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第84話

Author: 桜夏
「社長は、最後の一線こそ越えていらっしゃらないと仰りたいのでしょうが、それ以外のことは一つ残らずやっていらっしゃいますよ」

大輔はまとめるように言った。

蓮司は反論しようとしたが、言葉が出てこなかった。

「女性を家に招き入れ、親密な関係になり、送り迎えをし、高額な贈り物をし、ネットニュースは絶え間なく賑わい、事故が起きても奥様より先にその方を助けるなど」

大輔は自分の知る限りを一つ一つ挙げていった。

「誤解があっても説明しようとせず、奥様を顧みず他の方に付き添い、奥様が入院中も一度もお見舞いに行かれませんでした……」

大輔はそう言って、ため息をついた。

蓮司は完全に沈黙し、拳を握りしめ、歯を食いしばって一言も発することができなかった。

「あまりにも酷すぎます、社長。他の方なら、とっくに離婚していますよ」

大輔は最後の一撃を食らわせた。

「離婚」という二文字が出た途端、まるで何かのスイッチが入ったかのように。

「ドン!」という音とともに、蓮司が勢いよく立ち上がり、椅子が後ろに弾き飛ばされた。

大輔は驚いて、思わず二、三歩後ずさりし、唾を飲み込んだ。

「彼女が俺と離婚するもんか!たとえ世界が終わろうと、地球がひっくり返ろうと、透子が自ら俺のもとを去るなどあり得ない!」

蓮司は大輔を睨みつけ、その目は凶暴な光を宿していた。

「お前は彼女がどれほど俺を愛しているか何も分かってない!この結婚は彼女が策略を巡らせて手に入れたものだ。新井夫人という立場を、彼女が簡単に手放すはずがない!」

大輔は黙って、突然荒れ狂う社長を見つめながら、心の中で思った。

離婚という言葉が出ただけで、そこまで過敏に反応するなんて……

それに社長は口では奥様は離婚しない、自分から離れないと言うけど、どう見ても社長の方が奥様から離れられないように見えるのだが……

結局、一番強情なのは社長自身だ。

「あまり興奮なさらないでください。ただの仮定の話です」

大輔は引きつった笑みで言った。

「そんな仮定はあり得ない!物が言えないなら黙ってろ!さもないと次はボーナスカットだ!」

蓮司は怒鳴った。

大輔は渋々頷くしかなく、その威圧に屈服した。最後に尋ねた。

「それで、引き続き調査を続けますか?奥様はSIMカードを抜かれ、市外へ出た記録もなく、ホテルや病院の利用記録もあ
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