LOGIN華side
「最初は、子どもが産まれてくることを快く思っていない人の仕業だと思ったの。玲か……または瑛斗か」
その言葉を発した瞬間、瑛斗はすぐに身を乗り出して、私の手をテーブルの上で再び強く握り、必死で否定をしてきた。瑛斗の瞳はまっすぐに私を見つめ、信じて欲しいと訴えている。
「違う、俺は絶対に、絶対にそんなことはしていない!確かに俺はあの時、妊娠を俺に告げずにいなくなったことに動揺した。でも、華やお腹の子を傷つけるなんて、そんなこと出来ない。頼む、信じてくれ。」
私は、瑛斗の震える手をテーブルに置くと、静かに話を続けた。
「ええ、今はあなたを疑っていないわ。だけど、母の事件を知って、母もトラックに命を奪われたと聞いた時に、自分の妊娠の時と重なって怖くなったの。」
「華……」
「誰かが裏社会と繋がりがあることは疑いたくない。だけど、命を狙うなんて普通では出来ないわ。それに、もし子どもたちに危害が出たらと思うと、私は悔いても悔やみきれない。だから、今は真実を知るために向き合わなくてはいけないと思っている」
「……ありがとう。華。俺の方でも、事件について調べてみるよ。玲と同時に母親の櫻子さんもいなくなったのは不自然だ。何か関わりがあったり、事情を知っているのかもしれない」
<華side玄関先では、久保山をはじめ、長年私たちを支えてくれた家政婦や使用人たちが列を作って、私たちを待っていてくれた。久保山が使用人たちを代表して深く頭を下げる。「久保山、今まで本当にありがとう。みんなにも心から感謝しています。色々とお世話になりました。子どもたちがここまで元気で大きく育ったのも久保山たちがいてくれたおかげよ」涙を堪える私に、久保山もつられて涙腺が潤んでいた。家政婦の中には、ハンカチで目元をおさえて泣いている者もいた。「とんでもないことでございます。でもこれからは、華お嬢様や慶様、葵様に毎日会えないかと思うと寂しい限りです。皆様の平穏な生活を心からお祈り申し上げます」「ええ、私もよ。子どもたちの夏休みとかは遊びに来させてもらえるかしら?」「もちろんでございます。いつでもお待ちしております」久保山にお礼を言うと、子どもたちは、この別れの意味をまだ完全には理解できていないようだったが、キョトンとした顔をしながらも久保山たちにお礼を言っていた。「今までありがとう!また遊びに来るね」「はい。楽しみにしています」車に乗り込むと、久保山たちは私たちの車が見えなくなるまで
華side「よし、これで全部終わったわね……」クローゼットや引き出しに何も入っていないことを確認してから、私たちは長年使っていた部屋をあとにした。別荘として使われていたため、ベッドや机はそのままだが、私たちが使っていた私物は一切なくなり、クローゼットはハンガーポールのみでホテルの部屋のようにスッキリとし、ここからの旅立ちを実感させた。リビングや応接間などすべての部屋に入ってから、ゆっくり全体を見渡す。妊娠中から子どもたちが六歳になるまで、ずっとこの家で守られるように暮らしていたので、至る所に思い出が詰まっていて感慨深い。妊娠中に、家政婦が淹れてくれたルイボスティーを飲みながら、大きいお腹でリビングのハンキングチェアに揺られ、子どもたちの誕生を待ち侘びたこと。沐浴に戸惑ってベビーシッターさんたちの手を借りて、キャーキャー叫びながら慌ただしく行ったこと。深夜のミルクのためにキッチンでお湯をいれたこと。庭に小さなブランコを置いて子どもたちと遊んだこと。毎年、子どもたちの誕生日やクリスマスになるとシェフが腕を振るって料理を作り、家政婦たちが応接間いっぱいに飾りつけをしてくれたこと。一つ一つが、かけがえのない大切な思い出だった。「ママ、泣いているの?大丈夫?」私の様子に子どもたちが気づいて、心配そうに見上げている。私は、すぐに涙を拭いて子ども
華side「華……。華と子どもたちがここに来るのは歓迎するよ。だけど、華の人生だ。子どもたちだけでなく華自身もやりたいことをやりなさい。神宮寺家に産まれたからなど、もう気にしなくていい。これからは、華は自分自身と向き合いなさい。そのために必要なことがあれば支援するから」父の言葉は、私が抱えていた重い責任感をそっと取り払ってくれるようだった。私は長女として家を立て直すつもりだったが、父はまず私の幸福を願ってくれた。「お父様……。ありがとうございます。」「家や会社のことを心配することはない。私は大丈夫だ。責任を感じる必要はない」父の衰えた声には、私への深い愛情と、これまでの過ちへの自責の念が滲んでいた。子どもたちの進学や教育面も考えて、私は子どもたちと実家に戻ることにした。父が私のことを思ってくれているように、私も子どもたちに自分がやりたいことをする人生を送って欲しい。そのための選択肢を広げるためにも、東京の最高の教育環境が整った場所で育児をしたい。それは、長野の別荘での安寧な生活では得られないものだった。そして、瑛斗と話した櫻子さんと玲の血縁関係の疑惑についても心の中でずっとひっかかっている。三上もいなくなり、一見平穏な生活が訪れた長野だったが、その分、情報や周りの繋がりからは隔離されていた。このまま長野にいれば真実から遠ざかってしまう。そして、あの二人と正面から向き合わなければ、神宮寺家の一連の悲
