残り火 After Stage ―未来への灯火―의 모든 챕터: 챕터 231 - 챕터 240

257 챕터

しあわせのかたちを手に入れるまで11

「心一郎さんにもはめてあげる」「ぉ、おう。頼む」 竜馬の問いかけに小林はひどく照れながら、ずいっと左手を差し出した。その手にやんわりと触れて、右手に持った指輪を薬指に押し込んだ。 お揃いの指輪がそれぞれの薬指で煌めく様子を見てほほ笑んだら、小林の左手が竜馬の左手を掴み、ぐいっと躰を引き寄せられた。頼もしくて大きな腕の中に閉じ込められるだけで、安心感にすべてが包まれていく。 顔を上げると引き寄せられるように、愛しい人の顔が近づいてきた。捕まれている左手をぎゅっと握りしめながら、そっとまぶたを閉じる。 数秒後に重ねられた唇。浜辺でしたとき同様に小林の唇はカサついていたけれど、自分とキスしていることをが実感できるそれに、竜馬の胸が疼いてしまった。 誓いのキスのはずが互いに感極まって、離れられなくなっていた。「んっ……」 鼻にかかった竜馬の甘い声が教会内に響き渡って、ハッとした。誰もいないとはいえ公の場での行為に目を合わせながら赤面しつつ、掴んでいた手を放して距離をとった。 妙な沈黙が余計に羞恥心を煽っていく――「竜馬、永遠の愛を誓うのと同じくらいに誓ってほしいことがあるんだけど」 ボソッという感じで告げられた小林の言葉で、竜馬は渋々顔を上げた。「お前の悪い癖が、自分の中にすべてを抱え込んじまうことなんだ」「そうですね……」「これからは嬉しいことや悲しいこと、つらいことも全部、俺に打ち明けてほしい。一緒に分かち合いたいから、どんなことでも」「一緒に分かち合う。これから……」 自分の持つ強い気持ちは人を傷つけてしまうものだという刷り込みが竜馬の中にあるからこそ、誓ってほしいと強請られた瞬間は躊躇してしまった。 でもそれを分かち合いたいと告げられた途端に、その考えは消え去った。大きな躰同様に広い心を持つ小林なら、自分の気持ちを易々と受け止めてくれると分かったから――「分かりました。心一郎さんに俺の全部を預けるんで、よろしくお願いします」 竜馬の答えに小林は満足げに頷き、右手を差し出してきたので迷うことなくその手を繋いだ。「あっ、小林さんっ、忘れ物!」 歩き出した足を引き留めるべく竜馬は繋いだ手を引っ張り、祭壇の上に置きっぱなしにしていた指輪のケースと仕事用の帽子を手にした。指輪のケースはポケットにしまい込み、帽子を格好よく被ってみせ
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愛しさのかたち

