LOGINだから、知られないように必死に取り繕って来た。 にも関わらず、ビョルンは何か気付いたのだろうか。「私?私は元気よ。」「僕にまで隠さないで。メイブリットのせいで凛華が辛い目に合ってるって知ってるよ。」やはり何か気づいて慰めに来てくれたのか。でも、うっかり甘える訳にはいかない。「……。そうでもないよ。」「凛華が皆にそう言ってくれているおかげで、あいつは叱られるだけで済んでいる。」ああ、ビョルンは彼女の為にお礼を言いに来たんだ。凛華はすぐに納得した。やっぱり甘えなくて良かった。「いろんな人から厳しく叱られたらしいね。思い詰めないといいけど。ビョルン、幼馴染なんでしょう。私に遠慮しないで慰めてあげてね。」「そうじゃない。僕が言いたいのは……。」「彼女、ビョルンに認めて欲しくて張り切り過ぎたみたいね。あなたにまで責められたらきっと深く傷付いてしまうわ。ちゃんと慰めてあげるのよ。」凛華は遠くを見つめながら寂しそうな顔で言った。「凛華、僕は……。」ビョルンは凛華の人を寄せ付けないような、何処かよそよそしい雰囲気に踏み込めず言葉を飲み込むしかなかった。「そろそろ休憩時間が終わるから行くね。」凛華は何事も無かったかのように仕事に戻って行った。 彼は、本当は彼女に謝りに来たのだった。あれから1週間も経つのに、今だに病院のあちこちで凛華の間違った噂が囁かれている。具体的には分からないが、仕事にも支障が出ているらしい。それに対してメイブリットは、スサンナやマリアから厳しく叱られただけだった。スサンナからは暫く工房に来ないように言われたが、完全に破門されたわけでもない。マリアからも賠償などの話は出ていない。会社としてはかなりの損害が出たはずなのに凛華が、「まだ子供だから、今回だけは大目に見てやって欲しい。」と言う口添えをしてくれたおかげだった。それでも、さも悲劇のヒロインかのように泣き喚いて周囲の同情を買っている。ビョルンにも彼女の両親から慰めに来てやって欲しいと何度も連絡が来た。でも、彼は行かなかった。正直、自業自得だと思う。浅はかな妬みから、勝手な思い込みで罪もない人を犯罪者呼ばわりしたのだ。当然の報いだろう。まだ子供?凛華と3歳しか違わないじゃないか。ビョルンにとっては、誰にも弱音を吐くことなく一人で耐えているだろう凛華の方が心配で
メイブリットは、慌ててナースコールを押して看護師に助けを求めた。夜勤明けで家に帰り、食事をした後眠っていた凛華は、携帯の着信音で起こされた。誰からの連絡かも確かめずに、まだぼうっとした頭で答えた。「はい、若桜です。」「凛華、大変だ。今すぐSNSを見ろ。」電話はロルフからだった。訳が分からず取り敢えず開いて見ると、トレンドの中に“詐欺師研修医”と言う言葉があった。嫌な予感がして見てみると、顔までははっきりしないが明らかに自分であると分かる写真が載っていた。「ロルフさん、これ何ですか?」「こっちが聞きたい。お前何やったんだ。病院に苦情の電話やメールが来てるらしいぞ。」「わかりません。詳しく見て後で連絡します。」凛華は一旦通話を切って、改めて詳しく見てみた。どうやらあのポーチが原因らしい。自分がマキ・フカサワの贋作でお小遣い稼ぎを目論んだと言うことになっている。しかも、大学病院の研修医と言う身元まで特定されている。なぜこんなことに。呆然としているうちに、問題の投稿やそれにまつわるコメントの山はあっと言う間に消えていった。あっ、誰かが気づいたんだ。誰だろう。マリアさんかな。お父さんかな。後者だったらちょっと怖い。その時の凛華は検討外れの心配しか浮かばなかった。メイブリットが投稿を削除した後、その地点でのコメントを削除させたのはマリアだった。気づいたのが早かった為、炎上までにはなっていなかった。これで何とか収まるかと皆が思った。が、甘かった。マキ・フカサワと【AKOGARE】への注目度がそれを許さなかった。暫くして、ポーチの画像を保存していたらしい誰かがコメントと共に新たな投稿をした。おそらく、どちらかの熱心なファンなのだろう。『私達の大切なキャラクターを汚す行為は許せない!』『勇気ある告発を揉み消すとは卑劣!』『そうだ!断固糾弾して断罪すべき!』と言う過激な声をあげ始めた。こうなっては仕方ない。マリアは正式なコメントを出さざるを得なくなった。『我が社のキャラクターの刺繍入りポーチについて。これは次期キャンペーンの為の試作品です。デザインは、マキ・フカサワさんによるオリジナルに間違いありません。偶然目にした人物が、誤解をして勝手に投稿したに過ぎません。非難を受けている人物は無関係です。どうかこれ以上のコメントはご自重くだ
