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第686話

Author: 桜夏
透子は言った。「ありがとうございます、お爺様。もう人に付き添っていただく必要はありません。二日後には退院しますので」

新井のお爺さんは、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。「君も二日だけだと言っておる。見守らせても、別に構わんだろう」

彼はまた言った。「蓮司のことは、もうこれから一切心配せずともよい。わしが片をつけた」

透子はその言葉に頷いた。保証を得て、心は完全に晴れやかになった。

ようやく、一生、蓮司が自分の生活を邪魔しに来る心配をしなくて済むのだ。

お爺さんが去った後、理恵が透子に向かって言った。

「透子、もう危機は全部解決したし、新井のこともいないものとして考えられるようになったんだから、もう海外へ行く必要はないわ。国内に残りなさいよ」

透子が彼女を見つめると、理恵は続けた。

「ほら、北欧なんてすごく寒いし、知り合いもいない土地でしょ。国内には、私たちだっているじゃない」

「新井と同じ空の下で暮らすことにはなるけど、これからあなたと彼が関わることなんてないわ。道でばったり会うことさえないようなものよ」

そばで聞いていた翼も、口を挟んだ。

「橘家が朝比奈さんを連れて海外へ行くなら、君も出国したら、もっと危険じゃないですか?国内にいれば、新井家が守ってくれるし、それに柚木家だっています。

海外へ行ったら、脅されたり狙われたりしても、弁護士も見つかりません。僕みたいに、君のために正面から戦ってくれる弁護士なんて見つからないですよ?」

透子はその言葉を聞き、二人を見つめ、最終的に微笑んで頷いた。

「分かりました。国内に残ります」

理恵は嬉しそうに言った。「やった!また柚木グループに来てくれたら、毎日一緒に通勤できるし、もっと完璧よ~」

その言葉を聞き、透子は丁寧に断った。「ありがとう、理恵。でも、私はまだ旭日テクノロジーにいたいの」

以前は、先輩に迷惑をかけたくない、理恵たちを巻き込みたくないという思いから、海外へ行くつもりだった。

今やすべての問題が解決したのだから、彼女は旭日テクノロジーで働き続けることができる。

理恵は言った。「どうしてまだ、あの小さな会社にいるのよ。

もちろん、桐生さんのことをとやかく言うつもりはないわ。でも、透子はもっとふさわしい場所で、もっと力を発揮できるはずよ。

それに、透子の職歴なら柚木グループに来れ
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