All Chapters of 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜: Chapter 111 - Chapter 120

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縁語り其の百十一:臆病者の天秤

──夜が明けた。 あれほどの絶叫と謎に満ちた夜が嘘だったかのように、穏やかな秋の朝が訪れる。教室の窓から差し込む陽光は柔らかく、空はどこまでも高く澄み渡っていた。 けれど、僕の心は晴れない。あの昨夜の出来事が頭から離れず、重く沈んでいた。 (……あの怯え方は、異常だった) 脳裏に蘇るのは、恐怖に歪んだ老婆の顔と、耳の奥にこびりついて離れない断末魔の叫び。 (一体……何に脅えていたんだ……?) 「よっ、悠斗」 「……翔太か。おはよう」 不意に声をかけてきた親友に、僕は力なく返す。 「なんだよ、浮かない顔しやがって。昨日のばあちゃん、そんなにヤバかったのか?」 「……え?」 そんなに顔に出ていただろうか。結局、僕は翔太に、昨夜の廃校での出来事をかいつまんで話した。もちろん、美琴や僕の能力のことは、翔太も知っている。 「……っていう訳なんだ」 「へぇー。でもよ、それっておかしくねぇか?」 僕の話を聞き終えた翔太は、腕を組んで唸る。 「いや、俺は詳しくねぇけどさ。幽霊って普通、成仏したら光になって消えるとか、そういうもんだろ?」 その、あまりにも単純な言葉に、僕はハッとさせられた。 そうだ。霊という存在を知らない翔太の感覚の方が、むしろ正常だ。未練を断ち切れば、彼らは還るべき場所へ還る。それが道理のはず。 でも、昨日の老婆は明らかに違った。恐怖に歪んだあの顔。断末魔の叫び。そして、まるで存在そのものが「喰われた」かのような、痕跡の消滅……。 何かが、絶対におかしい。 僕は込み上げる違和感を頭の片隅に押しやり、無理やり教科書に視線を落とした。 *** 昼休み。僕たちは、久しぶりに二人で屋上のベンチに座り、弁当を広げていた。 「なぁ、悠斗」 「なに?」 唐揚げを口に放り込んだ翔太が、唐突に言った。 「お前、いつになったら美琴ちゃんに告白すんだよ」 「ゴホッ…! ゲホッ、げほっ…!」 その一言に、僕は盛大に麦茶を噴き出しそうになった。 「お、図星か? 動揺しまくりだな、お前」 ニヤニヤと笑う翔太を、僕は涙目で睨みつける。 「いきなり、何を言い出すんだ!」 「いやいや、見てるこっちがもどかしいんだよ。お前らが互いに意識しまくってるの、周りから丸分かりだって、前も言ったろ?」 その言葉に、僕の脳裏に美琴の顔が浮かぶ。
last updateLast Updated : 2025-07-03
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縁語り其の百十二:世界が裂ける音

昼間の喧騒と、あの決意が、嘘のように遠い。 僕は一人、夕暮れの商店街を歩いていた。 惣菜屋から漂う揚げ物の匂い、八百屋の店主の威勢のいい声、家路につく人々のざわめき。見慣れた、いつもの帰り道。聞こえてくる音は、いつもと同じはず。 なのに──なぜだろう。 全ての音が、まるで分厚いガラス一枚を隔てた向こう側で鳴っているかのように、ひどく空虚に感じられた。揚げ物の匂いはするのに、食欲は少しも湧いてこない。賑やかなはずの世界から、自分だけが切り離されてしまったかのような、奇妙な静寂。 (なんだ……この感覚……) 僕がその違和感の正体を探して、無意識に視線を彷徨わせた、その時だった。 道の向こうに、「それ」はいた。 焦点の合わない虚ろな目で、口の端からだらりと涎を垂らした、一人の霊。よれよれのスーツ姿からして、元はサラリーマンだったのだろうか。 その霊は、何かに突き動かされるように、商店街を行き交う人々に向かって、無差別に殴りかかっていた。もちろん、その腕は、何事にも気づかない人々の体を、虚しくすり抜けるだけ。 だが、その行動は、僕が今まで見てきたどんな霊とも違っていた。そこには、意思も、明確な憎悪もない。ただ、空っぽの衝動だけがあるように見えた。 僕は、すっと息を吸い込むと、霊眼術を発動させた。 世界から色彩が抜け落ち、霊的な存在だけが色を帯びて浮かび上がる。 そして、僕の目に飛び込んできたのは──燃えるような、真っ赤な影だった。 (敵意を持った悪霊…!!) 間違いない。危険な存在だ。けれど、その禍々しいオーラとは裏腹に、その行動はあまりにも支離滅裂で、どこかちぐはぐだ。 (何なんだ、あの霊は……! 当たるはずもないのに、ただ拳を振ってるだけ……?) その、不気味で、哀れな姿から、僕は目を離すことができなかった。 あのまま放置しておくのは、まずい。僕の本能が、強く警鐘を鳴らしていた。 僕は、すっと手のひらに意識を集中させる。じりじりと、霊力が熱を持って集まっていくのが分かった。やがて、僕の手のひらの上に、小さな光の粒が生まれる。 「星燦ノ礫…!」 僕がそう呟くと同時に、圧縮された碧い光の弾丸が、手のひらから弾き出された。 それは、買い物客たちの隙間を縫うように、一直線に、あの霊へと飛んでいく。 やがて、直撃。 霊の身体が、まる
last updateLast Updated : 2025-07-03
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縁語り其の百十三:黒い帳

