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第1250話

Author: 似水
優子は体がふわふわと宙に浮くような感覚に襲われていた。胸の奥で説明のつかない欲望が膨れ上がり、服を引き裂きたい衝動に駆られ、何かを切実に求めて身をよじった。

「どうして、まだ来ないの……?もしかして、入り口までは来てるのに、中に入っていないとか……?」

必死に自我を繋ぎとめながら、優子は玄関までふらつく足取りで進み、ドアを開けた。そこに立っていたのは賢司ではなく、見知らぬ男だった。

「きゃっ……誰よ!」

思わず悲鳴を上げた瞬間、男に押し倒される。抵抗しようと手足をばたつかせたものの、力はすぐに抜け落ち、体はぐにゃりと力を失った。

体内で催淫効果のある香が作用し、理性は霧散していく。優子は自ら男に縋りつき、熱に浮かされたようにその体を求めはじめた。

荒い息が絡み合い、もつれるように抱き合う二人。そこへ突然、ドアが大きく開け放たれ、数人が雪崩れ込むように駆け込んできた。彼らは容赦なくシャッターを切り、ビデオカメラを構えて中の光景を記録していく。

優子の瞳はすでに虚ろで、羞恥も恐怖も感じてはいなかった。やがて撮影を終えた数人は、眉間に嫌悪を刻んだまま、ドアを閉めもせずに立ち去っていった。

そのころ、ホテルの外に停められた高級車の中。

賢司は電話を切ると、隣に座る舞子へと冷ややかに言った。

「もう終わった」

舞子の小さな顔には、冷徹な光が宿っていた。

「すぐに動画を公開して。あの女が私を破滅させたいのなら、先に同じ地獄を味わわせてやる」

舞子はずっと警戒を怠らなかった。ただ気を失ったふりをしていただけだ。優子が何を仕掛けてくるのか、その全貌を暴くために。そして結果、優子が紀彦と手を組んでいることを知った。

なんて気味の悪い二人。まさか私を破滅させようとするなんて。

紀彦が手を伸ばしたその刹那、舞子は隠し持っていたナイフを彼の腹に突き刺した。紀彦の目が驚愕に見開かれる。

「お前……どうして目を覚まして……?まさか、気絶したふりを……」

蒼ざめた顔で、しかし瞳だけは冷ややかに光らせ、舞子は言い放った。

「そうでもしなきゃ、あんたたちの汚いやり口なんて暴けないでしょう」

舞子は三脚に固定されたカメラを一瞥し、歩み寄って粉々に叩き壊した。

まさにその瞬間、ドアが蹴破られ、賢司が険しい顔で駆け込んできた。舞子の無事な姿を目にすると、その表情はわ
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