LOGIN三人のグループチャットでは、私が何を送っても返信はない。 最初は二人とも忙しいだけだと思っていた。恋人の松本直樹(まつもとなおき)とは付き合って七年、幼なじみの渡辺彩香(わたなべあやか)とは十八年来の付き合いなのだから。 今日も私はいつものようにメッセージを送った。 【今度、南の高原に旅行しない?】 だが丸一日経っても誰からも返事はなかった。 その夜、彩香が現地のきのこ料理の動画をシェアした。 【これすっごくおいしそう!】 すると直樹はすぐに返信し、二人の会話はあっという間に盛り上がった。気づけばメッセージは百件近くに増えていた。 私も一言送ってみた。 【じゃあ、みんなで旅行に行かない?】 途端にまた誰も発言しなくなった。 私は過去のやり取りをさかのぼった。 昨日私が【仕事辞めたい。もう疲れちゃった】と送ったときも、誰からも返事はなかった。 一昨日は、彩香が自撮り写真とともに【最近肌の調子が悪くて落ち込む】と送ると、直樹がすぐに【そんなことないよ。かわいいじゃん】と返し、二人は夜遅くまで話し続けていた。 途中で私が【明日、一緒にご飯でも行かない?】と送ると、そこで会話は途切れた。 ところが翌日、二人が同じ店で一緒に食事をしているところに出くわした。 先週もそうだった。直樹が映画の予告編を送ると、彩香が【私もこれ観たい!】と返した。私も【私も行きたい!】と送ったけれど、やはり返事はなかった。 その後、直樹に個別で連絡したときには、二人はすでにその映画を観終えていた。 二人は忙しくて返事ができなかったわけじゃない。私には返事をしたくなかっただけなのだ。 私はグループを抜けることも、長文のメッセージで二人を問い詰めることもしなかった。ただそっと通知をオフにした。 そして私が会社を辞めた日、あのグループチャットがようやく動き出した。 直樹がグループチャットで私宛にメッセージを送ってきた。 【母さんにそろそろ結婚しろって急かされてるんだけど。彩香もどうするのか聞いてるぞ。なんで返事しないんだ?】 その頃、私は旅先の空港に降り立っていた。そして直樹に最後のメッセージを送った。 【二人で好きなだけ話してればいいよ。もう私に返事しなくていいから】 【さようなら】
View More彩香はご祝儀袋を握りしめたまま、突然私に抱きついてきた。そして声を上げて泣き始めた。この数年間、胸の奥にため込んできた悔しさも後悔も、すべて吐き出すかのように。私の肩に顔をうずめ、震える声で何度も繰り返した。「ごめんね……本当にごめん。千紗、ごめんなさい……いろんなことがあって、やっと分かったの。千紗がどれだけ私によくしてくれてたのか……。私たち、もう一度……」「もう私たちっていう関係じゃないよ」私は静かに遮った。「これからは、彩香は彩香。私は私だから」私はそっと、けれどはっきりと彩香の体を離した。涙で化粧が崩れた顔を見つめる。かつての勝ち気な面影は、もうそこにはなかった。「結婚おめでとう。幸せになってね。でも私から言えるのはそれだけ。披露宴には出ないよ。ほかに用事があるから、もう行くね」そう告げると、私は彩香から手を離し、背を向けた。数歩歩いたところで、背後から聞き覚えのある声がした。「千紗」直樹だった。彩香は私の腕に添えかけていた手を引っ込めると、耳元で小さくささやいた。「ごめんね。あの頃は全部、私が悪かった。二人とも……せっかく久しぶりに会えたんだから、ちゃんと話して。私は中に戻って、お客さんの相手をしてくるね」そう言うと、彩香は重そうなドレスの裾を持ち上げ、披露宴会場へ入っていった。新郎がどこにいるのかは分からなかった。招待客の出迎えが面倒だったのか、それとも彩香のことなど気にかけていないのか。私はそれ以上考えなかった。代わりに、慌てて駆け寄ってきた直樹に目を向けた。