All Chapters of 無視され続けた妻の再婚に、後悔の涙: Chapter 11 - Chapter 20

20 Chapters

第11話

「足を捻ったみたい……ごめんなさい、道まで支えてもらえますか?タクシーを拾いたいんです」「行き先は? 送っていきますよ」男性は彼女の足の状態を見てすぐに近づくと肩を貸してくれた。智美は迷うことなくその申し出を受け入れた。彼女たちはそのまま病院へ向かった。到着すると、付き添いの高村は自分を責めて何度も謝った。智美は落ち着きながら、病院の警備員に防犯カメラの映像を確認してもらった。ほどなくして、母の彩乃が夕方6時に病院を出たことが分かった。記憶が不安定な母が自力で戻ってこられるとは思えず、不安が募った智美の目からぽろりと涙がこぼれた。隣にいた男性がそっとティッシュを差し出してくれた。「心配しないでください。警察に勤めている友人がいるので、手伝ってもらえるかもしれません」智美はまるで溺れる者が藁をもつかむように、すがるような目で言った。「本当ですか?お願いできますか?」彼はすぐに携帯を取り出して、電話をかけ始めた。「菊地署長、少しお願いがあるんだ。知人の家族が行方不明でね……うん、分かった」彼は智美の方に顔を向けた。「ご家族の写真、ありますか?」「あります!」智美は急いでスマホを取り出し、アルバムを開いて彼に見せた。彼は電話相手に「後で写真を送る」と告げ、通話を切ると智美に言った。「LINE、交換してもいいですか?」智美は彼とLINEを交換し、すぐに母の写真を送った。男性はスマホを見ながら、再び何やらやり取りを始めた。智美はふと彼のLINEプロフィールを見て驚いた。アイコンは普通の風景写真、ニックネームは大野法律事務所-岡田悠人(おかだ ゆうと)だ。大野法律事務所は大桐市で最も有名な法律事務所。自分の勤めるアマノ芸術センターの向かい側にオフィスがある。だから彼も同じマンションに住んでいたのか。通勤が便利だからだろう。電話を終えた悠人が彼女を見て言った。「足もかなり痛そうですね。ついでに診てもらいましょうか」智美は母のことが心配でたまらなかったが、今は焦っても仕方がない。警察が見つけられないのなら、自分にも無理だろう。「……では、お願いします」彼の支えを借りて一階の受付へ向かい、すぐに受付を済ませた。ちょうど空いている時間帯だったためすぐ順番が来た。受付カ
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第12話

海斗は車のドアを開けて降りてきた。高級そうなスーツに身を包み、手首には高級腕時計。落ち着いた足取りで歩いてくる姿は、まさに成功者といった雰囲気だった。「先生、よければ夕飯をご一緒にいかがですか?」智美は他人の家庭を壊すようなことはしたくなかったので、やんわりと断った。海斗は眉を上げて、「先生、俺の誘いを断るのはちょっと寂しいですね」と言いながら手を伸ばして彼女の手を取ろうとした。智美はすぐに一歩引き避けた。彼の香水の強い香りが、不快感を一層際立たせた。その反応に、海斗の金縁メガネの奥の目がうっすらと冷たく光った。「先生、俺はてっきり、一週間も花を受け取ってくれたってことは、俺の気持ちを受け入れてくれたんだと思っていましたよ?」智美は唖然とした。彼は送り主の名も明かさずに花を送り続けていた。断ろうにもできなかったのに、それがなぜ好意を受け入れた証拠になるというのか?「小川さん」彼女は距離を取るような冷ややかな口調で言った。「お花の代金、お返しします」海斗は機嫌を損ねた。彼は一瞬表情を変え、上から見下ろすような傲慢な態度に切り替えた。「今、先生を丁寧に口説いているのは、こちらが礼を尽くしてるからだ。あんまり強気に出るなよ。大桐市で、俺が落とせない女なんていないんだ」智美はこの手の男のことはよく分かっていた。金に物を言わせて女性を従わせようとする、典型的なプレイボーイだ。彼女はスマホを取り出し、LINEで彼に一万円を送金した。「小川さん、これでお花代は清算ということで、よろしいですか?」その金額では到底足りないと分かっていたが、これ以上払うつもりはなかった。「お前……!」海斗は侮辱されたと感じた。周囲に人がいなければ、今すぐにでも彼女を車に押し込んで思い知らせてやりたかった。だが今は我慢するしかない。「先生、俺は簡単には諦めないよ」そう言って彼はにやりと笑い、車に戻っていった。智美は吐き気を催すような嫌悪感を覚えた。ここまでハッキリ断ったのだから、さすがにもう引いてくれるだろう――そう思っていた。だが彼女がその場を離れた直後、少し離れたところから全てを撮影していた者がいた。陽菜だった。「既婚者と関係を持つなんて、それも生徒の保護者と……智美、あなたがこれから
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第13話

