「事故物件って……」 そこまで言いかけて、悠斗は口を閉じた。廊下の奥にある襖が、わずかに開いている。その隙間の向こうに、人の気配があった。 「琴乃姉さん、来たよ〜」 美琴が襖を引く。開いた先には、六畳ほどの和室があった。部屋の中央にベッドがひとつ置かれ、その上でひとりの女性がゆっくりと身を起こしている。 黒髪は短く刈り上げたような大胆なショートで、長めの前髪が片目にかかっていた。気怠げなまなざしの半分がそこに隠れ、寝起きなのか、それとも元からそういう空気をまとっているのか、輪郭そのものがどこか倦んで見える。 けれど、悠斗の肌が反応したのは見た目ではなかった。 部屋に足を踏み入れた瞬間、空気の質が変わった。さっきまでこの家にまとわりついていた、事故物件らしい嫌な冷たさが、この部屋に限っては綺麗に消えている。ただそこにいるだけで場を清めてしまうような気配が、その女性にはあった。 「いらっしゃい。随分早かったわね」 声にも気怠さはある。だが、芯まで緩んでいるわけではない。奥に一本、揺るがないものが通っていた。 「初めまして。櫻井悠斗です。琴乃さんのことは、美琴から聞いていました」 背筋を伸ばし、頭を下げる。鏡の前で何度も練習した挨拶だったが、いざ本番になると少しだけぎこちなかった。 「君が悠斗君ね。あなたのことなら、美琴からよく聞いていたわ」 その一言で、胸の奥がふわりと浮いた。美琴が自分の話をしてくれていた。家族同然の相手に、自分の名前を出してくれていた。そのことが、思っていた以上に嬉しい。 「僕の話を……?」 「琴乃姉さん……! あまりそういうことは……!」 美琴の声が裏返る。そちらを見ると、耳までしっかり赤くなっていた。 「だって、実際に嬉しそうに話してるじゃない?」 「も、もう。いいってば……!」 琴乃はベッドの縁に腰かけたまま、薄く笑っている。からかっているというより、妹の反応を眺めて満足しているような顔つきだった。 「ごめんね。ちょっとからかいたくなっちゃって。――それで、今回来たのは、悠斗君の血筋について私に何かわからないか、って話よね」 声の調子が切り替わる。気怠げな雰囲気はそのままなのに、その奥から巫女としての輪郭が静かに浮かび上がった。 「うん……。私もいろいろ調べてはいるんだけど、どうし
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