華side
「実は、玲の実母である櫻子さんも、玲の失踪後に姿を消したの……」
私は、意を決して重い口を開いた。
「何だって?玲だけでなく、玲の母親もいなくなったのか?」
瑛斗の瞳が戸惑いで揺れ、テーブルに置かれた拳が小さく震えている。
「ええ、友人と海外旅行に出掛けると言ってそのまま帰ってきてないわ。三上のことは信用できないけれど、三上は、櫻子さんと玲のことを以前から怪しんでいたの」
三上が私への独占欲だけでなく、最初に近付いてきた動機が、二十年前の私の母の交通事故だったこと、そして父が櫻子さんと結婚した経緯を話した。想像以上の内容に、瑛斗もまた言葉を失っていた。
「そんなことがあったなんて……。華はどう思っているんだ?三上の話が事実なら、二十年前の事件に櫻子さんも関わっていたのか……」
「……私は、母の事件の関与までは分からないけれど、櫻子さんの言っていることは怪しいと思う。父のことを信じたいという気持ちが強いこともあるけれど、酩酊状態だったことを利用された気がする。それに……」
そこまで言うと、喉が詰まったように言葉に詰まってしまった。瑛斗では
華side「実は、玲の実母である櫻子さんも、玲の失踪後に姿を消したの……」私は、意を決して重い口を開いた。「何だって?玲だけでなく、玲の母親もいなくなったのか?」瑛斗の瞳が戸惑いで揺れ、テーブルに置かれた拳が小さく震えている。「ええ、友人と海外旅行に出掛けると言ってそのまま帰ってきてないわ。三上のことは信用できないけれど、三上は、櫻子さんと玲のことを以前から怪しんでいたの」三上が私への独占欲だけでなく、最初に近付いてきた動機が、二十年前の私の母の交通事故だったこと、そして父が櫻子さんと結婚した経緯を話した。想像以上の内容に、瑛斗もまた言葉を失っていた。「そんなことがあったなんて……。華はどう思っているんだ?三上の話が事実なら、二十年前の事件に櫻子さんも関わっていたのか……」「……私は、母の事件の関与までは分からないけれど、櫻子さんの言っていることは怪しいと思う。父のことを信じたいという気持ちが強いこともあるけれど、酩酊状態だったことを利用された気がする。それに……」そこまで言うと、喉が詰まったように言葉に詰まってしまった。瑛斗では
華side「俺も初めはそうだった。しかし、捜査の内容が明るみになればなるほど、玲の単独犯とは到底思えないんだ。特に架空会社と秘書との関係の手口も巧妙だ。もしそうだとしたら、玲は、いつから、そしてどのようにして、その人物たちと繋がっていたのか。……それが一番の謎なんだ」瑛斗はそこで言葉を区切り、真剣な瞳で私を見た。「まさか……。瑛斗は神宮寺家が、裏と繋がっていると思っているの?私たちを疑っているの?」私は、自分の家がそんな闇を抱えている可能性を認めたくなくて、思わず言葉に詰まった。「そんなことはない。もちろん、俺が知らないところで一条家の指図で行っていて、用済みになった玲が切られた可能性もある。何が真実か分からないが、玲の失踪や玲を取り巻く環境が怪しいことだけは確かだ。」瑛斗は落ち着いた声で、可能性の一つとして両家の関与を提示した。「それはそうだけど……でも、身内の誰かがそんな人と繋がりがあるなんて考えられないし、考えたくもないわ」(でも、櫻子さんと玲がグルになって、私たちからすべてを奪おうとしていたとしたら?母の事故も、すべて仕組まれていたとしたら……)瑛斗
