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血と束縛と의 모든 챕터: 챕터 1081 - 챕터 1090

1152 챕터

第30話(26)

「もちろん、あんたの背中にあるから、だからな」「……俺は先生に、よほど嫉妬深い男だと思われているのか」 ぼやき気味に呟いた三田村がおかしくて、声を洩らして笑っていた和彦だが、その間も手は動かし続けていると、今度は三田村の目の色が変わり始める。 三田村の変化を目の当たりにして、ゾクゾクするような興奮が和彦の中を駆け抜ける。ふと、外で三田村に言われたことを思い出した。 和彦が突然体を起こしたため、何事かという顔で三田村も倣おうとする。すかさず、肩を押さえて止めた。「どうした――」「三田村、うつ伏せになってくれ」 一瞬、物言いたげな様子を見せた三田村だが、和彦が何を求めているのか察したのだろう。素直に従ってくれる。 和彦は、露わになった三田村の背の刺青をじっくりと眺め、てのひらを押し当てる。そして、顔を伏せた。 繰り返し何度も背に唇を押し当てているうちに、最初はリラックスしていた三田村の体に変化が起こる。肌が再び熱を帯び、ときおり筋肉がぐっと強張るのだ。自分には穏やかな物腰で接してくれる男の、隠しきれない荒々しさが表れているようで、愛撫を加える和彦の体も熱くなってくる。「くすぐったいな……」「なら、ひどくしていいのか? 確かぼくに、手酷く扱われたいと言っていたな」「いや、俺じゃなくて――」 うろたえる三田村を無視して、肩先に噛みつく。甘噛みというものではなく、歯形がつくほどしっかりと。「……痛そうだ」 自分がつけた歯形を眉をひそめて見下ろした和彦は、悪ふざけが過ぎたと反省しながら、今度は舌を這わせる。虎の刺青を丹念に舐めているうちに、三田村の息遣いが次第に荒くなってくる。そんな三田村の背に覆い被さっていると、まるで自分が猛獣使いになったような、奇妙な錯覚が和彦を襲う。 今にも鎖を引き千切りそうな虎を、無謀にも自分の体を使って抑えつけているのだ。太い首を一振りしただけで振り落とされ、やはり太い前足に押さえつけられる姿まで、容易に想像できる。ただし、和彦が想像の中で感じるのは痛みではなく、快美さだ。
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第30話(27)

 再び下から突き上げられ、和彦は顔を仰向かせる。寸前のところで嬌声は堪えたが、腰を掴まれて揺さぶられるようになると、簡単に理性は突き崩される。「あっ、あっ、あんっ……、んっ、んあっ」「先生、もっと恥ずかしいことをして見せてくれ。――俺しか見ていないから」 ハスキーな声をさらに掠れさせて切望され、和彦は否とは言えなかった。むしろ悦びすら覚えながら、自分の欲望をてのひらに包み込み、ゆっくりと扱く。さらに、刺激を欲して凝っている胸の突起を指先で弄り、息を弾ませると、内奥で三田村の欲望が一際大きくなる。「ずっと、今の先生を眺めていたい……、が、その余裕がもうなくなりそうだ」「ぼくは、このままでもいいけど」 そう強がってみた和彦だが、内奥深くで息づく三田村の欲望を強く感じてみたい衝動の前では、脆かった。すがるような眼差しを向けると、三田村に腕を引っ張られて抱き寄せられ、繋がったまま体の位置を入れ替えられる。「あうっ、うっ……」 覆い被さってきた三田村に力強く内奥を突き上げられ、和彦は大きく仰け反る。胸の突起を口腔に含まれただけで、身を貫くような快美さに襲われ、全身が小刻みに震えていた。「あっ、あっ、い、いぃ――……。三田村、それ、いい」「ああ、よくわかる。先生の中が、悦んでいる」 思わず笑みをこぼした和彦は、三田村の頬に手をかけ、自分からそっと唇を重ねる。無心に互いの唇と舌を吸い合いながら、内奥は貪欲に三田村の欲望を締め付ける。「……すごいな、先生……」 感嘆したように三田村が率直に言葉を洩らし、意味を解した和彦は羞恥する。そんな和彦の顔中に、三田村は丁寧に唇を押し当ててきた。「んっ、三田村――」 肌に触れる熱い吐息すら心地よくて、切ない声で三田村を呼ぶ。三田村の唇が耳に押し当てられ、こう囁かれた。「先生、さっきのように、もう一度自分でして見せてくれないか」「……余裕ができたの
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第30話(28)