彼は以前よりずっと痩せていた。私の前に立ち、息を切らしている。「まだ何か用?やり直したいって話なら、もうやめて。何を言われても気持ちは変わらないから」直樹はじっと私を見つめていた。やがて目を赤くし、すがるような声で尋ねてきた。「俺に……もう一度、お前を愛するチャンスをくれないか?」街角を風が吹き抜け、落ち葉が数枚舞い上がった。私は直樹を見つめ、ゆっくりと首を横に振った。「無理だよ。本当に、もう無理なの。直樹。これ以上、お互いに過去を引きずるのはやめよう。彩香は結婚したし、直樹だって自分の人生を歩んでいかなきゃ。私もいつか結婚して、新しい家庭を持つと思う。だから、もう昔のことは終わりにしよう」直樹はその場に
次の旅先は誰にも教えなかった。私が向かったのは、空に最も近いといわれる雪の町だった。そこで私は、地面に身を伏せてひたむきに祈る人々の姿を見た。どこまでも連なる雄大な雪山も眺めた。歴史ある寺院の重厚な赤い壁のそばで、祈りの車輪が回る音と、低く響く読経の声に耳を傾けた。すると、それまでずっと心に引っかかっていた嫉妬や裏切りが、まるでちっぽけなことのように思えてきた。ようやく分かった気がした。これから自分が何をしたいのか。旅を終えた私は、両親が望んでいたように地元に戻って安定した仕事を探すことはしなかった。代わりに履歴書を作り直し、もっと遠くの街にある企業へ応募した。それから約二年後、仕事で参加した業界の合同展示会で、以前の職場の同僚と偶然再会した。私たちはひとしきり近況を話し、お互いの仕事について語り合った。すると突然、元同僚が彩香の話を持ち出した。「そういえば、辞める前に取引先から苦情が来てた件、覚えてる?渡辺彩香が担当してた案件なんだけど」私は少し驚いた。正直なところ、あのとき彩香が直樹の前で泣きながら訴えていたのは、同情を引くためにでっち上げた話だと思っていたのだ。「ああ、覚えてるよ」私は淡々と答えた。元同僚はため息をつき、複雑そうな表情を浮かべた。「あれ、本当に取引先を怒らせてたんだよ。前は何か問題が起きるたびに、田中さんが真っ先に謝りに行ってただろ?自分の責任じゃなくても、頭を下げてさ。たぶん彩香は、あのときも田中さんがいつもみたいに何とかしてくれると思ってたんだろうな。だから強気に出て、向こうがわざと難癖をつけてるって言い張ったらしい」元同僚はそこで一度言葉を切り、水をひと口飲んだ。「でも、そのあと田中さんが辞めちゃったから、もう誰も尻拭いしてくれなくなったんだよ。しかも相手は大口の取引先で、かなり気の短い人だったからさ。直接社長に怒鳴り込んできて、彩香も散々叱られたらしい。それから彩香、休みを取ってまたあの高原の街に行ったみたいだけど、帰ってきたその日にクビになったんだって」「それで、その後は?」私が尋ねると、元同僚は肩をすくめた。「さあ、詳しくは知らないけど。地元に帰って結婚したって噂は聞いたかな」その夜、私は自分のマンションに帰った。パソコンを開き、翌日のプレゼンで使う資料
「私は十八年間、ずっと千紗の陰に隠れて生きてきたの!十八年もよ!一度くらい、自分のために頑張ったっていいじゃない!」彩香は涙と唾を飛ばしながら、私を指さした。「千紗は何もかも恵まれてる!全部私より上じゃない!でも今の私だって負けてないんだから!ちゃんとした仕事に就いて、管理職にもなれた。おしゃれだってできるようになったし、昔は名前も知らなかったような高級ブランドだって、今は全部分かる!なのにどうして、みんな私より千紗の方が好きなのよ!」私はそんな彩香を見つめ、容赦なく言い返した。「まだ分からないの?彩香が恩知らずだからでしょ」彩香は言葉に詰まったが、私はそこでやめるつもりはなかった。「今までずっと私に頼りきって、さんざん甘い汁を吸ってきたくせに。