All Chapters of クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!: Chapter 321 - Chapter 330

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第321話

京弥は驚きの表情で紗雪を見つめた。額の前髪が少し濡れ、露出している肌は雪のように白く、全身から言葉では言い表せない艶やかさが漂っていた。その姿を目にした瞬間、京弥の瞳には赤みが差し、理性よりも本能が勝った。またしても、眠れぬ夜となった。翌日。紗雪が目を覚ましたとき、京弥はまだ隣で眠っていた。彼の彫りの深い顔立ちを見つめながら、紗雪は昨夜のことを思い返す。こうして見ると、この男にはそれなりに満足しているのかもしれない。今のような関係を保っていれば、それで十分。余計なことを考えなくて済む。彼女には、もう感情に重きを置く時間などなかった。二川グループは、彼女の手で変えていかなくてはならない。プロジェクトもここまで進んだ今、そう簡単に手を引けるわけがない。紗雪は、自分にも他人にも、立ち止まることを許せなかった。ベッドを離れる前に、紗雪は一度だけ京弥に深く視線を落とし、その後身支度を整えて会社へと向かった。彼女が出ていった後、ようやく京弥はゆっくりと目を開けた。さっきまで紗雪がベッドの上でじっと自分を見つめていたのは、彼にも分かっていた。ただ、目を開けなかっただけだ。二人の間にできた溝は、簡単には埋められないことも、彼には分かっていた。京弥は溜息をつき、眉間を指でつまむようにして目を閉じた。心が重かった。まだまだ頑張らないと。そう自分を奮い立たせるようにして、彼も会社へと出かけた。家にいるより、会社にいる方がましだ。家には、まだ伊澄がいる。彼女にどう対処すべきかと考えるだけで、頭が痛くなる。だったら早く会社に行った方がマシだ。それにしても、もうこんな状況なのに、伊吹はなぜ彼女を連れ帰ろうとしないのか。そう考えるたびに、京弥はますます頭痛がひどくなる気がした。この先、伊澄がいつになったら出て行くのか、見当もつかない。一方その頃、京弥が名前に出した伊澄は、会社で悠々自適に過ごしていた。伊吹が裏で根回ししてくれたおかげで、今の彼女は海ヶ峰社で完全に自由自在、深く考えずに済んでいた。彼女がこの会社で部長の地位にいるのは飾りじゃない。彼女は常に、紗雪の一挙一動を監視していた。紗雪が何か動けば、すぐに部下がその情報を報告してくる。伊澄は資料をめくりな
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第322話

伊澄は机を叩いて言った。「何ボーッとしてるの?二川がもう手を出してるっていうのに、うちの会社が出遅れるわけにはいかないでしょ?」「そのプロジェクト、具体的に何についてなの?」そう言って、伊澄は秘書に視線を向けた。「主に海外の土地に関するもので、紗雪はその土地に新しいプロジェクトを立ち上げようとしているんですが......このプロジェクト、最初は二川グループの上層部もまったく乗り気じゃなかったんです」秘書は少し感心したように続けた。「でも......あの二川紗雪ってやっぱり商才があるんですよ。上の人たちが見限ってる中で、彼女は一人で道を切り開いたんです。本当に......」すごい、と言いかけたところで、伊澄の視線に気づき、秘書の言葉は喉で詰まった。それ以上、口が裂けても言えなかった。なぜこんな簡単なことを忘れていたのか。そう、伊澄と紗雪は犬猿の仲だったのだ。たとえ褒めたくても、今この場面で言うべきではなかった。後悔の念が込み上げてきたが、すでに口にしてしまったことは取り消せない。「......何か言いたい?続けて?」伊澄はうっすら笑みを浮かべて秘書を見つめた。秘書はすぐに沈黙し、その視線を浴びたままでは何を言う気力も湧かなかった。「いえ......ただ、今の状況では、我々がまずやるべきは二川グループ内部の対立を煽ることじゃないかと」「このプロジェクトを巡って、すでに二川グループでは紗雪に対する不満が出ているようですし、もし彼女がこの交渉に失敗したら......上層部は彼女を信じ続けないでしょう」その言葉を聞いて、伊澄はようやくハッと気づいた。そうか。これは一つの手だ。対立を煽るには、人の欲望を利用するのが一番手っ取り早い。「いいわね。そのアイデア気に入ったわ」伊澄は秘書の肩を軽く叩きながら言った。「人事部に行って、報奨を受け取ってきなさい。次もいい案があったら、どんどん提案して。検討してあげる」秘書も嬉しそうに答えた。「はい......!ご期待に応えられるよう全力を尽くします!」こうして二人の間で、快く一つの方針が固まった。特に伊澄にとっては、ただの秘書がまさかこんな知恵を持っているとは思いもよらなかった。確かにその通りだった。もしこの海外プロジェク
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第323話