 欲望に触れていた手をさらに奥へと伸ばし、繋がっている部分に指を這わせて擦り上げる。三田村の欲望が内奥で力強く脈打ったのを感じた。「あっ……」 和彦が小さく声を洩らした次の瞬間、ぐうっと内奥深くを抉られて、和彦は短く悲鳴を上げる。絶頂を迎え、自らが放った精で下腹部を濡らしていた。しかし和彦の体は満足せず、三田村の欲望を必死に締め付ける。より深い快感を、まだこの男は与えてくれると知っているからだ。「三田、村……、お、く……。もっと、奥まで、して――」 逞しい腰にしっかりと両足を絡め、浅ましく腰を揺らす。和彦が見せる露骨な媚態に、三田村は狂ってくれる。半ばの無意識のうちに、虎が息づく背に触れようと両腕を伸ばしかける。すると三田村は、腰を打ち付けるように激しい律動を始めたかと思うと、和彦の両手首を掴んでベッドに押さえつけた。 すぐには三田村の行動の意味がわからなかったが、顔を覗き込まれてようやく察する。自分だけに集中しろと、三田村は言いたいのだ。 男の嫉妬が心地いいと、和彦は思った。執着されているという実感が体の隅々まで行き渡り、自分もまた、男に強く執着しているのだと実感できる。この実感のやり取りも、愛情と呼んでいいのかもしれない。 もちろん、和彦が愛情を抱いているのは、三田村だけではなく――。 和彦の意識が他へと向くことを許さないように、三田村の熱い精が内奥に注ぎ込まれる。目も眩むような愉悦に、ようやく手首を解放された和彦は必死に三田村にすがりつき、三田村もまた、和彦を掻き抱いた。**** 梅雨明けが宣言された日、和彦は仕事帰りに長嶺の本宅を訪れた。 実に予定外の訪問だと、自分でも思う。和彦としては、痺れを切らした千尋がマンションに押し掛けてくるか、賢吾から一方的な呼び出しの電話がかかってくるまで、自ら行動を起こす気はなかった。八つ当たりに近い怒りを賢吾にぶつけた身としては、そうするしかなかったのだ。 しかし、クリニックを閉めようかという時間に、ある人物から電話があり、こうして本宅に駆
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第30話(29)

「先生は大変でしょうが、わたしらとしては心強いですよ。うちの組の中で、医者の手が必要だっていうときに、先生がすぐに来てくれるのは。しかも、組長や千尋さんが信頼している先生だ。わたしが守っているのは、ほとんどこの家の台所ぐらいのもので、偉そうなことは言えないですが、それでも、こうしてきれいに傷口を縫ってもらっているのを見ると、やっぱり先生は大した人なんだと思いますよ」 笠野の言葉を聞いていると、自分は気負いすぎているのだろうかと、和彦は考えてしまう。任される仕事すべてを完璧に、相手の満足のいくようにこなすのは、ほぼ不可能なのだ。命に関わる仕事である以上、最善を尽くすのは当たり前だが、その先に、望む結果ばかりがあるとは限らない。 非情にはなりたくないし、なれるとも思えない。しかし、理解はすべきなのだろう。状況によっては、自分ができること、できないことの境界線を引く必要があると。 結果として患者を見捨て、自己嫌悪に苛まれることになっても、立ち直るしかない。そうしなければ、和彦自身がこの世界から見捨てられる。 和彦は口元に苦い笑みを刻みながら、自嘲気味に呟いた。「経験不足の若い医者を、こんなにありがたがってくれるなら、がんばらないとな……」 笠野の傷口の縫合を済ませて、ガーゼを当てて包帯を巻く。「わかっていると思うが、傷は深くないとはいえ、塞がるまで無茶はするなよ。スッパリ切れていたんだから」「なんだか大ごとですね」 笠野が、包帯を巻いた手を眺めて目を細める。つい和彦は表情を和らげていた。「本宅の台所を仕切っている重要人物だからな。包帯も分厚めに巻いておいた」 声を上げて笑った笠野が、キッチンへと視線を向ける。広いキッチンには男三人が立っており、それぞれ夕食の準備をしていた。「先生、晩メシを食っていってください。下ごしらえはわたしが済ませてあったので、あとは若い者がやってくれています。こういうことがあると、日ごろから、他の者に仕事を手伝わせておいてよかったと思いますよ。何もかも、自分一人でこなすなんて無理ですから」 テーブルの上を片付ける和彦の耳に、笠野の言葉が教訓めいて聞こえる。
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第30話(30)