少しも感謝しないどころか、隙があれば私を傷つけようとする。彩香、自分がどれだけひどいことをしてるか、分かってる?もうお互い本音を言っちゃったんだし、彩香だってここにいたくないんでしょ?だったら今すぐ出ていってくれる?」そこまで言うと、彩香はとうとう耐えきれなくなった。握りしめていた鍵を直樹に向かって思い切り投げつけた。「返すわよ!全部返してやる!」金切り声を上げると、彩香は勢いよく扉を押し開け、足をもつれさせながら飛び出していった。今度ばかりは直樹も追いかけなかった。ただ呆然と、その場に座り込んでいた。長い沈黙の後、直樹はようやく顔を上げた。虚ろな目で私を見つめる。「ごめん……彩香があんなふうにお前のことを思ってたなんて、知らなかった」私は鼻で笑った。直樹の言い訳など、一言も信じられなかった。「知らなかった?違うでしょ。知ろうともしなかっただけじゃない。直樹はいつもそう。私ならちょっと優しくすれば許してくれると思ってた。彩香はかわいそうだから、少しくらい特別扱いしてもいいと思ってたんでしょ。二人の女の間でいい顔をして、自分を取り合ってもらうのが気持ちよかったんだよね」私は大きく息を吸い、直樹を見下ろした。「でも、私は直樹の自尊心を満たすための道具じゃない。一人の人間なんだよ。誰も直樹に無理やり彩香とご飯を食べろなんて言ってない。二人きりで旅行に行けとも、映画を観に行けとも言ってない。ましてや、新居の鍵を渡せなんて誰も頼んでないでしょ。
まさか直樹と彩香が私の居場所を突き止めて、会いに来るとは思わなかった。おそらく私の両親に聞いたのだろう。宿の中庭に出るとそこに二人が立っていた。私は呆れて小さくため息をついたものの、仕方なく二人を軒下の木製テーブルへ案内した。先に口を開いたのは直樹だった。「ごめん、千紗。今までお前を嫌な気持ちにさせること、たくさんしてきたと思う。俺もちゃんと反省したよ」そう言うと、直樹はズボンのポケットから鍵を取り出し、テーブルの上に置いて私の方へ滑らせた。「彩香に渡してた鍵、返してもらったんだ。これからは千紗が持っててくれ。彩香ともちゃんと距離を置くし、もう誤解されるようなことはしない。だから鍵を受け取ってくれよ。旅行が終わったら一緒に帰って、予定どおり結婚しよう。婚姻届も出してさ。な?」言い終えると、直樹は隣に座っている彩香の方を向いた。そしてずっと黙っている彼女を肘で小突いた。彩香はひどく顔色が悪かった。きっとここまで来るのも不本意だったのだろう。何度か口を開きかけたものの、なかなか言葉が出てこない。とうとう直樹が催促するようににらむと、彩香は突然テーブルを叩き、勢いよく立ち上がった。そしてテーブルの鍵をひったくり、手の中に強く握りしめた。「嫌だ!これは私のものよ!直樹、嫌だって言ってるでしょ!聞こえないの!?」彩香は直樹に向かってほとんど叫ぶように言った。その目から一気に涙があふれ出した。けれどいつものようなか弱くてかわいそうな泣き方ではなかった。怒りと憎しみに満ちた、激しい泣き方だった。「もう嫌なの!いつまでも二人の恋愛の邪魔者みたいに扱われるのは!直樹とは私の方が先に知り合ったのに!こんなに長い付き合いなのに、どうして私を好きになってくれないの?私の家が千紗の家より貧乏だから?千紗ほどかわいくないから?だから私のことは好きになってくれないの?どうしてよ!」突然の告白に直樹はすっかり面食らっていた。何も言えず、ただ呆然としている。その沈黙を見た彩香は今度は勢いよく私に向き直った。その目にはかつての優しさなど少しも残っていなかった。むき出しの憎しみだけが宿っている。「千紗、さぞかしいい気分でしょうね!私たち、十八年も一緒に育ってきたよね。千紗のお父さんはどんどん出世して、家族みんなで大きな豪