残業で遅くなるという小林に、腕によりをかけた手料理を振舞おうと、恋人の自宅に向かった竜馬の前に、見知らぬ女のコが目に留まった。そのコの足元には、ピンク色のランドセルと、手提げの鞄が置いてあり、明らかに誰かを待っている様子だった。もしかしてと思いながら、竜馬は女のコに近づく。「君、ここで、なにをしているのかな?」 マンションの扉に背をあずけて、立ちつくしているその女のコに合わせて、膝を折りながら目線を合わせると、おどおどしながら竜馬を見た。「……お兄ちゃん、だれ?」「ここの家の人と同じところで働いてる、畑中って言います」 女のコを怖がらせないように、にっこりほほ笑んで答えた。「私は上田愛菜です。パパに逢いに来ました」「パパって、小林さんに?」 竜馬の問いかけに、女のコは真顔をキープしたまま、首を縦に振る。緊張感を漂わせる面持ちから、警戒されていることが、嫌というほどわかった。 小林に娘がいることを、事前に知っていたため、そこまで驚くことはなかったが、突然の来訪に竜馬自身、焦りを覚えた。言葉で騙しがききそうな、幼稚園児ならいざ知らず、小学生となると、そうもいかない。「と、とりあえず中に入ろうか。学校が終わってから、ここに来て、ずっと待っていた感じなのかな?」 ポケットから鍵を取り出して開錠し、中に促そうと試みる。「お兄ちゃんはどうして、パパのお家の鍵を持っているの?」 鍵を開けたことにより、背もたれにしていた扉から離れて、竜馬を見上げる愛菜は、不思議そうな表情で小首を傾げた。(――娘として、そこのところが、やっぱり気になるよなぁ)「あのね、お仕事でいつもお世話になってる小林さんに、お礼をしようと思って、晩ご飯を作ってあげるために、鍵を預かっていたんだ。ちなみにお母さんは、愛菜ちゃんがここにいることを、知っているのかな?」 家に入りやすいように、ランドセルと手提げの鞄を持ってあげながら、小さい背中を押す。愛菜は俯いたまま、なにも言わず、竜馬と一緒に玄関に入った。 黙りこくったことで、母親に内緒で、小林に逢いに来たのがわかった。あえて質問を止めて、違う話題を持ち出すべく、愛菜に優しく語りかけてみる。「ねぇ愛菜ちゃん、愛菜ちゃんがここに来たことを、小林さんに電話してもいいかな? 会社の帰りに、なにかお菓子でも買って、帰って来てもらうため
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愛しさのかたち2

***「ただいまっ!!」 聞き慣れた声と共に、勢いよく開く扉を見て、竜馬は愛菜と一緒に笑い声をあげた。台所に仲良く並んで、洗い物をしている最中だった。「パパ、おかえりなさい。愛菜ね、苦手だったお野菜が食べ――」 台所から振り向いて話しかけた愛菜の体を、小林はしゃがみ込んで、なにも言わずに、ぎゅっと抱きしめる。「パパ? 愛菜の両手濡れてるから、パパに触れないよ?」「ひとりでここまで来て、怖いことはなかったのか?」「平気だよ。だって、パパと何回も一緒に来てるもん」「愛菜ちゃん、これで手を拭いたらいいよ」 万歳したまま、抱きしめられている愛菜を見かねて、竜馬がタオルを手渡した。「済まなかったな、竜馬。愛菜の面倒を見てくれて」「いえ……。びっくりはしましたけど、愛菜ちゃんと話ができて、結構楽しかったです。手に持ってるのアイスですよね? 一旦冷凍庫に入れておきますね」 竜馬は、愛菜の来訪に動揺しているであろう、小林を慮り、手首にぶら下がったままのビニール袋を、手に取った。「竜馬、本当にいろいろ悪かった」「いいんですって。それよりも、お腹が空いているでしょう。愛菜ちゃん、パパのオムライスにケチャップをかけてくれるかな」 小林に抱きしめられた状態の愛菜の頭を、竜馬は撫でながら指示を出した。「うんっ。美味しくなるように、にっこりマーク描いてみるんだ!」 愛菜は両腕を使って、小林の体から脱出し、嬉々として竜馬の左手を掴む。仲のいいふたりの様子を目の当たりにして、小林は呟かずにはいられなかった。「なんだろ、いろいろ複雑な気分」 その呟きは竜馬の耳には届かず、台所で交わされるにぎやかな声に、かき消されてしまったのだった。
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愛しさのかたち3