病室で話し合いをしていたマリア達が、そろそろ終えようとした時だった。マリアのアシスタントの携帯が鳴った。少し離れて彼女が電話に出ると、会社からの何やら急な連絡のようだった。彼女は慌てて画面を操作し、知らされた投稿を見て驚いた。すぐにマリアに駆け寄り画面を見せた。「お話中すみません。マリアさん、これを。」「何、これ。これって、これのことよね。」マリアが凛華のポーチを指差してアシスタントに確認した。「そうだと思います。」「と、言うことは……。」二人の様子を不審に思ったスサンナが、マリアに尋ねた。「凛華ちゃんのポーチが何か?」「それが……。このポーチ、いつからここに?」「今朝です。凛華ちゃんが夜勤明けに寄ってくれたんです。その時に。昨日私が見たいってお願いしたからわざわざ届けてくれたんです。」「そうなんですね。」マリアは驚きから一転してうんざりした顔になりながら、スサンナに投稿画面を見せた。二つの投稿とコメントを見たスサンナの顔はみるみる青ざめていった。「あの子、なんてことを……。すみません。まだ子供で事の重大さも分からずにやったのだと思います。責任は私が取ります。何でもおっしゃってください。」青褪めた顔色に苦悩の表情を浮かべて謝罪をするスサンナを見て、マリアはこの場でこれ以上話すことを躊躇った。「頭を上げてください。取り敢えず彼女にこの投稿を削除させてください。こちらでも対応を検討して改めて連絡します。すみませんが、今日はこれで。」慌ただしく帰って行くマリアたちを見送ると、スサンナはすぐにメイブリットを呼び出した。いよいよ自分に目を向けて貰えたのかと上機嫌で部屋にやって来た彼女は、室内にスサンナしかいない事に気付いて首を傾げた。「先生、お呼びですか。お客様達はどちらへ?」そこで初めてスサンナの顔に目を向けて、驚いた。「先生、どうされたんですか?傷が痛みだしたんですか?」「違うわ。メイブリット、携帯を出しなさい。」「?」「すぐに携帯を出して午前中とさっきの投稿を消しなさい。」「先生がどうしてそれを?まさかあの女が文句を言ってきたんですか?」「あの女?誰の事を言っているの?そんな事よりすぐに消しなさい!」「あんな事位でそんなに怒らなくても……。」文句を言いながら渋々携帯を取り出すメイブリットを見て、怒りを抑えきれなく
二人は自己紹介の後、凛華のことを少し話題にしてから本題へと話を進めて行った。凛華の予想通り、二人は大人の対応が出来る上に気も合い、どんどんと話も進んだ。ただ一人、話題についていけないメイブリットは不機嫌を隠そうともせずスサンナのベッド脇に突っ立ったままだった。それでもマリアのアシスタントが素早く記録を取っていたので問題はなかったのだが、見かねたスサンナが指示を出した。「メイブリット、お客様にお茶の用意を。」「え?私がですか?」「あなたは何のためにここにいるの?」「……。」彼女は流石にこの場で自分の目論見を口にはできなかった。渋々ミニキッチンに向かったものの、慣れない手つきで手間取り、挙句に茶葉の缶をひっくり返して駄目にしてしまった。大きな物音で状況を察したスサンナは、マリア達に申し訳なさそうな視線を送った。マリアは全く気にする様子もなく薄く笑みを浮かべて首を振った。スサンナはもう一度メイブリットに指示をした。「メイブリット、あなたはもういいから控室に下がっていなさい。」「えっ?おばさま、でも……。」「早く言うとおりになさい。」 スサンナの冷たい声に、これ以上は無理だと悟った彼女は静かに部屋から出て行った。マリアはふと 、彼女が思わず言った“おばさま”という一言が引っかかった。そこでさりげなく尋ねてみた。「さっきの彼女はお弟子さんの一人ではなかったのですか?」