車が病院の地下駐車場に止まったとき、智美は目を覚ました。ふらつく頭を抱えながら「岡田さん、もう着きましたか?」と尋ねた。「はい。降りるの、手伝います」そう言って悠人は身を乗り出し、彼女のシートベルトを外した。すぐ近くで感じる彼の清潔で心地よい香りが、ふわりと鼻をかすめた。智美の心臓が、なぜかドキドキと高鳴った。悠人の容姿と雰囲気はどこか浮世離れしていて、まるで仙人のような気品がある。冷たく厳しい印象の祐介とはまったく違って、悠人は柔らかく落ち着いた知性をまとっていた。病院の1階ロビーに着くと、悠人は自動受付機で彼女の診察番号を取り、診察にも付き添い、検査まで一緒に受けてくれた。智美は、なんとも申し訳ない気持ちになった。「岡田さん、本当に今夜はありがとうございました」夕食を届けてお礼するつもりが、逆にまたお世話になってしまった。悠人は落ち着いた優しい声で言った。「気にしないでください。隣人同士、助け合うのは当然のことですから」検査結果を見た医者は、頭痛薬を処方し、普段から運動して体力をつけるようにと助言した。帰り道、悠人が運転しながら言った。「うちのマンションにはジムとプールがありますよ。時間があるときは、身体を動かしたほうがいいです」「はい、これから運動を心がけます」智美は軽く頷いた。祐介と結婚する前は、体調もよく、週に3回はジムに通っていた。けれど、結婚して彼の介護をするようになってからは、自分の時間はまるでなくなり、運動どころか、睡眠すらまともに取れなかった。「今度一緒に行きませんか?いいトレーナーを紹介しますよ」悠人が軽く提案すると、智美は素直に「はい」と答えた。家の前に着いたとき、悠人がふと思いついたように言った。「よかったら、一緒に夕飯どうですか?俺が温め直しますよ」その言葉で、智美は彼もまだ夕食を食べていないことに気づき、さらに申し訳なくなった。「こんなに時間を取らせてしまって、本当にすみません。お仕事だってお忙しいでしょうに……ごめんなさい」悠人はくすっと笑い、目元をやわらかくほころばせた。「今夜は徹夜で仕事するつもりだったので、大したことじゃありませんよ」悠人は彼女が持ってきた弁当を手に、彼女の家へ入った。玄関のドアは完全に閉めず、
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第14話

