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第28話

Auteur: むぎゅ
悠臣は澄音を、営業を終えて静まり返ったホテルへ連れて行った。入口で澄音に目隠しをし、手を引いてゆっくりとホールへ入っていった。

階段を一段ずつ上がるたび、悠臣は澄音を支え、とても慎重に歩いた。

ホールの入口に着いたところで、澄音のポケットの中のスマホが鳴った。

目隠しをされていて見えないため、澄音はスマホを悠臣に渡し、誰からか見てほしいと頼んだ。

悠臣は画面に表示された名前を見つめ、嘘をついた。

「知らない番号だ。たぶん迷惑電話だろう」

澄音は切っておいてと頼んだ。

悠臣は前方の扉を開け、澄音の目隠しを外した。

そして通話ボタンを押して応答するのと同時に、口を開いた。

「澄音、今日ここへ連れてきたのは、君にプロポーズするためなんだ。気づいていた?」

澄音は気づいていた。

ホテルの名前を見た瞬間、悠臣の考えは分かっていた。

ここは、澄音が初めて悠臣と出会った場所だった。

あのころ、澄音は大学を卒業したばかりで、清陽の秘書になったばかりだった。清陽に連れられて、このパーティーへ出席したのだ。

澄音は名家の集まりに厳しいドレスコードがあることなど知らなかった。その
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    悠臣は2人が初めて会ったときの細部を、すべて覚えていた。ゆっくり歩きながら、一つずつ語っていった。「『君のワンピースは、たしかにお姫様が着るようなものじゃない』って俺は言った。すると君の顔は、一瞬でさっと青ざめた。どうして君がそんなに悲しむのか、あのときの俺には分からなかったんだ。でも俺は慰めるつもりで、こう言った。きれいなドレスを持っていなかったシンデレラも、最後にはガラスの靴を履いた。だからドレスなんて、そんなに大事じゃないだろうって」澄音の頭の中でぼやけていた記憶が、悠臣の声に導かれて少しずつ蘇った。――思い出した。あのとき、自分が何と返したのかを。「じゃあ、ガラスの靴は持ってきたの?」2人が同時にその言葉を口にしたとき、ちょうどホールの中央にたどり着いていた。澄音はテーブルの上に置かれた透明な箱を見た。中には銀色のハイヒールが入っていた。悠臣は重ねた2人の手を、その箱の上へそっと置いた。声は柔らかかった。「澄音、今日はガラスの靴を持ってきた。もうすぐ12時だ。俺と一緒に行ってくれる?」一方、その頃。 朔哉が澄音の番号を呼び出そうとスマホに触れた瞬間、別の手によってその動きは止められた。朔哉が顔を上げると、ソファに横たわっていた清陽が目を覚ましていた。いつから起きていたのか、どこまで聞いていたのかは分からなかった。朔哉は慌てて説明しようとした。「清陽、俺はただ、お前のために澄音に聞いてみようと……」言いかけたところで、清陽に遮られた。その声はひどくかすれ、本来の響きが分からないほどだった。「分かっている。でも、もういい」部屋はそのまま静かになった。清陽はソファにもたれたまま、少しも動かなかった。また眠ってしまったようにも見えた。朔哉は黙って立ち上がり、明かりを消して部屋を出た。長いあいだこらえていた清陽の涙は、ようやく誰の目にも触れることなく流れ落ちた。清陽は、澄音を取り戻せると思っていた。だから時間をかけて新居を整え、プロポーズの準備をし、式場まで用意していた。胸いっぱいの期待を抱いて、プロポーズしに行くつもりだった。だが澄音の淡々とした拒絶の言葉で、清陽の感情は完全に崩れ去った。ポケットに入れていたダイヤモンドの指輪を、清陽は取り出す勇気がなかった。

