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血と束縛と のすべてのチャプター: チャプター 1181 - チャプター 1190

1387 チャプター

第34話(1)

 盆休みに入ってから、実質的に体を休められたのは何日だっただろうかと、ぐったりとシートに体を預けた和彦はそんなことを考える。指を折って数えるまでもなかった。 本来であれば、今日いっぱいは三田村とゆっくり過ごせるはずだったのに、長嶺組を通して総和会から仕事の依頼が入り、朝から出かけることとなった。連れて行かれた先で待っていたのは、顔を変える必要があるという患者だ。 命に関わる怪我でないのなら、今日でなくてもいいのではないかと、頭の片隅でちらりと思わなくもなかったが、重要な行事を終えてしまった総和会にとっては、盆休み中で美容外科医の体が空いているという程度の認識なのかもしれない。そして和彦は、指名されたら出向くしかないのだ。 今日はせめて、夕食だけでも三田村と一緒にとりたいと考えていたのだが、半日がかりの施術を終えたところで、仕事に戻るという三田村からのメールを確認した。今、車は長嶺の本宅に向かっている最中だ。 このまま本宅に泊まることになるか、総和会本部に送り届けられるのか、和彦にはわからない。自宅マンションでのんびり過ごしたいと控えめに希望は出すつもりだが、あまり期待はしていなかった。 無意識のうちに大きなため息をつきそうになったが、寸前のところで堪える。決して、本宅に行くのが嫌なわけではないのだ。 現実逃避というわけではないが、三田村と過ごした穏やかな時間の余韻に浸っていると、携帯電話の無粋な着信音が車内に響き渡る。軽く眉をひそめつつ携帯電話を取り出した和彦は、一瞬電源を切りたくなった。しかしそれは、前に座る組員たちが不審がるだけだと思い直し、仕方なく電話に出る。『――お前今、どこにいる?』 こちらが声を発する前に、前置きもなく鷹津に問われる。面食らった和彦が口ごもると、苛立ったようにさらに言われた。『言えないようなところか?』「……車で移動中だ。今から帰るんだ」 どこに、とは問われなかった。電話の向こうから、鷹津が思案するような気配が伝わってきて、和彦としても普段とは何かが違う様子が気になる。いや、最近の鷹津は様子がおかしいことばかりだが――。「何かあったのか…&helli
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第34話(2)

 部屋に入ると、鷹津の話はここまでだと言いたげに、賢吾に髪を撫でられる。こうして触れられるのは、長嶺の男三人を受け入れた夜以来だった。いつもと変わらない手の感触だが、ひどく意識してしまい、頬が熱くなってくる。「今日までゆっくり過ごせたか?」「まあ……。ぼくは、ひたすらゴロゴロしていたけど、世話を焼く三田村は大変だったと思う」「あいつは、そんなことを苦に感じたりしないだろ。先生の側にいられりゃ、それでいいんだ。――その一方で、俺や千尋はほったらかしになっていたんだが」 冗談交じりの当て擦りに、和彦はじろりと賢吾を睨む。「あんたたちと離れられて、正直、助かったと思ったんだからな。あんなことをして……、体はきつかったし、精神的に動揺していたし。側にいてくれたのが、三田村でよかった」「そこまで言われると、妬ける」 魅力的なバリトンを際立たせる囁きに、和彦は一気に身構え、顔を強張らせる。賢吾の本質が大蛇だと知っているだけに、不吉な考えが脳裏を過っていた。賢吾は、和彦が何を危惧したのかわかったらしく、ニヤリと笑った。「俺は、そこまで狭量じゃないぜ。先生に必要だから、三田村を与えた。あいつのおかげで、先生の精神状態は落ち着いているともいえるしな」「……嫌な、言い方だ」「だったら言い方を変えよう。先生から、特別な男を取り上げたりはしない。そう言うと、先生はいくらでも特別な男を作りそうで、それはそれで怖いが」 いつもであれば、人をなんだと思っているのだと抗議の一つでもするところだが、寸前に鷹津の話題を持ち出してしまったばかりに、変に意識してしまい、何も言えない。 和彦が黙り込むと、ふっと笑みを浮かべた賢吾があごの下をくすぐってくる。「呆れているのか? 先生があんまり愛しげに三田村の名を呼ぶから、からかっただけだ」「あんたが言うと、なんでも冗談に聞こえないんだ。自分の肩書きを考えてくれ」「そんな俺でも、先生のことになると、単なる男になるということだ」 艶っぽい流し目を寄越され、危うく和彦は大蛇の毒気にあてられ
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第34話(3)

