Home / 恋愛 / 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜 / 第1話:理想の夫がいないなら、ゼロから育てればいい

Share

魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜
魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜
Author: ぱすた屋さん

第1話:理想の夫がいないなら、ゼロから育てればいい

last update Petsa ng paglalathala: 2026-05-29 11:43:37

「愛」というものが、私にはよくわからない。

三百年間生きてきても、その正体だけは一向に掴めなかった。

ただ、目の前を歩く老夫婦を見ていると、胸の奥がわずかに疼くような気がする。

シワだらけの手と手をしっかりと繋ぎ、同じ歩幅でゆっくりと石畳を歩いていく二人。

合理的ではない。

手を繋げば片手が塞がり、いざという時の防御行動が遅れる。

歩幅を合わせるのも、身体能力の低い方に合わせるという非効率な行為だ。

けれど。

「……とても、暖かそうね」

カフェのテラス席で紅茶を傾けながら、私はぽつりと呟いた。

誰かと寄り添い、共に老い、最期まで隣にいる。

そんな『普通の夫婦』というものに、私はずっと憧れていた。

私には、それが致命的に欠けているからだ。

「はぁ……また、失敗してしまったわ」

冷めた紅茶を見つめながら、私は小さくため息をついた。

つい一時間前の出来事を思い出す。

今日で、記念すべき百回目の『お見合い』だった。

相手は、王都でも有数の資産家である若き伯爵。

顔立ちも整っており、魔力もそこそこ。

条件としては悪くなかった。

しかし、私が黒いヴェールを脱ぎ、名を名乗った瞬間――彼の態度は一変した。

『ヴェ、ヴェラ・ノクスだと!?』

椅子を蹴倒して後ずさり、まるで死神でも見たかのような顔で震え上がったのだ。

『なぜ、二百年前の“魔女戦争”を生き抜いた化け物がここにいる!』

『国を滅ぼす気か! 騎士団を! 誰か、早く騎士団を呼べ!!』

……化け物とは、酷い言い草である。

私はただ、結婚を前提としたお付き合いを提案しただけなのに。

「確かに、過去に少しばかり山を吹き飛ばしたり、海を割ったりしたことはあるけれど……もう何十年も前のことじゃない」

魔女。

それが私の種族であり、人間たちから向けられる恐怖の代名詞だ。

数百年の時を生き、国家すら単機で滅ぼせる強大な魔力を持つ長命種。

人々は私を“災厄”として恐れ、遠ざける。

近づいてくる者がいたとしても、私の魔力を軍事利用したい王族か、魔女を従えているという名声が欲しい愚か者だけ。

純粋に私という個人を見て、「好きだから一緒にいたい」と言ってくれる男など、この三百年間ただの一人もいなかった。

「理想の結婚相手を見つけるのが、魔法の深淵を覗くより難しいなんてね」

カップを置き、私は席を立った。

テーブルに銀貨を一枚置き、夕闇が迫る王都の街を歩き出す。

空は血のように赤い夕焼けに染まっていた。

婚活市場において、私の価値はゼロに等しいらしい。

どれだけ容姿を美しく保とうと、豊富な知識を持っていようと、『強すぎる』というだけで男たちは逃げていく。

彼らが求めているのは、自分より弱く、庇護欲をそそる可愛らしい妻なのだ。

私のように、指先一つで男の首を吹き飛ばせるような女ではない。

「……私の条件は、決して高くないはずなのに」

私が夫に求める条件。

一、私を恐れないこと。

二、私だけを見て、私だけを愛すること。

三、絶対に私のそばから離れないこと。

それだけだ。

ただ、私を愛し、私に管理されてくれればいい。

外は危険だから、ずっと私の目の届く安全な場所で笑っていてほしい。

それが私の考える『愛』であり『夫婦』の形だった。

しかし、人間の男たちはなぜか「自由を奪うな」と怒り出すのだ。

本当に理解できない。

「完成された理想の男なんて、この世には存在しないのかしら……」

ふと、足を止めた。

路地裏から、鈍い音が聞こえてきたからだ。

ドゴッ! バキッ!

