僕は今、なぜか水着専門店の真ん中に、ぽつんと一人で立っている。 目に映るのは、目がチカチカするほどの色合いの水着。鼓膜はアップテンポな洋楽に叩かれ、店内にはココナッツみたいな甘い香りが満ちている。 ついさっきまで隣にいたはずの美琴は、押しの強い女性店員に言いくるめられ、あっという間に試着室の向こうへと姿を消した。 ──どうして、こうなったんだっけ。 思考の糸をたぐり寄せると、脳裏に数日前の光景が鮮やかに蘇る。 夏の陽射しを丸ごと吸い込んだみたいに、きらきらと弾ける声だった。 「悠斗君!! 私、海に行ってみたいっ!!」 桜翁の社で聞いた、沙月さんの「自分の気持ちに素直に生きなさい」という言葉。あれが彼女の中で確かな光になったのだと、僕は肌で感じていた。今までなら、きっと言えなかっただろう言葉。彼女がどれほどの勇気を出して、この一歩を踏み出したのか。その瞳には、今まで見たこともない、未来への強い期待が宿っていた。 「海か。……いい思い出になるかもね」 僕の声も、自分でも驚くほど弾んでいた。彼女の輝きに、心が自然と引かれていく。 この一年、僕たちはあまりにも多くのものと向き合いすぎた。だからこそ、日常から少しだけ離れて「普通」の時間を過ごすことは、何よりの癒やしになるに違いない。 「でも、私、水着なんて持ってないんだよね……」 そう言って、彼女はちらりと僕を見上げた。その視線。そこには、どこか遠慮がちな響きと、それでも隠しきれない期待が混じり合っていた。 もう一年以上、僕たちは共にいる。言葉にしなくても、その視線が何を意味するのかは痛いほど伝わってきた。これはきっと、「一緒に買いに行こう」という、彼女なりの精一杯の誘い。その事実が、僕の胸をじんわりと温かくする。 「じゃあ、明日行こうか」 僕の声は、きっといつもより少しだけ高かった。 「ほんと!? やったーっ!」 無邪気に喜ぶ美琴。その曇りのない笑顔は、見ているだけで心が洗われるようだった。 沙月さんがいなくなってしまった、空虚さを、彼女の笑顔が埋めてくれるようだ。 (この子を、もっと笑顔にしたいな) ……心の底から、そう思った。 *** そして今日、僕たちはここにいる。 目の前で悩ましげに唸る美琴の姿が、僕の目には新鮮で、どこか愛らしく映った。 「うーん……種類が多すぎて、
Terakhir Diperbarui : 2025-06-28 Baca selengkapnya