「まったくだ。おかげで、俺もオヤジも妻帯はしたが失敗した。長嶺の家のやり方を、とことん嫌悪されてな。それでも、自分たちの血を継ぐものを残すことはできた。だが、それだけじゃ満足できないんだ。少なくとも俺は、先生の存在を知ってから、先生込みの将来を、夢見ている」 甘い毒を含んだ台詞に、少なからず和彦の気持ちはくすぐられるが、のぼせ上がるほど無邪気でもなかった。長嶺の男たちの毒を、これまでもたっぷり吸い込んできて、免疫ができつつあった。「利用する気たっぷりのくせに。あんたが最初にどんな手を使って、ぼくの行き場をなくしたのか、よく覚えているからな。それに、逃げられないよう、何をしたのかも」 強い眼差しを向けながら、淡々とした口調で告げると、賢吾は悪びれることなくニヤリと笑った。「先生は、甘い地獄に落としたほうが、本性が露わになると思ったんだ。優しげで品のある風情のまま、淫奔に男を咥え込んで、骨抜きにしていく。――今いる世界のほうが性に合っていると、心のどこかで感じているんじゃないか?」「否定したところで、聞く耳なんて持たないくせに」「おう、ようやく極道の気質がわかってきたようだな」 和彦は眉をひそめて体を離そうとしたが、賢吾は再び、今度は両手で尻の肉を掴んできた。思わせぶりな手つきで荒々しく揉まれ、最初は身を捩って抗っていた和彦だが、肉に指が食い込むほど強く掴まれたところで、息を詰める。痛いはずなのに、胸の奥で微かな疼きが生まれていた。 すかさず賢吾に指摘される。「オンナの顔になってきたぞ、和彦」「……うる、さい……」 賢吾に唇を吸われながら、腰を擦りつけられる。賢吾の欲望が高ぶっていることを知り、和彦はうろたえ、視線をさまよわせる。「おい――」「総和会から、今夜には先生を、本部に戻すよう言われている。オヤジの奴、すっかり先生の所有権を得たつもりになっているな。宿での〈あれ〉は、俺たち長嶺の男三人と、先生の契りだったはずなのに」「……ぼくは途中まで、何も聞かされていなかった。盃だとか、契りだとか、あんたたちの理屈は、ぼく
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第34話(4)

 肌に残る愛撫の痕跡を指先で辿りながら、賢吾がそんなことを呟く。和彦は、ここ数日の自分の浅ましい生活を思い返し、激しい羞恥から顔を背ける。実は今日も、まさか仕事で呼び出されるとは思っておらず、朝から三田村と、ベッドで睦み合っていたのだ。「三田村は、お前を丹念に愛してやっているようだ」 腕の付け根についた鮮やかな鬱血の跡に、賢吾が唇を押し当ててくる。いきなり強く肌を吸い上げられて、和彦は痛みに声を洩らす。こんな愛撫を全身に施されては、せっかく回復した体力を吸い尽くされてしまうと本気で危惧したが、賢吾は自分がつけた跡を満足げに眺めたあと、まだ水気が残る和彦の肌を舌で舐め回し始めた。「うっ、あぁっ……」 首筋をベロリと舐め上げられて、熱い疼きが体の奥で湧き起こる。耳の穴まで丹念に舐められ心地よさに身震いしたあと、重なってきた逞しい体に両腕を回してすがりつく。和彦が何を欲しているかよくわかっている男は、もったいぶった手つきで自分が着ている浴衣を脱ぎ落とした。 喉を鳴らし、和彦は背の大蛇にてのひらを這わせる。賢吾が身じろぐたびに、背の大蛇の鱗が蠢く様を想像して、官能が高まる。できることなら、三田村にしたように、背に唇と舌をたっぷり這わせたいが、それは賢吾が許してくれなかった。 和彦の顔を覗き込み、こんなことを言ったのだ。「――味わうのは、俺が先だ。お前のいやらしい部分の肉の味を、全部確認しておかないとな」 唇を塞がれ、引き出された舌を露骨に濡れた音を立てて吸われる。さらに強く歯を立てられたときは、このまま噛み千切られるのではないかと本気で怯えたが、乱暴な口づけの最中に、胸の突起を優しくくすぐられて、呆気なく賢吾のやり方に翻弄される。 瞬く間に興奮のため硬く凝った突起を、これ見よがしに舌先で弄られて、和彦は細い声を洩らす。乱暴な口づけでしたように、きつく吸い上げ、歯を立ててほしいのに、賢吾はそうはしてくれない。焦らすように左右の突起を軽く吸い上げ、尖りを確認するように舌先でそっと舐めるだけだ。「はっ……、賢、吾っ……」「三田村に吸われまくって、こんなに真っ赤に
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第34話(5)