「組長が立ち聞きか」「仕事をしている先生の姿を拝みたくてな。そのついでに、会話も聞こえた」 賢吾が軽くあごをしゃくり、和彦は仕方なく立ち上がる。ダイニングを出て、途中洗面所に立ち寄って手を洗うと、賢吾のあとをついて歩きながら、声音を抑えて詰った。「笠野さんに、ぼくに来てほしいと連絡させたのは、あんただろ」「連絡しろと命令はしていない。ただ、先生に手当てしてもらったらどうだと、提案はしてみた」「……そんなこと言われたら、誰もあんたに逆らえないんじゃないか」「まあ、そうかもな」 悪びれもせず答えた賢吾の背を見つめていた和彦だが、ふっと笑みをこぼしていた。こうして会話を交わしていて、一体自分は何を身構えていたのだろうかと思えてきたのだ。 肩越しに振り返った賢吾も、和彦の顔を見て唇の端に笑みを刻む。慌てて表情を取り繕おうとしたが、遅かった。「機嫌は直ったようだな」「別に……、最初から悪かったわけじゃない」「そうか?」 和彦は逡巡したあと、思いきって切り出した。「――……食事のあと、相談したいことがある」「鷹津のことか」 ああ、と答えたが、賢吾から返事はなかった。 怒らせてしまっただろうかと、和彦は内心怯えながら、賢吾の部屋に入る。 障子を閉めて二人きりになった途端、賢吾がこちらに片手を伸ばしてくる。咄嗟に逃れようとしたが、有無を言わせない手つきで腕を掴まれると、もう抵抗ができない。引き寄せられ、賢吾の腕の中に閉じ込められた。「久しぶりの先生の感触だ……」 柔らかな声で耳元に囁かれ、和彦の体はカッと熱くなる。「大げさだ。そう何日も経っていないだろ」「俺はできることなら、毎日でも先生に触れていたいが」「なっ……」 言い返そうとしたが、それがどれだけ無駄であるか、これまでの経験で痛感している。和彦はおとなしく賢吾に身を任せた。 不思議なもので、賢吾に対す
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第31話(1)

 移動する車中の空気はピンと張り詰めていた。 和彦は、ぎこちなく息を吐き出すと、遠慮がちに隣を見遣る。対向車線を走る車のヘッドライトに照らし出される賢吾の顔は、じっと何かを考え込んでいるように見えた。胸の内はともかく、実の父親が倒れたと聞いて、動揺している様子はない。 組織を背負っている人間とは、こういうものなのだろうかと、つい和彦は考えてしまう。冷淡なのではない。賢吾だけではなく、長嶺組の男たちは、自らの感情を押し殺しているように感じるのだ。 長嶺守光は、総和会会長職にある今、名分として長嶺組からは距離を置いてはいるものの、先代としての影響力はあり、賢吾を見守っているという精神的支柱としての役割もあるだろう。その守光に何かあったときには、とてつもない騒乱が起きるのではないかと、和彦ですら危惧してしまう。 それ以上に、純粋に心配だった。 和彦にとって守光は、肉親でもないし、知り合ってまだ一年も経っていない。だが、近しい存在の一人だ。親しみを抱くには畏れ多いが、和彦は守光を受け入れている。あれほどの人物をなぜ――と考えてみれば、それは、賢吾と千尋を先に受け入れていたからだ。 その賢吾と千尋にとって、守光は大切な血縁者なのだ。和彦は、二人が悲しむ姿は見たくなかった。 和彦が向ける眼差しに気づいたのか、ふっと賢吾がこちらを見る。目が合ってうろたえた和彦は、なんと声をかけようかと迷ったが、先に賢吾が話しかけてきた。「そう、深刻な顔をするな、先生。電話で聞いた限り、意識はしっかりしているそうだ」「……そうは言っても、詳しい状況がわかるまで、安心はできない……」 緊張からか、脈が少し速くなっている。息苦しさを覚えた和彦は、ゆっくりと深呼吸をする。すると、賢吾に手を握られた。「いつもより手が冷たいな」 こんなときに、と一度は手を引きかけたが、賢吾の手の温かさにほっとして、結局握り返していた。「言われるまま、あんたについてきたけど……、ぼくなんかが一緒でいいのか?」「なんか、って言い方はないだろ。先生は長嶺の者にとって、特別な存
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第31話(2)