*** 三人でアイスを食べたまでは、雰囲気はとても良かったと、竜馬は記憶している。そして今現在、正座している、竜馬を挟んで展開されている様子に、顔を引きつらせるしかなかった。まさに、お手上げ状態だったのである。 というか、両腕をふたりに確保されている時点で、竜馬は動くことすらできなかった。「愛菜、絶対に帰らない! 竜馬のそばにいるもん!」 むくれ顔をそのままに、愛菜は言い放ち、縋りつくように、竜馬の左腕をぎゅっと抱きしめる。「そんなワガママ、パパが許すはずないだろう!」 父親の威厳を振りかざしつつ、恋人のように竜馬の右腕に、自分の腕を絡ませた小林。「あ、あのぅ……」「パパ、ズルいよ。竜馬をひとりじめ、しようとしてるでしょ!」「そんなことはない。愛菜がママのところに帰ったら、竜馬も自分の家に帰るんだから」 自分を中心に、引っ張り合いをする親子を前にして、竜馬は対処できずにいた。どちらかの肩を持てば、間違いなく片方の機嫌が悪くなるのが、容易に想像できるだけに、どうにも口を挟めない。「竜馬、おうちに帰っちゃうの?」「ぅ、うん。明日も仕事があるからね。帰るよ……」 言いながら、右側にいる小林の顔を見たら、もの言いたげなまなざしとかち合った。(これは俺の作った料理を食べたあとで、俺のことも食べようと思ったのにっていうのが、なんとなーく滲み出てる視線だな。目は口ほどに物を言うから――)「愛菜、ママと喧嘩したことはわかったけど、他にもなにかあるんじゃないのか?」 みんなでアイスを食べながら、今回の来訪について、小林と一緒に上手いこと聞き出していたので、大まかな理由はわかっていた。 竜馬自身も母親と喧嘩したとき、なかなか家に帰りづらかった過去があったので、愛菜の気持ちを理解していただけに、他の理由があるなんて、思いつきもしなかった。 父親として、有能な姿の小林を垣間見ることができて、竜馬の頬が自然と緩む。「りっ理由なんて、そんなものないもん」 ぷいっと、顔を背けてむくれる愛菜を見て、竜馬はふとしたことが閃いた。「愛菜ちゃん、もしかして隠してることは、パパやママに関係のあることじゃない?」 竜馬が指摘した途端に、ちょっとだけ愛菜の表情が変わった。困惑と悲しみの両方が、見え隠れする感情を目の当たりにしたからこそ、小さな右手を両手で包み込んで
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愛しさのかたち4

「愛菜ちゃんは愛菜ちゃんなりに、なにか思うことがあるんだよね? それを、パパに伝えに来たのかな?」 小林と喋っているときよりも、竜馬は声色を上げて、愛菜に訊ねてみる。「……あのね、パパがいないのはおかしいって、仲のいい友達に言われたの」 ぼそぼそ呟くように告げた、愛菜の言葉を聞いて、竜馬は小林と目を合わせた。眉間に皺を寄せた小林は、どこか話しづらそうにしていたので、あえて自分から口火を切る。「それ、俺も言われたことがある」「竜馬も?」 さっきよりも、ちょっとだけ明るい口調になった愛菜を見て、竜馬は柔らかくほほ笑んでみせた。「うん。おまえの父さんは、どこに行ったんだって聞かれた。だけど、答えられなかったんだ。どこにいるか、わからなかったし」「…………」「愛菜ちゃんのパパは、一緒に暮らしていないけど、こうやって逢えるだろ? そのことを、お友達に伝えてみたらいいんじゃないかな」 父親と母親がいつも傍にいる友達に、そのことについて、話をしてみても、離れて暮らす事情がわからない以上、納得するとは思えない。だけど人によって、家族のかたちはいろいろあるという現実を、愛菜の事情を使って説明してみるのも、一つの手なんじゃないかと竜馬は思った。「そうだよね。こうやってパパに会えることを、まりあちゃんに伝えたらいいんだ」「愛菜がクラスで仲のいいお友達は、まりあちゃんっていうのか?」 愛菜の呟きに反応して、小林が優しく語りかけた。「うんっ。席替えしてから、隣になってね、私が消しゴムを忘れたときに貸してくれたり、まりあちゃんが忘れたときは、貸したりしたんだ。髪の毛がすっごく長くて、とってもキレイなの」「愛菜ちゃんだって、髪の毛は長いほうじゃないのかな?」 ポニーテールをしている愛菜の毛先は、ちょうど肩の高さだったので、竜馬は長いと指摘した。「まりあちゃんのほうが長いんだよ。背中の全部が隠れちゃうの」 話し合いを始めたときとは一転、明るい雰囲気がリビングを包み込む。 愛菜の弾んだ声に導かれるように、小林と竜馬も日常のことを口にした。竜馬の話から普段聞くことのない、小林の様子を聞いて、愛菜はお腹を抱えて笑い、小林はここぞとばかりにむくれた。 三人三様で盛り上がる時間は、あっという間に過ぎていく。「愛菜、明日も学校があることだし、これ以上は遅くなるから、
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愛しさのかたち5