 本気なのか冗談なのか、感嘆するようにそう洩らした賢吾が、秘裂を指先でまさぐってくる。次の瞬間、ぐっと尻の肉を割り開かれ、露わになった内奥の入り口に柔らかく濡れた感触が触れた。「ひっ……、ううっ……」 快感にひどく脆くなっている部分は、大蛇の舌先の動きを歓喜し、容易にひくつく。「熟れた肉だな」 独り言のように低く呟いた賢吾は、執拗に内奥の入り口を舐め、蕩けそうに柔らかくなったところで舌先でこじ開けてくる。腰を揺らし、背をしならせて反応しながら和彦は、片手を自分の下肢へと伸ばす。欲望が、ゆっくりと身を起こしていた。「あっ、あっ……ん、んっ、んうっ」 内奥に一本の指が挿入され、それだけの刺激で和彦はビクビクと全身を震わせて、軽い絶頂に達していた。「感じすぎだろ、和彦」 揶揄するようにそう声をかけてきた賢吾だが、内奥で蠢く指は否応なく和彦の官能を引きずり出し、高めていく。小刻みに出し入れされ、ざわつく襞と粘膜を擦り上げられると、小さな波のように快感が腰から広がる。指が引き抜かれ、そこにまた舌が這わされると、見境なく締め付ける動きをしてしまう。 次に二本の指を挿入され、再び絶頂に達する。その頃には、反り返った欲望の先端から、透明なしずくをはしたなく滴らせていた。「いい締まりだ。吸い付いて、奥へ奥へと誘い込もうとしている。三田村と『していない』というのは、本当だったみたいだな」 内奥をぐるりと撫で回されて、指が引き抜かれる。体を仰向けにされ、ようやく反応した欲望を、賢吾の口腔に呑み込まれ、苛められる。根元を指で擦り上げられながら、先端をきつく吸われるのだ。痛みと快感に惑乱し、やめてくれと訴えたが、括れに歯が当てられると、ゾクゾクするような被虐的な刺激に襲われる。「い、やぁ……、も、う――、ダメ、だっ……」 和彦が何を訴えようとしているのかわかったらしく、賢吾が口腔から欲望を出す。代わりに、柔らかな膨らみを手荒に揉みしだかれ、とうとう和彦はわずかだが『漏らして』しまう。
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第34話(6)

 卑猥な言葉をたっぷり耳元に注ぎ込まれ、和彦は全身を貫くような快美さに襲われる。内奥から指を引き抜き、和彦の唇を啄ばみながら、賢吾が下腹部を優しく撫でてくる。「――あのとき、オヤジが言っていた言葉を覚えているか?」 ふいに賢吾に問われ、和彦は戸惑う。『あのとき』がいつを指しているかはわかる。ただ、問いかけの意図がわからなかったのだ。「断片的には……」「俺は傍らで聞いていて、よく覚えている。俺たちは何もかも納得したうえで、お前にあんなことをしたんだが、そんな俺でもドキリとするようなことを、オヤジはお前に言ったんだ」 賢吾がぐっと和彦の目を覗き込んでくる。「お前相手にオヤジは、『子を成す』という表現を使った。もちろん、作ることはできないという前提での話で、おかしいことは言ってない。だが俺はあのとき、オヤジの底の知れない禍々しさみたいなものを垣間見た気がした。どこが、とは聞くなよ。俺自身、なんでこんなことが気になるのか、よくわからねーんだ」 血が繋がっているからこそ、感じるものがあるのだろう。常に自信に満ち溢れた男が、こんな曖昧なことを口にするのは珍しかった。だからこそ、簡単に聞き流すことはできない。 普段は意識しないよう努めている、守光に対する、考えの読めない得体の知れなさが、より色濃くなったようだった。「怖がらせたか?」 指先でうなじをくすぐりながら賢吾が聞いてくる。和彦は、大蛇が潜む目をじっと見つめ返した。「ぼくはいつだって、長嶺の男が怖い」「薄情だな。いつだって、優しく愛してやっているのに」 賢吾にニヤリと笑いかけられた和彦は、背の刺青にそっと爪を立てた。**** 盆休みの最終日、和彦はもっとも会いたくなかった人物と、朝から顔を合わせることになる。「――申し訳ありません、佐伯先生。せっかくのお休みなのに、つき合わせることになってしまって」 藤倉の言葉に、ぎこちない笑みを浮かべた和彦は首を横に振る。「いえ……。ぼくは普段は仕事がありますか
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第34話(7)