紗季が身を寄せてきて、小声で言った。「智美さん、あなたと小川さんってどういう関係?グループチャットでふたりの噂が回ってるわよ。ほら、これ見て」そう言って、スクリーンショットを送ってきた。それを見た智美は、怒りで全身が震えた。「誰が流したの?」紗季はあごで陽菜の方を指し示した。智美はスマホを握りしめたまま、まっすぐ陽菜のもとへ向かった。陽菜はコーヒーを飲んでいたが、智美が怒りに満ちた表情で近づいてきても、まったく動じなかった。「なに、智美?なにか用?」智美はスクリーンショットを見せながら問い詰めた。「これ、あなたが投稿したの?」陽菜は見て、鼻で笑うように言った。「そうよ、私だけど?自分が不倫したのに、人に指摘されるのは嫌なの?」彼女があっさり認めたので智美は深く息を吸い込み、落ち着いて言った。「ちょっと、外で話そうか」陽菜はか弱そうな智美が何かできるはずがないとタカをくくり、気軽に立ち上がってついて行った。ふたりは監視カメラの死角となる場所へ移動した。すると突然智美が後ろから陽菜の髪をつかみ、平手打ちを二発くらわせた。陽菜は反撃しようとしたが、すぐに腕をねじ上げられ痛みに顔をゆがめた。智美は子供のころ少しだけテコンドーを習っていた。遊び程度の経験でも、陽菜には十分だった。髪をしっかりつかんだまま、智美は静かに、しかし鋭く言った。「これ以上、デタラメなことを言いふらしたら、その口を引き裂いてやるからね。陽菜、私がどんな性格か、今日でしっかり覚えときなさい」その殺気立った目に圧倒されて、陽菜は小さく頷いた。「わ、わかった……」智美は彼女を放し、そのまま無言でオフィスに戻った。廊下で祥衣とすれ違った。祥衣は彼女の肩をポンと叩き、笑顔で言った。「ふふ、私の出番はなかったみたいね。智美ちゃん、よくやったわ!」そう言って親指を立てた。智美は軽く笑って返しただけで、何も言わなかった。その後、陽菜がオフィスに戻ってきたとき、彼女の両頬にははっきりとビンタの痕が残っていた。同僚たちは複雑な表情で彼女を見つめた。陽菜は羞恥で居たたまれず、上司に2日間の休みを申請して職場を離れた。この件以降、智美が「不倫相手」だという噂を持ち出す者はいなくなった。智美は、海斗もさすがに空気を読んで諦
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第15話

智美はバッグを手に取り、すっと立ち上がった。「小川さん、もうこれ以上話す必要はないと思います。これ以上、私につきまとうのはやめてください」そう言って自分のコーヒー代だけをレジで支払い、背を向けてその場を後にした。海斗はこれまで女性に、ここまであっさり何度も拒絶された経験がなかった。顔を引きつらせながらも、怒りを押し殺しそのまま追いかけなかった。一方、千尋は隣の席で祐介に向かって、驚いたように口を開いた。「智美さんって、そういうお仕事してたんだ……まあでも、無理もないわね。彼女、今まで一度も働いたことなかったんでしょう?それに三年間もあなたに甘やかされて、普通の生活なんてもう耐えられないだろうし。だからお金持ちの男に頼るしか」祐介の顔色がみるみる暗くなったのを見て、千尋はそこで話を切り上げた。目には、してやったりという得意げな色が浮かんでいた。その帰り道、智美はマンションの前で見慣れた一台のマイバッハを見つけた。車の前に立っていたのは、他でもない祐介だった。彼の足元には、吸い殻が何本も落ちていた。智美は彼の姿を見なかったことにして、踵を返そうとした。「智美!」背後から声が飛ぶ。振り返る間もなく、彼は智美の手首をつかんだ。振り払おうとするが力では敵わず、あっという間に彼女は車の中へ押し込まれてしまった。ドアを開けようとするが、祐介がすかさずロックをかけた。「何のつもり?」智美は眉をひそめ、怒りを抑えながら尋ねた。祐介は冷笑を浮かべた。「何のつもりって?君は自分を安売りしてでも俺と離婚したいってわけか?俺と別れて、まともな人生が送れると思ってるのか?」智美は呆れたように吹き出した。「祐介、自分を買いかぶりすぎじゃない?あなたと一緒にいて、私がまともな人生送れてたとでも?」その言葉に、祐介は一瞬黙った。彼女に対してこれまでどれだけ冷たく接していたか、自覚はあった。けれど次の瞬間には、他の男とは違うという自負が顔をよぎった。他の男はただ彼女を愛人として囲おうとしているだけ。だが自分は妻の身分を与えていたのだ。「俺のところに戻ってこい。俺の妻として、今まで通り暮らせばいい」彼は分かっている。智美が自分を愛していることを。離婚だ何だと騒いでいるのは、ただの気を引くためだ。それは効果
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第16話