「このクソガキ! 誰の財布に手を出したか分かってんのか!」

「死ね、路地裏のドブネズミが!」

王都の華やかな大通りのすぐ裏側。

そこは、光の届かないスラムの入り口だった。

薄暗い路地裏で、三人の柄の悪い男たちが、うずくまる『小さな塊』を蹴り上げている。

どうやら、孤児がスリを働いて捕まったらしい。

治安の悪いこの一帯では、珍しくもない光景だ。

普段なら、わざわざ首を突っ込んだりはしない。

けれど、私の目はその『塊』――灰色の髪をした少年に釘付けになった。

「…………」

少年は、声を上げて泣くことも、命乞いをすることもなかった。

ただ身を丸め、急所を守りながら、嵐のような暴力をじっと耐え忍んでいる。

泥と血にまみれた頬。

痩せこけた体。

年齢は十二、三歳といったところか。

だが、何よりも私の目を引いたのは、その『瞳』だった。

隙間から覗く、血のように赤い双眸。

それは、絶望などしていなかった。

恐怖に屈してもいなかった。

ただ静かに、冷たく、男たちの隙を窺っている。

『どうすればこいつらの喉笛を噛み千切れるか』。

そんな、純粋で獰猛な生存本能だけが、赤い瞳の奥でギラギラと燃えていたのだ。

美しい、と思った。

これほどまでに研ぎ澄まされた、飢えた獣のような目を見るのは久しぶりだった。

「おい、こいつの腕切り落として裏の店に売り飛ばそうぜ」

「だな。目玉も高く売れそうだ」

男たちが下卑た笑いを浮かべ、剣を抜いた。

少年の赤い瞳が、わずかに見開かれる。

――その瞬間、私は無意識のうちに歩み寄っていた。

「そこまでにしたらどうかしら」

私の声が路地裏に響く。

男たちが一斉に振り返った。

「あぁ? なんだお前、引っ込んで――」

男の一人が私を怒鳴りつけようとし、そして絶句した。

私の漆黒のドレスと、人間離れした金色の瞳を見たからだ。

「お、おい……嘘だろ……?」

「黒い服に、金の目……『黒夜の魔女』……ッ!?」

男たちの顔から、一瞬にして血の気が引く。

「あら、ご名答」

私が軽く指を鳴らすと。

ドズンッ!!!