ぎしり、と。 錆びついたブリキの人形のように、僕の首が、ゆっくりと背後を振り返る。 見たくない。見てはいけない。本能の全てが、絶叫して拒絶していた。 けれど僕は、見てしまった。 路地裏の、一番深い闇の中に、ソレはいた。 人ではない。かつて、人だったのかもしれない、という異形の何か。 その肌は、死斑のように不気味な紫色に変色している。腰まで伸びた髪は、まるで水底に沈んだ屍のように、もつれ、生気なく垂れ下がっていた。 指先からは、黒く、鋭利な刃物のように研ぎ澄まされた爪が異様な長さに伸びている。剥き出しの足もまた、同様の禍々しい爪が、地面を抉るように生えていた。 そして、顔。 僕の視線が、恐る恐るその顔へと向かった時、暗闇と、目が合った。 爛々と光る、一対の黄金の瞳。 それは人間のものではない。夜闇を支配する、獰猛な獣の、飢えた眼光。 その双眸からは、涙の代わりに、どす黒い血が、止めどなく、止めどなく、流れ落ちていた。 ──迦夜。 『……ヒ……ヒヒ……ハ……』 骨が擦れるような、乾いた笑い声を聞いた瞬間、僕の世界から音が消えた。 喉が氷のように凍りつき、ひくりとも動かない。脳裏に、見たくもない記憶が灼きつくようにフラッシュバックする。白いシーツに横たわる、意識のない母さんの顔。そして……美琴の、泣き叫ぶ声。 そうだ、こいつが。こいつが、全部。 僕たちの日常を、幸せを、未来を、すべてを壊した元凶が── 今、目の前に、いる。 それなのに、 全身が鉛を流し込まれたように重く、動かない。指一本、動かせなかった。 『……アァ…ア……ア……』 空気がねじれる。声とも音ともつかぬ“なにか”が、空間に食い込んだ。魂を直接揺さぶるような、耐え難い不快感。 本能が警告する。逃げろ。今すぐに。でも、身体が……動かない。 (動け…! 動けよ…!!) 心の中で叫んでも、足は地面に根を張ったかのように、ぴくりともしない。目の前では、迦夜がゆっくりと距離を詰めてくる。ぺた、ぺた、と。乾いた路面に、裸足の足音が不気味に響いた。 もう、だめだ。 その圧倒的な恐怖に、僕の意識は白く塗りつぶされていく。 『……ぅぐ……ぁ…』 ──その、時だった。 僕の背後から。結界に捕らえたはずの霊が、苦痛に喘ぐくぐもった声が聞こえた。 その、僕以外の誰かの苦
last updateLast Updated : 2025-07-04
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縁語り其の百十四:恐怖の正体、無力の証明