 守光の身の回りの世話をしている男が、賢吾の訪れを待っていた。守光の住居スペースに足を踏み入れると、外で待機している男たちの多さとは裏腹に、玄関には数足の靴が並んでいるだけだった。 不吉な予感に、和彦は玄関から動けなくなる。そんな和彦の肩を、賢吾が軽く叩いた。「大丈夫か、先生」 顔を強張らせたまま頷いた和彦は、賢吾とともに守光の部屋に向かおうとして、廊下に立つ南郷に気づいた。二人に気づいた南郷が頭を下げ、恭しい仕種で守光の部屋を手で示す。賢吾は、会釈すらしなかった。どこか傲然とした態度で南郷の前を通り過ぎ、そんな賢吾のあとをついていきながら、和彦は視線を伏せつつ頭を下げる。 守光の部屋の襖は、開いたままだった。 おそるおそる部屋を覗き込んだ和彦の視界にまず飛び込んできたのは、畳の上にあぐらをかいて座った千尋だった。続いて、布団の上で身を起こした、守光が。「なんだ、元気そうじゃねーか」 安堵したような、しかしわずかに怖い響きを帯びた声で賢吾が言う。元気そう、という表現はどうかと思うが、ひどい様子であることを覚悟していた和彦としては、守光の姿を見て、正直面喰らっていた。 浴衣の上から羽織りを肩にかけた守光は、背筋も伸びており、顔色も特に悪いということはない。つまり、普段と変わらないように見えたのだ。 賢吾がズカズカと部屋に上がり、千尋の隣にどかっと座り込む。「――どうやら、皆に大げさに伝わったようだな」 ようやく守光が口を開き、賢吾と千尋を見たあと、廊下に立ち尽くしている和彦に視線を向けた。あっ、と声を洩らした和彦は、慌てて襖を閉めようとする。「すみません、気がつかなくてっ。ぼくは外で待って――」「何を言っている。あんたも早くここに」 守光に手招きをされ、救いを求めるように賢吾と千尋に見たが、やはり手招きされる。他人の自分がいていいのだろうかと思いながらも、三世代揃った長嶺の男たちの要求に逆らえるはずもない。和彦も部屋に入ると、静かに襖を閉めた。「脈を測ってもらっていいかな、先生」 守光が片手を差し出してきたので、布団の傍らに座った和彦は、さっそく守光の手首に指先を当てて脈に
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第31話(3)

「心配して駆け付けた息子を、焚きつけるようなことを言うな。あんたがどう言おうが、周囲の人間の目には、あんたは『倒れた』ように映ったんだ。病人らしく、さっさと病院で診てもらえ」「ああ、病院は明日行く。いい機会だから、検査入院の予約を入れた」「悠長だな。今晩また何かあったらどうする気だ」「そのために、先生にも来てもらった」 守光がゆっくりとこちらを見たので、和彦は目を丸くする。「えっ……」「この家で、わしに付き添ってもらいたい」 言葉より先に、和彦は首を横に振っていた。「無理ですっ、ぼくに付き添いなんて……。怪我の処置ならできますが、心臓については完全に専門外です。迂闊にぼくが手を出して、かえって処置が遅れるようなことになったら――」 そんな最悪の事態がリアルに想像できて、自分の顔から血の気が失せていくのがわかる。さすがの賢吾も多少険しい顔で取り成してくれようとする。「おい、先生に無茶を言うな。医者が必要だというなら、明日と言わず、今からさっさと病院に行け」「何もこの場で、わしの胸を切り開いてくれと言っているわけじゃない。体調の変化を見守ってほしいだけだ。顔色を見て、脈拍と血圧を測り、医者として気になるところがあれば、触診してもらって……。とりあえず明日の朝まで、わしの様子に気を配ってほしい」「でも……」「あんたに負担をかけるつもりはないが、だが、長嶺の男たちが面倒を見ている医者が、わしの大事に側についているという〈形〉は必要だろう。あんたは、わしの――オンナでもある」 口調は柔らかながら守光の説明には、ささやかな反論など跳ね返してしまう堅固さがあった。和彦は何も言えなくなり、賢吾も唇を引き結ぶ。千尋は、この状況では傍観者であることを決め込んだように、三人のやり取りを真剣な面持ちで眺めている。「ここに来たとき、他の者たちの様子を見ただろう。わしを心配してくれる者たちは大勢いるが、腹に抱えた思惑はさまざまだ。純粋に心配してくれる者もいるだろうが、損得勘定のみの者もいる。わしが弱っ
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第31話(4)

