ログイン十五夜の家族団欒の食事会で、深谷佑樹(ふかや ゆうき)は義理の妹・深谷鈴奈(ふかや れいな)にホットココアを作ってやった。 今回はもう我慢しなかった。茶碗を床に叩きつけ、離婚を切り出した。 佑樹は呆れ顔で言った。 「ただの一杯の甘い飲み物のために?」 「そうよ」 「……いいさ。後悔するなよ」 私の名前は小林知織(こばやし しおり)。佑樹と付き合って四年、結婚して二年。 その間、義妹の影は私の世界をずっと覆い続けてきた。 デートの食事にも、映画にも、記念日にも、彼女はいつもそこにいた。 結婚後でさえ、佑樹は家に彼女専用の部屋まで用意した。 彼女のために、佑樹は幾度も私をないがしろにした。 もう、こりごりだ。
もっと見る「お兄ちゃん、どうして黙ってるの?」佑樹の目には憎しみが宿り、歯を食いしばって言った。「知織はもうお前のせいで離れていったんだ。なんでまた彼女を傷つけるんだ!」鈴奈の目が赤くなった。「お兄ちゃんは私が一番可愛いって言ってたじゃない。知織のせいで、私に構ってくれなくなった。知織がいなくなれば、全部元通りになるんだよ」佑樹は深く息を吸い込んで口を開いた。「ありえない!これから俺たちはもう関係ない」鈴奈の表情が一瞬で冷え切った。サイレンが鳴り響いた。そのサイレンを合図にするかのように――誰も予想していなかったが、鈴奈が突然動き出した。素早くナイフを振り上げ、佑樹の首筋に斬りつけた。血が噴き出した。佑樹の顔には信じられないという表情が浮かび、両目は急速に輝きを失っていった。鈴奈の一撃は、佑樹の頸動脈を断ち切っていた。私と拓海は呆然と彼女を見つめていた。鈴奈の服の端は血で染まり、彼女はほほえんだ。「お兄ちゃんが言うこと聞かないから、悪いのよ……」この光景を見て、心底から寒気が走った。鈴奈は警察に連行され、佑樹はその場で死亡が確認された。拓海と一緒に救急車に乗った。医師の診断では、拓海の傷は深刻ではなく、適切に回復すれば右手の機能に影響はないという。それを聞いて、私はやっと安堵の息をついた。一番恐れていたのは、拓海の右手に後遺症が残ることだった。もしそうなれば、私は一生後悔し続けるかもしれない。拓海本人は、平然とした様子だった。拓海は半月ほど入院し、退院した。入院中、私の両親は毎日工夫を凝らした栄養たっぷりの食事を作り、私に届けさせた。半月後、拓海は痩せるどころか、むしろ1キロほど体重が増えていた。彼の体が完全に回復すると、今度は私に拳法を教えようと言い出した。鈴奈の事件は彼に強い衝撃を与えたのだと、私は感じていた。両親も拓海の考えを全面的に支持した。こうして私は、昼は仕事、夜は拓海との拳法練習という日々を送ることになった。毎日くたくたに疲れ果てた。私の体力が次第に向上していった頃、鈴奈の判決が下った。鈴奈は精神異常と診断されたが、犯行時には責任能力が認められ、刑事責任を問われることになった。彼女の余生は、刑務所の中で過ぎていく。佑樹の葬儀
今回は、彼の申し出を断らなかった。お付き合いを前提とした友達になることを承諾したのだ。彼はあらゆる面でアピールを始め、隣のデスクの同僚でさえ「求愛中の孔雀みたい」とからかうほどだった。どうやら、「ちょっと変な人」であることが変わっていない。佑樹はこのところ、私の前に現れない。本当に諦めたようだ。次第に、私は拓海のことが好きになっていった。彼と真剣にお付き合いを始めてみることにした。拓海は佑樹とはまったく違った。彼は私を尊重し、気遣い、決して適当に流したりせず、心から大切にしてくれた。生まれて初めて、恋愛の楽しさというものを実感した。かつて佑樹と一緒にいた時も楽しい瞬間はあったけれど、それ以上に際限のない我慢の連続だった。拓海を実家に連れて行った日、両親は彼を褒めちぎった。拓海は嬉しさを隠しきれず、口元が緩んでばかりいた。食事後、彼を送り出した時、拓海はまだ私に甘えてキスをせがんだ。「ちゅーしてよ」私は彼の頬にちゅっとキスをした。「はいはい、もう帰りなさいよ」ようやく拓海は名残惜しそうに立ち去った。振り返ったその時、思いがけない人物が目に入った。鈴奈が少し離れたところから私を睨みつけ、表情は陰鬱だった。私が彼女に気づくと、鈴奈は無言で不気味な笑みを浮かべた。胸に嫌な予感が走り、私はそっと緊急連絡用のメッセージを用意し、送信ボタンに指をかけた。メッセージを送り終えた直後、鈴奈は既にすぐ近くまで迫っていた。私は平静を装い、静かに後ずさりした。「鈴奈、何か用?」鈴奈は笑った。青白い顔に歪んだ笑みを浮かべて。「お兄ちゃんを――返してよ!」彼女はそう叫ぶと、背後からナイフを取り出し、私に向かって振りかぶった。私は振り返って逃げようとしたが、次の瞬間、彼女に飛びつかれて地面に押し倒された。鈴奈の体は華奢だが、その力は驚くほど強かった。彼女の手首を押さえつけていた私の手が次第に力を失い、肌に迫る刃先に、絶望が胸の奥から込み上げてきた。もしかして、私は今日ここで死ぬのだろうか。突然、私の体にかかっていた重みが消えた。拓海が駆けつけ、鈴奈を蹴り飛ばしていたのだ。拓海は私を慎重に自身の背後に護った。「危ない、ナイフだ!」私が叫んだ直後、鈴奈は私た
