怒りがふつふつと沸いていた。よく言うものね。その当主の立場が維持できない状況にしているのは誰よ?由美子にいたっては、子供だった宗明に薬を盛るような女のくせに平然と……今から思えば、宗明は無表情を装い続けながら、私を彼らと接触しないように守ってくれていたのね。今度は、彼らから宗明を守るのは私の番だ。その前に……この二人のもはや口喧嘩のような状況をなんとかせねば。高雄と篤の二人がお互いに顔を突き合わせ、まさに一触即発状態になっている。なまじ、お互いが財界で切磋琢磨してきたもの同士で、同格の財閥を持ち、学生時代から競争をし続けてきた仲の悪いライバルなのだ。これは、下手をすると話題の本筋から外れてしまう。とりあえず来栖宮華子の
「お父様が先代の藤代当主に会いに?でも、先代とは関係が良くないのでは?」「ああ、これ以上に悪くなりようがない。結果的に先代を引きずり下ろした形になったからな」高雄は、執事の岡部が入れた茶を口に含んだ。「30歳で宗明が当主を譲られるのは、確かに少し早いとは感じましたが……」先代が急病や高齢という訳ではない。何か理由があるのだろうとは思っていたが――引きずり下ろした?紗良は高雄の反応から、自分が知っていた過去以上に宗明を取り巻く環境は良くないのだと知る。「宗明殿は、当主継承に向けて、紗良を先代たちから守るために、海外へ学びに行った。それなのにお前はいなくなっただろう。それがきっかけだ」「やはり、私のことで……」「結婚が白紙になった時、周囲は宗明殿には綾川の後ろ盾がなくなったと判断したんだ。その結果、宗明殿の立場は急激に弱くなった」紗良は、もう戻らない時の判断に唇を噛み締めた。その時の宗明の気持ちを考えると胸が痛くなる。「そうなると、後妻の連れ子を次期当主にするのではないかと噂が立った。だが、この連れ子二人は本当に素行が良くない。財界のあちこちで問題を起こし、巨額の借金を抱えて評判は最悪だった。だから、『次の当主は宗明殿だ。私が後ろ盾になる』と宣言したんだ」「由美子の連れ子って、確かあの湖で……」「ああ、お前を突き落とした奴らだ。上の雅也が35歳、下が健太で32歳になった」「ろくでもない二人だったけど、そのまま大人になってしまったのね」紗良は、思わず眉をひそめた。「私が宣言した事で、再び宗明殿こそが藤代の次期当主にふさわしいという声が上がった。ところが、それと同時に二人の悪評も公になり、今度は先代である篤殿に批判の矛先が向いてしまった」「じゃあ……先代自らは、宗明に譲る気はなかったという事?」紗良は、先代は宗明と関係が良くないのに、なぜ当主を譲ったのだろうと疑問に思
「紗良と藤代財閥の当主が婚約?お前そんな言葉を鵜呑みにしたのかよ?」会社の社長室で、みんなはスナック菓子をぽりぽり食べながら、大笑いする。 紗良がいなくなり、会社に直接問い合わせがなくなり、重要な顧客も来なくなった。社長室はすっかり怠惰な私室のような空間になり下がっていた。「だからもう少しましな嘘をつけと言ってやったさ」大谷に失笑された凌平は、憮然としながら言い返した。「そういえば紗良もここに来たばかりの頃、まるで『綾川財閥の遠縁なんです』みたいな態度だったな。お嬢様かよってぐらい一般常識もなかったしな」スナック菓子に手を伸ばし、スマートフォンでゲームをして遊びながら剣崎も可笑しそうに笑った。「藤代財閥に、綾川財閥かよ。将暉なんていつもボロボロの服着て、大学でものそっとしてたぜ。あんな御曹司いるわけねえだろ」大谷は、顔をしかめて嫌な奴を思い出したと言うような顔をする。 将暉と友人というのは真っ赤な嘘で、ここにいる3人は将暉をからかって嫌がらせをする以外の接点はほとんどなかった。 ただ、凌平だけは学部もゼミも同じだったので、もう少し付き合いがあったというだけだ。こんなことならもう少し、将暉の実家のことや家族構成など詳しく聞いておけばよかった。 紗良との連絡手段のない今、紗良の家のことを何も知らなかったことに気づく。「ただ……紗良にはやっぱり男がいたんだよな。まあ、誰が聞いても分かるようなロマンス詐欺にあっている段階で、男を見る目がねえよ」凌平は、宗明と名乗る男から触れられて喜ぶのを耐えていたと思われる紗良の息遣いを思い出し、ぎりっと奥歯を噛み締める。あれは、俺のものだった。 初めてマンションで過ごそうとした時、間違いなく紗良に手を伸ばそうとしたのに…… その度に澪奈から邪魔が入って、そのうち紗良に手を出したら澪奈の機嫌が悪くなると思ってやめたんだった。今度こそ紗良を捕まえたら、二度と生意気な口が利けないように、俺のものにして徹底的に躾直してやる。凌平が怒りのあまり拳を握りしめた時だ。