「愛菜ちゃんにとっては、小さなことじゃないです。父親としてそこのところを、しっかり把握しなきゃ駄目ですよ」 竜馬が目を吊り上げて、小林を叱ると、愛菜は竜馬の袖口を掴んで、強く引っ張った。その衝撃に視線を落として、目の前にある顔をしっかり見つめる。「愛菜ちゃん?」「竜馬、パパは愛菜と一緒にいないから、わからないことが、たくさんあると思う。だから、怒らないであげて」 小林に似たまなざしを、愛菜から注がれるだけで、竜馬はなんともいえない気持ちになった。「わかった。もう怒らないから安心して」「パパも、愛菜のことをもっとよく知りたいから、今度来たときに、いろいろ教えてくれ」 竜馬とともに、自分の気持ちを素直に告げた小林を、愛菜は満面の笑みを浮かべて、大きく頷いた。「パパに逢いに来るときは、ちゃんと連絡してからにするね。だから竜馬にも、愛菜が来ることを伝えてほしいな」「なんで、竜馬に伝えななきゃいけないんだ?」 あからさまに不機嫌になった小林の態度に、竜馬は吹き出しそうになった。「竜馬と一緒に、お料理がしたいから。それをパパに食べてもらいたいの」「愛菜ちゃん、次はなにを作ってみたい?」「パパの大好きなハンバーグ!」「ということですので、愛菜ちゃんが来る日がわかったら、俺に連絡お願いします」 おどけながら頭を下げる竜馬を見て、愛菜も同じことをした。リンクするふたりの様子に、小林は困惑の表情を滲ませる。愛菜の父親であり、竜馬の恋人である自分がこれから先、ふたりに翻弄されることがわかりすぎるゆえに、複雑な心境に陥ったのだった。
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愛しさのかたち6

*** 母親に無断で、愛菜が小林に逢ったこともあり、もうしばらく来ないと思っていた。それなのに1週間後に、ふたたび小林の自宅に愛菜が来ることを知り、竜馬は驚きを隠せなかった。「愛菜のヤツ、どうしても竜馬と一緒に、ハンバーグが作りたいんだってよ!」 いつものように会社に出勤後、事務所で顔なじみに挨拶する、竜馬の腕を掴んだ小林が、荷物が置かれている倉庫に引っ張った。挨拶をすっ飛ばして、不機嫌に告げられた言葉に、竜馬は思いきり困惑する。「小林さん、愛菜ちゃんに逢いたくないんですか?」「愛娘に逢いたくない父親がいるなら、見てみたいくらいだ」「言葉と態度が裏腹すぎて、どうしていいかわからないですよ」「……キスしてくれたら、俺の機嫌が直る」 唇を尖らせたまま、告げられたセリフに、竜馬は笑いながら、目の前にある頬にキスをした。「そこじゃない。ここ!」 自分の唇に指を差し、小さな子どものように駄々をこねる小林がおかしくて、肩を揺すってプッと吹き出す。「竜馬、イジワルするな」「小林さんこそ、朝からどうして、そんなに不機嫌になれるんですか。そんな態度でいたら、周りの人が気を遣うでしょ」「だってよ……」「笑った心一郎さんじゃないと、キスしてあげません」 キスしない宣言をした竜馬は、両手の人差し指を使って、自分の唇の前にバツマークを作り、小林が笑うのを待った。「このタイミングで、下の名前で呼ぶなんて、卑怯だぞ竜馬」「…………」「おかしくないのに、笑えなんて。ううっ」 悔しそうに、顔を歪ませていた小林だったが、なんとか作り笑いを浮かべて、竜馬を見下ろす。引きつり笑いに近いそれを、目の当たりにして、竜馬はバツマークを作っていた人差し指を、小林の目尻にあてがい、ぐいっと引き下げた。「なっ、なにをするんだ?」「これくらいしなきゃ、笑顔にならないんですよ。小林さんの場合」 人差し指をそのままに、竜馬は小林の唇に優しくキスをした。触れるだけのキスをして、顔を離した途端に、押しつけられる唇。まだ足りないと言わんばかりのそれに、竜馬は抗えなかった。「んぅっ…ぁあっ!」 鼻から抜けるような声を出したら、広い倉庫に声が響き渡り、恥ずかしさで竜馬の頬が熱くなる。慌てて、小林の体を両手で押し出すと、唇がやっと解放された。「小林さ…んっ、朝からそんなに、求めないで
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当たり前のような奇跡を感じて――