華side部屋に着くと、既にコース料理が注文済みで上品な和食器がテーブルに並べられていた。私たちは、飲み物のオーダーだけ聞かれてウーロン茶を頼んだ。飲み物が届いて、瑛斗は一口だけ飲むとすぐさま本題へと入った。「話と言うのは、玲のことなんだ」「玲?玲が逃げ出したことは聞いたけれど、何があったの?」「ああ、俺の父親を通して神宮寺会長には玲の失踪を告げたけれど、実際はかなり包み隠して報告している」瑛斗は、周囲をもう一度確認するように見渡す。料亭の個室は静かで、外の喧騒も全く届かない。隣の部屋も使われていないようで私たち以外の声は一切聞こえなかった。「包み隠す……どういうこと?」「実は、玲の他に協力者がいる可能性が高いんだ。その人物は、裏社会にも精通しているかもしれない」「まさか、玲はそんな怪しい人物と繋がりがあるかもしれないと言うの?」私の言葉に瑛斗は静かに首を縦に振った。私の背筋に冷たいものが走る。「あくまでも状況証拠に過ぎないが、玲が逃げた時、玲の秘書だった女性も一緒だった。そして玲と秘書は、会社の玄関前に待機していた車の後部座席に乗り込んで逃げたん
華side瑛斗が長野の別荘を訪れてから二週間が経った平日の午前十一時、私は長野駅の改札前で瑛斗を待っていた。「華、お待たせ。急に来てもらってすまない」スーツ姿の瑛斗が小さく手を振ってこちらに近付いてくる。「いいのよ、こちらこそ長野まで来てもらってごめんなさい。来てくれると言ってくれて助かったわ」「何、首都高を使えば一時間半で着く。何の問題もないよ。ただ、この場所で話すわけにはいかない。ちょっと車で移動するから行こうか」「え、この周辺じゃないの?行ってくれればそっちに最初から行ったのに」「ああ、俺に会ったことや場所は特定されない方がいいと思って、あえてここにしたんだ。コインパーキングに車を停めてある。個室の店を予約してあるから、そこで話をしよう」瑛斗の用意周到さに、話の重大さが伝わってきて鞄を持つ手に思わず力が入った。「どうぞ、乗って」瑛斗は、車に着くと助手席のドアを開けてエスコートしてくれた。乗り込んだ車は、結婚していた時に乗っていた車種ではなく、高級感のあるSUVに変わっていた。離れ離れになって七年が経ち、時の流れと、瑛斗の日常も大きく変わったことに、少しの寂しさを覚えなが
華side「慶くん、碧ちゃん今日はありがとう。また来るよ」「うん、待ってる!また遊んでね!!」瑛斗を見送るため、駐車場まで子どもたちと四人で向かうと、瑛斗は腰をかがめて視線を子どもたちに合わせて頭を撫でながら笑顔で話しかけている。子どもたちも嬉しそうに瑛斗の腕にしがみついて笑っていた。「華も今日は本当にありがとう。楽しかった」「ええ。こちらこそ、ありがとう」瑛斗は辺りを見渡して、誰もいないことを確認してから真剣な表情で静かに言った。その声のトーンは、さっきまでの和やかな雰囲気とは打って変わって緊張の響きを持っていた。「あと一つ真面目な話があるんだ。一度、二人だけで話す時間をもらえないだろうか」「真面目な話?」「ああ、神宮寺家に関わる話だ。出来ればここではない、第三者の目が届かない場所だと嬉しい」「神宮寺家に関わる話」という言葉が、私の胸に重くのしかかった。「……分かったわ。場所や時間はまた連絡する」
華side「わーママやっと来た!遅い!待っていたんだよー!」子どもたちは私を見ると、走って駆け寄ってきて手を引っ張ってきた。両手を引っ張られながら転ばないように私も小走りになると、瑛斗が優しく、でも自分がどこまで踏み入っていいのか悩んでいるようで少しだけ寂しそうにこちらを見ている。私は子どもたちの頭をそっと撫でてこっそり耳打ちをすると、二人は笑顔で大きく頷きすぐに瑛斗の元へと走って行った。「ねー!一緒に遊んで。ボール蹴りたいの!」「いいよ。一緒にやろう。慶くんと碧ちゃんの先生になるよ!」子どもたちに誘われて、瑛斗は顔を輝かせ嬉しそうにボールを持って走り出した。元サッカー部だった瑛斗は、子どもたちが時折、ボールに当たらなかったり変な方向に飛ばすと、すぐに走って寄り添い、膝をついて目線を合わせてから丁寧にコツを教えている。「慶くんいいね!上手にまっすぐ蹴れているね!」「碧ちゃんはボールの横を蹴るんだよ。お兄ちゃんみたいにできるかな?」子どもたちと瑛斗が仲良く過ごしているのが新鮮で、私は庭の椅子に座りながら、その三人だけの温かい世界を遠くから見ていた。