LOGIN7周年の結婚記念日、あるニュースがツイッタのトレンドに上がった―― #本日正式発表!国内で新たに発見された惑星、「二宮美緒の星」と命名。 そのすぐ下で話題になっていた投稿の主は、夫の河野悠斗(こうの ゆうと)だった。 【君の名前を、あの星につけた。これで宇宙にいても、君はひとりじゃないよ】 夫の後輩の美緒が、その投稿にこんなコメントを寄せていた。【二人だけのロマンチックなことをみんなに教えてくれて、ありがとうございます!先輩、すごく嬉しいです!】 私はいつものように、必死で悠斗に電話をかけて問い詰めたり、説明を求めたりはしなかった。 彼と7年もこじらせてきて、もう本当に疲れてしまったから。
View More次に悠斗と顔を合わせたのは、蘭の結婚式だった。長く付き合っていると、共通の友達が多すぎるところが面倒くさい。私が結婚式の会場に足を踏み入れたとき、悠斗は黒いスーツ姿で、胸に赤いバラの花束を抱えていた。周りの人はみんな彼を見ていたけど、本人はまるで気づいてないみたいだった。悠斗が私を見つけた瞬間、ぱっと目が輝いた。一歩、また一歩と、彼は私に向かって歩いてくる。前より痩せてたし、顔色もあまり良くなかった。というのも、私が前に、彼と美緒のことをみんなに一斉送信したからだ。おもしろがった誰かが動画をネットに上げて、ちょっとした騒ぎになった。たくさんの人が美緒のツイッタに【恥知らず】だの【略奪女】だのと、ひどい言葉を書き込んだらしい。国立天文台の方も、美緒を解雇したし、悠斗も降格処分になったそうだ。友達もみんな、彼を相手にしなくなった。これは全部、私が国内に戻った次の日に、蘭が噂話として教えてくれたこと。私自身はというと、あの電話のあと、悠斗からの電話には一度も出ていない。F国での会社の事業も順調に進んでいる。悠斗の周りは、幸せな空気に満ちあふれていて、彼の絶望的な雰囲気とはまったくの正反対だった。私を見る悠斗の目には、どこか期待するような色が浮かんでいた。彼は、言葉を絞り出すように、やっとの思いで口を開いた。「瑠衣、もうずいぶん経つけど……まだ俺のこと、怒ってる?俺は……本当に君を愛してるんだ。君がいないとダメなんだ」私はじっと悠斗を見つめた。大学生のころ、街で結婚式を見かけると、私は決まって悠斗にバラを一本プレゼントしていた。彼に会ったら、きっと悲しくなるだろうなって思っていた。でも不思議なことに、今の私の心は穏やかで、何の感情も湧いてこなかった。この期間、仕事に夢中になる一方で、たくさんの新しい友達もできた。お財布も心も、どっちもちゃんと満たされていた。「瑠衣、こっち来て一緒に写真撮ろうよ!」会場の中から蘭が私を呼んでいた。私はそっちに向かって、ひらひらと手を振って見せた。それから、目の前にいるこの男の人を、まっすぐに見つめた。「悠斗。もう意味のないことはやめて。私たち、ちゃんと前を向かなきゃ」悠斗の顔はさらに真っ青になって、体はふらつき、今に
その時、自分はそばでからかうように言ったのだ。「旅行に行くだけだろ?もう帰ってこないわけじゃないんだから、そんなに荷物詰めてどうするんだよ」あのとき、瑠衣はなんて言ったっけ。彼女はなにも言わず、ただ静かに自分の顔を見つめただけだった。悠斗の心臓は、針で刺されるみたいにズキズキと痛んだ。そうか、あんなに前から、瑠衣はもう自分のもとを去る決意をしていたのか。いや、そんなはずない。絶対にない。瑠衣はただ怒ってるだけだ。どこかに隠れて、自分が機嫌を取りにくるのを待ってるだけなんだ。彼女はきっと、自分を許してくれるはずだ。悠斗が瑠衣の会社へ探しに行ったとき、ビルの入り口で警備員に止められてしまった。「社長から、関係者以外は通すなと言われています」彼は二人の共通の友達を訪ねてみたけれど、誰からもいい顔をされなかった。蘭の口から、瑠衣が少し前からうつ病を再発しかけていたことを知った。悠斗は信じようとしなかった。何日もあちこち聞き回った末、ようやく瑠衣がF国へ行ったことを突き止めた。しかも、数年は帰ってこないらしい。彼は自嘲気味に笑った。以前は、いつでも会える人だったのに、今では必死で探し回って、やっと彼女の居場所がわかる始末だ。悠斗はラインを開いた。そして、はっと気づく。瑠衣の心は、本当はずっと前から、もう自分から離れていたのだ。ずいぶん前から、彼女は日々の出来事を話してくれなくなっていた。ただ、その頃の自分は美緒のことしか見ていなかっただけだ。今、瑠衣にメッセージを送っても、返事はこなかった。彼女のツイッタを開くと、付き合っていた頃の日常の投稿はすべて消されていた。残っていたのは、リツイートした投稿がひとつだけ。【人が誰かに対して、完全に気持ちが冷めるのはどんなときだろう――何度も嘘をつかれ、隠し事をされたあと。ずっと、楽しく生きていけたらいいな】……F国に来てから、すべてが順調だった。仕事はきちんと進んでいるし、通りに面した部屋を借りて、毎日仕事のあとに行き交う人を眺める。とても快適な生活だ。ある日、テラスでコーヒーを飲んでいたら、悠斗から電話がかかってきた。彼の声は、紙やすりで擦ったみたいにかすれていた。「瑠衣、やっと見つけた……君に会いに海外