「あれは……幽護ノ帳……?」 間違いない。 見た目も、そこから発せられる禍々しい気配も、僕の知っているものとはまるで違う。けれど、その術が持つ根本的な構造、その霊的な“骨格”とでも言うべきものが、僕自身の術と寸分違わず一致している。魂が、それが同質のものであると、嫌でも理解させられる。 だが、どうして。なぜ、あの怨霊が、巫女の血を引く僕たちだけの術を使える? 思考が混乱の渦に飲み込まれかけた、その時だった。脳の一片だけが氷のように冷静に、先ほどの光景をフラッシュバックさせる。 (そうだ……迦夜は、ボロボロの巫女服を……着ていた……) その瞬間、頭の中で何かが、かちりと音を立てて繋がった。 巫女の装束。そして、巫女の術。 (つまり……迦夜は、僕たち古の巫女の末裔と、何かしら関係がある……! いや、あるいは……!) その結論に至った、まさにその時だった。 目の前の迦夜の表情が、まるで壊れた人形のように、唐突に切り替わった。 さっきまでの怒りの形相が嘘だったかのように、その口角が不自然に吊り上がり、満面の笑みになる。 そして、あの音が響く。 最初は、音と呼ぶにはあまりに歪な響きだった。でも、耳を澄ますと気づいてしまう。 (これは声……!) そうだ。人の喉から発せられたとしか思えない、おぞましい音色。 だが、一つじゃない。幾つもの、何十もの、何百もの声が、一つの塊となって耳に流れ込んでくる。それは、押し殺した嗚咽、苦痛に満ちた喘ぎ、狂ったような含み笑いが、ごちゃ混ぜになって溶け合った、魂の不協和音だった。 迦夜は、笑っている。声を出さずに。 なのに、彼女の周囲からは、絶望に満ちた魂たちの声だけが響いている。 その、「ズレ」を認識した瞬間、僕の身体は恐怖を振り払うように、再び駆け出していた。振り返り、追いすがる絶望に向かって、立て続けに霊力の弾丸を撃ち込む。 ここで僕は、ある可能性に賭けた。あの「黒い帳」は完璧な防御であると同時に、術者の視界を完全に塞ぐ、分厚い「目隠し」でもある、ということに。 僕は走りながら、闇に慣れた目で必死に周囲を探る。あった。少し先の薄暗がりに、大型の業務用ゴミ入れが転がっているのが見えた。 「はぁ…!はぁ…!星燦ノ礫!!」 碧い光弾を連射して迦夜の注意を真正面に引きつけ続け、僕はゴミ入れの目前で急停止す
last updateLast Updated : 2025-07-04
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縁語り其の百十五:ありがとうを言わせて

どれだけの時間、そうしていたのだろう。 迦夜が去った後も、僕はあの鉄の箱の中で、ただ身を丸めていた。冷たい汗が肌に張り付き、体は意思とは無関係に、カタカタと震え続けている。 (でも…いつまでもこうしてはいられない…) 脳裏に、美琴の顔が浮かんだ。 そうだ、伝えなければ。迦夜が現れたこと、そして、あの「黒い帳」のことを。 その使命感が、ようやく凍りついていた僕の身体に、か細い熱を灯していく。 僕は、震える腕で、重いゴミ入れの蓋をゆっくりと押し上げた。 闇に慣れきった目に、路地裏を照らす街灯の光が、やけに眩しく突き刺さる。 鉄の箱から這い出ると、ひんやりとした夜気が、汗で濡れた身体を撫でた。まさに、その時だった。 聞き慣れた、今一番聞きたかった声が、すぐ側から響く。 「悠斗君!?」 その声の方へ、ゆっくりと顔を向ける。 そこに立っていたのは、息を切らし、心配そうに僕を見つめる美琴だった。 「……み、こと……?」 彼女の姿を、その顔を、その声を認識した瞬間。 胸の奥で張り詰めていた氷の糸が、ぷつりと音を立てて切れた。全身から、急速に力が抜けていく。視界がトンネルのように狭まり、彼女の声だけが僕を繋ぎとめる錨になる。 ──ああ、よかった。助かったんだ。 そう、心の底から安心したら、もうダメだった。 膝から崩れ落ちかけた僕の身体は、駆け寄ってきた美琴の華奢な腕に、力強く支えられた。 「どうしたの…!? すごい汗……顔も真っ青だよ…!?」 僕の顔を覗き込む彼女の声が、ひどく遠くに聞こえていた。 *** 美琴の肩に寄りかかるようにして、僕たちは近くの公園までなんとかたどり着き、湿った夜気を含むベンチに腰を下ろす。 「悠斗君…どうしたの…?何があったの…?」 心配そうに僕の顔を覗き込む美琴に、僕はすぐには答えられなかった。 瞼の裏に、あの光景が焼き付いている。空間を裂いて現れた異形。血の涙を流す、黄金の瞳。そして、僕の礫をいとも容易く受け止めた、あの黒い帳。 「迦夜が……迦夜が現れたんだ…」 絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、震えていた。 「えっ……!」 美琴が息を呑む気配が、隣で伝わってくる。 「追いかけられた。どれくらいの時間だったのか、もうわからない……。あの路地裏から、永遠に出られないかと思った……」 「…
last updateLast Updated : 2025-07-07
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縁語り其の百十六:絶望の処方箋