普段なら定時でさっさと帰る私だが、今日はなかなか会社を出ようとしなかった。拓海は事情を察したように言った。「元夫さんに会社の前で待ち伏せされるのが怖いのか?」私は仕方なくデスクに突っ伏しながらうなずいた。拓海は笑いながら、私のそばにやって来た。「はっきり言い切った方がいいと思うよ。じゃないと、いつまでもつきまとわれるだけだ。もしどうしても話が通じないようなら、俺が納得するまでぶん殴ってやるよ。どう?」そう言いながら、拓海は拳を軽く握りしめてみせた。その様子に吹き出し、私は深く息を吸って気持ちを立て直した。「そうね、あなたの言う通りよ」会社のエントランスに着くと、案の定、佑樹が待っていた。彼の姿を見た瞬間、私の顔から笑みが消えた。佑樹は期待に満ちた目で私を見つめ、小さな声で私の名を呼んだ。拓海は気を利かせて、二人きりになれるスペースを空けてくれた。佑樹は包装の美しいギフトボックスを手にし、気を遣った笑顔で近づいてきた。「これは……結婚記念日に用意してたプレゼントだ。その時は渡せなかったけど」私の目は冷ややかなまま、贈り物には一瞥も与えなかった。「要らないわ」佑樹は指先に力を込め、しわがれた声で言った。「受け取ってもらう立場にないって、分かってる。ただ一つお願いだ。君と改めて付き合い直すチャンスをくれないか。心配しないで、鈴奈とはもう縁を切ったんだ。これからは誰にも邪魔させない」私はあきれたように彼を見た。「これはゲームじゃないのよ。セーブデータを読み直してやり直せると思ってるの?」佑樹の顔は青ざめ、目には哀願の色が浮かんだ。「知織と別れるなんて、これっぽっちも考えてなかった。鈴奈は俺の妹に過ぎないんだ。もし鈴奈のせいで離婚するっていうなら……そんな妹、いらない!」私はしばらく佑樹を見つめ、やがて嘲笑うように息を吐いた。「佑樹、これ全部、自業自得じゃない?鈴奈があなたを好きなこと、あなたが彼女と距離を取るべきこと、全部わかってたはずよ。それでもあれだけ構い続けた。妹っていう立場を言い訳にして、実際は彼女が全心であなたに依存するのを心地よく思ってたんでしょ?彼女のことが好きかどうかは別として、彼女があなたしか見ていないあの様子が好きだった。ほんと……
仕事が終わる頃、ちょうど雨が降り出してしまった。「家まで送るよ」エレベーターの中で、拓海はほほえんで言った。「気にしないで。君の家とは確か同じ方向だったよ」ずいぶんと躊躇って、断ろうとしたその時、拓海が続けた。「友達としても、ダメなのか?」これでは断る理由もなくなってしまう。会社の玄関を出ると、土砂降りだった。拓海がさっと傘を差し出してくれたその瞬間、見慣れた人影が目に入った。佑樹は全身ずぶ濡れで、まるで落ちぶれた野良猫のように惨めな姿だった。一瞥しただけで、私は視線をそらした。佑樹は苦い表情で私を見つめながら言った。「知織……あいつは誰だ?」拓海は優雅に微笑んで言った。「知織、お友達?」私は首を振った。「元夫」佑樹は身体を震わせ、信じられないという顔をした。声は震えていた。「知織……なんで俺を元夫なんて呼ぶんだ?」もう離婚したんだ。元夫以外の何だっていうの?私の考えが読めたのか、佑樹は焦ったように言った。「離婚だって、知織が一時の気性で言っただけだろう?」彼の目には期待の色が浮かんでいたが、私は残酷にもその幻想を打ち砕いた。「佑樹、あなたは知ってるでしょ。私が離婚を駆け引きの材料にすることなんて、絶対にないって」佑樹は胸を締めつけられるような痛みを感じ、息も苦しくなった。長い沈黙の後、彼は不思議そうに呟いた。「でも……なんで……あのホットココアのせいか?」私は冷静に彼を見据えて言った。「私と鈴奈の間で、あなたが一度でも私を選んでくれたこと、あった?あんなに仲のいい兄妹なんだから、どうして私を巻き込んだの?」佑樹の目に一瞬、苦痛が走り、表情はさらに曇った。これ以上彼を見るのは嫌だ。私は拓海の袖を引いて、その場を離れた。拓海の車に乗ると、彼が突然笑って言った。「あんな人が元夫だなんて、なかなか想像つかないな」少し気まずい思いがした。確かに、初めて会った頃の佑樹は、ごく普通の男性だった。拓海はそれ以上何も言わず、静かに私を家まで送ってくれた。マンションの入口で別れ際、拓海が私を呼び止めた。「あの元夫さん、どう見ても諦めてなさそうだ。何か困ったら言ってよ。大したことできないけど、追い払うぐらいなら余裕でできるから」
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