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気になって仕方ない

Auteur: 吉乃椿
last update Date de publication: 2025-06-02 11:00:29

給湯室を出たあとも、胸のざわめきは治まらなかった。

(なんで……あんなに動揺してるの?)

有馬の声が、耳の奥に残っている。

名乗られたその瞬間から、頭の中に響き続けている。

“真一”

まるで、それは何度も呼びかけていた名前のように、身体に馴染んでいた。

席に戻っても集中できず、梨央はそっと席を立ち、屋上の休憩スペースへ足を運んだ。

昼休み前のその場所は、誰もいなかった。

静けさが、余計に記憶の断片を揺り起こしてくる。

(夢……じゃなかったのかもしれない)

有馬の瞳。

あの静かな、でも哀しげな光を湛えた瞳。

夢の中で、剣を抜いたあの人と同じだった。

(名前も、顔も、声も……似ているなんてレベルじゃない。まるで……)

そこまで考えて、ふと風が頬を撫でた。

その瞬間――

有馬真一の瞳を見た瞬間、夢で見た“終わりの記憶”がフラッシュバックした。

あの時、剣を抜きながらも、どこか哀しげだった彼の目。

それと、まったく同じ光が、今の有馬の目にも宿っていた。

“信じてはいけない。愛してはいけない”

夢の中で何度も聞こえたあの声が、まざまざと蘇る。

(違う……あれは、彼の声だった)

心臓がきゅうっと痛む。

(私……あの人に、裏切られた? それとも……)

記憶があいまいなまま、ただ一つだけはっきりしていることがあった。

有馬真一の瞳を見た瞬間、夢で見た終わりの記憶がフラッシュバックした。

あの時、剣を抜きながらも、どこか哀しげだった彼の目――。

それと、まったく同じ光が、今の有馬の目にも宿っていた。

梨央はそっと胸元を押さえ、目を閉じた。

(もし彼が、本当にあの人だったとしたら……)

もう二度と、心なんて許さない。

そう、何度も誓ってきたはずだった。

……なのになぜ、こんなにも惹かれてしまうの?

昨日、恋人に裏切られ、

親友にまで平気な顔で背を向けられたばかり。

五年間の愛が音を立てて崩れたばかりなのに。

(それなのに……どうして今、あの人の瞳が気になるの?)

苛立ちと戸惑いが胸の中でぶつかり合う。

夢に現れるあの景色。燃える神殿。

剣を握る“私”と、あの男。

(また裏切りなんて……たまったもんじゃない!)

思わず机の縁をぎゅっと握りしめた。

いい加減にして。

「もう、迷惑……!」

言葉が唇からこぼれた瞬間、涙が込み上げた。

人の気持ちに振り回されることに、もう疲れた。

信じたって、どうせまた壊れる。

なら、最初からいらない。

「……もう、何もかもどうでもいい……」

投げやりな気持ちが、じわじわと心を侵していく。

信じることも、愛することも、優しくすることも。

全部、馬鹿らしい。

なのに、どうして。

……涙だけは、止まらなかった。

声を殺して泣くことにも、もう慣れてしまった自分が哀しい。

こんなふうに感情を押し殺して、何度、笑ってきただろう。

それでも――今日は、胸の奥が苦しくてたまらなかった。

「篠原さん、コーヒー、もう入れてありますよ」

同僚の声が背後からふわりと届く。

ハッと我に返り、慌てて目元を拭った。

「……ありがとう。うん……すぐ行くね」

笑顔にはなれなかったけど、それでも声だけは平静を装った。

自分を保つために。

せめて、仕事だけは、ちゃんとこなさなくちゃ。

小さく息を吸い、いつものように湯気の立つカップを受け取り、歩き出す。

揺れる心の奥で、まだ燻るように疼いていた。あのざわめきを抱えたまま。

震えた手を胸元で握りしめながら、梨央は深く息をついた。

“信じてはいけない。愛してはいけない”

夢の中で何度も響いたあの声が、また脳裏をよぎる。

けれど、その声が“誰のものだったか”は、まだ思い出せなかった。

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