「何度も頼まれて、つい最近仕方なく引き受けたんです。彼女はご近所さんなんです。息子と年が近くて、以前は兄妹のように仲がよかったのですけど……。」スサンナは困ったような顔でその先を詰まらせた。それを見たマリアは何となく先を察して話を終わらせた。「そうでしたか。立ち入ったことをお聞きしてすみませんでした。もう少し、さっきの続きをよろしいですか?」スサンナはほっとした表情でそれに応じた。病室から追い出されたメイブリットは、悔しそうな顔のまま付き添い人用の控室に入って行っ彼女の予定では、今頃マリアと今後の予定について相談しているのは自分のはずだった。というのも、彼女にとって【AKOGARE】はまさしく”憧れ“の対象だった。イメージキャラクターたちの愛らしいイラストも洗練された香りも大いに彼女を魅了していた。ところが昨日、その責任者が師であるスサンナに仕事の依頼の為に会いに
「言いそびれていてすみません。彼女はとてもしっかりしていて素敵な人です。いいお話し合いが出来ると思います。」「そうなのね。ますます楽しみだわ。」「それから、これ、持ってきました。いろいろ拙くておばさまにお見せするのは恥ずかしいんですけど。」凛華は鞄の中から、横長の楕円形でがま口の付いたポーチを取り出した。それには、3人の妖精が大きな葉っぱの上で仲良く木の実を食べている刺繍がしてあった。「あら、可愛い!こんなデザインは初めて見たわ。」「未発表のを許可を得て使わせて貰ったんです。自分で楽しむのに使うだけならっていう条件で。」「そうなのね。少し借りててもいいかしら。参考にさせて。」「こんな物でよろしければどうぞ。」スサンナは惜しげもなく気軽に作品を預ける凛華に、内心驚きながらも平静を保ちポーチを受け取った。凛華が帰った後、スサンナはポーチをじっくりと観察し、感心しながら呟いた。「お医者さんにしておくのは惜しい才能ね。伝統技術は入っていないけど、色使いやステッチの選択が絶妙だわ。」スサンナはひとしきり眺めて楽しんだ後、ベッド横の棚にポーチを置いてから横になって休んだ。スサンナがぐっすり寝入った後に、弟子の一人のメイブリットが面会に来た。彼女は弟子になってまだ日が浅い。にも関わらず、今日【AKOGARE】のチームリーダーが来ると聞いて一番にスサンナの付き添いに名乗りをあげた。後の二人は今日はおそらく顔合わせ程度だろうと思い、仕方なくその役割を譲る事にした。彼女は【AKOGARE】の妖精のような、可愛いレースをふんだんに使ったライトグリーンのワンピースを着て意気揚々と病室に入って来た。「先生、おはようございます。お加減はいかがですか。」声を掛けてみたが返事はない。そっと枕元に近寄ると、スサンナはぐっすりと寝入っている。起こさないようにと静かにベッド脇の椅子に座り、何気なく部屋の様子を見回してみた。この部屋は来客用の応接セットやミニキッチンも付いた豪華な個室だ。壁に沿って設置されている棚には華やかなアレンジフラワーなどお見舞いの品々が幾つも並んでいる。おそらく多くの見舞客が訪れたのだろう。病室ではあるが、華やかな応接室にいるような居心地の良い部屋だ。 一通り見回した後ベッド横の棚に目を向けると、楕円形のポーチが目についた。手に取って見て
「そう言われればそうかも。もしバレたらとんでもないことになってしまうわね。そこまでしなくても入院くらいできるんじゃない?」芙美華はグドムンドに同意した。「じゃあ他に何か意図があったってこと?」「僕はその可能性が高いと思うが、今の所分からない。」「ねぇお父さん、私にも監視カメラの映像を見せて貰える?何か気付くことがあるかも。」「う〜ん。事務所まで来られるか?そうしたら見せてあげられる。幾つかは極秘扱いで持ち出せないんだ。」「大丈夫。明日は夜勤だから午前中は空いているわ。」凛華は翌日朝9時過ぎにグドムンドの事務所に着いた。そしてすぐに映像が見られる部屋に籠もって、大量の映像を次々と見ていった。それらはグドムンドの調査チームが集めた、事故現場近隣の監視カメラの物から通行していた車のドライブレコーダー、近隣にいた人達の携帯画像等様々な物があった。よくもこれだけ集めたものだと感心しつつもひたすら画像に集中し、11時半近くになってしまった。