六月某日の週末、穂高は千秋と一緒に島にある小高い丘に来てきた。 この時期になると辺り一面に芝桜が咲き乱れ、観光客や写真家がフェリーでこぞってやって来る。今日は特に天気が良かったのも手伝って、丘の上は人が溢れ返っていた。「ピンク色に敷き詰められた絨毯に、空の青と海の青がよく映えて見えるね。穂高さん」 弾んだ声をあげる恋人を、静かに見下ろしながら思い出した。去年の同じ時期に、なんとはなしにひとりでここに来て、同様の景色を眺めた。 普段は静かな島が活気に溢れている様子を肌で感じつつ、ぼんやりと目の前に広がる光景を見つめながら考えていた。 千秋にもこの景色を見せてあげたいな、と――「穂高さん?」 不思議そうな表情を浮べて、自分を見上げる千秋が愛おしい。こうしてこれからも一緒に、同じものを分かち合えることができるのだろうか。「千秋、綺麗だね」 当たり前のように隣にいる可愛い恋人に話しかけると、花が咲いたように笑いかけてきた。「穂高さんと一緒に見てるせいか、いつもより綺麗に感じるのかな」 嬉しいひとことを告げるなり、穂高の手を繋ぐ。手のひらに感じるあたたかさをぎゅっと握りしめてから、ほかの人からは見えないように脇の下に隠してみた。「……もしかして、これって隠してるつもりだったりする?」「もちろん。そのつもりだが」「俺の腕が不自然に穂高さんの脇に入っていて、余計に目立ってますけど」 言うなり繋いでいた手を解いて、脇をくすぐり始めた千秋。いきなりの先制攻撃に穂高はなすすべがなく、声をたてて笑った。あまりの騒ぎっぷりに、傍にいる観光客が自分たちをじろじろ見つめてきたが気にしない。「千秋、もう参ったからやめてくれ」 涙を滲ませながら降参した哀れな恋人に向かって、千秋は眼下から望む景色に負けないくらいの笑顔を返した。「また来年もこの時期に、ここに来ましょうね」「ああ。来年は、俺が千秋をくすぐる番だな」「穂高さんみたいな変なこと、俺はしませんのであしからず!」 そう言って穂高の手を掴み、力ずくで引っ張って丘を駆け下りる。日の光を浴びた薬指の指輪が時折キラキラ瞬くのを、繋がれた自分の手を見ながら幸せを噛みしめたのだった。
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当たり前のような奇跡を感じて――(千秋目線)