「「「ぎゃあぁぁぁッ!?」」」

見えない巨大な圧力が上から押し潰すように、三人の男たちは地面に這いつくばった。

重力魔法の応用。ただ魔力を少し放出しただけだ。

「私の前でみだりに刃を抜かないでくれる? 少し、目障りよ」

「ひ、ひぃぃぃッ! お許しをぉぉッ!!」

這いつくばったまま、男たちは泡を吹いて気絶した。

本当に人間というのは脆くて弱い。

「さて」

私は男たちには見向きもせず、倒れている少年の前にしゃがみ込んだ。

「……ッ」

少年はビクッと体を震わせ、後ずさろうとした。

その手には、どこで拾ったのか、鋭く尖ったガラスの破片が握られている。

私に向かって、それを必死に構えていた。

まるで、傷ついた野良猫のようだ。

「威勢がいいわね。でも、そんなもので私は殺せないわよ」

私は微笑みながら、彼の手からガラスの破片をそっと取り上げた。

少年は抵抗しようとしたが、あまりの力の差に身動き一つ取れない。

「痛かったでしょう」

私が少年の血まみれの頬に手を触れた瞬間。

淡い光が彼を包み込んだ。

高度な治癒魔法。

折れていた肋骨が繋がり、打撲の痕が消え、切れた唇が元通りになっていく。

「……え?」

少年が、初めて戸惑いの声を漏らした。

痛みが完全に消え去った自身の体を、信じられないというように見つめている。

今まで、彼に優しさを向ける者など誰一人いなかったのだろう。

ただ殴られ、奪われ、生きるために這いずり回ってきた。

そんな真っ白な世界に、私が初めて『絶対的な庇護』を与えたのだ。

少年の赤い瞳が、揺れ動く。

警戒と、混乱と、そして……ほんのわずかな『縋るような光』。

その顔を間近で見つめながら、私の頭の中に、ある合理的で完璧な閃きが舞い降りていた。

そうか。

この世界に『理想の夫』が存在しないのなら。

私を恐れず、私だけを愛し、私にすべてを委ねる男がいないのなら。

――私が、一から創り上げればいいのだ。

この少年は、まだ何も知らない。

愛も、常識も、魔女への偏見すらも。

ただ生きることに必死なだけの、純白のキャンバス。

私が食事を与え、知識を与え、魔法を与え、そして『愛』を教え込めば。

彼は間違いなく、私だけの完璧な夫になる。

なんという合理的な解決策だろう。

なぜ、こんな簡単なことに三百年間も気付かなかったのか。

「ねえ、あなた。名前は?」

私が優しく問いかけると、少年はかすれた声で答えた。

「……アシュ」

「そう、アシュ。いい名前ね」

私はアシュの体を抱き寄せた。

泥と血の匂いがしたが、不思議と不快ではなかった。

むしろ、これから私が自分の色に染め上げていくのだと思うと、胸が高鳴った。

「アシュ。今日から、あなたは私のものよ」

私がそう告げると、アシュは息を呑んだ。

「私があなたにご飯を食べさせてあげる。ふかふかのベッドも、暖かいお風呂も、生きるための力も、全部私が与えてあげる。誰もあなたを傷つけられないように、私が一生守ってあげるわ」

「……どう、して……?」

震える声で尋ねるアシュに、私は心底愛おしそうに微笑みかけた。

「だって、あなたは将来――私の『理想の夫』になるのだから」

アシュの赤い瞳が、大きく見開かれた。

その奥に、決して消えることのない、昏く重い執着の火種が宿ったのを、私はまだ知らなかった。

ただ、見つけた。

私だけの、可愛いお人形。

これから極上の夫へと育て上げる、最高の原石。

こうして、私とアシュの、甘くて異常な『婚活(いくせい)』が幕を開けたのだった。

――これが後に、世界を焼き尽くす最悪の魔王を誕生させることになるとは、この時の私は夢にも思っていなかった。

 

Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App

Pinakabagong kabanata

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第108話:いつものお茶会と、深まる信仰心

    「どう、アシュ? お花がいっぱい咲いて、とっても綺麗になったでしょう?」 私が振り返ってニコリと微笑むと。 濡れた芝生の上に膝をついていたアシュは、まるで神の降臨を目の当たりにした信者のように、ゆっくりと深く頷いた。「……ええ。本当に。 世界で最も美しく、尊い景色です。ヴェラ様」 彼の赤い瞳は、咲き乱れる精霊樹の花々ではなく、ただ真っ直ぐに私だけを捉えていた。 その視線があまりにも熱を帯びていたので、私は少しだけ照れくさくなって、ふふっと笑ってごまかした。「よかった! せっかくこんなに綺麗な特等席ができたんだもの。 今からここでお茶会にしましょうか! すぐにお茶とお菓子を準備してくるわね」 私はさっきまでの大魔術の余韻など綺麗さっぱり忘れ、ウキウキとした足取りで屋敷のキッチンへと向かった。 私の背中を見送るアシュが、その場で深く、深く頭を垂れ、狂気じみた陶酔の溜息を漏らしていたことなど知る由もなく。 ◇ ◇ ◇ その頃。 ヴェラが放った規格外の【生命回帰の大呪法】による浄化の波動は、大陸の地下魔力脈(レイライン)を通じて、世界各地に点在する『絶対独身同盟』の魔女たちの元へも、ダイレクトに届いていた。『……な、何よ今の、バカげた質量の浄化光は!?』 火炎の山岳地帯。 イグニスの腕の中で(首筋に甘い噛み跡を残されながら)惰眠を貪っていたエヴリンは、ベッドからガバッと跳ね起きて冷や汗を流していた。 彼女の得意とする『炎の燃焼』とは対極にある、凄まじい密度の『生命の息吹』。それが大陸中の魔力網を一瞬で塗り替えたのだ。『あの呑気なバカ女(ヴェラ)……っ。 普段はポヤポヤしてるくせに、たまに魔力を解放したと思ったら、星の法則ごと力任せに調律するなんて……デタラメにも程があるわ!』 一方、星詠みの塔。 ベータに抱っこされたままスプーンで食事をさせられていたステラも、虚空に浮かぶ星図盤の狂いを見て、ピタリと動きを止めていた。