俯いたままの僕を、美琴はまっすぐに見つめていた。 「悠斗君、あなたはね……間違いなく成長してるよ」 その声は、やわらかく、でも胸の奥まで届くほど真っ直ぐだった。優しさに包まれているのに、不思議と甘さはなくて。まるで、確信だけを結晶にしたような響きだった。 「だから……自分が成長してないなんて、思わないで」 「……!」 思わず、顔を上げた。目が合った瞬間、胸の奥にしまい込んでいた感情が、ざわりと揺れる。 「……本当に、そう思ってくれるの……?」 自分でもわかるほど、縋るような声だった。情けない。でも、それしか出てこなかった。 「うん。霊力の扱いに関しては、もう比べ物にならないくらい上手になってるもん」 きっぱりとしたその声が、僕の心の奥にまっすぐ届く。何も言えなかった。胸の中で、頑なだった何かが、ポロポロと溶けかけていた。 「きっと悠斗君は、迦夜っていうトラウマに遭遇しちゃって……今は自信が持てないかもしれない。でもね、あなたは間違いなく強くなってる」 その言葉は、閉ざしていた心の扉を、そっと押し開くようだった。静かで、優しくて、でも決して揺らがない。 「だから、心配しなくても大丈夫なんだよ」 まるで灯りのように、胸の中をあたためるその声。僕は無意識に止めていた息を、長く、静かに吐き出した。 *** 沈黙のあと、ようやく声が出た。 「ありがとう、美琴」 「落ち着いた?」 ふわりと、彼女が微笑んだ。張りつめていた空気が、ほんの少し緩む。 「うん、おかげさまでね」 僕も、力の抜けた小さな笑みを返した。あんなに取り乱した姿を見せたのに、彼女は変わらず、そこにいた。そのことが、何よりも救いだった。 その笑顔を見たときだった。胸の奥に押し込めていた“違和感”が、ふいに浮かび上がってきた。 ──そうだ。 「あっ……! そういえば……迦夜が、“幽護ノ帳”を使ったんだ……!」 一気に現実へ引き戻される。僕の声が、焦りで跳ねた。 その瞬間、美琴の笑みがすっと消えた。まるで、空から音が消えたような静けさ。 「美琴……隠さないで教えてほしい。迦夜って……本当は、何者なの?」 「っ……」 唇を噛んだまま、彼女は黙り込む。その沈黙が、逆にすべてを語っているようで、僕の心臓が不規則に打ち始めた。 「迦夜はね……私たち、古の巫女たちの──」
last updateLast Updated : 2025-07-08
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縁語り其の百十七話:現実が裂けた場所

「なら……僕はもう逃げない」 夜の帳が静かに広がる中、その言葉は、意志のこもった刃のように空気を切り裂いた。 さっきまでの自分に、そっと別れを告げる。臆病で、迷っていた自分に。 「迦夜とだって……真っ向から向き合う。美琴の負担は……僕が少しでも背負うよ」 声を張るつもりはなかったのに、自然と胸の奥から熱が湧き上がっていた。恐怖は消えない。でも、その恐怖が、今は炎となって胸を灯している。 「悠斗君……」 美琴の声が、夜気を震わせるように漏れた。 「だから……今度こそ、二人で迦夜を祓おう」 その瞳を真っ直ぐ見つめながら、僕は言った。 隣にいる彼女を、迦夜になんて絶対にさせない。その想いが、僕を支える杭だった。 言葉を飲み込むように、美琴は黙って僕を見つめていた。 やがて、その瞳に淡く微笑みが浮かぶ。優しくて、どこまでも包み込むような笑顔。 「悠斗君……ありがとう」 だけど。 その微笑みは一瞬で、彼女はふと視線を逸らし、夜空に浮かぶ月を見上げた。その横顔が、今まで見たこともないくらい、儚く、寂しそうに見えたんだ。 僕の決意が、巡り巡って彼女を追い詰めてしまったかのような、痛々しいほどの静けさ。 (守る、と誓ったはずなのに……なぜ、君はそんな顔をするんだ?) その哀しみの意味を、今の僕はまだ知らない。 *** 放課後。 チョークの粉が舞う、西日差す放課後の教室。窓の外からは、野球部の掛け声と、吹奏楽部のどこか調子っぱずれなトランペットの音が聞こえてくる。そんな、ありふれた平穏のど真ん中で、僕たちは世界の裏側の話していた。 「今日、私が迦夜の痕跡を追ってみるね」 美琴が静かに切り出す。 「うん。そういえば……迦夜の痕跡って、普通の霊とは違うの?」 「うん。普通の霊は、残り香とか、感情の残滓が気配として残るんだけど……迦夜の場合は、もっと物理的なんだ」 「物理的??」 彼女は窓の外に視線をやった。 「紫色の瘴気みたいなものが、迦夜の歩いた場所に残るの」 「紫の、瘴気……」 その言葉が、脳に突き刺さる。**全身の血が、一瞬で冷たくなるような感覚。**昨夜の記憶が、フラッシュバックした。 「……あっ。僕、それ、見たかもしれない」 「様子がおかしい霊……?」 「うん。目が虚ろで、魂が壊れてるみたいだった。その霊に、一瞬だ
last updateLast Updated : 2025-07-09
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縁語り其の百十八:Uチャンネルの目撃者

