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第5話

Author: 秋月静葉
紬希は、何気なく通報窓口に電話をかけた。

「もしもし、仁愛病院(じんあいびょういん)の精神科医、篠原凌也が職権を利用して、違法な薬物を投与している件で通報します」

「通報内容は記録しました。証拠があれば郵送してください。

確認が取れ次第、すぐに調査を開始します」

家に戻ると、紬希はこの数年、凌也から渡された診断書や薬、そして、録音データも証拠としてすべて管理当局へ送った。

その後、凌也がくれたプレゼントや、二人で出かけた時の写真、そして何百通ものラブレターも一つ一つ取り出し、まとめて箱に入れた。

美しい封筒を指先でなぞるうちに、紬希は涙が自然と頬を伝った。

かつては一通一通が凌也の愛の証だったはずなのに、今やすべて、自分が騙されていたという屈辱の象徴となった。

紬希はラブレターや贈り物に火をつけた。

火が「ぼっ」と燃え上がり、炎がすべての思い出の品を一瞬で飲み込んでいく。

紬希は、目の前で燃え尽きていく灰の山をぼんやりと見つめながら、心の中で静かにため息をついた。

――これで、ようやくすべてが終わるのだ。

その後数日、紬希は一歩も家を出ず、ひたすらエンカのプロジェクトに没頭した。

もう長い間、家業の仕事から離れて、すべての時間と心を凌也との儚い恋に費やしてきた。

紬希は今、このプロジェクトを完全に把握しなければならない――後継者として、万全を期すために。

凌也からは何度も電話がかかってきたが、すべて適当にあしらった。

だがある日、家の防犯カメラを確認すると、凌也が屋敷にやってきている映像が映っていた。

しかも彼が入っていったのは、紬希の部屋ではなく、玲奈の部屋だった。

紬希が部屋にこもっている間、二人は連日連夜、まるで世界に二人きりかのように愛し合っていた。

寝室から書斎へ、書斎から倉庫へ、倉庫から庭へ――どこにでも、二人の情事の痕跡が残されていた。

二人は誰にも気づかれていないと思っているようだが、紬希はかつて父親の浮気の証拠を探すため、屋敷のあちこちに防犯カメラを仕掛けていたのだ。

モニターに映る親密な光景を見ても、紬希の心はどこまでも静かだった。

――まさにお似合いの腐れ縁だ。

そんなある日、凌也が紬希の部屋にやって来た。

「紬希、最近は一体何をそんなに忙しくしてるの?全然会ってもくれないし……」

男の視線は、甘く満ちあふれていた。

紬希はゆっくりと顔を上げた。昨夜の享楽がまだ影を落とす緩んだ表情の男を、冷ややかに見つめ、淡く微笑む。

「別に。ただ最近、ちょっとインスピレーションが湧いて、家で絵を描いてただけよ」

絵を描くのは紬希の趣味だった。窓際に並べられたイーゼルを見て、凌也はそれ以上問い詰めなかった。

だが、部屋を見渡すと、以前はあれほど物で溢れていた空間が今では驚くほどがらんとしている。

心を込めて贈ったはずのプレゼントも、跡形もなく消えていた。

「紬希、前にあげたプレゼント、どこ行ったの?」

「ああ、全部片付けてもらったの」

紬希は何気なくそう言った。

凌也は興奮したように紬希をぎゅっと抱きしめ、その瞳には溢れんばかりの優しさが浮かんでいた。

「じゃあ、新居に持っていくって決めたんだね?結婚したら、もっとたくさんプレゼントしてあげるよ」

勝手に盛り上がる彼の様子を、紬希は特に否定することもなく、黙って見守った。

「紬希、君が好きなブランドのウェディングドレスショー、今夜開催されるんだ。席も二つ取ってあるよ。

時間がないから、早く行こう。一緒に一番素敵なドレスを選ぼう」

いまはまだ、凌也に不審を抱かせるわけにはいかない。

紬希はそのまま彼に従った。

ショー会場では、モデルたちが美しいドレスに身を包み、まるで天使のように舞っていた。

紬希もその華やかさに思わず見入ってしまった。

凌也はそっと耳元でささやいた。

「紬希、気に入ったドレスがあれば、どれでも選んでいいよ。きっと結婚式の日、一番美しい花嫁になるから」

もしも彼と玲奈の裏切りを知っていなければ、今ごろ紬希は愛されている幸せに涙が溢れていたかもしれない。

けれども今の彼女の心は、すでに凪いだ湖のように静まり返っていた。

華やかに見えても、何の意味もない虚飾には、もうとっくに魅力を感じなくなっていた。

「どれも高すぎるわ。やっぱりやめておく」

凌也は彼女の手をぎゅっと握り、その目には真っ直ぐな愛情があふれていた。

「大丈夫だよ、紬希。うちは深見家ほど裕福じゃないけど、ドレス一着くらいなら十分買えるさ」

紬希は適当に一着を指差した。

「じゃあ、これでいいわ」

どんなドレスであろうと、もう凌也と結婚するつもりはなかった。

ショーが終わると、オーダーした顧客はそれぞれVIPルームへ案内された。

専属のスタッフがドレスの試着を手伝ってくれるという。

紬希は指定されたVIPルームに入り、スタッフが用意したドレスに袖を通す。

「深見さん、こちらが先ほどお選びいただいたドレスです。よろしければ、今からご試着なさってください」

そのウェディングドレスはとても重くて、紬希は身に着けるのにかなり時間がかかった。

「では、少しドレスの着心地を確かめていてください。お履き物をご用意いたしますので、しばらくお待ちください」

紬希は思わず鏡の前に立つ自分の姿を見つめた。

ウェディングドレスに身を包んだ自分は、想像していたよりもずっと端正で美しく、上品に見えた――まさに、凌也と結婚すると夢見ていた花嫁の姿だった。

心の奥で苦笑いがこみ上げる。

きっとこれが、人生で最初で最後のウェディングドレスになるのだろう。

そのとき、鏡に黒い影がすっと映り込んだ。

紬希がまだ状況を理解する間もなく、誰かに後ろから抱きしめられた。

「やめてよ!」

紬希はてっきり凌也だと思い込んだ。

だが、次の瞬間、男の声が背後から響き、全身が凍りついた。

「やめる?ふざけるな……こんな綺麗な女、ずっと我慢してきたんだ」

紬希は恐怖に駆られて叫んだ。

「あなた誰?何をするつもりなの?」

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