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第107話:【大魔女の真髄】生命回帰と、ひざまずく魔王

     静寂に包まれた庭園で。 私は、どす黒く変色し、死の瘴気を放つ精霊樹の太い幹に、そっと両手を這わせた。 ビリッ、と。 指先から伝わってくるのは、樹液の代わりに脈打つ、極北から流れ着いたおぞましい猛毒の痛み。 ただの人間はおろか、高位の魔術師であっても、触れた瞬間に全身の細胞を腐らせて絶命してしまうほどの濃密な呪い。「……よく耐えたわね。本当に、いい子」 私は、自身の白魚のような手に赤黒い毒の網目が這い上がってくるのを一切意に介さず、慈しむように幹を撫でた。 ――私の専門領域は『生命』『植物』『治癒』、そして『調和』。 エヴリンのように世界を焼き尽くす炎の力もなければ、シルヴィアのようにすべてを凍てつかせる冷酷さもない。アシュのように、空間ごと敵を消し去るような圧倒的な殲滅力も持っていない。 けれど、私には『命を育む力』がある。 三百年の長きにわたり、世界中の植物と対話し、星の脈動を感じ取りながら磨き上げてきた、命を司る魔法の極致。「さあ、苦しみはここまでよ。元の美しい姿に、いえ……もっと綺麗なあなたに、生まれ変わらせてあげる」 私はゆっくりと目を閉じ、自らの魔力炉心――魂の最奥にある、純度百パーセントの源流にアクセスした。「――星の瞬き、大地の鼓動。廻りゆく命の理(ことわり)よ」 私の唇から紡がれたのは、現代の魔術師では発音することすら叶わない、太古の神代の言語(古代語)。 その一言一句が発せられるたび、空気が震え、世界が私の声に応えて共鳴し始めた。「我は深緑を統べる者。時の狭間にて、生命を紡ぎ、調和を歌う者。 大いなる源流よ、今ここに集いて、その清らかなる息吹を吹き込まん――」 ゴオオォォォォォォッ……!! 突如として、ノクス領全土――いや、大陸中の大気中に漂うマナが、凄まじい勢いで私の元へと集束し始めた。 それは破壊をもたらす暴力的な魔力嵐ではない。春のそよ風のように優しく、それでいて抗うことのできない、圧倒的な『生命の潮流』。