そうでなければ、伊澄をこれほど長く京弥のそばにいさせるはずがない。京弥は彼の一番の親友だ。もし二人が本当に付き合ったら、利益の方が大きい。伊吹は決意を固めて言った。「わかった、手を貸すよ」「伊澄は俺のたった一人の妹だ。助けない理由なんてない」その言葉を聞いた伊澄は、唇を綻ばせて甘えるように言った。「ありがとう。やっぱりお兄ちゃんが一番だよ」「何年経っても、一番私のことを気にかけてくれるのはお兄ちゃんだけよ」伊吹も感慨深げに微笑んだ。「小さい頃から、お前はずっと俺の後ろをついて歩いてた。お前のことを気にかけないわけがないだろう?」伊澄は言葉にしなかったが、その目には本物の幸せが宿っていた。兄との絆を、彼女は心から頼りにしていたのだ。もしこの妹が兄を利用して紗雪を打ち倒せるなら、それほど楽な方法はない。「でもさ、相手が誰かははっきり言わないと」伊澄は目を鋭く光らせた。「お兄ちゃんは知らなくていいの。ただ、私に危害を加えようとする女だってことだけ分かっていればいい」もしあのクソ女がいなければ、今頃自分は京弥兄と結婚していたかもしれない。借り住まいなんてせずに済んだのに。長い間、紗雪と京弥から冷たい視線を浴びせられ、無視され続けた怨念が、彼女の胸の奥で渦巻いていた。今こそ、復讐の好機だ。緩むわけにはいかない。「わかったよ。今日中に手配しておく。一人で鳴り城にいるんだから、お前も、自分の身を気をつけろよ」伊吹は少し妹を気遣いながら、そう言った。自分にはこの妹しかいない。幼いころからわがままだったことも知っているからこそ、この妹を制御できるのは京弥だけだと確信していた。親友としての信頼もある。もし本当に二人が結ばれるのなら、安心して任せられる。そう思っていた。だが今の彼は、妹を優先した。親友に妻がいると分かっていても、妹の悲しむ顔を見るのは耐えられなかったのだ。古来より、すべてを両立させる方法など、ほとんど存在しない。伊澄は胸が熱くなるのを感じた。この兄との長年の絆を思えば、彼が自分のために動いてくれるのも当然だった。だからこそ、彼女はこれまでこれほどわがままに振る舞えたのだ。鳴り城に来てからしばらく、両親から一度も連絡が来なかったのは
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第324話

