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3.慰謝料十億円と、夫と妹が密会?

last update Huling Na-update: 2025-06-09 15:02:15

翌朝、重い体を引きずり抜け殻のようにベッドから這い出る。鏡に映った自分の顔は、青白く別人のようだった。

(昨夜の出来事が夢だったらいいのに……)

悪夢のような出来事に一睡もできなかった。ぼんやりとした頭で離婚協議書を見つめる。

(十億という高額な慰謝料は、彼の玲に対する愛情の深さなのか、それとも財産目当てで近づいた女への手切れ金なのだろうか。彼はそれほどまでに、私を追い出したがっているのだろうか?)

考えても答えは出ない。ただ彼の心がもうどこにも自分にはないと突きつけられただけだ。

慰謝料の金額には興味がなかった。ただ桁外れの金額を提示してまで離婚したがっている瑛斗とこれ以上やり取りをするのがつらかった。それにお腹の子どもを育てていくことを考えたら、彼の要求を黙って従うことにした。

リビングにも寝室にも彼の姿はなかった。執事に聞くと昨夜は一旦帰ってきてすぐに家を出たとのことだった。

(私と顔を合わせるのも嫌ってことなの?瑛斗は私が出ていくことを当然だと思っているのだろうか……。だからもうこの家にはいないの??)

食欲はなかったが、お腹の子どもたちのためにも少しでも栄養を摂らなくてはいけないと思いトーストとフルーツを口にした。今は何を食べても味がしなくてどれも同じに思えた。

「もしもし、三上先生?華です。今少しいいですか?」

「あー華ちゃん、調子はどう?つわりとか気持ち悪くなっていない?」

「大丈夫です。先生、ストレスって双子に影響するでしょうか?」

「直接的な絶対の原因とは言えないけど、悪影響ではあるね。それに華ちゃんは妊活で授かったこともあって流産の可能性も高いハイリスク妊娠だし。……どうしたの?一条くんと何かあった?」

「いえ、これからのことを考えたら瑛斗さんもお仕事忙しいから一人の時間が多いのかなと思って。」

「そういうことね。これから色々と変化も大きいし一条くんには色々二人で話し合った方がいいかもね」

「はい……。ありがとうございます。」

離婚のことは伏せて医師に相談の電話をした。妊娠の事はまだ三上先生しか知らず相談できる人がいなかった。三上家と神宮寺家は古くから付き合いがあり、専属医でもある。三上先生の事は医師としても人としても信頼していた。三上先生も医師として私の三年の妊活を支えてきてくれた人だ。

(昨日は言えなかったけれどせめてお腹の子たちのことだけは伝えておきたい……。私に気持ちがもうなくなっていたとしても子どものことを知ったら気持ちが変わるかもしれない。)

三年の時を経て、やっと私のお腹に子どもたちが舞い降りてきた。瑛斗だって妊娠を待ち侘びていたに違いない。同じ気持ちで喜べないにしても、子どもを授かった事実だけは伝えておきたかった。

彼の会社に行き、車を地下駐車場に止めて歩き始めると、入口からちょうど瑛斗が出てきたところだった。駆け寄って声を掛けようとした時に聞き覚えのある声が先に聞こえてきた。

「瑛斗!!!」

声の主は玲だった。二人は待ち合わせでもしていたのだろうか。玲は自然と瑛斗の元に駆け寄り話しかけている。私は二人にバレないように柱に身を隠し息をひそめた。二人の声が聞こえてくる。

「瑛斗、会いたかった。私はずっと瑛斗のことが好きだったの。瑛斗が離婚を切り出してくれて嬉しい。」

「華に口座のことを言ったが何のことか分からないって顔をしていたぞ。」

「それは演技よ。姉は昔から嘘だけは上手いの。いつも周りを欺いて良い思いばかりしているんだから。」

「華がそんな人だったなんて。全然見えなかった。なんで嘘なんて、嘘は大嫌いなんだ。」

「無理もないわ。他にもたくさんの人が騙されている。実の父だって気づいていないんだもの。瑛斗、可哀そう。辛かったわよね。姉の事なんて、私が忘れさせてあげる。それに私、妊活なんてしなくても元気な赤ちゃんをたくさん産むことが出来ると思うわ。子どもが出来たら瑛斗のお父様たちも喜ぶでしょう?」

玲はそう言うと彼に顔を近づけた。

吐き気がこみ上げてきて私はそのままこの場を後にした。幸い二人には気づかれていないようで今も何か話している。

(離婚届にはまだサインしていない。私たちはまだ夫婦なのに……。それなのに玲と離婚後の話をしているなんて……。もし、私が妊娠していることを知ったらこの子たちまで奪われてしまうの……?)

息をするのも苦しくなり私は家へと戻った。部屋に戻りお腹に手を当てる。小さな命が確かにここにいる。彼に、そして玲に子供たちを奪われるわけにはいかない。

私は、震える手でスーツケースを開き荷物を詰め始めた。彼のもの、二人の思い出の品……全部壊してめちゃくちゃにしたい衝動を押さえて、今後必要な物だけを厳選していく。すべてを詰め込み、最後に家の中をゆっくりと見渡した。

部屋にはあちこちに瑛斗との思い出が散らばっていた。彼との結婚が分かった料亭での結納の写真、結婚式、引き出物に特注で作った海外ブランドのカップ、婚約時に貰った3カラットのダイヤの指輪……。どれも瑛斗との大切な思い出だった。

(これまでの日々は何だったのだろう……。あんなに幸せだったのに。もう二度と戻ってこないなんて……。)

涙が止めどなく溢れてくるが、子供たちのためにも自分のためにも私は強くならなければならなかった。念願の妊娠を知った日は、瑛斗が私に愛がないこと、そして別れたがるほど嫌がられていたことを知る日となった。

震える手で離婚届と離婚協議書に署名する。結婚指輪を書類の上に置き、最後にもう一度だけ家の中を見渡した。

「さようなら……。私の愛した人。私の愛した家……。どうぞお幸せに……」

決して癒えることのない傷を心に抱えながら、私は静かに家を後にした。

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