 急に南郷が振り返り、藤倉に向かって首を横に振る。藤倉は、あっ、と声を上げたあと、苦笑いを浮かべた。「ああ、まだお伝えしていないんですか」「会長なりにタイミングを見計らっているんでしょう」「なるほど。わたしなどが余計なことを言うべきじゃありませんでしたね」 意味ありげな二人のやり取りを聞いて、和彦はまたシートから体を起こすことになる。明らかに和彦に関わりのあることなのに、どうやら教えてはくれないらしい。 南郷がこちらを見て、唇の端に笑みらしきものを刻んだ。「隠し事ばかりするな、と言いたげな顔だ、先生」「……いえ」「心配しなくても、これから先、あんたが知りたがることはたいていのことは教えてやれる。さしあたりまずは、このドライブの目的だな」 車は一時間近く走り続けたあと、あるショッピングセンターの駐車場へと入る。まさか、この面子でのんびりショッピングということは考えられないので、ここでドライブの目的が判明するのだろう。和彦は、藤倉と並んで歩き、南郷と隊員たちは、少し距離を空けてついてくる。 駐車場を出て数分ほど歩いたところで、藤倉はあるビルの前で足を止めた。正面玄関の閉じた自動ドアの前に不動産屋の札がかかっており、中はガランとしている。「――ここがまず、見学する物件の一つ目になります。ショッピングセンターの近くということで、人や車の通りが多いですね。前は、代々続く整形外科医院だったそうで、確かに建物は少し古い。ただ、場所はいいので、デベロッパーも早めの契約を望んでいます」 淀みなく説明を始めた藤倉に面食らう。一体何事かと思ったが、少し考えれば、嫌でも答えは見えてきた。和彦はおそるおそる空き地を眺めてから、藤倉に確認をする。「もしかしてここに、総和会のクリニックを……?」「あくまで候補の一つですが。それと、総和会のクリニックというより、佐伯先生のためのクリニックと考えてください。もっとも、長嶺組のクリニック同様、名義上の経営者は別人となりますし、院長も同様です。何があっても、佐伯先生の名が表に出ることはありません」 陽射しの強さもあっ
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第34話(8)

 南郷に言われると妙な言葉だと思ったが、顔には出さないでおく。 和彦はさりげなく距離を取ろうとしたが、当然のように南郷はついてきて、駐車場の隅に置かれたベンチに並んで腰掛けることになる。二人きりなら、いくらでも素っ気ない態度が取れるが、今日はそうではない。南郷の部下たちの前で、南郷本人の面子を潰すマネはしたくなかった。「夏バテじゃないのか。今ですら、忙しいと思っているかもしれないが、これからますます忙しくなるぞ、あんた。しっかり食って、体力をつけておかないと」「……新しいクリニックのことを言っているのなら、ぼくはまだ引き受けると決めたわけじゃないので……」 断れると思っているのかと言いたげに、南郷は薄笑いを浮かべた。一瞬ムキになりかけた和彦だが、ギリギリのところで堪える。「総和会から大事にされる代わりに、思い通りにいかなくなることが、いくつか出てくるだろう。こうやって、休みの日に外に引っ張り出されるとか」「それは、長嶺組でも似たような状況なので……」「――大事な男と引き離されるなんてことも、あるかもな」 和彦は、弾かれたように立ち上がり、南郷を睨みつける。誰のことを指しているのか、即座にわかったのだ。南郷は憎たらしいほど落ち着いていた。「あんたと三田村さんがどれだけ熱い仲かってのは、俺もよく知ってる。オヤジさんも一応容認はしているようだが、それは、これまでの話だ。あんたは、長嶺の男たちだけじゃなく、総和会にとって大事な人になりつつある。あんたのために、総和会の人間が命を張るようになるんだ」 背もたれに腕をかけ、南郷がじっと見上げてくる。立っている和彦のほうが目線の位置は高いのに、向けられる眼差しの迫力に、見えない手で頭を押さえつけられそうだった。「そんなあんたと、長嶺組傘下の城東会若頭補佐という肩書きを持っているとはいえ一介の組員とじゃ、釣り合いが取れない――と考える奴も出てくるだろう。総和会ってのは、とにかくプライドの高い連中が揃っているんだ。総和会が一番、その中で、うちの組が一番、とな。オヤジさんは、あくまで総和会の人だ。そんな人がオンナにして
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第34話(9)