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第106話:魔王の「切除」と、大魔女の「一喝」

     腐敗し、どす黒い瘴気を放つ精霊樹の根元。 私が幹にすがりついて涙をこぼしていると、背後から音もなく近づいてきた影が、私の肩を優しく抱き寄せた。「……ヴェラ様。どうか、その美しい手を、そのような汚物に触れさせないでください」 耳元で囁かれたのは、甘く、酷く冷ややかな声だった。 アシュは純白のハンカチを取り出すと、私の頬を伝う涙を、まるで壊れ物を扱うかのようにそっと拭い取った。 彼の赤い瞳は、私に向ける時特有の深い慈愛に満ちていたが……その視線が私越しに『枯れゆく精霊樹』へと向けられた瞬間、絶対零度の殺気へと変貌した。「アシュ……っ。この子が、極北から流れてきた猛毒を全部吸って……」「ええ、分かっています。我が領地の地下脈に、汚らわしい不純物が混入したようですね」 アシュは私を抱き起こし、自分の背後へとそっと庇うように立たせた。 そして、腐り落ちる精霊樹を見上げ、虫けらでも見るかのように冷酷に目を細める。「ヴェラ様を悲しませ、その完璧な笑顔を曇らせた。 さらには、この庭に悪臭と瘴気を撒き散らし、ヴェラ様の御身に危険を及ぼそうとしている……万死に値する大罪です。 このようなゴミは、もはや一秒たりともこの世界に存在させておくべきではありません」「え……?」 アシュが、すっと右手を掲げた。 ――ギリリリリッ……!! 空気が悲鳴を上げた。 アシュの白く美しい指先から、一切の光を吸い込むような『漆黒の刃』が、空間の亀裂となって顕現する。 極北でルミナの数万本の触手を一瞬にして塵に帰した、次元そのものを断裂させる魔王の極大魔術。「ア、アシュ!? あなた、何をするつもり……っ!」「ご安心ください、ヴェラ様。すぐに終わります」 アシュは微笑みを浮かべたまま、恐ろしい宣告を口にした。「俺が、この汚染された精霊樹ごと、庭の空間を跡形もなく『切除』いたします。 毒も、瘴気も、この枯れ木も、次

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第105話:極北の余波と、黒く染まる精霊樹

     極北の地で起きた大異変――シルヴィアの(表向きは)超大規模な新魔術実験の影響は、世界が考えている以上に深刻な爪痕を大陸の深部に残していた。 大地の下を葉脈のように駆け巡り、世界中の魔力を循環させている巨大な力の河、『大霊脈(レイライン)』。 ルミナという規格外の怪物が、国家一つに匹敵する莫大な質量を吸収し、それを一瞬にして強引に絶対零度で凍結させたことにより、北方のレイラインは完全に機能不全に陥っていたのだ。 行き場を失い、怪物の体液によってドロドロに濁りきった猛毒の魔力は、地下深くを伝い、長い時間をかけて南へと流れ着いていた。 そして、その終着点となってしまったのが――私が治める、このノクス辺境伯領だった。 ◇ ◇ ◇「……え……?」 朝。いつものようにアシュの温かい腕の中で目覚め、気持ちのいい朝日を浴びようと庭園へ出た私の足が、テラスの入り口で縫い留められた。 私の目線の先。 ノクス邸の広大な庭園の中央にそびえ立つ、領地のシンボル。 私が三百年前、この地に居を構えた時に自らの手で苗を植え、我が子のように慈しみ、魔力を注いで育ててきた巨大な『琥珀の精霊樹』。 いつもなら、朝の光を浴びて黄金色の美しい葉を輝かせ、領地全体に清浄な魔力を振りまいてくれているはずのその樹が。 たった一夜にして、おぞましい赤黒い斑点に覆われ、すべての葉をどす黒く変色させていたのだ。「そんな……嘘、でしょう……?」 私は震える足で庭へ飛び出し、精霊樹の根元へと駆け寄った。 ボトッ、ボトッ、と。 かつては宝石のように美しかった葉が、腐り落ちた泥のように溶け、次々と地面に落ちていく。 周囲には、むせ返るような死の匂いと、粘り気のある瘴気が立ち込めていた。「どうして……どうしてこんなことに……!」 私は、腐敗の進む太い幹に、躊躇うことなく両手を這わせた。 魔女としての感覚を研ぎ澄まし、樹の内部の魔力循環を探る。「……ひどい。大地の奥底から、信じられないほど高濃度で、重く濁った毒の魔力が流れ込んできているわ。 大霊脈が……極北の余波で暴走して、ノクス領へ吹き溜まってしまったのね」 原因はすぐに理解できた。 この精霊樹は、私と共に三百年を生きた強大な植物だ。領地全体を覆う魔力フィルターとしての役割も持っている。 この子は、突如としてノクス領を襲った

