春海はまだ恐怖から立ち直れておらず、足にも力が入らなかった。少し歩き、軽く酒を口にしただけですっかり疲れ果て、大輔の腕にしがみつく。「大輔……少し休もうよ」大輔は表向きこそ笑顔で応じたものの、その手は有無を言わせず春海の腕を振りほどいた。鬱陶しい。この女は怖いだの何だのと耳元で甘えてくるだけ……これでは家で子猫を一匹飼っているのと、何が違うというのか?ふと顔を上げると、凪が少し離れた棚にもたれかかっていた。空と萌が監視映像の人物について調べ終えるのを待ちながら、退屈そうにドレスのリボンを指先でもてあそんでいる。大輔の視線に気づいたのか、凪も顔を上げた。視線がぶつかる。その瞬間、大輔の鼓動が乱れた。こういう女こそ、そばに置いておきたい。そんな彼の胸中など知る由もない凪は、まだ若い大輔と春海がさっきの事故で怖い思いをしたのだろうと思い、何気なく声をかけた。「ちょっとしたトラブルだっただけですから、気にしないでくださいね」「ああ」大輔は素直に返事をした。ただ、以前から彼が自分を見る目にはどこか妙なものを感じていたため、凪は念のため付け加える。「結婚式の時は、絶対にこんなトラブルが起きないようにしますから、安心してください」大輔は黙り込み、先ほどまで素直だった表情が、一瞬で固まった。返事もしない。その時、「ちょっと!」と、萌が突然甲高い声を上げた。ものすごい勢いで凪のところへやって来ると、大輔がそばにいることさえ忘れ、凪の手首をつかんで外へ引っ張っていく。「犯人はあなたの妹だったわ!今から二宮家に行って、どうして大輔をこんな目に遭わせたのか問い詰めてやるんだから!」「えっ?」本当に葵だったの?凪は表情を強張らせる。父は確かに外出禁止を命じたはずなのに、葵はまたこんなことをしでかしたというのか?怒り狂った萌の力は驚くほど強く、振りほどくこともできない。萌につかまれた手首がずきずきと痛み、凪は思わず小さく声を上げた。その瞬間、空が萌の手を引き離した。同時に大輔も声を上げる。「母さん、やめろ!」空に腕をつかまれた萌は痛みに顔をしかめ、振り返った。そして、自分の息子まで止めに来たことに、ますます腹を立てる。「大輔、私はあなたのために怒っているのに、どうして邪魔するの!?」
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