あれから、三日ほどが経った。 僕と美琴は、学校が終わると毎日、迦夜の痕跡を辿っていた。だが、手掛かりはいつも途中でふつりと消えてしまう。相変わらず痕跡はあるものの迦夜は見つからず、異界への入り口も、まだ見つかってはいない。 「うーん…なかなか見つからないね……」 夕暮れの公園のベンチで、隣に座る美琴が、ため息混じりに呟いた。 「ここまで探して見つからないとなると、僕たちの足で探すのには限界があるのかも……」 僕が言いよどんだ、その瞬間だった。 脳内に、まるで微かな電流が走ったかのような、鋭い閃きがあった。 「あっ!!!」 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。 「え、えっ!?ど、どうしたの!?」 僕の突然の奇声に、美琴がびくりと肩を揺らした。 「もしかしたら、オカルト系の掲示板やまとめサイトが役に立つかもしれない……!」 我ながら、なんて突飛なアイデアだろうか。だが、もう藁にもすがりたい気分だった。まさか僕自身が、こんな形で真剣に心霊掲示板を覗くことになるとは。 「なる……ほど……?」 美琴は、不思議そうに小首を傾げている。彼女はこういうものには、まったく詳しくないのだろう。 僕はスマホを取り出すと、検索窓に心霊系まとめサイト『Uチャンネル』と打ち込んだ。 ──『Uチャンネル』。 その名の通り、UFO、UMA、都市伝説といった、正体不明な話題を節操なく扱う、国内最大手のオカルト系まとめサイトだ。 掲載される情報の9割9分は、正直、一笑に付すようなガセネタか、悪質なデマばかり。普段なら僕も、暇つぶしで冷やかす程度だ。 でも──。ごく稀に、その膨大なガラクタの中に、本物が見過ごせない形で紛れ込むことがある、とも言われている。 今の僕たちには、その「1分」の可能性に賭けるしかなかった。 僕は指で画面を滑らせ、次々と目に飛び込んでくる記事のタイトルを追った。 「速報!桜織市上空に謎の飛行物体!まさか天狗か!?」 「桜織森林公園で妖精を目撃!?純白のドレスだったとの証言多数!」 「【朗報】温泉郷の迷い人を導く謎の美少女アイドル!その名は陽菜ちゃん!!」 ……なんていう、どこか現実離れした見出しが並んでいる。 陽菜さんの存在が、いつの間にか「導きのアイドル」として祭り上げられている事実に、僕は思わず乾いた笑いを漏らした。 気に
last updateLast Updated : 2025-07-10
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縁語り其の百十九:般若の哄笑