** 南郷から、和彦が夏バテ気味だと進言があったのか、その日の夕食には、和彦の分だけ料理の品数が多かった。しかも、精がつくと言われる食材を使ったものばかり。 あの男なりに、和彦のことに気をつかっているというのは本当なのだろう。だが、あまりに無遠慮で、無神経すぎる。わざと和彦の反感を煽り、その反応を楽しんでいるのだ。 意識しないまま箸を持つ手を止めていたらしく、正面の席につく守光に声をかけられた。「何か嫌いなものでも出ているかね」 ハッとした和彦は慌てて首を横に振る。「いえ、大丈夫です。……食事にずいぶん気をつかってもらっているなと思ったものですから」「あんたには何より体を大事にしてもらわんといけないからな。食べたいものがあれば、遠慮なく吾川に言うといい」「体は平気です。今日はたまたま車に酔っただけなので」 ここで新しいクリニックについて守光から触れるかと内心身構えたが、意外なほどあっさりと受け流された。 守光が目を細めるようにして、じっと和彦を見つめる。「わしらが連れ回したせいで、この何日かで、すっかり日に焼けたな、先生」 和彦は思わず自分の腕を眺める。言われてみればという程度だが、例年に比べれば、確かに少し日焼けした。「いつになく夏を堪能した気がします。海でも泳げましたし」「千尋も、泳げはしなかったが、ずいぶん楽しかったようだ。あんたと一緒だったというのが、何よりだったんだろう」「かなりはしゃいでいて、海で水遊びをしているときは、ヒヤヒヤしました」 楽しげに声を上げて守光が笑う。 こうして向き合って食事をしていると、不思議な感覚に襲われる。ほんの数日前、和彦は長嶺の男たちと交わり、最後に精を注ぎ込んできたのが守光だった。淫靡で背徳的な行為だったはずなのに、一方で厳粛な雰囲気が漂っていたのは、守光の存在があったからだ。 総和会の頂点に立つ男が加わったことで、あの行為は儀式として成り立った。和彦と長嶺の男たちの関係をより深く、濃密に結びつけた。 目の前の人物との関係が、また変わってしまったの
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第34話(10)

**** ひたすら慌しかった盆休みが終わり、和彦にとっての日常が訪れた。 クリニックに出勤しているほうが人心地つけるというのも妙な話だが、盆休みの間、長嶺組や総和会の事情に振り回され、極道の空気というものを堪能した身としては、スタッフや患者たちに囲まれていると、身に溜まった〈毒〉が薄まっていく気がするのだ。「毒、か――……」 遠慮ない表現が自分でおかしくて、車の後部座席で笑いを噛み殺す。だがすぐに、あることを思い出し、今度は苦虫を噛み潰したような顔となってしまう。 自分の中に何度となく注ぎ込まれている毒が、ドロリと蠢いたようだった。守光は〈血〉だと言ったが、きっと毒気を帯びている。 こんなことを考えて暗澹たる気分になるのは、きっと気分転換をしていないせいだ。宿に泊まり、海で泳いだではないかと言われるかもしれないが、それでも気は抜けなかったのだ。身近に守光や賢吾がいるということは、心強い反面、息苦しさもある。 これはわがままなのだろうかと思ったが、すぐに、これぐらいのわがままは許されてもいいではないかと、心の中で強弁する。 とにかく、息抜きがしたかった。 そう結論を出した和彦は、ふっと息を吐き出す。機微に聡い守光と向き合って夕食をとるのは、こういう心理状態のときには負担になる。心の奥底までさらわれているような気になるのだ。 本部に帰宅した和彦は、出迎えてくれた吾川から思いがけないことを聞かされた。「会長は今晩は、戻られないんですか……?」「予定より会合が長引いたということで、現地で一泊されることにしたそうです。相手方は、長嶺会長とも旧知の仲で信頼のおける方ですし、何より、日が落ちてからの移動は、やむをえない事情以外では避けたいものです」「……そうですか」 車中で考えたこともあり、和彦の表情はつい複雑なものになる。「本日は、佐伯先生に合わせて夕食もご用意させていただきますので、何か要望がございましたら――」「だったら今晩は、外で食事を済ませた
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