伊吹は通話を切られた携帯をしばらく見つめた後、ようやく部下に電話をかけた。「LC社のジョンについて調べろ。動きや行き先に何かあったら、すぐ俺に報告しろ」「はい」そう言って、二人は電話を切った。伊吹の目は冷たく鋭く光っていた。今度は、自分でジョンという男に会ってみるつもりだった。本当に噂通りのやり手なのかどうか、確かめてやる。ジョンがいなければ、二川なんて名前も聞いたことのない弱小企業にすぎないだろう。そう思うと、伊吹の気分は少し晴れた。「伊澄、安心しろ。俺に頼んだこと、しっかりやり遂げてみせるからな!」......二川グループ。「聞いた?海外プロジェクトに問題が起きたらしいよ!」「え?前は順調に話が進んでたんじゃなかったの?」「どういうこと?うちの会長がLC社のジョンとパーティーで直接契約をまとめたはずなのに、どうして問題なんか起きるの?」社員たちはざわめき、噂が本当なのかどうか混乱していた。しかし、その渦中にある当の本人・紗雪は、オフィスの中で淡々と座っており、表情からは喜怒哀楽の一切が読み取れなかった。その前では、焦った様子で歩き回る秘書の姿があった。彼は紗雪の落ち着き払った態度に、ますます焦りを募らせていた。「ちょ、会長、なんでそんなに余裕なんですか!?」紗雪は落ち着いた口調で言った。「じゃあ、私はどうすればいいと思う?」その問いかけに、秘書は一瞬言葉を詰まらせた。だが、紗雪が湯気の立つお茶を口元に運ぶ様子を見て、焦りは頂点に達した。「どうって、今のままじゃ駄目でしょう!ジョンのやつ、契約を反故にするなんて、人としてどうかしてますよ!あんなに順調に話が進んでたのに!」紗雪は席を立ち、窓際に歩み寄った。窓の外の車の流れを見つめながら、深く感慨にふけったように言った。「ビジネスっていうのは、こういう手段も普通なのよ」「それに、仮に私が今ここで焦ったとして......何が解決するっていうの?」その言葉に、秘書はハッとした表情を見せた。「そ、それもそうですね......じゃあ会長、私たちはどうすればいいでしょう?」「何もしない。ただ待つのよ」紗雪の瞳が細くなった。やはり、何か裏があるとしか思えなかった。たったこれだけの時間で、まだ正式
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第325話

「頼んだよ。この件、君に任せておけばきっと大丈夫」紗雪は微笑みながら、去っていく秘書の背中を見送った。秘書も、紗雪の意図をしっかりと理解していた。彼女の分析を聞いたことで、自分自身が冷静になり、頭も冴えてきたように感じた。一見、彼女はこの事態に無関心のように見えるが、実際はすでに策を練っているのだ。そう思えばこそ、彼女の落ち着いた様子も納得できた。彼女の器の大きさに、秘書の尊敬の念はさらに深まった。もし許されるなら、これからも彼女にずっとついていきたい。そう強く思った。外に出た秘書は、自分のデスク近くで社員たちが集まって、あれこれ噂話をしているのを見かけた。その声は次第に大きくなり、彼の耳にも内容が届いてくる。彼は机をバンッと叩き、苛立ちをあらわにした。「今は勤務時間中だぞ。君たちは何をやっているんだ」「そんなに仕事をしたくないのか?だからこんな風に堂々と話してるのか?」その一言で、その場の空気は一変した。社員たちは一斉に黙り込み、秘書を見つめた。彼の言っていることが的を射ていることは、皆理解していた。しかし。事が実際に起こった以上、話題にするなというのも無理があるのでは?と感じる者もいた。そんな中、勇気を出して一人が声を上げた。「それなら教えてください。噂は、本当なんですか?」「つまり、ジョンさんは本当に、うちと協力したくないってことなんですか?」その質問に、秘書は思わず苦笑した。この人たちは、自分を何様だと思っているんだろうか。二川グループの社員であることが、全てをコントロールできる立場だとでも?「知ったところで、どうなるというのだ」そう言われて、質問した社員は言葉を失った。口をもごもごと動かし、やっとの思いで言った。「でも......ただ、事実を知りたいんです。それが、私たち全員にとってもフェアだと思いますし......」秘書は鼻で笑いながら言った。「真実を知って、それから?」「ジョンさんは君のことを知ってるのか?それとも、君が会長の代わりに交渉しに行くのか?」その言葉を聞いて、質問者は自然と視線を下げた。何も言い返せなかった。確かに、言い方はキツいかもしれない。だが、彼の言っていることは間違っていない。真実を知ったと
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第326話