いつもより穂高さんってば、はしゃいでいるな――。 大好きな恋人の手を引っ張り、丘を下りながら考えた。何かしら、はしゃぐ要因があっただろうかと。 土日の週末は基本的には漁はお休みで、千秋自身も仕事が休みだからずっと一緒にいられる。日頃互いの仕事のサイクルが違うためすれ違ってしまうからこそ、貴重な週末なのだけれど……。 それがはしゃぐ要因になっているとは思えないなぁと、改めて考え直していたときだった。「ねぇ千秋、お土産屋さんでも覗いてみるかい?」 唐突になされた提案に、リズミカルに下りていた千秋の足がゆっくりになる。必然的に穂高と並んで歩いた。「お土産屋さん?」「ん……。今晩の晩酌に、島の特産になっているチーズと干物を手に入れたいと思ってね」「だからって、あまり飲みすぎちゃ駄目ですよ」 アルコールに強いことが分かっていても恋人の躰の心配をする千秋の言葉に、小さく笑いながら頷いた穂高。絡んでくる視線が自分を好きだと言っているのを、自然と感じることができた。 包み込むような眼差しひとつに、躰が疼いてしまう――。 それを隠そうと視線を外した途端に穂高は千秋に顔を寄せるなり、こめかみにそっとキスを落とす。自分から視線を外すなと言わんばかりに。「穂高さん、人目のあるところで大胆なことをしちゃ」「だって千秋が、可愛い顔を隠すせいだよ。貴重なその表情を拝んでいたいというのにね」 とどめをさすように繋いでいる手を持ち上げて、千秋の甲にちゅっとくちびるを押しつけた。穂高の嬉しそうな顔に、しょうがないなぁと思わされてしまう。「それでお土産屋さんに寄ることは、どうするのだろうか?」 耳元で囁かれる穂高の声で躰がゾワッとし、眉根を寄せて肩を竦めた。迷惑そうにしている千秋の表情を見てもなんのその、困った顔をしているのを楽しげに見下してくる。「勿論、行きますよ。晩酌するのが分かっているからこそ、行かなきゃって感じですし」 だったら早く行こうという感じで、繋いだ手を引っ張って歩く。そんな穂高の手をぎゅっと握りしめた。「千秋?」(いい大人の自分たち――この島では兄弟という間柄になっているから、手を繋いでいても変な目で見られないだろう。だけど……) 千秋は服の下に隠しているネックレスの先についている指輪に、反対の手で触れた。これからもずっと一緒に生きていこう
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―純血の絆―②その1

頬を撫でる風が冷たい。どうしてだろ? 10月の北海道は本州に比べて寒いんだから、窓を開けて寝るなんてことは絶対にしないのに、まるで家の窓を全部開けて寝ているみたいだ。「う……ん?」 うっすらと目を開けたら金髪の頭が視界にバッチリ入ったのだけれど、それだけじゃなく――まるで飛行機の座席から見た外の景色と言ったらいいのか、何故だか雲の上を飛んでいた。誰かの背中に乗っかった状態という形で……。「ひいいっ! 何で空を飛んでるの!?」「また目が覚めた。催眠術が効かなくなってきているのは、どうしてだろうか」 金髪の男の人が首を動かして、ちらっと振り返った。その目が鮮血のように赤く光輝いていて、見た目はすごく怖いのに、恐怖心が一瞬で吹き飛んだ。だって――。「ほ、穂高さん!?」 栗色の髪の毛と闇色の瞳じゃない、まるで外国人の容姿になっていたけど、聞き慣れた声は間違いなく穂高さんだった。「千秋、いろいろ聞きたいことがあるだろうが、抵抗せずにこのまま俺の背中に乗っていてくれ。あと1時間弱でイタリアに到着する。屋敷に着いたら、落ち着いて話をしてあげるよ」「はい……」 その言葉に穂高さんの首にぎゅっと腕を絡みつかせて、頷きながら返事をした。 高所恐怖症ではないけど、この高度から落ちたら間違いなく死んでしまう高さなのは分かるし、自分を背負いながらこうして空を飛ぶことは、すごく疲れることだろうと理解したので、あえて口を開かずにそのままでいてあげた。 地上に降りたら質問攻めにしてやろうと、頭の中で穂高さんに対する疑問を投げかけるべくたくさん考えて、イタリアに到着するまでの時間を過ごしたのだった。
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