華side「華が俺と結婚していた時に、半年に一回採血をしていただろう。でも玲は、自己血を保存しておく必要はないと言って、頑なに拒否をして採血を嫌がったのを思い出したんだ。考えすぎかもしれないが、血が残っていることに不都合でもあったのかなって」「玲が?神宮寺家にいた時は採血をする機会自体が少なかったけれど、特に嫌がることはなかったわ」「櫻子さんが、疑問を持たれないよう上手く管理出来ていた可能性はどうだろうか?とにかく玲が逃亡してから、玲の部屋は警察が全て調べて、指紋や髪の毛、歯ブラシもすべて保管している。だから、調べることはすぐに出来るんだ」「分かったわ。ありがとう……。このことは、まだここだけの話にしておいてくれる?」瑛斗は私の配慮を理解し、静かに頷いた。玲と櫻子さんが本当は神宮寺家に関係がない人物だったら、長年騙されていたことになるが、櫻子さんが私を陥れようとした理由、玲の裏社会との繋がりも一気に真相に近付ける気がした。(もしこのことが事実なら、父や私は櫻子さんと玲に騙され続けていたことになる……。父は、私たち母娘が一条家にしたことの償いを一人で背負おうとしている。その父が、長年愛し、信じてきた娘と妻の裏切りを知った時、どんな気持ちでいるのだろう)櫻子さんと玲がいなくなった今、神宮寺家には父しかいない。
華side「送ってくれてありがとう。ご飯も美味しかったわ。それじゃあ」長野駅のロータリーで車から降りて瑛斗に別れを告げた。目の前に立ちはだかる闇と謎が深すぎて、玲の話題以降、食事中も会話は少なく何を話していいか分からなかった。「ああ。また連絡する。俺の方で動きがあったらすぐに伝えるから」妊娠してからの一連の出来事が、瑛斗が仕組んでいたことではないと分かった安堵と引き換えに、神宮寺家に隠された重い事実が胸を締め付ける。去って行く瑛斗の車を見送りながら、帰りの車内で瑛斗から提案されたことを思い出していた。「神宮寺会長の再婚の話が、さっきから妙にひっかかっているんだ。子どもが出来たというのは華の言う通り怪しいと思う。それに、俺には玲自身も本当に会長の子どもなのかって思ってしまったんだ」「でも、玲は父と櫻子さんが結婚してから産まれた子よ。父の子ではないとしたら、一体……」玲が裏社会の人間と繋がりがあれば、私の妊娠時に命を奪うように誰かに指示をしていたとしても不思議ではない。そして、その繋がりをどうやって作ったかと考えた時に、一番怪しくて、一番可能性が高いのは玲の実母の櫻子さんだった。「相手は、はっきりとは分からないけれど、全く関係のない他の人物、もしくはその人物こそが一連の主犯だとしたら?自分の子どもや櫻子さんを助けるために逃走の手助けをし
華side「最初は、子どもが産まれてくることを快く思っていない人の仕業だと思ったの。玲か……または瑛斗か」その言葉を発した瞬間、瑛斗はすぐに身を乗り出して、私の手をテーブルの上で再び強く握り、必死で否定をしてきた。瑛斗の瞳はまっすぐに私を見つめ、信じて欲しいと訴えている。「違う、俺は絶対に、絶対にそんなことはしていない!確かに俺はあの時、妊娠を俺に告げずにいなくなったことに動揺した。でも、華やお腹の子を傷つけるなんて、そんなこと出来ない。頼む、信じてくれ。」私は、瑛斗の震える手をテーブルに置くと、静かに話を続けた。「ええ、今はあなたを疑っていないわ。だけど、母の事件を知って、母もトラックに命を奪われたと聞いた時に、自分の妊娠の時と重なって怖くなったの。」「華……」「誰かが裏社会と繋がりがあることは疑いたくない。だけど、命を狙うなんて普通では出来ないわ。それに、もし子どもたちに危害が出たらと思うと、私は悔いても悔やみきれない。だから、今は真実を知るために向き合わなくてはいけないと思っている」「……ありがとう。華。俺の方でも、事件について調べてみるよ。玲と同時に母親の櫻子さんもいなくなったのは不自然だ。何か関わりがあったり、事情を知っているのかもしれない」