ジョンのアシスタントは、それまでの媚びへつらうような態度を一変させ、傲慢な態度を見せた。「君が二川会長の部下だって言うなら、会長本人が来ればいいだろう?わざわざ小物一人をよこす必要なんてなかったのに」秘書は拳を握りしめ、歯を食いしばりながら言った。「私は会長の唯一の補佐です。私が来たってことは、会長を代表できるってことなんです!」しかしアシスタントはまったく意に介さず、流暢な英語で言い放った。「だったら、なおさらご本人に来てもらわないと困る。これが我々のジョンさんの意向だ」そう言って、ジョンのアシスタントはさっさとスタジオに戻り、ドアの外に立っている秘書のことなど気にも留めなかった。その態度を見て、秘書は内心かなり腹を立てたが、どうすることもできなかった。あの程度のアシスタントがこんなにも傲慢になれるということは、きっとジョン自身の命令があったに違いない。でなければ、こんな真似をするはずがない。仕方なく、秘書はしょんぼりした様子で帰り、そのままの内容を紗雪に報告した。紗雪は頬杖をつきながら、気だるげで自由な様子で言った。「それで、そのアシスタント、本当にそんな態度で話してきたの?」秘書はうなずいた。「はい。全部そのままの言葉です。あのアシスタント、ほんとにろくでもない奴ですよ。前はあんな態度じゃなかったのに!」紗雪はまるで気にした様子もなく微笑んだ。「まあ、よくある話よ。結局は、主に従ってるだけだから」その言葉を聞いた秘書は、たちまち冷静さを取り戻した。自分が二川会長に忠誠を尽くしているのと、同じようなものだ。紗雪の姿勢があるからこそ、彼の対人態度も決まる。背くなんてあり得ない。「わかりました、会長」紗雪はくすりと笑った。「いいのよ。ジョンが私に来てほしいって言うなら、行ってあげればいいさ」彼女は真紅の唇を上げ、不敵に微笑んだ。秘書はまだ少し心配そうだった。「でも、会長......どうもジョンって、以前と様子が違いますよ。前はこんな態度じゃなかったのに」紗雪は当然のように言った。「人が変わる時って、大抵は利益が絡んでる」「お金の話なら、まだ交渉の余地があるってこと」その言葉に、秘書も大きくうなずいた。確かに、一理ある。だが、それでもどこか腑
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第327話

紗雪は秘書を連れて再びジョンのスタジオへと向かった。今回は、紗雪本人が来たと聞いて、ジョンもさすがに態度を改め、わざわざ出迎えに出てきた。「まさかご自身でいらっしゃるとは思いませんでした。お迎えが遅れてしまい、申し訳ありません」ジョンは笑顔を浮かべながら紗雪を迎えに出た。先日秘書が来た時とはまるで別人のようだった。そんなジョンの姿を見ても、紗雪は何も言わなかった。あたかも前に何も起こっていなかったかのように、にこやかに言う。「そんな、迎えるも何も。私たちの間柄で、形式ばったことは要りませんよね?」この言葉を聞いて、ジョンの顔には一瞬固い表情が浮かんだ。だがすぐに笑みに戻り、「では、どうぞ中へ」と案内する。紗雪は微かに頷き、ハイヒールの音を響かせながらジョンの横を並んで歩き、オフィスへと入っていった。二人はソファに向かい合って座ったが、室内にはどこか気まずい空気が漂っていた。紗雪は余裕のある態度で静かに腰掛け、ジョンが話し出すのを待っている。ビジネスの世界では、忍耐と冷静さがものを言う。先に口を開いた者が、すなわち先に屈したことになる。このことは、紗雪もジョンもよくわかっていた。しかしジョンがいくら待っても、紗雪は一向に動じず、まるで本当にお茶を飲みに来ただけのように、穏やかに茶を口にしていた。その顔色すら微塵も変わらない。その様子を見て、ジョンは思わず拳を握りしめる。この女、一体どういうつもりだ。わざわざ自分のスタジオまで来ておいて、こんなにも高飛車な態度を取るとは。先に口を開いた者が、すなわち先に屈したということを、わかっていないのか?だが紗雪の表情は終始穏やかだった。もちろん彼女は、その道理を理解している。だからこそ、先にここへ来るという行動だけで、すでに一度頭を下げている。次に口を開くのはジョンの番だ。でなければ、二川側には何の得にもならず、ただただ不利な立場に置かれるだけ。ついに耐えきれず、ジョンが口を開いた。「二川さん、わざわざスタジオまでいらっしゃって......何かご用でしょうか?」紗雪はようやくカップを置き、口元に微笑を浮かべて言った。「ビジネスの話ですから、遠回しな言い方はやめにしましょう」その瞬間、ジョンはまさに奥歯を噛み砕
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第328話