悠斗の言葉が途中でぷつりと途切れた。「もう、次はないからね」私は彼の目をじっと見つめて、はっきりと言った。二人はそのまま、数分間にらみ合っていた。私はふと顔を伏せ、悠斗にひらひらと手を振った。「二宮さんが飛び降りるって。あなたはグループリーダーなんだから、行かないとまずいでしょ。行ってあげて」彼はうつむいて数秒ためらった後、私にすがるような目を向けた。「じゃあ、旅行は……」私は口の端をくいっと上げた。「またいつか、機会があればね」悠斗は肩の荷が下りたみたいに、土砂降りの雨の中、タクシーで国立天文台へ戻っていった。私は彼のすぐ後ろでタクシーを拾い、別の方向へと向かった。1時間後、私は飛行機に乗っていた。目的地は――F国の首都。離陸する前に、お互いの両親と共通の友達に、ある圧縮ファイルを送っておいた。……悠斗が目を覚ますと、隣に誰かが寝ていることに気づいた。彼はいつもの癖で、その人の腰に手を回した。違う。感触は違う。瑠衣じゃない。悠斗は驚いて目を見開き、慌てて体を起こした。昨日、彼は大急ぎで国立天文台へ駆けつけ、屋上から美緒をなだめ降ろしたのだった。瑠衣の元へ帰ろうとしたとき、美緒に後ろから抱きしめられた。とても可憐に泣きながら、こう言われたんだ。「今夜は帰らないで、お願いします。先輩、お願い、今夜だけで……ずっと好きだったんです。一晩だけ、そばにいてくれませんか?」悠斗の心は揺らいだ。頭の中で、二人の自分が言い争っていた。一人は帰れと囁く。瑠衣が旅行に行くのを待っている、と。でももう一人はこう言うんだ。ここにいろ、瑠衣が自分に行けと言ったじゃないか、と。もし彼女が怒ったなら、何度かなだめて、何度か泣きつけばいい。そうすれば、きっと許してくれる、と。でも、目の前にある美緒の涙は、あまりにも熱かった。悠斗はそれを放っておけなかった。隣で眠る美緒を見つめながら、悠斗は、もうすぐ瑠衣を失ってしまうような予感がした。胸が苦しくて、息もできないほどだった。彼はふと、昨日家の前で別れたときの、瑠衣の目を思い出した。何かを懐かしむようで、でもきっぱりと覚悟を決めたような目だった。まるで、もう二度と会えないと言っているみたいだった。
口の端をくいっと上げて、私もツイッタに投稿した。【夫は、ここでのすべてを投げ出して、私と一緒に世界を旅すると約束してくれた。人生はあっという間だから、一日一日を大切に、これからは二人で、穏やかに暮らしていく】美緒はやっぱり我慢できなかったみたい。その日の午後に、私に会いたいって連絡してきた。カフェで会った彼女は、ひどくやつれていた。美緒は目を真っ赤にして、震える声で私に尋ねてきた。「そんなに彼のことが好きなのですか?私たちがああいう関係だって知っても、まだ別れないなんて……」私は否定も肯定もせず、ただ軽く手を振った。「ええ。悠斗は私を愛してるって。私がいないと死ぬ、とまで言ってくれたわ」美緒は、さらに取り乱した様子になった。「二人で、どこかへ行きますか?どうして……どうして私には何も言ってくれないんですか!」私は、悠斗が予約した航空券のスクリーンショットを彼女に見せた。そして、本当のことと嘘を混ぜこぜにして話した。「私と悠斗はもう12年の付き合いよ。彼が死ぬのを黙って見てるなんて、できるわけないじゃない。12年も愛した悠斗が、泣きながら許してくれって。だから私は言ったの。仕事を辞めて、一緒にここを離れてくれるなら許してあげるって。そしたら彼は、一秒も迷わずに頷いたわ」私は片方の眉を上げて微笑んだけど、その目はどこまでも冷たかった。美緒はまるで狂ったように、両手で髪をかきむしった。そして、きつく下唇を噛みしめて、喉の奥から絞り出すように叫んだ。「そんなこと、ありえません!だって彼は……彼の心には私がいるって、そう言ったのに!」私は、彼女を冷たい目で見つめた。美緒は、相手の痛いところを突くのが上手い。私たちの結婚7周年の記念日に、わざと悠斗と一緒にツイッターのトレンド入りをさせて、彼らの関係を私に見せつけてきた。私の車を見かけたら、わざと彼らがもめているところを見せつけるように仕向けたりもした。そうやって何度も、悠斗に私を捨てさせて、彼女を選ばせようとした。彼女の全ての行動は、私を追い出して、自分が悠斗と結婚するためのものだった。でも、悠斗が私を大事に思う気持ちの強さが、その計画の唯一の誤算だった。いろんな手を使ったけど、結局は全部水の泡になった。美緒は逆ギレして