智美の言葉を聞いて、祐介は驚いた。その瞬間、彼がこれまで抱いていた自信はまるで薄い氷のように、音を立てて粉々に砕け散った。「ありえない……」彼の手のひらは、かすかに震えていた。智美はスマートフォンを手に取り、冷ややかに言った。「お母さんに確認すればいいわ。お母さんなら、あなたに嘘はつかないでしょう?」祐介の頭の中は混乱していて、すぐには言葉が出てこなかった。智美はもうこれ以上、説明する気はなかった。「降ろして」祐介は渋々ドアロックを解除し、智美は車を降りた。彼女の去っていく背中を見つめながら、祐介は苛立った様子で髪をかき上げ、そのまま車を走らせ実家へと向かった。途中、携帯が鳴った。画面を見ると、発信者は千尋だった。彼は通話を取らず、そのまま無視して運転を続けた。家では瑞希がちょうど休もうとしていたところだった。息子の突然の帰宅に、驚きの声を上げた。「祐介?どうしたの、こんな時間に帰ってきて?」祐介は母の手をぐっと握りしめ、焦った様子で問いただした。「母さん……三年前、智美を俺の世話係にしたのは、母さんだったのか?」瑞希はまさかそのことを息子が知るとは思わず、驚いた表情を見せた。そして、ため息をつきながら真実を打ち明けた。「そうよ。三年前、あなたは失恋して、交通事故にも遭って……すっかり塞ぎ込んだ。家で酒ばかり飲んで、リハビリも拒否して。私は心配で、どうにかしなきゃって思ったのよ。それで智美を見つけて、彼女と契約を結んだの。三年間、あの子は本当によくやってくれたわ。私まで感心するほど、あなたの世話を一生懸命してくれて。今は佐藤さんが戻ってきて、あなたが彼女と付き合いたいっていうから、智美もちゃんと身を引いた。面倒事も起こさずにね」祐介の顔が突然怒りに染まった。「つまり……智美は最初から俺のことなんて、好きじゃなかったってことか?」あんなに自分に尽くしてくれていた智美が、自分を愛していなかっただなんて、祐介には到底、受け入れられなかった。「なぜそんなに怒るの?」瑞希は首をかしげた。「だって、あなたも智美のこと、愛してなかったでしょう?彼女が素直に身を引いてくれて、よかったじゃないの」祐介は拳を固く握りしめ、額には青筋が浮かんでいた。「俺が彼女を愛していなくても……彼女は俺を愛して
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第17話

置き去りにされた千尋は怒りを隠しきれず、すぐさま運転手を呼んで自宅へ戻った。その夜、彼女は祐介に十数回も電話をかけた。ようやく彼が電話を取った時、彼女は普段の愛される女の仮面をすっかり忘れ、感情を爆発させた。「どうして電話に出てくれなかったの?智美さんに会いに行ってたんでしょ?彼女とはもう離婚したのに、なんでまだ彼女を気にしてるの?」智美のことでイライラしていた祐介は、彼女の詰問にさらに気分を悪くし、冷たく言い返した。「俺はまだ離婚に同意してない。智美が一方的に手続きしただけで、正式には成立してない。それに、俺が誰を想おうと俺の自由だ。君に口出しされる筋合いはないだろ?」彼は確かに千尋のことが好きだった。だが、若かりし頃の情熱的な恋とは明らかに違っていた。それを千尋も薄々感じていた。だからこそ、帰国してからというもの、彼女は慎重にふるまい、優しく気遣い、初恋の美しい記憶で彼の心を繋ぎとめようとしていたのだ。祐介の冷たい態度に気づいた彼女は、すぐさま調子を変え、甘ったるい声に切り替えた。「ごめんなさい……私が悪かったの。怒らないで。さっき急に置いていかれたから、不安になって……てっきり智美さんに会いに行ったのかと思って、嫉妬しちゃって……だからあんな言い方になっちゃったの。もう絶対にしないから、許してくれる?」彼女が自分を想っているからこそ嫉妬したのだと気づき、祐介の怒りは次第に収まっていった。「今日は俺が悪かった。急に先に帰って、ごめん。後日、新しいバッグでも買って埋め合わせするから。今日はちょっと疲れたし、君のところには行かないでおくよ」「うん、わかった。ゆっくり休んでね」電話を切ったあと、千尋の胸の内は怒りで煮えくり返っていた。すぐに彼女はアシスタントに電話をかけ、智美の現在の住まいや職場を調べるよう命じた。すると、アマノ芸術センターで働いていることが分かった。彼女は驚いた。なぜならその芸術センターのオーナーは、彼女の親友だったからだ。彼女はすぐにその親友に電話をかけ、自分をアマノ芸術センターの副部長にしてほしいと頼み込んだ。親友は快く承諾し、人事部にすぐ連絡を入れた。翌朝。出勤した智美は社内が新しい副部長の話題で持ちきりなのに気づいた。人事部のマネージャーが新任の副部長を連れてきたとき、彼女は唖然
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第18話