紗雪は細めた美しい目で言った。「つまり、以前の契約を反故にされるおつもりなのですね?」「えっ?」ジョンは小さく声を上げ、納得がいかない様子で言い返した。「どうしてそれが反故になるんですか?これは正常なコストの引き上げですよ」「あなたもご存知でしょう、うちのLC社が国際市場でどれだけの評判を持っているかを。あなた方と取引すること自体、すでに大きなリスクを背負っているのですよ」紗雪はただ黙って、ジョンが話し続けるのを見つめた。「それで?」「ですから、このプロジェクトに関しても、妥当だと判断した範囲内でコストを少し調整しただけなのです」「ふん......ジョンさん。その話、可笑しいと思いませんか?」紗雪は思わず言い返した。彼の厚かましさには、さすがの彼女も驚かざるを得なかった。LC社を選んだのは、その将来性を見込んでのことだった。だが、まさかその中の人間が、利益の話ばかりをして、しかも途中で値を吊り上げてくるとは。この点は、完全に彼女の誤算だった。そう考えながら、紗雪は拳をゆっくり握りしめ、瞳の奥に怒りを押し殺した。ジョンはそんな彼女の怒った様子を見て、むしろ面白がっているようだった。この女、普段は無表情のくせに、今は随分と怒っているじゃないか。なかなか面白い。ジョンは愉快そうに笑った。「可笑しいと仰るのですか?二川さん、あなたも商売は初めてではないでしょう?こうなることぐらい、予想できたはずですが?」紗雪は深く息を吸い込んだ。確かに、予想しておくべきだった。「交渉の余地は?」彼女がそう尋ねると、ジョンは彼女がそんな低姿勢になること自体が新鮮だったようで、からかうように言った。「あなたがそんな顔をなさるとは思いませんでしたよ。感情を見せることもあるのですね。さぞ焦っているでしょう?」その言葉を聞いて、紗雪は思わず笑ってしまった。怒りが極まったときの、あの冷えた笑いだった。この男を、まともな取引相手だと思っていた自分がバカだった。こんな状況になっても、まだ人をからかう余裕があるなんて。会社の資金がもっと潤沢なら、こんな男と丁寧に話す必要などなかったのに。「つまり、交渉の余地はない、と?」紗雪は最後にもう一度だけ確認した。ジョンは「ふん」と鼻を鳴らし
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第329話