「本人は平気そうだったし、明日の朝には病院に放り込むんだ。そう肩肘張るな、先生。手に余れば、すぐに救急車を呼べばいい」 大ざっぱな励まし方だなと思いつつも、和彦はそっと笑みをこぼす。「今から組の者に電話して、必要なものを部屋から取ってきてもらえ。明日、ここから出勤するなら、着替えがいるだろう」「ああ、そうさせてもらう……」 ここでふいに、賢吾が片手を伸ばしてきて、頬に触れてくる。目を丸くする和彦に、賢吾はこう問いかけてきた。「大丈夫か、先生?」 気遣うように顔を覗き込まれ、和彦は苦笑を浮かべた。「ぼくのことはいいから、あんたはこんなときぐらい、会長の心配だけしたらどうだ」「……倒れたといいながら、周囲への牽制をすでに考えている、食えない男のことを、か」「どこかの誰かに、よく似ていると思うが」 視線を逸らしつつ和彦がぼそりと呟くと、傍らで聞いていた千尋が短く噴き出す。そんな千尋の頭を、和彦は手荒く撫でてやる。「お前は、一人で先に駆けつけて、よく落ち着いていられたな。いざとなると、やっぱり肝が据わっているんだな」 千尋はくすぐったそうに首をすくめた。スーツをしっかりと着込んでいながら、その仕種がひどく子供っぽく見えて、和彦は少しだけほっとする。「いや、電話で聞かされたときは、さすがにびっくりしたけどさ、本部についてみっともない姿を見せるわけにはいかないじゃん。長嶺の男としては。……俺なりに、必死だったよ。じいちゃんはあの通りだから、拍子抜けしたってのもあるけど」 長嶺組の跡目という役目を背負っているとはいえ、千尋はまだ二十一歳の青年なのだ。一人で賢吾を待っている間、不安でなかったはずがない。しかもここは、普通とは言い難い場所だ。 千尋の頭を撫でる手つきは、つい優しくなってしまう。それに気づいたのか、千尋が人懐こい犬のように身を寄せてきたが、場所と状況を弁えろと小声で窘める。 和彦は、二人を玄関まで見送ろうとしたが、かまわないと断られる。千尋が先に玄関に向かい、少し遅れて賢吾があとに続く。
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第31話(5)

 低く抑えた声が空気を微かに震わせる。和彦の肩も。「会長の……、様子が気になったものですから……」「そうか。だったら部屋に入ってくれ」「……いいんですか?」「いいも何も、あんたは医者だろ」 歯を剥き出すようにして南郷が笑う。バカにされたように感じたが、単なる被害妄想かもしれない。考え過ぎということにして、わずかに開いた襖の隙間から、守光の部屋を覗く。スタンド照明のほのかな明かりのおかげで、休んでいる守光の様子を見ることができた。 さらに襖を開けた和彦は、身を滑り込ませるようにして部屋に入る。逡巡したが、結局、襖を完全に閉めてから、守光が横たわっている布団に静かに歩み寄った。 傍らに座ると、眠っているとばかり思っていた守光が目を開ける。驚いて咄嗟に言葉が出ない和彦に、守光が話しかけてきた。「様子を見に来てくれたのか、先生」「……すみません。脈だけ測らせてもらおうと思ったんですが、起こしてしまいましたね」「気にしないでくれ。目を閉じてはいたが、眠っていたわけじゃない」 布団の下から守光が片手を出したので、さっそく和彦は脈拍を測る。呼吸も安定しているので、急を要する状態にはなっていないようだ。守光の手を布団の中に戻そうとして、軽く指を掴まれた。ハッとして守光を見ると、もう目を閉じている。和彦は、守光の手を握った。なんだか、不思議な感覚だった。「――……ぼくは、家族の看病というものをしたことがないんです。それどころか、誰かが体調を崩しても、心配して枕元に近寄ることもできなかった。ぼく以外の家族間で心配して、看病をしていました。だから正直、家族の体調を気遣うという感覚が、よくわからない。医者として患者を気遣うのと、どう違うのだろうかと、大学に通っていた頃や、医者になったばかりの頃は、不思議でした」 迷惑だろうかと思いつつ話しかけると、目を閉じたまま守光は笑った。「今は、わかるのかね?」「今も、正直不思議な感覚です。他人のぼくが、こうしてあなたの側にいるのは
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