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第2話

Auteur: 皆無
紗帆は一瞬ためらったものの、ついに電話に出た。

受話器越しの悠真は、どこか宥めるような声音で言った。

「紗帆、どうして返事をくれないんだ?まだ怒ってるのか?あの時は、時雨の状態が本当に危なくて……仕方なかったんだ……」

あまりにも薄っぺらい言い訳に、紗帆は皮肉に口元をゆがめた。

そして冷たく遮る。「用件は?」

悠真は一瞬言葉を詰まらせ、照れ隠しのように声をさらに柔らかくした。

「紗帆、今どこにいる?迎えに行くよ。すごく心配してるんだ」

胸のどこかが、微かに期待に揺れた。

紗帆は唇を動かし、答えようとした。

「私、今……病院に——」

突然、悠真の慌ただしい声が遮った。

「ごめん、急な用事が入った!今どうしても離れられない。片付いたら迎えに行く!」

言葉は一気にまくし立てられ、そのまま――電話が切れた。

短い電子音が耳に残る。

その瞬間、病室のテレビに映った映像が目に飛び込み、紗帆は思わず目を見開いた。

画面には、記者に囲まれながらホテルへ入っていく悠真と時雨の姿が――彼が力強く時雨を抱き寄せていた。

記者の声が容赦なく耳に刺さる。

【久藤ホールディングス社長、婚約者・江島家ご令嬢とホテルへ——婚約披露宴の会場準備を視察か】

耳が割れるほどのざわつきに、逆にすべての音が遠のいていくようだった。

——あの電話の時、彼らは一緒に車にいたのだ。

なら、この十日間も?ずっと?

疑念と答え合わせが一瞬で押し寄せ、胸の奥に渦を巻いた。

そのとき、隣のベッドの老婦人が声をかけた。

「お嬢さん、大丈夫かい?なにかあったの?そんなに泣いて……」

紗帆はハッとして手を顔に当てた。

指先に触れたのは、いつの間にか流していた涙。

抑え込んでいた痛みが一気に全身を襲う。

肉も骨も裂けてしまうような痛みだった。

紗帆は胸を押さえなんとか涙をぬぐい、小さな声で答えた。

「大丈夫です……ただ、ある人の正体がやっとわかっただけなんです」

本当に心配していたなら、彼は病院を見つけられないはずがない。

ただ——彼がより大事にしている相手がいただけ。

そう気づいた瞬間、すべてが腑に落ちた。

悠真は「片付いたら迎えに行く」と言った。

だが彼は一度も現れず、退院の日を迎えても同じだった。

家に戻り、指紋認証を押すと——拒否された。

眉をひそめたところへ、中からドアが開いた。

驚いた顔の家政婦が立っていた。

「ま、奥さっ!」

言いかけて、はっと口を閉ざした。

なぜ彼女が自分に驚くのかわからなかった。

だが、家の中に入った瞬間、理由がわかった。

リビングのソファで、悠真が時雨に薬を飲ませようと寄り添っていた。

二人はすぐに紗帆に気づいた。

悠真は固まった後、すぐ立ち上がる。

「あ、紗帆……どうして帰って来た?」

問いかけは、帰宅を咎めるようにも聞こえた。

紗帆は答えず、ただ部屋を見回した。

ほんの半月で、家の景色は一変していた。

時雨の物が家中に溢れ、紗帆の持ち物は——庭に無造作に積まれていた。まるで、不要品のように。

悠真は彼女の視線に気づき、慌てて言い訳を並べた。

「時雨の喘息がまだ安定してなくて……ここは緑が多いから、身体にいいんだ。

それに契約前なんだ、倒られたら困るだろ?

紗帆は少しだけ我慢して。もう別の家を用意したから、そこで――」

紗帆は荷物から目を離し、赤くなった眼差しで彼を見た。

理解できない、という色が浮かんでいる。

「私に出て行けって言うの?

……ここは、あなたが私にくれた家だよね。

どうしてあの人をここに住まわせないといけないの?」

悠真は視線を逸らし、紗帆の肩をつかんだ。

「違うんだ!

時雨はほんの少しの間いるだけだ。

契約が終わったら、また君が戻ってくればいい」

半月前のあの日にも触れず、紗帆の怪我にも気づかず、ただ「時雨」の話だけを繰り返す男。

紗帆は目を伏せ、小さく答えた。

「……わかった」

そっと彼の手を払う。

庭へ向かう紗帆を、悠真が慌てて追う。

「荷物は運ばせるよ!」

紗帆は首を振った。

「いい。必要な物だけ持っていくから」

大切なものを二つだけ手に取り、玄関に向かおうとしたとき――一面に黄色いバラが咲いていたはずの庭が視界に入った。

そこはすでに無惨にえぐられていた。

紗帆は足を止める。

背後から、時雨の甘い声が聞こえた。

「ここ、黄色いバラがたくさんあったんだよね?

ごめんなさいね、紗帆さん。私、黄色を見ると気分悪くなっちゃって。

だからね、悠真さんが全部抜いてくれたの。

紗帆さん、どうか怒らないでね?」

紗帆は、ただ黙っていた。

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