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    悠臣は澄音を、営業を終えて静まり返ったホテルへ連れて行った。入口で澄音に目隠しをし、手を引いてゆっくりとホールへ入っていった。階段を一段ずつ上がるたび、悠臣は澄音を支え、とても慎重に歩いた。ホールの入口に着いたところで、澄音のポケットの中のスマホが鳴った。目隠しをされていて見えないため、澄音はスマホを悠臣に渡し、誰からか見てほしいと頼んだ。悠臣は画面に表示された名前を見つめ、嘘をついた。「知らない番号だ。たぶん迷惑電話だろう」澄音は切っておいてと頼んだ。悠臣は前方の扉を開け、澄音の目隠しを外した。そして通話ボタンを押して応答するのと同時に、口を開いた。「澄音、今日ここへ連れてきたのは、君にプロポーズするためなんだ。気づいていた?」澄音は気づいていた。ホテルの名前を見た瞬間、悠臣の考えは分かっていた。ここは、澄音が初めて悠臣と出会った場所だった。あのころ、澄音は大学を卒業したばかりで、清陽の秘書になったばかりだった。清陽に連れられて、このパーティーへ出席したのだ。澄音は名家の集まりに厳しいドレスコードがあることなど知らなかった。そのため、ごく普通のワンピースを着てきてしまった。清陽の秘書としてそんな場に出席した彼女の装いは、当然のように会場中の嘲笑を招いた。清陽もそのことで腹を立て、澄音を1人置き去りにして姿を消してしまった。澄音は広い会場で途方に暮れた。四方から向けられる冷たい視線やヒソヒソ話に耐えながら、1人で出口を探した。恥ずかしくて、悲しくてたまらなかった。逃げるようにして人気のない片隅へたどり着き、そこで1人くつろいでいた悠臣に出会った。悠臣は窓辺に座っており、足音を聞いて振り返った。澄音は、そのとき悠臣がこちらを見た瞳を今でも覚えている。きらきらと明るく輝いていた。まるで夜空に瞬く星のようだった。今、このホールには誰もいない。けれど室内には、何年も前のあのパーティーの飾りつけがそのまま再現されていた。人の背丈ほどあるケーキ、美しいフラワーアレンジメント、積み上げられたシャンパンタワー、色とりどりのスイーツ。ぼんやりと、澄音は4年前の、まだ右も左も分からなかったころの自分に戻ったような錯覚に陥った。悠臣は澄音の手を取り、会場の中へ歩いていった。「澄音、

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    澄音は自信たっぷりにその挑戦を受けて立ち、賭けの条件を尋ねた。悠臣は意味ありげに笑った。「今はまだ教えない。そのときになれば分かる」澄音が入社した初日、悠臣は仕事を口実に、彼女の執務室へ何度も顔を出した。そのせいで澄音はすっかりうんざりしていた。澄音は何度も、きちんと仕事をして自分の邪魔をしないよう悠臣に釘を刺した。悠臣は表面上は素直にうなずくものの、実際には少しも態度を改めず、空き時間ができるたびにふらりとやって来た。やがて、そんな頻繁な行き来はすぐに凌の耳に入った。凌は2人を自らの執務室に呼び出し、静かで威圧感のある声できっちりと説教をした。澄音は凌の執務室を出るなり、悠臣の耳を引っ張った。「来ないでって言ったのに聞かないから、桐生社長に見つかったじゃない。初日から私の立場がないでしょ!」悠臣は謝ろうともしなかった。悪びれる様子など微塵もなく、にやにやと笑っていた。「澄音、君は初日から叱られた。君の負けで、俺の勝ちだ」澄音は最初、何を言われているのか分からなかった。勝ち負けとは一体何の話なのか。悠臣が数日前の賭けを持ち出して、澄音はようやく気づいた。――すべて悠臣がわざと仕組んだことだったのだ。澄音が叱られるように仕向け、あの賭けに勝つために、わざとあんな真似をしたのだ。澄音の怒りは頂点に達した。悠臣を押しのけ、眉をひそめたまま執務室へ戻ると、まず秘書に言いつけた。今後は悠臣を必ず引き留め、もう執務室へ通さないように、と。勝つために手段を選ばなかった悠臣は、結局その高くつく代償を払う羽目になった。それから1週間、澄音は徹底的に悠臣を無視した。最後は悠臣が藍に泣きつき、間に入って弁解してもらって、澄音はようやくしぶしぶ態度を軟化させた。けれど悠臣は後悔していなかった。その賭けを使って、とても大事な目的を果たそうとしていたからだ。だから悠臣は、何としても勝たなければならなかったのだ。澄音の父は、娘から悠臣との結婚というおめでたい話を聞いて以来、見違えるほど前向きに治療に取り組むようになっていた。医師たちの懸命な治療の甲斐あって体は少しずつ回復し、もうしばらく様子を見れば退院できるとまで告げられた。だが、澄音は密かに頭を抱えていた。あのとき澄音は悠臣のペースに押し切られ

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