どうにか写真の場所にたどり着いた僕たちは、ぜいぜいと肩で息をしていた。全力で走ってきたせいで、心臓が今にも破裂しそうだ。 「はぁ……はぁ……」 息を整えながら、僕たちは同時に霊眼術を発動させる。だが、やはり僕の目には、街の雑踏と、車のヘッドライトが流れていくだけで、何も見えない。 「……うん。さっきまでここにいたみたい」 美琴が、悔しそうに呟いた。 「美琴、どうして僕には迦夜の痕跡が見えないんろうう……?」 僕がずっと疑問に思っていたことを口にすると、彼女は、少しだけ悲しそうな目で僕を見た。 「それはきっと、悠斗君が呪われてないからだよ。この身に宿る呪いが、迦夜の痕跡に共鳴してるみたいだから」 淡々と告げられるその事実に、僕の胸は、ぎゅっと締め付けられるように痛んだ。彼女のその力が、彼女自身を蝕む呪いの副産物でしかないという現実。 僕がそう相槌を打った、まさにその瞬間だった。 「っ……!悠斗君!!」 美琴が、悲鳴に近い声で叫んだ。 次の瞬間、彼女は僕の体に、全体重を預けるように強く抱きついてくる。 ドンッ、という衝撃と共に、僕の身体が突き飛ばされる。それと同時に、僕がさっきまで立っていた場所の空間が、黒色の爪のようなもので切り裂かれ、肉が破裂するような悍ましい音が響き渡った。 「な、何が……!?」 何が起きたのか、まったく理解が追いつかない。僕は、尻もちをついたまま、呆然としていた。 僕を突き飛ばした美琴は、膝を折って地面に座り込む体勢になりながらも、その瞳は、鋭く前方を睨みつけている。 「迦夜……!」 美琴が睨みつける、その視線の先。 そこには、ふわり、と。 音もなく、まるで、そこにいるのが当たり前かのように、迦夜が宙に浮いていた。 目の前に、あの恐怖そのものがいる。 その事実だけで、僕の思考は、再びあの悪夢に引きずり込まれていた。 空間が引き裂かれる音、意識のない母さんの顔、終わらない路地裏の悪夢──いくつもの絶望的な記憶が、嵐のように脳内で渦を巻き、僕の身体を見えない鎖でがんじがらめに縛り付けていく。 「迦夜……! ようやく見つけた……!」 そんな僕とは対照的に、美琴は、ゆっくりと、しかし確かな足取りで立ち上がった。その華奢な身体のどこに、あんな力が残っているのか。 『ハハ…』 迦夜が、ふと笑ったように見え
last updateLast Updated : 2025-07-11
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縁語り其の百二十:黒い灰は軽すぎて

僕が咄嗟に展開した桜色の結界に守られながら、美琴が静かに、だが力強い声で詠唱を紡ぎ始めた。 「燦星の輝きを我が手に集めよ……我が祈りにて穢れを砕く珠を放て!」 詠唱を終えた瞬間、彼女の華奢な身体から、眩いほどの紫色の霊気が迸った。それは、迦夜が纏う禍々しい瘴気と同じ源流にありながら、どこまでも清らかに澄んだ、浄化の輝きを放っている。 「星燦ノ礫…っ!!」 美琴の指先から、鋭い紫色の光弾が、閃光となって弾け飛ぶ。 それを見た迦夜は、さっきまでの般若のような怒りの形相から一転、なぜか、楽しそうににやりと口角を吊り上げた。 (何を考えてるか分からない……でも、僕にも出来る事がある!) 迦夜が、紫色の光弾をひらりとかわそうと、横に飛んだ。その動きを、僕は見逃さない。 「神籬ノ帳!!」 迦夜が回避しようとする、その先回りをするように、僕は壁のように結界を展開する。 僕の役目は、攻撃じゃない。援護だ! 『……!!!』 行く手を阻まれた迦夜が、驚いたように、一瞬だけ動きを止める。 初めて試した、攻撃的な結界の使い方。だけど、上手くいった。確かな手応えが、僕の指先に伝わってくる! その、ほんの一瞬の硬直が、命運を分けた。 僕が展開した結界に阻まれ、動きを止めた迦夜。その一瞬の隙を、美琴の紫色の光弾は見逃さなかった。 閃光が、寸分の狂いもなく、迦夜の身体の中心を貫く。 「やった!?」 「…………!?」 僕は、思わず叫んでいた。 『オオオオォ……』 光に貫かれた迦夜が、低い呻き声を上げる。だが、その表情からは、何故か、あの不気味な笑みは消えていなかった。 そして、次の瞬間。 その体は、まるで燃え尽きた紙人形のように、サラサラと黒い灰になって崩れ落ちていった。 「これは……!」 なのに、隣にいる美琴の声は、歓喜とは程遠い、訝しむような色を帯びていた。 「えっ? 倒したのに、なんで……?」 僕が彼女の反応に戸惑っていると、美琴は、迦夜が崩れ落ちた場所へと、ゆっくりと歩いていく。 「……やっぱり」 彼女は、そこに残った黒い灰を少量だけ指先でつまむと、確信したように呟いた。 「ど、どうしたの?」 「悠斗君。残念だけど……さっきのは、偽物みたい。魂の重みが、全く感じられない」 その言葉が、僕の頭に届くまで、数秒かかった。 「えっ…
last updateLast Updated : 2025-07-12
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