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第104話:【冷や汗の茶会】壮大なる勘違いと、限界寸前の疼き

    「……あ、あれ? シルヴィア……? アシュ……? 国を飲み込む凶悪な怪物との、血で血を洗う死闘は……?」 もうもうと湯気を上げる巨大な寸胴鍋を抱えたまま、私は目をパチクリとさせて部屋の中を見回した。 血飛沫も、暴れ狂う触手も、崩壊した壁もない。 そこにあったのは、窓の外に広がるいつも通りの美しい白銀の雪景色と、心地よいハーブの香り漂う、完璧に整理整頓された執務室だった。「ヴェラ様。ご安心ください、危ない魔獣など初めからおりませんでしたよ」 部屋の入り口に立っていたアシュが、天使のように柔らかな笑みを浮かべ、私の手から重たい寸胴鍋をふわりと受け取ってくれた。「俺が空間跳躍で到着した時には、すでに事態は収束しておりました。 シルヴィア様が展開された新魔術の規模があまりに巨大だったため、周辺の観測網が『未知の巨大生物の出現』と誤認して、大騒ぎしてしまっただけのようです」「まあ! そうなの!?」 私は胸を撫で下ろし、執務机の革張り椅子に腰掛けているシルヴィアへと駆け寄った。「よかったぁ……! 本当に心配したのよ、シルヴィア! あなた真面目だから、一人で怪物を抱え込んで倒れちゃったんじゃないかって……!」「あ……、あぁ……。ヴ、ヴェラ……か……」 机の前でカチコチに固まっていたシルヴィアが、ぎこちなく顔を上げた。 その姿を見た瞬間、私は「あっ」と小さく声を漏らした。 軍服ドレスこそ乱れなく着こなしているものの、シルヴィアの顔は熟れた林檎のように真っ赤に染まり、額にはびっしりと冷や汗が浮かんでいる。 眼鏡の奥の青い瞳は熱っぽく潤んで焦点が定まらず、机の下で組まれた両足が、小刻みにガタガタと震えていたのだ。「シルヴィア……! あなた、顔が真っ赤よ!? 息も荒いし……ものすごい高熱じゃない!」「

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第103話:【突撃】手料理を抱えた大魔女と、超特急の隠蔽工作

    「待っててシルヴィアぁぁぁー! 今、特製スタミナ滋養強壮薬膳スープを持って駆けつけるわよぉぉぉーっ!!」 空間の裂け目の向こうから、元気ハツラツとした、そして呑気極まりない愛妻の声が響き渡った。 その空間震動の規模から察するに、ヴェラ様は自らの莫大な魔力を惜しげもなく注ぎ込み、アシュが開いた極細の空間航路を力任せに押し広げながら、超高速でこちらへ突進してきている。 到達まで――残り、およそ三十秒。「…………」 アシュの美しい貌(かお)から、一切の表情が抜け落ちた。 それは先ほど怪物の核を握り潰そうとしていた時の冷酷さなど足元にも及ばない、底知れぬ漆黒の威圧感。 アシュはゆっくりと首を巡らせ、床に倒れ伏すルミナと、腰を抜かして涎を垂らしているシルヴィアを冷然と見下ろした。「……おい、肉塊。そしてそこの雌豚」 その声は低く、寝室の空気を絶対零度まで凍りつかせた。「貴様らに与えられた時間は二十五秒だ。 二十五秒以内に、この塔を、この街を、そして貴様ら自身の成り果てた姿を、完璧に『何事もなかった状態』へ偽装しろ。 もしヴェラ様が一ミリでも不審感を抱かれたり、この部屋の淫靡な臭気で眉をひそめられたりした瞬間……貴様ら二人を、魂の素粒子ごと次元の彼方へ消し飛ばす」「ヒッ……!?」「――――ッ!?」 シルヴィアが恐怖で悲鳴を上げ、ルミナの全身の毛穴から冷や汗ならぬ体液が吹き飛んだ。 魔王アシュの脅迫は、冗談などではない。本当にコンマ一秒の躊躇もなく実行される絶対の死刑宣告だ。 残り二十秒。 ルミナの思考ルーチンが、かつてない超オーバードライブを起こした。 主(シルヴィア)との甘美な触手生活を守るため、そして何より生き残るため、人外の怪物はその神話級の質量を限界までフル回転させた。 ドバババババ