それまでに見た映像の中には、スサンナが怪我を負った瞬間の物もあった。それには、追突され街灯にぶつかり、さらに歩道にまで乗り上げた車が、街灯の欠片を浴びて体勢を崩した彼女の腹部に衝突し、ようやく停止する様がはっきりと映っていた。最初にそれと気付いた凛華は、あまりの傷ましさに直視できなかった。けれど、今後の事を思ってもう一度しっかりと確認した。まだ確認できていない物は沢山あったが、時間もなくなって来てしまった。最後に、と、一つの映像を選びしっかりと見始めた。この後数秒後、あの大事故が起こるとは誰も予想していなかった平穏な事故現場。人も車もいつも通りに移動をしている。凛華は何気なく歩道を歩く人物に目を向けて一瞬目を見開いた。慌てて巻き戻し、今度はその部分を拡大してじっくりと見直した。そしてその人物が間違いなく自分の思った人物であると確信した。「どうしてこの人がここに?」疑問に思いながらも、すぐにグドムンドに報告した。今度は、グドムンドと彼の秘書も一緒にその映像を見た。映像は事故のあった車線とは反対の車線に面した建物の、2階の部屋から撮った携帯の映像だった。凛華が見つけた人物と、BMC社の社長が乗っていた車がすれ違ってすぐに、その車が急停車した。その動きに反応できなかった後続車が追突し、次々と衝突が連鎖していった
「来月には凛ちゃんも3歳になるのよ。みんなでお祝いしましょうね。」「はい!ありがとございます。」そうか、今は4月か。前世で事故に遭ったのは3月だったから少し時間はズレているらしい。母がいる日は母と離れで過ごし、出掛ける日は母屋で過ごす日々の中で、更に状況が分かってきた。母にはお互いに想い合う恋人がいた。私を身籠った事をきっかけに、父は海外に住む家族に結婚の報告をするために帰って行った。その途中で事故に遭い長い間昏睡状態だったようだ。意識は戻ったものの今だに寝たきり状態らしい。母は経済的に自立して、父を養えるようになって結婚する事を目指している。私にはあの男ではなく、本当の父がい
冷たい水が口の中をすっきりさせて、喉の奥にスーッと流れ込んできた。するとさっきまでの不快感が消え去っていった。「ありがと。」凛華がお礼を言うと、その女性は安心したように微笑んで、「どういたしまして。今日の凛ちゃんはとってもお利口さんね。」と言ってまた優しく頭を撫でてくれた。凛華はこの女性を知っている。だが、自分の記憶にあるこの女性はもっと窶(やつ)れて暗い顔をしていた。声も小さく弱々しかった。今の白くてシミ一つない美しい肌も、大きくて澄んだ瞳もふっくらとした花びらのような唇も遠い昔のものだったはず。こんなふうに若々しく美しかったのは、まだ自分がほんの物心ついた頃のことのはず。
「辞令を見ても何も言わなかったじゃないか。」「言ったら撤回してくれたのですか?」「もう決まった事だ。しつこいとクビにして無一文で若桜家に送り返すぞ。それが嫌なら大人しく言うことを聞け。颯生さんにも余計なことは言うな。」「何で……何でいつも勝手に決めてしまうんですか!家でも会社でも命令ばかり!私にも心はあるんです。少しは尊重してくれてもいいんじゃないですか!」「そんなに契約違反をしたいのか。何なら明日にでも離婚して家に返そうか?ご両親の反応が楽しみだな。たっぷり躾けられた後何処かの爺さんの後妻にでも売られるんだろうよ。そう言えばお前まだ処女だったな。さぞかし高く売れるだろうよ。これが最
凛華は元は東雲グループのイベント企画会社に就職していた。しかし、就職間もなく楓香の事情に巻き込まれて翔月と契約結婚する事になった。その時、どうしても働き続けたいと言う凛華の意向を受けて、翔月は監視を兼ねて彼が社長を務める商社の秘書室に出向させた。結婚の話が出た時、東雲家からは会社は辞めて家で家事に専念するように言われた。が、そんな事をしたら離婚後また若桜家に戻って家政婦のように働かされ、その内誰かと政略結婚をさせられるに違いない。凛華としてはそれは絶対に避けたかった。そのためにはちゃんとした仕事を確保しておく必要があった。離婚後こそは自立してようやく自分らしく生きていくのだ。3日後、待ち