Masuk華side
「華、慶くん、碧ちゃん――――」
校門を出て駅に向かって歩いていると、声を掛けられた気がした。辺りを見渡すと、そこにはスーツ姿の瑛斗が立っていた。
「瑛斗?どうしたの?仕事は?」
「いや、二人が入学したって言うからお祝いしたくて。これ……」
瑛斗は、近くの店で買ったらしい白いケーキの箱を子どもたちに手渡した。その瞬間、子どもたちは、慣れない式典と緊張で一気に疲れた顔から笑顔を取りもどしてはしゃいでいた。
「この前、二人がチョコケーキとフルーツタルトが好きって聞いたから、急いで買ってきたんだ。あと華の分でチーズケーキも入ってる」
「ふふ、ありがとう。」
「瑛斗、ありがとう!ねえ、今日これから遊べる?」
慶がねだるように瑛斗の手を掴んで上目遣いで言うと、瑛斗は困った顔をして慶に視線を合わせて頭を撫でていた。彼のネクタイには、一条グループのエンブレムが光っている。
「ごめんね、今日は仕事ですぐに戻らなくちゃいけないんだ。みんなは車でおうちに帰るの?」
「ううん、学校にはお
瑛斗side「え、ちょっと、おい!今日だったのか!」「瑛斗、何?どうしたの?」朝一番で空に用事があって社長室に来てもらっていたが、華から届いた子どもたちのランドセル姿に、思わず大きな声で独り言を放った。「ちょっとこれ見ろよ。華から連絡来たんだけど、今日、子どもたち入学式のようだ」空は驚いた顔で俺を見てきたので、自慢げに慶と碧の顔を拡大して見せつけた。「本当だ。二人とも大きくなったね。華さんに似て美男美女だ」「おい!!俺にも似ているだろ。碧なんて、俺が小さい頃にそっくりじゃないか!」華に一緒に暮らすことを断られたのはショックだったが、まだ諦めていない。父に言われた会社のことなどすべての問題を片付けたら、俺からもう一度華のところへ行って、想いを告げるつもりだ。「瑛斗も諦めが悪いね、『一緒になることは望んでいない』って華さんに断られたんじゃないの?」「それは、華の本心じゃない!……少なくとも俺はそう思ってる!」「それを諦めが悪いって言うんだけどな…
華side「華、慶くん、碧ちゃん――――」校門を出て駅に向かって歩いていると、声を掛けられた気がした。辺りを見渡すと、そこにはスーツ姿の瑛斗が立っていた。「瑛斗?どうしたの?仕事は?」「いや、二人が入学したって言うからお祝いしたくて。これ……」瑛斗は、近くの店で買ったらしい白いケーキの箱を子どもたちに手渡した。その瞬間、子どもたちは、慣れない式典と緊張で一気に疲れた顔から笑顔を取りもどしてはしゃいでいた。「この前、二人がチョコケーキとフルーツタルトが好きって聞いたから、急いで買ってきたんだ。あと華の分でチーズケーキも入ってる」「ふふ、ありがとう。」「瑛斗、ありがとう!ねえ、今日これから遊べる?」慶がねだるように瑛斗の手を掴んで上目遣いで言うと、瑛斗は困った顔をして慶に視線を合わせて頭を撫でていた。彼のネクタイには、一条グループのエンブレムが光っている。「ごめんね、今日は仕事ですぐに戻らなくちゃいけないんだ。みんなは車でおうちに帰るの?」「ううん、学校にはお
華side桜の舞う季節、慶と碧が東京の私立小学校に入学をした。長野での生活から一転し、子どもの小学校の入学は、一つの節目でもあった。ランドセル姿の二人の手を引いて、清々しい気持ちで校門をくぐった。「慶、碧ーこっち向いて!もう少し笑えるかな?」背丈よりも大きなランドセルと、入学式でいつもとは違うフォーマルなスーツとワンピース姿で少し緊張してぎこちない表情で微笑む二人を、私はスマホのカメラに収めていた。「子どもたち、入学しました」短い文章と一緒に瑛斗に写真を送ると、すぐに「おめでとう!ランドセル姿、素敵だ。二人とも緊張している感じもいいね」と返ってきた。私も通っていた母校で、校舎は修繕されてところどころ新しくなっているが、場所は依然と変わらず面影があって懐かしい。あの頃は大きく見えた靴箱や教室も、今は小さくて可愛らしく感じる。自分の記憶と、目の前の現実が重なり合い、胸が熱くなる。「本日は、ご入学まことにおめでとうございます――――」謝辞を後列の保護者席で聞きながら、二人の姿を探していると、背筋を伸ばして椅子にお行儀よく座っている。あんなに小さかった子どもたちが、今では静かに真剣に話を聞いている姿は、可愛くもあり頼もしかった。最後まで姿勢を崩さずに肩に力を入れて聞いていた二
