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願いは秋風と共に
願いは秋風と共に
作者: 皆無

第1話

作者: 皆無
久藤悠真(くどう ゆうま)の婚約者と、小林紗帆(こばやし さほ)が同時に拉致された。

悠真が駆けつけると、犯人は彼に残酷な選択を迫った。

「久藤社長、選べるのは二人だけ。喘息を起こしている婚約者と、妊娠中の元妻。どっちを取る?」

紗帆は、淡い期待を込めて悠真を見つめていた。

彼の仕事のために一時的に離れて暮らしていただけで、自分の立ち位置を疑ったことは一度もない。

次の瞬間、悠真の怒号が工場に響き渡った。

「紗帆に手を出したら......お前ら全員生きて帰れると思うな!」

だが、犯人たちはその脅しに怯まない。

返ってきたのは同じ質問だった。

張りつめた静寂が落ちる。

そして、悠真はついに口を開いた。

「......江島時雨(えしま しぐれ)だ」

その言葉を聞いた瞬間、紗帆はぱっと彼を見上げた。

信じられない、という思いが瞳いっぱいに広がる。

——確かに言っていた。時雨とは仕事上の『偽装婚約』で、愛しているのは紗帆だけだと。

なのに今、彼が選んだのは時雨だった。

犯人は答えを聞くと薄く笑い、悠真の婚約者を解放した。

紗帆は呆然としたまま見つめていた。

悠真が時雨のもとへ歩き、そっと抱き上げるのを。

悠真は紗帆に目を向け、言う。

「紗帆......時雨は発作がひどい。命に関わることだ。俺には、選ぶ余地がなかった」

まるで、紗帆に理解を求めるような言い方だった。

だが理解など――できるはずがなかった。

胸の奥を刃でえぐられたようで、息が止まりそうになる。

彼の背中を固く見つめながら、紗帆はかすれた声で呼びかけた。

「悠真......行かないで。置いていかないで......お腹に......赤ちゃんが......」

その言葉に、悠真の足が一瞬だけ止まった。

しかし抱えられた時雨がさらに苦しげに息を荒げると、彼はもう振り返らなかった。

大きな歩幅で、工場の外へ消えていく。

その姿が見えなくなっていく光景は二人の男に取り囲まれ、紗帆の視界から遮られた。

残った隙間から、彼女はただ——悠真が時雨をしっかり抱きしめ、遠ざかっていく背中だけを見ていた。

「離婚した時、あんたらの仲は冷えきったって噂だったけど......やっぱ本当だったわけだな。

捨てられたんだし、俺たちがかわいがってやるよ」

紗帆の心と体は石のように固まっていた。

だが、荒々しい手が身体に触れた瞬間、意識が一気に覚醒した。

全身の力を振り絞って二人を突き飛ばし、必死に駆け出す。

足元の山道は険しく、紗帆は踏み外して斜面へ転げ落ちた。

意識が薄れていく最後の瞬間——もう、このまま眠ってしまいたい......そんな甘い誘惑が、黒い闇とともに広がった。

暗闇の中、紗帆は過去の夢を見た。

大学の学園祭。

ステージで踊る彼女に、悠真は一目惚れした。

それ以来、クールで近寄りがたい印象だった彼が嘘のように真っ直ぐで激しい想いをぶつけてきた。

「これまでどれだけの子を振ってきたと思ってるんだ。悠真があんなに必死になるなんて!」

周りはそう騒いでいた。実際、彼は何度も苦労していた。

紗帆の誕生日。

夜遅く、彼女のマンションの下まで追いかけてきて、紗帆だけのために花火を上げた。

最後には警察に連れていかれながらも、笑って手を振った。

——誕生日おめでとう。

その笑顔は、紗帆の心に深い影を落とした。

二年かけて、氷のように固い紗帆の心は、ゆっくりと溶けていった。

だが、両親は二人の交際に猛反対した。

「スポーツ推薦で入った大学生に未来はない」と。

悠真が挨拶に来た日、彼は殴られ、脚を折られた。

その怪我は後遺症を残し、彼は競技の道を断念した。

紗帆は親を恨み、悠真と共に別の街で暮らし始めた。

彼の脚をさすりながら泣く紗帆に、悠真はいつも言っていた。

「いいんだよ。怪我一つで紗帆がそばにいてくれるなら......お安い御用だ」

彼は「必ず幸せにする」「辛い思いだけはさせない」と言った。

最初の頃、彼は紗帆に食事も皿洗いもさせなかった。

仕事で稼げるようになると、紗帆に辞職させ、好きなことに専念させた。

家に一人でいるのが怖いと知れば、どんなに遅くても夜は必ず帰った。

彼女が仕事を辞めて家にいると、不安になるのではと心配した彼は、すべての資産を彼女名義にしていた。

八年間——紗帆は一度も、自分の選択を後悔しなかった。

だが今年の誕生日、悠真が手渡したのは、離婚協議書だった。

「仕事の都合で、時雨と『仮』の婚約が必要なんだ。終わったら、また籍を入れよう。

俺たちの関係は何も変わらない。紙なんて、ただの形式だろ?」

紗帆は信じた。

そして今日——その信頼を、彼は自ら裏切った。

頬を涙が伝い、紗帆はゆっくり目を開けた。

真っ白な天井。

胸の奥が締めつけられる。

本当に......仕事のためだけだったの?

もう、あなたがわからない。

医師が入ってきて、簡単な検査を行う。

「意識が戻ってよかったです。赤ちゃんは無事です。ですが足首の怪我が重く、後遺症が残るかもしれません」

紗帆は言葉を失い、震えながら問い返した。

「そしたら......踊れなくなるんですか?」

踊ることだけが、紗帆の唯一の情熱だった。

「リハビリ次第では、軽いダンスならできます」

その答えに、紗帆はほっと息をついた。

だがすぐに目を閉じる——この怪我の原因を思い出したからだ。

入院して半月。

その間に届いた悠真からのメッセージは三通だけ。

すべて「どこにいる?」という短いものだった。

紗帆は返事をしなかった。

そのあと彼からの連絡は途絶えた。

そして入院十日目。

ようやく一度だけ、悠真から電話がかかってきた。

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