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第249話

Author: いくの夏花
遥香ははっきりと感じていた。向こうから注がれる灼けつくような視線が、一度として本当に離れたことはないことを。修矢はいったい何をするつもりなのか。わざわざ阿久津家にまで現れて、執念深くつきまといながらも、確かに何度も自分を助けてくれていた。

郁美は、修矢が自ら嘉成親子と談笑する姿を見、それでいて直輝があからさまに遥香に興味を示している様子を目にし、胸の内はますます複雑な思いでかき乱された。

川崎にはいったいどんな魔力があるのか。二人の男を夢中にさせるなんて。

晩餐会はようやく終わり、客たちは三々五々に散っていった。

遥香は口実を作って早めに席を立ち、裏庭で風に当たりながら息をつこうとした。あの複雑な視線からも逃れたかったのだ。

夜の阿久津家の庭は丁寧に手入れされ、花の香りが漂っていた。夜風がひやりと肌を撫で、張り詰めた神経をわずかにほぐしてくれた。

石畳の小道を数歩進んだところで、背後から不機嫌な声が飛んできた。

「川崎、待ちなさい!」

振り返ると、郁美が足早に追いかけてきていた。その顔には隠しようのない敵意と警告の色が浮かんでいた。

「用事があるの?」遥香は淡々と問い返した。郁美の挑発に応じる気などなかった。

郁美は彼女の前に立ちふさがり、腕を組んで冷笑した。「直輝に近づくのはやめなさい。少しばかり顔がいいからって彼を誘惑できると思ったら大間違いよ。あの人は、離婚歴のある女なんかに釣り合う相手じゃないの!」

遥香は思わず可笑しくなった。「あなたの好きな人に興味なんてないわ。そんな浅はかなことはやめなさい」余計な説明をする気もなかった。

「興味ない?」郁美は声を荒らげた。「興味ないのに、さっき食事の席であんなに楽しそうに話してたじゃない!澄ました顔してんじゃないわよ!」

遥香はもう取り合う気もなく、踵を返した。

こんな根拠のない非難や嫉妬には、とっくに慣れている。

その時、柔らかな声が背後からかかった。「遥香?どうして一人でここにいるんだ?」

直輝だった。遥香を探して外に出てきたのは明らかだった。

郁美は直輝を見るなり目を輝かせ、さっきまでの強気な態度は跡形もなく消えた。

そして計ったようなタイミングと角度で、直輝が近づいた瞬間、「偶然」足をひねったふりをして声を上げ、そのまま彼の胸元へ倒れ込んだ。

「あっ!」

直輝は反射的に手
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