ある言葉だけは、紗雪も間違ってはいなかった。自分は商人だ。だからこそ、利益こそが最も重要なのだ。この言葉は、どこに行っても通用する。だからこそ、ジョンは価格を変えることを選んだ。自分の利益をもっと増やすために。それこそが商人の本質だ。どこにいても、優先されるのは利益。そして、誰かが彼に教えてくれたからこそ、ジョンは価格を引き上げることを考えたのだった。もしそれがなければ、紗雪は本当にいいビジネスパートナーだったと言える。これまでのやり取りの中で、彼女の能力は誰の目にも明らかだった。だからこそ稼げると思ったから、ジョンは態度を変えたのだ。彼の顔に浮かぶ笑みは、徐々に陰りを帯びていく。「紗雪、私を恨むなよ。恨むとしても、海外マーケットを開拓するのに私を頼らざるを得なかった自分を恨むんだな」「これは仕方ないことだよ?私に依存するなら、それ相応の代償を払ってもらうだけさ」そう思うと、ジョンの口元は再び冷ややかな笑みを浮かべた。......紗雪がスタジオを出ると、外で待っていた秘書の姿が目に入った。彼女の表情を見た秘書は、何とも言えない不安を覚えた。まさか、話がまとまらなかったのか?だがそれも、彼のただの憶測にすぎない。彼は小さな声で問いかけた。「会長、ジョンの方はどうでしたか?」彼もまた、早くこの件が片付くことを願っていた。しかし次の瞬間、紗雪はただ首を振った。「やめておこう。ジョンのルートはもう捨てる。他の方法を探すしかない」秘書の胸が「ドクン」と鳴った。「社長、それってどういう......?」紗雪はただ首を振り、ため息をついた。「いや。ただ、彼はうちには合わないだけの話だ」「今回は、私の判断ミスだったわ。彼は私たちに資金があまりないことを知っていて、今になってこのプロジェクトが儲かると見るや、急に値段を吊り上げてきた」紗雪の美しい瞳が鋭くなった。「そんな人間とは、組むべきではない」その言葉に、秘書も思わず驚きの色を浮かべた。「まさかあんな人だったなんて......」紗雪はまたしても首を振った。「私も初めて知ったよ」彼女の瞳には明らかな失望の色が浮かび、体の横に垂れていた手が静かに握りしめられた。今回ばかりは、完全に見誤っ
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第330話

あの資金は、すべて会社のものだ。それをすべてこのプロジェクトにつぎ込むわけにはいかない。もし最後にすべてが無駄に終わったら......そうなれば、このプロジェクトに使われた現金は全て凍結され、損失はさらに拡大する。紗雪は赤い唇をぎゅっと結んだ。こんな状況は、あとから取り返しのつくような話ではない。それに気づいたからこそ、彼女はジョンとのこの一歩を「間違いだった」と思ったのだ。理由はわからない。けれど、彼女の胸には焦りが広がっていった。次に何をすればいいのか、まったく見えなくなっていた。こんな紗雪を見るのは、秘書にとっても初めてだった。彼女にどうやって手を差し伸べればいいのか、彼にも分からなかった。「でも、会長......その資金を使わないのなら、海外のプロジェクトはどうすれば......」秘書も焦りをにじませる。いつまでも保留にしておくわけにはいかない。こんなふうに時間ばかりが過ぎていくのは、両方にとって損だ。この案件自体が両刃の剣だというのに、時間が経てば経つほど、両者にとって時間も労力も無駄になっていく。最終的に、利益どころか、このプロジェクトをちゃんと完了できるかどうかも怪しくなる。そう考えるからこそ、紗雪は不安になる。もしこのプロジェクトが最後まで完遂できなかったら......ジョンの方は、一体どうしちゃったのか。以前とはまるで別人のように、冷酷になってしまった。紗雪は秘書をちらりと見て、なんとか笑顔を作った。「......まずは戻りましょう。あとのことは私が何とかするから」そう言って、紗雪はひとりで車を出してその場を去った。秘書はその背中を見送るしかなかった。悔しい気持ちはあったが、今いちばん大切なことは、紗雪の負担にならないこと。余計なことをすれば、みんなにとって何の得にもならない。紗雪にとっても、今の状況はいいものとは言えない。でも、彼女自身にも、今はこれといった打開策がなかった。彼女は自宅に戻ると、この件はいったん脇に置くことに決めた。まずはジョンの裏側を探る必要がある。彼がなぜ、突然こんなことを言い出したのか。これまでジョンは、彼女に対してずっと好意的だった。価格を変更するような素振りもなかった。それが今回は、
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