華side「華、よく来たな。慶くんと碧ちゃんも待っていたよ」玄関ホールで出迎えてくれた父は、また少し痩せたように見えたが、その眼差しは優しかった。子どもたちはすぐに父に駆け寄り、再会を喜んでいる。「お父様、これからお世話になります」「堅苦しい挨拶はなしだ。それにここは華の家だ。遠慮することはない。ゆっくり休みなさい」「ありがとうございます」「部屋だが、華は、以前使っていた場所でいいか?あと、子どもたちは、二つ用意してあるから好きに使いなさい」慶と碧は自分たちの部屋があることに喜んで、歓声を上げると使用人に手を引かれて二階へと駆け上がっていった。「あと運転手だが、華の運転手はまた花村でいいか?花村も是非やらせて欲しいと言っている」「はい、ありがとうございます。花村ほど信頼できる人はいません。お願い致します」あらかじめ荷物は送っていたため、運搬や荷解きはすべて使用人が行ってくれ、ハンガーにかけて送った衣装ケースの中身もすべて新しいクローゼットに吊るされ、すぐに生活を始めても困らない状態に整えられていた。
華side玄関先では、久保山をはじめ、長年私たちを支えてくれた家政婦や使用人たちが列を作って、私たちを待っていてくれた。久保山が使用人たちを代表して深く頭を下げる。「久保山、今まで本当にありがとう。みんなにも心から感謝しています。色々とお世話になりました。子どもたちがここまで元気で大きく育ったのも久保山たちがいてくれたおかげよ」涙を堪える私に、久保山もつられて涙腺が潤んでいた。家政婦の中には、ハンカチで目元をおさえて泣いている者もいた。「とんでもないことでございます。でもこれからは、華お嬢様や慶様、葵様に毎日会えないかと思うと寂しい限りです。皆様の平穏な生活を心からお祈り申し上げます」「ええ、私もよ。子どもたちの夏休みとかは遊びに来させてもらえるかしら?」「もちろんでございます。いつでもお待ちしております」久保山にお礼を言うと、子どもたちは、この別れの意味をまだ完全には理解できていないようだったが、キョトンとした顔をしながらも久保山たちにお礼を言っていた。「今までありがとう!また遊びに来るね」「はい。楽しみにしています」車に乗り込むと、久保山たちは私たちの車が見えなくなるまで
華side「よし、これで全部終わったわね……」クローゼットや引き出しに何も入っていないことを確認してから、私たちは長年使っていた部屋をあとにした。別荘として使われていたため、ベッドや机はそのままだが、私たちが使っていた私物は一切なくなり、クローゼットはハンガーポールのみでホテルの部屋のようにスッキリとし、ここからの旅立ちを実感させた。リビングや応接間などすべての部屋に入ってから、ゆっくり全体を見渡す。妊娠中から子どもたちが六歳になるまで、ずっとこの家で守られるように暮らしていたので、至る所に思い出が詰まっていて感慨深い。妊娠中に、家政婦が淹れてくれたルイボスティーを飲みながら、大きいお腹でリビングのハンキングチェアに揺られ、子どもたちの誕生を待ち侘びたこと。沐浴に戸惑ってベビーシッターさんたちの手を借りて、キャーキャー叫びながら慌ただしく行ったこと。深夜のミルクのためにキッチンでお湯をいれたこと。庭に小さなブランコを置いて子どもたちと遊んだこと。毎年、子どもたちの誕生日やクリスマスになるとシェフが腕を振るって料理を作り、家政婦たちが応接間いっぱいに飾りつけをしてくれたこと。一つ一つが、かけがえのない大切な思い出だった。「ママ、泣いているの?大丈夫?」私の様子に子どもたちが気づいて、心配そうに見上げている。私は、すぐに涙を拭いて子ども