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Penulis: 北川とも
last update Terakhir Diperbarui: 2026-03-16 07:54:26

「こんなことなら、会社帰りに無理してでも、焼肉食ってくりゃよかった。カルビ……、カルビ食いたい。ああ、ハラミもいいな。にんにくたっぷりの。それにロース――」

 考えるだけでヨダレが出そうになるが、余計に腹が減っただけの気もする。焼肉のことを考えたせいだけではなく、啓太郎の食欲を刺激するいい匂いがしているのだ。肉の焼ける香ばしい匂いだ。

 どこから漂ってくる匂いかと思えば、どうやら隣の部屋かららしい。

「……世の中間違ってるよな。部屋に帰る暇もないぐらい忙しく働いている俺が、メシも食えずに空しく煙草を吸って気を紛らわせているのに、気楽そうな学生みたいな奴が、悠々と肉を焼いて食ってるなんて。……というか、俺の人生ってなんだ。手料理を作って待ってくれている彼女すらいないんだぞ」

「――あんた、うるさい」

 啓太郎の独り言が盛り上がってきたところで突然、冷ややかな声が割って入ってきた。驚いた啓太郎が声がしたほうを見ると、隣の部屋との仕切りの横から、さきほどの青年がひょっこりと顔だけ出していた。きれいな顔にあるのは、いかにも迷惑そうな表情だ。

 思わず青年の顔をじっと凝視した啓太郎だが、すぐにあることに気づく。

「もしかして……、さっきからずっと聞いていた、とか……?」

「フードデリバリーで料理を注文してから云々に始まって、焼肉でカルビやハラミが食いたいという言葉に続き、隣の奴が肉を焼いているのが気に食わない、という発言までのこと? あっ、彼女もいないんだよね」

「……丸聞こえじゃねーか」

 決まりが悪くて、啓太郎は吸いかけの煙草を灰皿で揉み消す。つい言い訳のように説明していた。

「数日ぶりに部屋に帰ってみたら、冷蔵庫の中が空っぽだったんだ。食いに行こうにも、一度部屋に入って着替えると、億劫でな。それで、こうやって煙草を吸いながらぼやいて、どうしようかと考えてたんだ」

「だったら、お裾分けしようか? さっき荷物を玄関に運び入れてくれたお礼に。もっとも、焼肉じゃないから、無理にとは言わないけど」

 すぐにできる、という言葉が決定的だった。啓太郎は即答する。

「食う」

 それだけ言って部屋に戻ると、啓太郎は玄関に向かう。もどかしくサンダルを履いて飛び出し、隣の部屋のインターホンを鳴らす。少し間を置いて、顔をしかめた青年がドアを開けた。

「……すぐできるとは言ったけど、さすがにまだできてないよ」

「待つから大丈夫だ」

 そう言って啓太郎がサンダルを脱ごうとすると、青年は軽く目を瞠った。

「もしかして、おれの部屋で食う気?」

「面倒がなくていいだろ」

 悪びれない啓太郎の言葉に、仕方ない、という顔をして青年は部屋に上げてくれた。

 ダイニングにはさらに濃厚な肉の香りが漂い、派手に啓太郎の腹が鳴る。

「……腹が減りすぎて、腹が痛い……」

「うち、ビールしか置いてないけど、いい?」

 青年の言葉に啓太郎は頷く。まさかビールまでつけてくれるとは思わなかった。

 テーブルにつくよう言われ、素直にイスに腰掛ける。大家族の家にでもあるような大きな冷蔵庫を開け、青年は缶ビールを二本取り出すと、グラスと一緒に啓太郎の前に置いた。勝手に飲めということらしい。

 キッチンに立つ青年の背を眺めつつ、グラスに注いだビールを一気に飲み干してから、啓太郎はやっと肝心なことを尋ねた。

「君――、なんと呼べばいいかな? 俺は、羽岡啓太郎。ちなみに、二十八歳のSE」

 菜箸を手に青年がちらりと振り返る。すぐに作業に戻り、新たな肉を刻んでボールに放り込むと、味つけをしてからフライパンで他の材料と一緒に炒め始める。

 手際のよさに見惚れていると、ぼそぼそと答えが返ってきた。

黒井くろい裕貴ゆうき。二十三歳」

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