智美は力では敵わず、海斗に引きずられるようにして個室に押し込まれた。必死に抵抗したが、彼の手を振りほどくことはできなかった。体格の大きな海斗が彼女にのしかかった。逃げようとした智美だったが、強く抱きしめられ身動きが取れなくなった。混乱と恐怖に襲われながらも、彼女は助けを呼ぼうとスマートフォンに手を伸ばした。だがその瞬間、海斗に奪われ、床に放り投げられてしまった。次の瞬間、彼の唇が無理やり重なってきた。智美は酒臭い口元を必死に避け、顔をそむけた。彼の息遣いも、匂いも、すべてが気持ち悪くてたまらなかった。海斗は彼女のシャツのボタンを乱暴に引きちぎろうとした。智美はどうすることもできず、手探りでテーブルの上をまさぐった。そして手に触れた酒瓶を、迷うことなく、彼の頭めがけて思いきり振り下ろした。海斗はその場で意識を失い、智美はその夜、警察に連行された。すぐに祥衣が駆けつけ、弁護士の友人・村上美羽(むらかみ みう)と共に保釈の手続きを進めた。やがて意識を取り戻した海斗だったが、示談に応じるつもりは一切なかった。彼は大桐市でも名の知れた人物で、警察側も少なからず配慮せざるを得ない立場にある。祥衣と美羽が何度も粘り強く話し合いを重ねた末、ようやく海斗が提示してきた条件は「二千万の慰謝料を払うか、俺の女になるか。どっちかだ。それ以外は認めない」智美は、こんな男に関わってしまったことを後悔した。きっとこれからも厄介ごとは絶えない。それでも、彼女は覚悟を決めて、瑞希から受け取った二千万を海斗に渡そうとした。だが銀行アプリを開いた瞬間、凍結されていることに気づいた。「嘘でしょ?」信じられず、手が震える。彼女はしぶしぶ、ブラックリストに入れていた祐介の番号を解除し、電話をかけた。コール音のあと、聞こえてきたのは彼の少しかすれた声。「……もしもし」智美は携帯を握りしめたまま、怒りを込めて言った。「私の口座の二千万、あなたが凍結したの?」ちょうどウトウトしていた祐介は、その声を聞いた瞬間、完全に目を覚ました。ベッドから起き上がると、彼は冷静な交渉モードで話し出した。「そうだ。金が欲しいなら、復縁しよう。いくらでも出す。条件はそれだけだ」あまりの図々しさに、智美は言葉を失った。契約に従って三年間、
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第19話