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第4話:成長した狂犬と、初めての『お出かけ』

    朝の陽ざしが、大きな窓から寝室に差し込んでくる。 「……ん」 私が微かに身じろぎすると、待っていたかのように優しい声が降ってきた。 「おはようございます、ヴェラ様。よく眠れましたか?」 目を開けると、ベッドの脇に一人の青年が立っていた。 銀色に輝く髪。 透き通るような白い肌。 そして、私のすべてを映し込むような、深く美しい赤い瞳。 「おはよう、アシュ。……ええ、とても良い目覚めよ」 私が体を起こすと、彼は流れるような動作で温かいタオルを差し出し、私の顔を優しく拭ってくれる。 アシュをあの路地裏で拾ってから、三年が経過していた。 十二歳だった彼は

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第3話:急速な成長と、純白のキャンバスに染み込む猛毒

    アシュを拾ってから、半年が過ぎた。泥と血にまみれていた路地裏の野良猫は、見違えるように美しい少年へと成長しつつあった。毎日の十分な食事と、温かいベッド。そして私という、絶対的な庇護者の存在。それらが、アシュの本来持っていたポテンシャルを急速に引き出していたのだ。くすんでいた灰色の髪は、今や月光を吸い込んだような美しい銀色に輝いている。痩せこけていた体にも適度な筋肉がつきはじめ、背もぐんと伸びた。まだ十二歳の少年だが、すでに末恐ろし

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第6話:社交界デビューの提案と、完璧な鳥籠の設計図

    朝。 さんさんと降り注ぐ陽光が、ダイニングルームを明るく照らしていた。 私は淹れたてのミルクティーを片手に、王都から取り寄せた新聞に目を通していた。 「……あら」 一面の大きな見出しを見て、私は思わず声を漏らした。 そこには、先日この屋敷にやってきて、私に不躾な態度をとった男の名前が踊っていた。 『バルバトス伯爵、深夜の屋敷で突如発狂! 当主の座を退き幽閉へ』 『不正蓄財と密輸の証拠も多数発見! バルバトス家、取り潰しの危機か』 記事には、伯爵が何かに酷く怯えた様子で「化け物が来る」「俺の目を潰しに来る」とうわ言を繰り返し、精神を病んでしまったと書かれてい

  • 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜   第5話:完璧な防壁と、誰にも言えない秘密の宝箱

    アシュを拾ってから三年。 十五歳の彼は、私の想像を遥かに超える速度で成長を続けていた。 「――そこまで」 私が声をかけると、中庭に響いていた激しい金属音がピタリと止んだ。 「はっ……はぁっ……」 荒い息を吐きながら木剣を下ろすアシュ。 彼の足元には、私が魔法で創り出した『泥人形(ゴーレム)』が、文字通り木端微塵になって散らばっていた。 ただの泥人形ではない。 大理石ほどの硬度を持たせ、一流の騎士三人分の動きをインプットした、実践用の高度な魔法生物だ。 それを彼は、たった一人で。 しかも魔法を一切使わず、剣術だけで圧倒してみせたのだ。 「素晴らし

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status