「藤代……宗明だと……!はっ、まさか!あの藤代財閥の……」凌平の声が上ずり、一瞬、その声に動揺が走る。「ば、バカな!もう少しマシな嘘をつけよ。ああ!あの藤代財閥の遠い遠い親戚とか?あやかって同じ名前でも付けたのか?そんな大物が、紗良と婚約するわけないだろう?どうせ嘘をつくならまともな嘘をつけよ」凌平は鼻で笑うように、宗明の言葉をバカにする。この男はいつもそうだ。どんなに真面目に真剣に紗良が訴えても、聞く耳を持ったことがない。凌平が本当は賢い男なのかどうかなんて、自分には分からない。だが、人をバカにする態度を崩したことはない。それだけは確かだ。「本当に、あなたは何を言ってもこちら側の言葉を信用したことはないし、耳を傾けたこともない。だから、私に捨てられるのよ。でも、今日は一つ収穫はあったわ」「収穫だと?」「持株は手放し、会社の財産である研究を簡単に売るという段階で経営者失格よ。社長と副社長ということで連絡手段だけは確保しておいてあげたけどそれすら価値がなかった。金輪際あなたと話すことはない」紗良は、大きく聞こえるようにため息をついた。宗明も、スマホに顔を近づけて凌平に囁くように話す。「俺の名前が大物か……ふん、笑いたければ笑えばいい。くだらない素性の嘘などつかない。だが、その笑った代償は高くつくと思え。特に俺の婚約者をバカにするその行為を許すことはない」宗明はそのまま手を伸ばし、ブツッと電話を切る。しばらく部屋に沈黙が落ちる。だが、将暉が死んだのは自分と行った研究のせいだと思っていたのに、宗明が将暉に発した意味深な言葉が気になる。「宗明、凌平に言ったことを教えてくれる?どういうこと?いつから凌平が無知のフリをしていると把握していたのよ」宗明にそう問い詰めようとしたその言葉は、強引に奪われた。息をつく間もなく、宗明の硬く薄い唇が、紗良の唇を荒々しく塞ぐように覆い被さってくる。
「なん……だと……」凌平は、今まで、紗良に対して不貞を疑うようなことを言いつつも、本当に紗良に男が出来たとは思っていなかった。だが、紗良に今まで凌平が手出ししなかったことを知っていると告げられた上に、自分が抱いて極上だったと知らない男から宣言されたのだ。凌平が電話口で混乱しているのが、紗良にも手に取るようにわかった。紗良が綾川財閥の令嬢だと知っていたら、婚約者の存在も本気にしていたのかもしれない。だが、凌平は、モテない女が親に見合いをさせられたぐらいにしか思っていなかったのだろう。「私に婚約者がいたことは凌平には伝えていたでしょう。復縁するのもおかしくなければ、婚約者なのだから当然、体の関係があると思わない?」今まで、手を出さないことを大切にされていると勘違いした女を凌平たちは嘲笑ったに違いない。紗良は、少し言葉に棘を含ませて「当然」という言葉に力を込める。だが、強がるように凌平は怯まなかった。「元婚約者……ああ、思い出した。将暉が死んだのは自分のせいだと紗良が苦しんでいた時に、連絡一つ寄越さず、顔すら見せなかったやつか……」ふんっとバカにしたような凌平の言葉がスマホから流れると、今度は宗明の耳がぴくっと動く。端正な顔からさっと血の気が引いたかと思うと、それまで挑発するように、紗良の胸元に差し入れていた手も凍りついたように止まり、ゆっくり引き抜かれた。「凌平」と書かれている画面を睨むその目は、紗良に対する甘える優しさを含むものから、底知れない澱んだ漆黒の冷気がはらむものに変わる。「ああ、その隙にとんだ泥棒に大切な宝を盗まれたのだから、俺の痛恨のミスだ。せめて将暉の死を早く知る事ができればと悔やまれてならない。ところで……」宗明の目はスッと細くなり、室内の体感がぐっと低くなったような感覚を受ける。「お前はどうやって将暉の死を知った?」「どうって…&hell
紗良は、妹の里美に連絡して両親と再び会って話したい旨を伝えた。「紗良、どうして藤代当主の家に住み込んでいるの?結婚前の娘がまた勝手なことをしたってお父様が怒り出すわよ」「私だって、その予定はなかったのよ。でも、結婚を前提にしているのだから、自宅で安全を守りたいと言われたの」凌平たちのやり口を知っている里美は、それを聞いてため息をつく。「まあ、紗良には一度逃げられているからわからないでもないけど……明日、米田をマンション前につけさせるわ。お父様を説得するのは大変なんだから、せめてマメに報告してよね」紗良は謝りながら、電話を終えた。だが以前ほどの拒絶感はない様子でホッとする。「俺から綾川当主に話を通したほうが良かったか?」「明日、あなたとの同棲について私が事後報告を済ませた後に、お願いするかもしれないわ」紗良は、苦笑いしながら事後報告は異常であることを強調する。宗明は家族関係が歪だったこともあり、親が娘を心配する気持ちなどの理解は浅い。それを一つずつ伝えてあげないといけない。「それなら俺も行く。紗良が綾川の家で俺のことで怒られることがないようにしたい」まるで、娘は俺が匿っていると宣言しそうな宗明の勢いに、紗良は苦笑いして首を振った。こんな宗明の前で、両親は本音を話せないだろう。「私がまず話をした後にお願いするわ。明日は、先代や来栖宮家の対応と護衛の話だから……」そこまで言って、凌平のことをどこまで伝えようか迷う。「いえ……それだけじゃなくて、ちょっと気になることがあって会社のことも説明したいから……」紗良は歯切れが悪くなる。ただでさえ大変な宗明に、凌平の動きが怪しいことを伝えて心配させるのは気がひける。自分の力で会社を手に入れるから、宗明に渡す価値があるのだ。だが、宗明の目が再び冷ややかに光る。「紗良がやりたいことを邪魔はしない。た