今夜の出来事があまりにも衝撃的で、智美の頭はまだ真っ白なままだった。彼女は黙ったまま、悠人の後ろをついて歩いていた。彼は彼女を車で家まで送ってくれた。建物の入り口に着くと、悠人はそのまま階段へ向かった。不思議に思った智美が彼を見つめると、彼は言った。「今夜、マンションが一時的に停電してて。エレベーター、使えないみたいなんです」「そうなんですね……」智美はうなずき、彼の後に続いて階段を上り始めた。悠人はスマホのライトをつけ、彼女の前を照らしながら歩いた。智美の顔色があまり良くないことに気づいた彼は、やさしい声で言った。「疲れてるなら、俺の袖、つかんでてもいいですよ」その真剣な眼差しに、智美はうなずき、そっと彼のシャツの袖をつかんだ。彼はちらりと彼女を見てから、先に階段を上っていく。智美はその背中を追いかけながら、なぜかとても安心した気持ちになった。六階に着いたところで、彼女はようやく袖を離し、鍵を取り出して自分の部屋を開けようとした。そのとき、悠人が名前を呼んだ。彼女が振り返って、「どうかしましたか?」と尋ねると、彼は少し考えるようにして、こう聞いた。「犬、苦手だったりしますか?」「え……?」意味がわからず首を傾げる智美に、悠人は微笑みながら言った。「もし平気なら、団子を君の部屋に連れて行こうかと思って。そばにいれば、今夜は悪夢を見ずに眠れるかもしれませんよ」彼女が答えられずにいると、悠人は自宅のドアを開けた。すると、中から金色の毛並みのラブラドールが跳ねるように出てきて、彼の腕に飛び込んだ。悠人はその犬をやさしく抱き上げ、こう続けた。「団子はすごくおとなしい子です。ベッドの横にいれば安心できるはずです……でも寒がりだから、カーペットの上で寝かせてあげてください」その言葉に、智美はようやく彼がどれだけ自分を気遣ってくれているかに気づいた。目に涙がにじみ、「ありがとうございます……」と小さくつぶやいた。悠人が団子に何かをささやくと、犬はすぐに彼の腕から飛び降り、智美の足元へと駆け寄ってすり寄ってきた。そのまま、ちょこんと足元に座り込んだ。智美はもともと動物が好きだった。でも元夫の祐介が犬猫を嫌っていたから、飼ったことはなかった。それが今、こんなに大
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第20話

祥衣の冗談に、智美の顔はみるみるうちに赤くなった。彼女はカップの中のコーヒーをかき混ぜながら、困ったように言った。「岡田さんは、優しい人なだけですよ。私にそんな気があるわけないです」「どうしてそう言い切れるの?」祥衣は智美の頬をつまんで笑った。「ちょっと、鏡見てきなよ。この顔に、このスタイル、どの男が惚れないっての?」智美はさらに真っ赤になって、視線をそらした。でも、彼女は分かっていた。「でも、私バツイチですし。彼がそんな私を好きになるとは思えません」すると、祥衣はあっけらかんと笑い飛ばした。「考え方がちょっと古いわよ。世界のお金持ちの奥さんだって、二度も三度も結婚してる人なんて珍しくないんだから。あなたなんて一回だけでしょ? 何が問題よ」智美は思わず吹き出して笑ってしまった。ただ、それ以上この話題を続けることはなかった。午後、智美はしばらく自席で悩んだ末、とうとうメッセージを送ることにした。【岡田さん、明日の夜はクリスマス・イブですが、ご都合いかがですか?もし空いていたら、ご飯をご馳走させてください】しばらくして、悠人から短く返信が来た。 【いいですよ】メッセージを送り終えた彼女は、スマホをサイレントモードにして仕事に集中しようとした。その時、突然着信音が鳴った。表示されたのは、見覚えのない番号。彼女は廊下に出て通話ボタンを押した。「はい、智美です」聞こえてきたのは、懐かしい男性の声。祐介だった。智美は切ろうとしたが、彼が先に言った。「待って、切らないで。新しい仕事の話があるんだ。どう?」彼は、昨夜の出来事をアシスタントから聞きつけていた。口座を凍結したのは、智美を屈服させたかったからだ。危険な目に遭わせるつもりなんてなかった。ただ、自分にも非があるのはわかっている。だから今こうして、電話で機嫌をとろうとしている。このところかえって慣れないのは彼の方だった。「芸術センターに投資しようと思ってるんだ。君に責任者を任せたい。昨夜の埋め合わせとしてね。口座もすぐに凍結解除させる」彼としては、智美は苦労して働くより、自分の庇護下でオーナーとして快適に過ごす方が、はるかに魅力的に感じると思っていた。当然、飛びつくだろう。そう思っていた。だが、智美は鼻で笑った。
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